33: 第二次ドラゴン討伐(6)
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思いと実力――それら二つが合わさることにより初めて目的は達成される。
例え思いだけが強くても、実力がなければ目的を達成することは出来ないし、その逆も然りだ。
自身を客観的に見つめて現状を把握することが何よりも大切なのだが、それが出来る者は少ない。誰もが自身を過信し、破滅を招いてしまう。
オレは今の自分を正確に認識できているのだろうか?
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「――それで、二人は戦闘に参加するのか?
オレとしては二人は戦闘に参加しない方が良いと思うのだが」
本日分の食料を奴隷兵士たちに渡し終わったオレたちは、未だ王都に帰ることなく野営地に留まっているターナとレイチアと共に、焚火でこんがりと焼いたオークの肉を頬張っていた。
辺りはすっかりと暗くなってしまい、ターナとレイチアだけで王都に戻らせるには心配なため、今日はオレたちと共に野営地で一夜を過ごすことになっている。明日の食料補給係であるリーフィアと共に二人は王都へと帰るのだろうと想定していた。
「私も本当はアレンさんたちと一緒に戦いたいと思っていたんすけど、残念ながら実力が足りないとルナリアさんに言われてしまったので明日帰ることになっているっす」
肉を頬一杯に詰め込んだターナは少し悔しそうな表情を浮かべるが、自身の実力をしっかりと客観視できているのであろう、どこか納得したような口ぶりであった。
「アレンさん、心配しないでください。その辺は私たちもわきまえています。
私たちも出来ることならば皆さんと一緒に王都の危機に立ち向かいたいと思っています。ただ、そんな感情だけでは皆さんの足手まといになってしまうのは明白です。私たちにはまだまだ実力も実戦経験も足りない。今回は悔しいですけど王都で孤児院のみんなと共に皆さんの帰りを待ちたいと思います」
レイチアが口元についた肉汁を上品に拭う。わんぱく少年のようなターナと異なり、落ち着き払った所作のレイチアであったが、その手は焚火の周囲でこんがりと焼かれたおかわり用の肉へと向かっている。王都の店で食べることが出来るような完成された味では決してない。オークの肉に塩をかけて焼いているだけだ。しかしながら、外でしか味わうことの出来ない魅力的な味だった。どうやらその魅力にレイチアも憑りつかれてしまったようだ。
「そうだな、それが良いと思う」
二人それぞれの反応を見ながら、オレもお代わりに手を伸ばす。
レイチアの言う通り、二人はまだまだ経験不足だ。まあ、オレ自身も冒険者になってさほど年月が経過していると言う訳ではないので偉そうなことを言えた立場ではないが、それでも新人としては破格の経験をしてきたと自負している。それに加え、フレイヤというAランク冒険者と共に行動し修行もしているのだ。
そんなオレたちに比べ、二人はそのような死線を何度も経験したことは無いだろうし、フレイヤのような圧倒的な力を有する存在に師事している訳でもない。
『王都を自分の手で守りたい』と思うのは簡単だ。しかしながら、それを実現するためには相応の実力が伴わなければならない。そうでなくてはただの無駄死に、いやむしろ周囲の者どもに迷惑をかけるという意味では邪魔でしかない。
「二人の気持ちは分かるけど、今回の討伐に関して冒険者たちは別に強制はされていないから。無理に参加してもマザーたちが心配するだけでしょ。
王都で二人に出会った時に今回の討伐には参加させないって約束したから」
妹分でもある二人にわざわざ危険な思いをさせない様にルナリアも考えていたらしい。がさつそうに見えて実は気遣いも出来るのがルナリアの美点であり、彼女が二人に慕われている理由だろう。そんなルナリアは早くも二度目のお代わりに向けて手を伸ばしていた。
「じゃあ、今日は早めに休むとするか。
明日はなるべく早くここから出発して、いち早くマザーに顔を見せて安心させてあげないとな」
「ええーっ、久しぶりに一緒になれたんですから色々とお話ししたいっす!」
ターナが驚いた表情でオレの方へと詰め寄ってくる。
オレに抗議する前にいったん手に持った肉を置いて欲しい。ターナが持っている肉を上下に振りながら講義してくるので、肉汁が周囲に飛び散り、オレの服に小さな染みを作っていく。
「そうは言ってもな、ここは野営地とはいえ一応危険な場所なんだからあまり長居しない方が良いだろう?
