35: 第二次ドラゴン討伐(8)
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心の声が自然と口に出てしまうことがある。普段は発すまいと我慢出来ていた言葉が、何かの拍子に溢れ出し、一切の妨げ無く口から外へと流れ出る。
その言葉は相手を傷つけてしまう可能性がある。そう考えれば、どうにか我慢する術を身につけておくべきかもしれない。
ただ、その言葉が心の叫びであるということは確かである。
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オレの放った言葉がテントの中に響き渡る。
心に積もった思いを一気に解放することが出来たオレは、これからの事を考えるとかなり頭が痛くなるはずなのだが、とてもスッキリしていた。
オレのいきなりの変貌にフレイヤは驚きながらもどこか嬉しそうに笑っている。
ボルゴラムはオレに何を言われたのかをすぐには理解できなかったのか、数秒の間オレの言葉に反応することなくただ茫然としていたが、だんだんオレの発した内容を理解し始め、怒りでその顔をゆがめる。
「――貴様、私に向かって何という無礼な!」
ボルゴラムは顔を真っ赤に染めあげ、近くにかけてあったソードを手に取ると、それを鞘から抜き放ってこちらへと向ける。
「平民だと思って慈悲深く接してやればつけあがりおって! 貴様のような出来損ないなどこの世界にはいらん。今ここで殺してやる!」
ボルゴラムはソードを高く振り上げるとオレに向かって大きく踏み込んでくる。腐っても王国軍の元帥と言うべきなのだろう、ボルゴラムの一撃はかなりの威力を秘めていた。口だけ達者なのかと思っていたが、以外にもそれなりの実力は持っているようだ。
「――なっ!?」
しかしながら、常日頃からフレイヤと共にいるオレにとっては、止まっているように見える。
オレは素早く抜いたソードでボルゴラムの一撃を簡単に受け止めると、驚きを隠せないボルゴラムを無機質な表情で見つめる。
オレとしても大事にしたいと言う訳では無い。いや、まあこのような事になったのは確実にオレのせいなのではあるが、貴族を敵に回して良いことなんて何もない以上、ここはどうか穏便に済ませたい。
オレはわざとボルゴラムの攻撃を受け、二人の実力差を明確に理解させた。目の前にいる平民にはどんなことがあっても勝つことが出来ないという事を。
ボルゴラムの攻撃を受けきったことを誇る訳でもなく、自身より弱い相手をあざける訳でもない。ただ今起きた出来事が当然であり、オレの心に少しのさざ波も生じていないということがオレの顔には現れていた。
それをふまえた上で、オレとしてもこれ以上ボルゴラムが追撃してくるのなら、自衛のために反撃することも厭う気はない。ボルゴラム曰く、平民であるオレは貴族よりもどのような分野においても劣っているらしい。であるならば、武力的にも当然劣っているであろう存在であるオレが反撃しても、貴族であれば簡単に受けきることが出来るだろう。
ギリギリとボルゴラムとオレのソードが交差する。今もなお、力を抜くことなくソードをオレに当てようとするボルゴラム。そんな彼の顔には悔しさがにじみ出ていた。
「ボルゴラム元帥、その辺にしておいた方が良いですよ」
二撃目を繰り出そうか迷っているボルゴラムにフレイヤが待ったをかける。
「彼は平民ですが確実にあなたより強い。そのことは十分に理解できているのでは?」
「――私を愚弄しているのか!」
「いえ、そのような意図はございませんよ。私はただ事実を申し上げているだけですので」
ボルゴラムに淡々と客観的事実を述べるフレイヤ。その様子にボルゴラムの怒りはさらに加速していくが、それ以上フレイヤに反論する言葉が出てこなかったのだろう、腕に込めていた力を抜いてオレから離れると、手に持っていたソードをテントの脇へと投げ捨てた。
「もうお前たちに用はない。一刻も早く私の前から消えろ!」
ボルゴラムは乱暴に椅子に座ると、近くのテーブルに置いてあったグラスに手を伸ばして一気に煽る。
もうオレたちとは会話をする気はないらしい。ボルゴラムがオレたちを視線に入れることは無かった。
「では、失礼します」
オレたちは形だけのお辞儀をするとテントから出るべくボルゴラムに背中を向ける。
「……覚えていろよ」
そんなオレたちの背中に、ボルゴラムの恨めしそうな声が掛けられた。
オレは咄嗟に「頭が悪いので無理です」と口に出しそうになったが、フレイヤがそのことを察知し、腕を引っ張って止めてくれた。
……色々あったけれども大丈夫だよな?
テントから離れれば離れる程、次第にオレがしてしまった事の重大さに気付き始め、これからのことについて不安になってくる。
「それにしてもアレンがまさかあのような態度をとるとはな。正直私も驚いたぞ。アレンの事だから、適当に受け流して終わるのかと思っていたが、かなり刺激的な会合であったな」
フレイヤが笑いながらオレを揶揄う。
「……そんなに笑わないでくれよ。
フレイヤがオレを止めてくれていたら、絶対にあそこまで怒らせる事態にはならなかったのに」
オレが今言っていることはあまりにも無理がある申し出だろう。
「いやいや、私もまさかアレンがあのように叫ぶなんて思いもしなかったさ。そのおかげで、ボルゴラムの言葉にも私は冷静さを保っていられたのでありがたかったがな」
「最近は頭にくることが多かったからな、いろいろ溜まっていたんだよ」
「普段の大事にしない様にうまく立ち回ろうとするアレンも良いが、私としては今回のように感情を曝け出してくれるアレンの方が好ましいぞ」
「……誉め言葉だと思って素直に受け取っておくよ」
このままフレイヤとの会話を続けても、オレに都合の良い展開には転ばないということは最早明白だったので、話題を打ち切るために戦略的撤退を試みる。
フレイヤもオレの意図を酌んでか、それ以上揶揄ってはこなかった。
「まあ、終わったことをいつまでも嘆いていても仕方がない。問題はこれからどうするかだ。アレンも良そうで来ていると思うが、ボルゴラム元帥は王国貴族の中の貴族。このまま何事もなく終わらせることは無いだろう。絶対に何かしらの復讐はしてくると思う。それがどのような方法かは分からんが、絶えず警戒しておかねばな」
フレイヤの表情が真剣なものへと変わる。
「……今から戻って謝れば許してくれないかな?」
「それだけは絶対にありえんな。アレンも分かっているだろう?
それに、アレンは謝罪をしたいのか?」
「いや、それはまあ嫌だけど……」
ボルゴラムの最後の態度を考えると、謝ったところで素直に許してくれるなんてありえないということくらい分かっている。
「ちなみに、私としては権力や階級をたてにグチグチ嫌がらせをされるよりも、決闘などの話が早い解決方法を所望している」
「オレとしては出来るだけ穏便な解決方法なら何でも良いよ」
確かに、ボルゴラムと決闘を行ってボコボコにしてやるのも一興だが、そうなればさらに復讐が激化するのは明白だ。それならば、相手の気が済むまで小言や嫌がらせを受けていた方が良いと思ってしまうのはオレだけだろうか。
「何はともあれ、ドラゴンだけだった相手が王国軍の元帥も追加されたという事だ。まさしく、どこにも味方のいない状況だな。まあ、はなから王国軍を味方だと思ってはいなかったがな」
獲物を見つけた獣の様な表情で笑うフレイヤの様子を見つめながら、諦めと覚悟を決めたオレは大きく息を吐き出した。
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