7: 魔法
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『魔法』
それは誰もが一度は憧れる神秘の力。その魔法をこの歳になって覚えることができるチャンスがオレに舞い降りた。
マジか! あの魔法をこのオレが! リーフィアには感謝しかない。
明日から地道に努力して早くそれなりの魔法を使えるようになりたいと思う。どんなに時間が掛ろうとも、オレは絶対に魔法を習得して見せる!
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『――ファイア』
リーフィアが放った魔法が一匹のゴブリンへと襲い掛かる。ゴブリンはどうにか避けようと後方へとジャンプするが、その甲斐虚しく燃え盛る業火が直撃し、ゴブリンは一瞬で炎に包まれた。
ゴブリンはその身を焦がす炎からどうにか逃れようと、地面の上で左右へゴロゴロと転がりながらもがき苦しんでいる。しかしながら、数秒後、ゴブリンは恐ろしい断末魔の叫び声を上げながら、それ以上動かなくなってしまった。
「やっぱり魔法はすごいな!
こんなに簡単に討伐できるなんて」
オレはリーフィアの放った魔法を称賛しながら、黒焦げになったゴブリンの死骸に近づく。周囲にはモンスターが焼かれたとき特有の何とも言えない不快な臭いが漂っていた。オレはその臭いに顔をしかめつつも、ゴブリンが持っていたものの中で金目になりそうなものを探す。
「ダメだ、わかっちゃいたけど、何にもなさそうだな。
それに、黒焦げだから討伐証明の部位もダメみたいだ」
オレとしてはただ事実を口に出しただけで、別にリーフィアを責めたつもりはなかったのだが、オレの言葉を聞いてリーフィアは申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。
ヤバい! 今のオレの発言だとリーフィアを傷つけてしまう悪意ある言葉だと捉えられてしまう。こんなところで仲間とのコミュニケーションなんて碌に図ったことのない弊害が出てくるとは。何とかリーフィアのことを褒める気の利いた言葉を掛けてあげないと、せっかく築き上げることが出来た信頼関係が崩れ落ちてしまうかもしれない。
ただ、オレの頭には一瞬で女の子を元気にするような、そんな気の利いた言葉は浮かんでこなかった。そのせいで、オレはリーフィアの前で不審な動きをしながらただ無言を貫いてしまっていた。
「――ちょっと、安全に倒せたんだからいいじゃない!
それにゴブリン一匹の報酬なんて、たかが知れているわよ」
申し訳なさそうにしているリーフィアと無言のオレ。そんな二人の間にルナリアの言葉が割って入る。それを皮切りに、オレの口は機能を取り戻した。
「ご、ゴメン、別にそんな意味で言ったわけじゃ……」
「はい、アレンさん、わかっています」
オレたちの間に何とも言えない気まずさが流れる。どうにか話題を変えなければ。そう思って何か話題がないかと考えれば考えるほど、オレは混乱してくる。仲間との会話なんてろくにしたことがないこのオレが、この雰囲気を打破する策を思いつくわけがない。そんなことが出来るなら、そもそもこんな雰囲気になってすらいない。
結局、何にも気の利いた話題を思いつかなかったオレは、若干強引にではあるが話題を変える。
「そ、それにしても、あれだな。リーフィアはどこで魔法を習ったんだ?
まさか、国の魔法士育成機関に通っていたのか?」
「いえ、私たちの村にいた魔法士の方に教えていただきました」
「そうよ、リーフィアは村で一番優秀だったんだから。スゴイでしょ!」
「や、やめてよ、ルナリア。
恥ずかしいよ」
彼女たちは王都から歩いて一ヵ月ほどの所にある小さな村で育ったらしい。普通、そんな村に魔法士が住んでいるなんてまずありえない。なぜなら、魔法が使えるだけでもっと裕福な暮らしができるからだ。わざわざ、王都から離れた場所で暮らそうとするなんて、それこそ王都で何らかの問題を起こして、王都で暮らしづらくなった者だけだろう。そんな魔法士の多くは何らかの欠陥があり、犯罪者まがいの者や魔法のためならどんな犠牲もいとわない者などだ。あまりお近づきにはなりたくない部類の可能性が高い。
そんな者でも小さな村にとっては野獣やモンスターから村を守ってくれる貴重な戦力になるため、多少人間性に問題があったとしても村に迎い入れられる。そして、村人よりも良い生活が保障され、悠々自適に暮らすことが出来るとのこと。ただ、その魔法士がその立場を良いことに調子に乗って村で問題を起こし、村人全員から嫌われるというケースが後を絶たないらしいが。
しかし、幸運なことに彼女たちの村の魔法士は違ったということが、二人の様子を見ていると分かる。話を聞くに、その魔法士は年配の女性で、もともと王都で冒険者として活躍していたらしい。そんな彼女は王都での人混みに囲まれた生活に疲れ、いつかゆっくりと過ごしたいと思っていたらしく、依頼中にケガを負った際に引退を決意し、ちょうど移民を募集していた二人の村に移り住むことになったらしい。最初は、村人から避けられていたそうだが、彼女の真面目さに影響されて次第に打ち解けていったとのこと。
そんな彼女は仕事の合間に村の子供たちに魔法を教えていて、リーフィアはその教え子の一人であり、最も魔法の才能があったらしい。そのため、特に可愛がられていたと。
「へぇー、じゃあ『ファイア』の他にも使える魔法はあるのか?
