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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
128/180

38: 第二次ドラゴン討伐(11)

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 自己的で利己的な自分自身が嫌になる。

 どんなに口では善人ぶろうとも、心の中では自分の暗く醜い思いを押し殺すことが出来ず、相手に気付かれないように自分の都合の良い方へと誘導してしまう。こんな心の弱さを楽観的に捉えることが出来たならば、どんなに幸せだっただろうか。あいにく、オレにはそんな能力は備わってはいなかったようだ。

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「――そうですか」


 もうすぐ夕飯時、夕日が遠くの地平線の下へと隠れかけている頃。


 ドラゴンの調査へと向かう期限である明日の朝に向けて出来る限りの準備を整えたオレたちは、奴隷兵士たちに明日オレたちと共に死地へと向かわなければならないことを告げた。


 オレたちの言葉を聞いた奴隷兵士たちは、絶望の表情を浮かべる者、来るべき時がついに来たかというどこか達観しているかのような表情を浮かべる者など様々であった。


 ただ、どちらにも共通しているのは自分たちが生き残る可能性を全く考えていないということだ。自分たちが捨て駒として用意され、これからその役目を果たさなければならない。そのことに対して、恐怖や不安、絶望を抱きつつも、誰もその現実から逃れようとしていない。そのあまりにも理不尽な未来を受け入れてしまい、どうにか生きる未来を切り開こうという反抗心は彼らにはなかった。


「ここに連れてこられた時にもうすでに覚悟はできていました」


 奴隷兵士たちのリーダー的存在であるトラ族の男が低い声で応える。その声は少しだけ震えていたが、死が自分たちを待っているという現実を前にしては落ち着き過ぎていた。オレが彼の立場であれば、そこまで冷静に何ていられない。絶対に喚き散らかしていたに違いない。そして、このことを告げてきた者にありとあらゆる暴言を吐いていただろう。


「……オレたちを責めないのですか?」


 実を言えば、オレたちに対して何かしら暴言を吐いて欲しかった。感情のなすがままにオレたちに罵声を浴びせかけて欲しかった。オレたちを悪の権化として非難して欲しかった。そうすればオレたちの心の中のモヤモヤを少しばかり晴らすことが出来たであろう。それはとても自己的で最低な考えだとは思う。


「あなた達のせいではありませんよ」


 オレの複雑な感情をくみ取ってか、トラ族の男はオレに優し気な表情を向ける。


「確かに、あなた達と同じヒト族のせいで私たちは死ぬことになるでしょう。

 ただ、私たちをそのように追いやるのはあなた達とは他のヒト族であり、あなた達ではない。以前そちらのお嬢さんが仰っていたではないですか。あなた達は他のヒト族とは違う。死ぬことを望まれ、ゴミのようにここに横たわっていた私たちに温かい食事を用意してくれ、私たちが忘れかけていた感情を思い起こさせてくれた。そんなあなた達と出会えたことに感謝することはあれど、非難することなどありませんよ」


 優しく語り掛けてくれる彼の言葉がオレの心のモヤモヤをゆっくりと流していく。


「……今日の夜であれば逃げることも出来ますよ?」


 オレの言葉は事実であろう。この野営地にいる者は皆、彼らに対して何ら意識をしていない。そのため、オレたちが差し入れしていたおかげである程度動くことが出来るようになった彼らであれば、簡単に逃げ出すことが可能だろう。


「逃げたところで私たちには生きる未来なんて待ち受けていませんよ。

 王都に戻れば間違いなくまた捕まりここに送り込まれるか、その場で殺されてしまうでしょう。王都に戻らないという選択肢を取った場合、何ら技術も経験も持たない我々など、すぐさまモンスターの餌食になってしまうでしょう。

