36: 第二次ドラゴン討伐(9)
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報告、連絡、相談――世の中に出た際、一番に学ぶことだ。
何か問題が生じた時、それを自分一人でどうにかしようとするのではなく、同じようなこと経験した者やその問題を解決することが出来る知識を有している者に共有することにより、大きな問題へと発展する前に解決することが出来るかもしれない。
ただ、そのような相手がいない場合はどのようにしたら良いのだろうか?
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「――それで? ちゃんとそのボルゴラムとかいう馬鹿貴族の息の根は止めて来たの?」
「いやいやいや、そんな事する訳ないじゃないか!」
「なんだ、つまらないわね。
せっかく世の中のためになるチャンスだったのに」
オレとフレイヤがボルゴラムから呼び出された翌日、オレはルナリアとフレイヤと共にドラゴンがいる森の中を探索していた。別にオレたちだけでドラゴンを討伐しようという意図はなく、今オレたちがいるのはドラゴンを最初に見た場所よりかは、はるかに浅い場所の為、ドラゴンと遭遇することも無いだろう。今回のオレたちの目的は、ドラゴンの影響がどのくらい森の浅いところまでに及んでいるかを調査し、それによりドラゴンが今どの辺りにいるかを推測することだ。
今回の調査は王国軍から依頼されたという訳では無い。むしろ、王国軍は未だに野営地から動こうとせずに、今も昼から酒を飲んで騒いでいた。
そんな状況にかなりの不安を覚えたオレたちは、将来必ず訪れるであろう災厄時に、少しでも犠牲を少なくするため、自主的に活動を始めた。
このこともボルゴラムの耳に入れば、やれ「そんなことをして良いと許可した覚えはない」だの、「これだから下賤な平民は、命令すらも守れんとは」だの言われるのだろうが、そんなことは関係ない。最前線に送られ、捨て駒として扱われる奴隷兵士たちの犠牲を少しでも減らすことが出来るのならば、そんなことは些細なことだ。
「じゃあ、ターナとレイチアの二人を早めに王都に帰して良かったわね。
私たちが目をつけられるのは良いけど、あの二人が巻き込まれてしまうのは忍びないもの」
ターナとレイチアの二人は、今朝早くにリーフィアと共に王都に帰っている。二人は色々と渋っていたが、最終的には孤児院の子供たちやマザーの事を考えて野営地を後にした。
「こんな非常時に味方をも相手にしないといけないなんて。
本当、無能な味方は一番の敵ね」
ルナリアがボヤキながら生い茂る枝を折り前に進む。ルナリアは心の中のイライラを発散するかのように足元の草を力強く踏みしめる。そのおかげで、後ろをついていくオレとフレイヤはかなり歩きやすかった。
「それにしても一時間ほど歩いているというのに、ほとんどモンスターと遭遇しないな。私としては新鮮な肉を焼いて食べたいので、オークなんかが群れを成して襲って来てくれるとありがたいんだが」
確かに、先ほどから遭遇しているモンスターはゴブリンだけ。それも群れではなく単体であったため、全くと言って良いほど戦闘にも力が入らなかった。
「リーフィアが何かしらお土産を買って来てくれることを願うばかりだな。
とりあえず今はオレたちに出来ることをやろう」
オレたちは周囲を警戒しながら、リーフィアが戻ってくる夕方頃まで森の中で調査を続けた。
「――それで、やはり影響はかなり出ているという訳ですね?」
王都から帰還したリーフィアは焚火の前に腰を下ろし、野営地と王都を往復したことによる軽い疲労を回復するために水でのどを潤す。
「ああ、明らかにモンスターの数がおかしかった。朝から夕方まで森の浅いところを調査していたが、結局ほとんどモンスターに遭遇しなかった。おそらくだが、多くのモンスターがすでに森の外へと抜け出しているんだろうと思う」