ちょっと見てみたいな」
「はい、攻撃系の魔法だと『ウォーター』と『ウィンド』が使えますよ」
「それはすごいな! 三種類も使えるのか」
魔法の習得には結構な時間が掛かる。そのため、若い魔法士よりも高齢の魔法士の方が多くの魔法を使うことができるということが大半だ。実際に、オレがギルド職員だったころのことを思い出してみても、リーフィアと同年代で三種類の攻撃魔法を覚えている者はいなかったと思う。そのほとんどが一種類の魔法だけしか使えず、才能のある者でも二種類がやっとだった。三種類の魔法を使うことができる者は、ベテランといわれるぐらいある程度の年齢を重ねていた。
それに比べて、リーフィアはもうすでに三種類も覚えているらしい。さすが、若くしてスレイブ王国の王都に拠点を構えている冒険者ということか。地方では考えることができないような才能の持ち主らしい。
「――あ、ありがとうございます」
オレからの称賛が恥ずかしかったのか、リーフィアは顔を赤くしながら、少しうつむいてしまった。
「いいな……オレも魔法を使ってみたいな……」
子どもの頃、「魔法が使えたら」なんてことをよく考えていた。もしかしたら、この世界に生きる者なら一度は経験があることかもしれない。ただ、オレの周囲に魔法士の知り合いはいなかったし、魔法士育成機関に行く余裕もなかった。そんなオレはいつしか魔法を使うという夢をあきらめていた。オレには無縁なものだと考えて、その夢にふたをして心の奥底に押し込めていた。そんなことよりも現実的なことを考えるべきだと。
そんな中、オレは魔法を使うリーフィアを目の前で見て、昔の夢が思い起こされ、無意識のうちに口に出してしまっていたらしい。単純に羨ましがる心の声を。
「――だ、だったら、私が教えてあげます!」
リーフィアはオレの呟きに反応して勢いよく顔を上げ、こちらに詰め寄りながら提案してきた。
「いいのか?
魔法を習得するのは時間がかかるらしいし……迷惑じゃないか?」
「――迷惑じゃないです!
それに、アレンさんならすぐに覚えられますよ」
「そうよ、アレン。
せっかくリーフィアが教えてくれるって言ってるんだから、大人しく習っときなさいよ。人間やってみないと分からいでしょ」
確かに、教えてもらうことに何のデメリットもないし、今後の冒険者生活を考えると魔法が使えた方が何かと便利だ。それにリーフィアがこんなに言ってくれているんだ。彼女たちとは出会って間もないが、かなり二人の性格はわかってきたと思う。活発的で勝気なルナリアに比べ、大人しく自己主張が少ないリーフィアが自ら買って出てくれている。もしかしたら、それほどオレにはリーフィアから見て魔法の才能があるのかもしれない。まあ、実際は魔法の才能があるかどうかなんて見ただけでは分からないだろうが、才能がないにしても魔法が使えるようになるだけで、オレにとっては衝撃的なことだ。
それに、魔法は別に冒険者として戦闘に用いる攻撃魔法だけと言う訳ではない。生活を豊かにするようなそんな魔法も多数存在する。そんな魔法が使えるようになるだけでも、オレの今後が楽になることは間違いない。
「じゃあ、お願いしようかな。
いろいろと迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくな」
「はい!」
この日から、オレはリーフィアの一番弟子として魔法の習得に向けて特訓を開始した。それはオレの夢への挑戦でもあった。
読んでいただき、ありがとうございました。