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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
126/180

37: 第二次ドラゴン討伐(10)

///

 正義――響きの良い言葉だ。

 正義という言葉を使えばどんなことも肯定され、自らに正当性を付与することが出来る。そんな甘美な言葉に多くの者は魅了され、自身の行為に心酔する。

 しかしながら、その正義の裏には必ず犠牲者がいるという事実から目を逸らしてはならない。オレたちは認識していなければならない。その正義を別の視点から見れば、ただの非正義であるという事を。

///




 その命令は突然の事だった。事前にオレたちに対して相談も無かった。朝、オレたちが起きて身支度をしていたところ、先日ボルゴラムの使いとしてオレたちの所にやってきた兵士が、勝ち誇った顔をしながらオレたちの下へと歩いてくる。


 こんなにも早くその尊顔を拝むことになるとは思いもしていなかったオレたちは、かなり警戒しながら相手の出方を待つ。


「――喜べ平民、暇そうなお前にお似合いの仕事を持ってきてやったぞ」


 兵士は威張り腐った態度で腰を下ろしていたオレを見下ろすと、嗜虐性の笑みを浮かべながら、オレたちが全く頼んでいないことを口走る。


「それは誰からの命令だ?

 我々も何かと忙しいので、そちらでも対応できるようなことは従えないぞ」


 このような相手の対応に最も慣れているフレイヤがオレの代わりに割って入る。


「調子に乗るなよ下級貴族の小娘が!

 この命令はお前たちごときが口を利くのも恐れ多いボルゴラム様からのものだ。お前たちにこの命令を拒否することは出来ん。拒否するのであれば即刻犯罪者として扱う許可もいただいている。

 お前たちは黙って命令に従っていれば良いのだ!」


「……内容を確認させていただこう」


 さすがにこれ以上騒ぎを大きくする訳にもいかず、フレイヤは渋々兵士がオレたちの前に投げ捨てた書状へと手を伸ばし、書状に目を落とす。


「――なっ!?」


 書状を読んだフレイヤが驚きの表情を浮かべる。それほど命令内容が予想にもしていなかったことなのだろう。オレは内容を確認するためにフレイヤの傍へと近づき、フレイヤの横から覗き見る。


「……これは何かの間違いではないのか?」


 フレイヤの声は少しだけ震えていた。


 それもそうだろう。その内容を確認してオレも同じような反応をしてしまった。


「私たちだけで調査に向かえば良いではないか!

 その方が動きやすいし、何かあった時でもどうにか対処することが出来る。

 それなのになぜ奴隷兵士たちも伴わないといけないのだ。これでは何かあった時、彼らが無駄死にしてしまうだけではないか」


 命令の内容はドラゴンの動向を調査してくるというもの。これだけならば別に驚くべきことではなく、むしろ当然の行動だろう。


 しかしながら、それを行う人員に問題があった。


 書状に記されていたのはオレたちのパーティーだけではない。オレたちの他に奴隷兵士たちも含まれていた。彼らをオレたちが率いてドラゴンの現在の居場所、様子を調査してくるようにとの御達しだ。


「それの何が問題なのだ?

 動くゴミが動かないゴミに戻るだけのこと。奴らも感謝しているのではないのか? ただ生きていても何も役に立つことがない連中が、スレイブ王国の平和のために死ねるのだからな」


「――貴様ふざけるなよ!」


 フレイヤは書状を破り捨て、オレたちの慌てている様子を見てほくそ笑んでいる兵士を睨みつける。


「別にふざけてなどいないさ。私は当然のことを言っているだけだ。ゴミはどうなろうとも所詮ゴミでしかない。それが紛れもない真実。

 逆にふざけているのは貴様らの方ではないか? ゴミに何かを期待し、いつまでも払おうとせずにそのままそこに放置する。この王国でゴミに何ができる? ゴミに何の価値がある? 多くのゴミよりも少しの尊き存在の方が価値があるというのは当然の事ではないか。貴様たちも守る者を自らの意志で選択しているのであろう? それと同じことをしているまでだ」


『……』


 確かに、オレたちにも優先順がある。オレにとっては目の前に立っている兵士よりもステラやフレイヤ、ルナリア、リーフィアの方が大切だし、どちらかを選ばなければならない状況であれば、迷うことなく後者を選ぶだろう。


 その選択は紛れもなくオレたちが嫌いな貴族の思考と同じであり、今回のボルゴラムの選択と違いないのかもしれない。その事実性に気付いてしまったオレたちは何も言うことが出来なくなった。


 ――オレたちも気付かないところで誰かを犠牲にしてしまっているのかもしれない。


 どんなに正義を振りかざそうと、どんなに口では虐げられし者を守ろうとしても、所詮オレたちはスレイブ王国の貴族と同じ穴のムジナであり、今もどこかで他者を虐げているのかもしれない。


「やはり貴様ら平民は能なしだな。

 そんな当たり前のことにさえ頭が回らない」


 そう吐き捨てると、兵士は侮蔑した視線でオレたちを見渡し、もう用事は済んだと言わんばかりにオレたちに背を向けて歩き出した。


「……どうする?

 犠牲者が出るのは免れることが出来んぞ」


 兵士の背中が見えなくなるまで無言で見つめていたオレたちだったが、近い未来の事を考えるために止まっていた思考が働き始める。


「出発は何時になっているの?

 それまでに私たちに出来る限りのことをしましょう」


「出発の期限は明日の朝までだ」


「――明日の朝!?

 そんなの碌な用意も出来ませんよ」


「ああ、だが命令が下された以上、従うしか私たちの道は無い。

 できなければ反逆者として処罰されるだけだ。もちろん私たちだけでなく奴隷兵士たちも同じ未来を辿るだろうな」


 リーフィアの驚きも当然だろう。明日の朝までに出来ることなど限られており、それもたかが知れている。


 誰かを率いるという行動をした経験がないオレたちに、奴隷兵士に上手く指示を出すことが出来るとは到底思えないし、そもそも戦闘経験がないであろう彼らがオレたちのようにドラゴンと相対して敏速に行動できるとは思えない。


 そんな状況で犠牲者を一人も出さないで任務を遂行することは現実的に不可能であった。


 ボルゴラムが嫌がらせをしてくることは分かっていたが、これほど早く、そしてオレたちが望んでいないことを命令してくるなんて思いもしていなかった。こんな事になってしまうと分かっていれば、あの場でボルゴラムに対して反抗的な態度をとらなかった、若しくは、あの場でボルゴラムが口のきけない状態にしていたであろう。


 しかしながら、世界はオレの思いとは関係なく流れている。後悔したところで、それはただ思考を停止させて現実から目を背けているだけであり、何の解決にもならない。


「とりあえずこの事を彼らにも伝えた方が良いだろう。

 彼らも心の準備が必要になるだろうからな」


 フレイヤがどこか達観したように淡々と語る。しかしながら、彼女の表情には明らかに憂いの色を見て取ることが出来た。


「アレン、行きましょう。

 ここで私たちが悩んでいても何も変わらないわ」


 ボルゴラムのほくそ笑んでいる様子が頭に浮かぶ。奴はこうなることをよく理解していたのだろう。本当に貴族という生き物は、他者が嫌がることを考えさせると何と天才的なのだろうか。


「……可能な限り犠牲者を少なくする。

 オレたちに残された選択肢はそれだけだ」


 オレたちの間には暗い雰囲気が立ち込めている。これから必ず起こるであろう悲劇を想像しながら、重い脚を引きずるように彼らの下へと向かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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