オレはリーフィアが王都で買って来てくれたお土産の串焼きを焚火でこんがりと焼き目を付けた後、肉汁がしたたり落ちる前に口へと運ぶ。
「森からこの野営地までは少し離れていますが、モンスターとの遭遇頻度が多いのはそう言う訳だったんですね」
平坦な野原の真ん中に構えられているこの野営地にも、当然のことながらモンスターが出没する。しかしながら、その頻度にオレたちは違和感を抱いていた。
木や大きな岩など、身を隠すものがほとんどない野原の真ん中でモンスターと遭遇することはあるのはあるのだが、そう多くはない。
モンスターも馬鹿ではないため、獲物を確実に仕留めるために自らの存在を獲物に覚られないように身を隠す。その逆も然りで、少しでも天敵から見つからないように視覚を妨げるものが多い場所を選ぶ。
そのため、野営を始めた当初はさほどモンスターとの戦闘は発生しないだろうと想定していたのだが、そんなオレたちの甘い考えは裏切られた。
毎日どこかしらでモンスターとの戦闘が発生しており、その都度冒険者が中心になって対処をしている。ただ、脅威になるようなモンスターが出没することは無く、そのほとんどがゴブリンやオークなど、ある程度の経験と実力があれば容易く対処することが出来る相手ばかりだ。それに加え、それらのほとんどが一匹で行動しており、多くても三匹程度だった。そのため、冒険者の方も次第に緊張の糸が緩み始め、今や「どのくらい早く倒せるか」や、「無手でどのくらいの間、相対することが出来るか」など、賭け事の対象になっていた。
「ただ、未だにドラゴンが大きく動き出しているという感じではない。
そのような状況で下手にドラゴンを刺激するのも悪手ではあるので、何もしていない王国軍の対応も理解できなくはないが、奴らがそのことを考慮しての対応だとは到底考えられないがな」
「アレンさんどうします? このことを王国軍にも知らせますか?」
「うーん、正直どうしたものか悩んでいるんだ。
平民であるオレたちが報告したところで、どうせ信じてもらえるとは思えないからな」
オレはフレイヤの方に視線を送る。
「おそらく貴族である私が報告しても同じ結果になるだろう。
我が家は王国貴族に嫌われているからな」
フレイヤは肩を竦めながらあきらめの表情を浮かべる。
「結局のところ大きな問題が実際に発生するまで、王国軍が動くことは無さそうなのよね?
スレイブ王国も軍を動かす資金が無限にある訳じゃないのだから、いつかは決断しないといけない時が来るのだと思うけど、今の状況だとギリギリまで何もしないで粘る気なのかしら」
「スレイブ王国は敵国も多いからな。
いつまでも軍をドラゴンに当てている場合ではないだろうのは確かだ」
ヒト族至上主義を始め、弱者に容赦のないなど、他者を排除するという思想を色濃く反映しているスレイブ王国が、近隣諸国と友好的な関係を築けている訳もない。実際に戦争状態にある国は無いものの、いつ何時も戦争の火ぶたが切って落とされる可能性を秘めていた。
「……本当、改めて考えると禄な国じゃないよな」
スレイブ王国の事を考えると、どうしても頭が痛くなる。少しでも誇れるところを探してみるが、浅学なオレには到底見出すことが出来ず、考えれば考える程悪いところが浮かび上がってくるばかり。
「今はそれで栄えてしまっているからな。
一度痛い目をみない限り、これからも現状のままであろうな」
焚火を囲いながらスレイブ王国の未来ならびに、そんな王国で生活するオレたちの将来のことについて考えていたオレたちに、少し暗い雰囲気が立ち込めた。
すっかり陽が沈み、暗闇が大地を包み込んだ中、オレはパチパチとはじける焚火を見つめていた。
――次の日。
王国軍の命令でオレたち冒険者と奴隷兵士たちが斥候としてドラゴンの様子を調査してくるようにとの命令が下された。
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