 私たちに用意されている未来は一つしかないんですよ」


 トラ族の男は悲しげにつぶやいた。


 奴隷兵士という立場は彼らにとって明らかに最悪の状況ではあるが、その立場から逃れたとしても彼らに待ち受けているのは同じくらい最悪な状況でしかない。


「……あなたの名前は?」


「ベニニタスです」


「オレはアレンです。

 絶対にあなた達を死なせたりはしない。オレが、オレたちが必ず守って見せる」


 そう言ってオレは隣に立つみんなを見渡す。


 ルナリア、リーフィア、フレイヤは黙ってオレの言葉に頷いてくれた。


「本当に変わったヒト族だ」


 ベニニタスはオレの差し出した手を固く握りしめる。彼の温かな手の平から、彼の心の声が聞こえた気がした。


「オレたちに出来ることは全て準備したつもりです。

 だからどうかあなた達も自分たちの命を大切にしてください。絶対に生きて帰ることが出来るのだと信じてください」


 オレはベニニタスの後ろにいる他の奴隷兵士たちへと語り掛ける。最初は諦めの表情を浮かべている者がほとんどであったが、次第に彼らの顔にも活気が戻り、希望の光が灯され始めた。


「覚悟はできたようね。

 さっきまでとは違う、良い方の覚悟が」


 ルナリアの言葉に奴隷兵士たちが小さく頷く。オレたちを見つめる彼らの瞳には、今まで彼らから見ることの出来なかった生命に対する力強い執着の炎をありありと見て取ることが出来た。


「この中に少しだけでもで良いからモンスターとの戦闘経験者はいるか?」


 フレイヤの言葉に反応して手を挙げた者は誰もおらず、みんな周囲の仲間を見渡していた。


「では、狩りの経験がある者は?」


 今度は手を上げたのが数人ほどいた。


 奴隷兵士たちの総数は三十人ほど。その中で数人程度狩りの経験者がいる状態は「しか」なのか、或いは「も」なのか微妙なところではある。


「……奴隷になる前に飢えをしのぐために一回だけラビットを」


「私も同じです」


 ウサギ族の少年とイヌ族の男が小さな声で報告する。彼らの話を聞けば、どうやら飢餓から逃れようと死に物狂いだったらしい。


「ここにいる人数分装備を用意しています。あまり準備に時間を割くことが出来なかったので最低限のものしかないですが、今の状態よりかは遥かにましでしょう」


 リーフィアとルナリアが『魔法の鞄』から人数分の防具と武器を取り出し、彼らの前に並べていく。


 これらは今日の朝ルナリアとリーフィアが王都で買ってきたものだ。あまりにも急なことだったのに加え、今回のドラゴン討伐に動員されている王国軍兵士用に多くの装備が用意され、王都にある装備屋の在庫がほとんど残っていなかったこともあり、さほど良いものを準備することは出来なかった。


 彼らは目の前に用意された装備に手を伸ばすと、実際に身に着けて自分の体格にあっているか試す。店頭に残っていた装備を適当に買ってきただけであったが、どうやら彼らの体格にあったものを用意することが出来たようだ。それらのほとんどが売れ残りであるため、多少のホコリ臭さは我慢して欲しい。


「皆に装備は行き渡ったようだな。

 それでは今から明日の調査に向けて最低限ではあるが訓練を行う。少しでも生き残る確率を上げるためだ。少しきついかもしれないが頭に叩き込んでくれ」


 フレイヤの号令に装備を身に纏った奴隷兵士たちの武器を持つ手に力が入る。これから行われる訓練はモンスターとの戦闘を行った事すらない彼らにとっては初めての経験だ。


 その後、慣れない武器の扱い方、攻撃の避け方など、今できるすべてを彼らに教えた。こんなに短時間で詰め込まれてかなりの辛さではあっただろう。しかしながら、誰一人弱音を吐くことなく何度も立ち上がり、オレたちに食らいついてきた。


 訓練は夜遅くなるまで続いた。




 ――次の日朝。


「よし、行くぞ!」


 装備を身に纏ったオレたちはドラゴンの調査に向かうため野営地を後にした。


読んでいただき、ありがとうございました。

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