37.5: 貴族的手段
*2024/07/06 題名変更・登場人物名変更(ベリンク→フリンク)
「――くそっ!」
アレンとフレイヤがテントから退出した後、ボルゴラムは近くにあったテーブルを思いきりひっくり返し、強烈な怒りをあらわにする。
「――たかが平民ごときが! たかが下級貴族の小娘が!
私に、誇り高き元帥であるこの私に楯突くとは!」
テーブルをひっくり返すだけではボルゴラムの怒りは収まることはなく、テーブルの上から床に落ちて辺りに散乱している物を踏みつける。せっかく綺麗であったテントの中が割れた食器や装飾品、グチャグチャになった料理のせいで汚れていった。
「黙って私に従っていれば良いものを!」
テントの中に飾られていた装飾品のほとんどが無残な形へと帰してしまったが、いまだ鎮まることのない感情は発散する相手を探していた。
自身で破壊した残骸を見下ろしながら肩で息をするボルゴラム。
「……絶対に殺してやる」
ボルゴラムがアレンをテントに呼んだのは、奴隷兵士たちに無許可で食事を与えている不届き者がいるとの報告を受けたので、その人物を処分するためであった。丁度この討伐作戦を期に新調した武器の切れ味を試してみたかったという思いもあった。
それなのに、なぜかその不届き者は一人ではなく、フォーキュリー家の小娘も一緒だった。ボルゴラムといえど、さすがに貴族家に連なる者をその場で処分することは出来ない。まあ、処分しようと切り掛かっても簡単に避けられてしまうだけなのだが。それぐらいの実力差があるという事を、感情では認めることは出来ないが、頭では理解していた。
フレイヤはしょうがない。
しかしながら、あの冒険者の平民は別だ。
冒険者というその日暮らしの野蛮な職にしか就くことの出来なかったヒト族の落ちこぼれ、栄光ある王国を汚すゴミのような存在。ボルゴラムにとって従えることが当然であり、自身の命令を抵抗することなく聞くであろうと思われていたのに、それが覆されたのだ。
「あの平民が私よりも強いだと!?
そんなふざけたことがあるか!」
平民に攻撃を繰り出したあの時、確実に仕留めたと思った。憎たらしいその顔を死に対する恐怖と絶望でゆがめることが出来たと思った。
しかしながら、ボルゴラムが待ち望んだ未来は訪れることは無かった。
あの平民は自身の攻撃を容易く避けて見せたのだ。
ボルゴラムにとって、それはあってはならない事であった。暴言を吐いただけでなく、自身の攻撃をいとも簡単に避けたという事は、誉れ高き貴族である自身が下衆なあの平民よりも劣っているという事に他ならない。
――そんなはずがない! 元帥であるこの私が平民よりも劣っているなんてあってはならんのだ!
自身の攻撃を避けた後に見せたその余裕の表情を思い返すと、沸々と激情が湧き上がってくる。
「かなり荒ぶっていらっしゃるようですな」
テント内にボルゴラムとは別の男の声が響く。
「……フリンクか」
他者の介入で少し我に返ったボルゴラムは、殺気立った視線をフリンクへと向ける。
「まあ、そのお気持ちも十分に理解できますがね。
フォーキュリー家のあの小娘はまだしも、あの平民は我々貴族にとって害悪でしかない」
アレンたちとボルゴラムの会話のテントの外で聞いていたフリンクは、冷静な表情で思案していたが、その瞳には明らかに貴族が侮られたことに対する怒りが表れていた。
「何か良い案はないか? あの平民を殺す案は?」
あの平民とフォーキュリー家の仲が良い事は先ほどの態度で明らかだ。下級貴族とはいえど貴族であることには間違いない。そのため、貴族の庇護下にあるあの平民を他の平民のように殺すことは難しい。
「打ってつけの方法があるではないですか。私たちは今ドラゴンを討伐に来ているのですよ?」
ボルゴラムの言葉に少し考えたフリンクは、ニヤリと口の端をゆがめながらボルゴラムに視線を送る。
「……なるほど、それもそうであったな」
「同時にヒト族でないまがい者の奴隷たちも一緒に処分しておきましょう。奴らのせいで野営地一帯の空気が淀んでいると部下から苦情が挙がっていますので」
「やはりゴミは一度で捨ててしまわないとな」
フリンクの意図をくみ取ったボルゴラムは邪悪な笑みで顔をゆがめた。
「私に歯向かうとどうなるか、愚か者どもに分からせてやる」
こうしてアレンたちには完全なる悪意の捌け口として命令が下された。
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