それにここにはオレたち以外にも王国軍やら冒険者やらがいるんだからな。場合によってはモンスターよりも質の悪い連中が多い。これはオレのただの勘なんだが、二人がこんな所にいたら絶対に騒動に巻き込まれてしまうと思うぞ。今この場で丸く収めたとしても、王都に戻って何をされるか分からないからな。万が一そんなことになったらオレがマザーさんに顔向けができないよ」
オレは真顔でターナとレイチアを見る。レイチアは納得してくれているのか何も反論することなく肉の味を堪能している。一方、ターナはオレの意図を理解しているものの納得していない様だ。
「まあ、もう会えなくなると言う訳では無いのだから、ここは大人しくオレの言う事を聞いておいてくれよ。ここに長居しても何も良いことなんて無いんだから」
オレが子供に言い聞かせるように優し気な口調でターナに語り掛けた――その時、
「――おい、お前に用事がある!」
「……な、言っただろ?」
どうやら今日はオレの勘がさえわたっているようだ。一瞬、自分が未来予知を習得したのではないかと錯覚してしまったぐらいだ。
オレの目前にいるターナの視線がオレとオレの背後で何度も行き来する。
不快な声は間違いなくオレたちに向けられているのだろう。しかし、もしかしたらオレの幻聴だったのかもしれない。一縷の望みに賭けて呼びかけに応じないというのも手なのではないか。
――そうだ、そうしよう! 先ほどの声はオレが疲れているから聞こえてしまった幻聴だ。そう言う事にしておこう。
「――貴様、聞いているのか!
これ以上は侮辱罪とみなしてこの場でその首を叩き斬るぞ」
……どうやらオレの耳は正常らしい。先ほどよりも怒りが籠った言葉がオレたちの方へと確実に向けられている。
「……オレに何か御用でしょうか?」
オレは相手にバレない様に小さくため息をつきながら振り向く。
オレが振り向いた先には一人の王国軍兵士が苛立ちを隠さずに立っていた。以前に絡まれたフレイヤの知り合いだという貴族どもよりも華美な装備を身に纏い、態度もより偉そうだった。おそらくは有力貴族の血縁者、若しくはその様な貴族に仕えている者なのであろう。
オレは目の前の相手を見て、今後のためにあまり刺激しない方が面倒ごとを引き込まないと瞬時に悟り、如何にも従順そうな態度で接することに決める。
「あの、貴族様、あなた様の目的は私たちで相違ないのでしょうか?
恐れ多くも私があなた様のご尊顔を拝見するのは本日が初めての事のように思うのですが」
オレの精一杯の態度が少し気持ち悪かったのか、後ろで様子を見守っていたルナリアとリーフィアの小さく息を噴き出した音が聞こえた。オレは今真剣にこの課題に取り組んでいるのだから、頼むから笑わないで欲しい。二人に釣られてオレ自身も噴き出してしまいそうになってしまうのだから。
「無礼者が! 貴様のような平民は黙って従っていれば良いのだ!
分かったのなら私についてこい!」
そう言うと、兵士は振り返り歩き始めようとする。
「――少し良いか」
そんな兵士の背中にフレイヤが待ったをかける。
「女、何の様だ?」
兵士は眉を八の字にゆがめながらフレイヤを睨みつける。どうやら足を止められたことで兵士の苛立ちはさらに高まってしまったようだ。
「アレン一人だけで行かることは出来ない。どこに連れていくかは知らないが私もついて行こう」
フレイヤは食べかけの肉を置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「貴様、女のクセに私に意見するのか!」
「私は確かに女ではあるが、あなたと同じ貴族家の者だ。
それ相応の態度を要求する」
「――貴様!」
フレイヤの言葉でとうとう怒りの頂点に達してしまったのか、兵士は腰に下げていたソードへと手を伸ばす。
「――抜いて良いのか?
私はフォーキュリー家の者だ。決闘を挑まれたのであれば絶対に引くことは無いし、徹底的に相手を叩きのめす。それが我が家の家訓だからな、それを違えることは出来ない。それでも良いのだな?」
フレイヤは低めの口調で淡々と告げる。別に声を荒げていたと言う訳でもないのに、フレイヤの言葉にはかなりの迫力があった。ひとたび戦闘の火ぶたが切って落とされたなら、どちらかが動けなくなるまで止まることが出来ない――そう感じさせる口ぶりだ。
「……そうか、貴様がフォーキュリー家の小娘か」
フレイヤの迫力に気圧された兵士は悔しそうに唇を噛んではいるが、ソードを鞘から抜くことは無かった。兵士もここで抜いてしまえば、自身が確実に負けてしまうという事が理解できたのだろう。
「それで、私の同行は許されたのか?」
「……ついて来い!」
兵士は振り返るとオレたちの返答を待たずに足早に歩き始める。
「ねえ、ここでついて行かなかったらどうなるのかしら?」
「……絶対に面倒事が増えるだけだから」
ルナリアが悪そうな笑みを浮かべながら面白そうなことを提案する。
しかしながら、オレにはそれを試してみる勇気はなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。フレイヤも一緒のことだし心配しないで待っていてくれ」
オレとフレイヤは先を行く兵士の背中を追いかけ始めた。
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