31: 第二次ドラゴン討伐(4)
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『勇気』とは何だろうか?
どんなに不利な状況でも逃亡することなく、弱音を吐く心を奮い立たせて何度でも立ち上がる。そんな光景を思い浮かべる者が多いのではないだろうか?
ただ、逃げることを完全な悪としてしまうのは違うと思う。自身の力量を冷静に鑑みた結果、絶対に勝てないという答えが出たのなら逃亡もしょうがない事だろう。
『臆病者』だと他者から指を刺されて笑われようと、生きて将来の自分の成長に賭けてみる。その決断の方がよっぽど『勇気』のある行動だと思うのはオレだけだろうか?
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「――ルナリア、先ほどはありがとう」
トラ族による感謝の言葉を受け取ったフレイヤの表情は明らかに晴れやかだった。
大丈夫だと自分の心をどんなに騙しても、全く傷を負わないと言う訳ではない。心の片隅には確実に小さな腫瘍が発生し、自分を騙すごとにつれその腫瘍は段々と大きくなる。
「別にお礼を言われるような事じゃないわよ。
ただあんな風に全ての貴族が悪い奴らだと思われることに納得がいかなかっただけ。確かに、スレイブ王国の貴族のほとんどは彼らが拒絶するに値する救いようもない奴らばかりだけど、そんな奴らとフレイヤを一緒にされたくはないでしょ。フレイヤは私たちの認めた大切な仲間なんだから」
オレたちの先頭を歩くルナリアの表情は見ることが出来ない。しかしながら、髪の毛から垣間見えるその耳は少しだけ紅潮しており、ルナリアの心情を物語っていた。
そんなルナリアの様子に対して、オレたち三人は温かな視線を向ける。
「まあ、最後にはちゃんと理解してくれてよかったですね。
彼らに向かって行くルナリアの様子に若干ドキドキしましたけど」
確かに、フレイヤの事を庇うあの時のルナリアは、貴族どもと対峙していた時よりも迫力があった。
「それだけ私の事を気遣ってくれている事だろう。
私としてはかなり嬉しかったぞ」
フレイヤが先ほどまでのルナリアの様子を思い出して頬を緩める。
「う、煩いわね。いつまで過去の話をしているの」
さすがに居心地が悪くなってしまったのか、ルナリアは振り返るとオレたちに先ほどまでの事を忘れるように怒る。眉を八の字にして見るからに『わたし怒ってます』という表情をしているが、赤くなった頬を見れば照れ隠しであるということは一目瞭然だった。
「悪い悪い、つい嬉しくなってしまったのでな。
もう止めるからそんなに怒らないでくれ」
「まあまあ、ルナリアもそんな顔しないでよ。
フレイヤも別に馬鹿にしている訳じゃないんだから」
真っ赤な顔を近づけてくるルナリアをフレイヤとリーフィアが宥める。
「……もういい!」
二対一であることに加え、自分自身もそれがただ照れを隠す為だけによる行動だと理解しているのだろう、ルナリアはバツが悪くなったのか再びオレたちに背を向ける。
「それにしても、いつになったらここから移動するのでしょうか?
ドラゴンが未だ森の中にいるので、わざわざ戦いにくい場所へと赴く必要はないとは思うのですが、さすがに気が抜け過ぎではないですか」
「上の方々は緊急性がないと判断しているのだろう。
変に刺激して森の中から出て来でもしたらもう後戻りが出来ないからな。
ただ、ここに居座ってしまう期間が長ければ長いほど討伐に参加している兵士や冒険者の緊張の糸は緩んでしまので、良い影響はないだろうがな」
フレイヤは溜息を吐きながら遠くに視線を向ける。
「案の定、ああいう連中がもうすでに出てきてしまっているがな」
フレイヤの視線の先には飲み疲れたのか大地の上で寝ている身なりの良い貴族風の兵士や、お互いを殴り合っている喧嘩中の冒険者とそれを止めることなくはやし立てているその仲間たち。
しょうがないと言えばそうなのかもしれない。
貴族どもの方はもう説明は不要であろう。彼らにまともさを求めることは無理なことなのだ。
冒険者の方はどうであるかと言えば、ここにきている多くの冒険者たちの動機が関係している。
ドラゴンという圧倒的な相手と対峙しようとしているのだ。普通の冒険者ならば自身の命を最優先にするのが当たり前だ。
勇気と蛮勇は違う。
そのことを明確に理解しているからこそ依頼中に命を落とさずに、長期間冒険者生活を続けることが出来る。逆に言うと、そうした危機回避能力を持たざる者は冒険者として長続きしないだろう。名声やプライドを時には捨て去ることが出来る者だけが長生きするのが冒険者だ。
そう言ったまともな冒険者やベテランと言われるような冒険者はまずこの作戦には参加しないだろう。そう言った冒険者の中でも王都に特別な感情を持つ者は王都を守るために参加しているかもしれないが、オレが思うに少数だろう。なぜなら、王都の冒険者たちの多くは他の地域から出てきた者がほとんどだからだ。王都に何かあれば故郷に戻れば良いだけ。
それに加え、冒険者ギルドは王都にだけあるのではなく、この世界各地に存在する。王都から離れたとしても、モンスターを狩ることの出来る実力があればどんな所でも生きてはいけるであろう。
では、今ここにいる冒険者はどういう者たちか?
簡単に推測できるのではないだろうか。
「ほんと、名声がそんなに欲しいのかしら?
貴族に何てなっても良いことなんて無いでしょうに」
「権力にものを言わせてふんぞり返りたいんですよ。
あんな連中が貴族になるかもしれないなんて、想像するだけでも頭が痛いです」
遠くで騒いでいる冒険者たちを見るルナリアとリーフィアの視線を冷ややかであった。
「今回の作戦でどんなに武功を上げたとしても下級貴族にしかなれないからな。上級貴族に良い様に使われるのがオチだ。
私からすれば気ままな冒険者の方が良いと思うのだが。権力があれば何でも許されると考えている者が多いという事か。その様に考えさせる原因は確実に貴族だと思うと申し訳ない気持ちで一杯だ」
フレイヤが言う様に、今回の作戦で武功を上げても結局は下級貴族に陛爵されるだけだ。フォーキュリー家のように上級貴族に馬鹿にされながら奴隷のようにこき使われる。そんな現実を知らず、輝かしい将来を妄想する彼らは何と幸せなことか。
「そう言えば、フレイヤのお父さんは今回の作戦に参加しないの?
かなりの実力の持ち主なんだから、少しでも戦力が欲しい現状だと参加していても良いと思うのだけど?」
「ゴルギアスさんなら事務仕事よりもこちらを優先しそうですけど」
確かに、武闘派のゴルギアスなら日頃の憂さを晴らすためにも今回の作戦に参加してもおかしくないのだが、参加できない理由があったのだろうか。まあ、王国軍に属していない、それも貴族家の当主が参加するなんて普通はあり得ないのだが。
「父上なら王宮で相変わらず事務仕事を押し付けられているよ。
聞いた話によれば、今回の作戦の責任者であるボルゴラム元帥に参加不可を命じられたそうだ。ボルゴラム元帥の案に反対していた父上が今回の作戦で武功を上げるかもしれないという事が気に入らないのだろう」
「……本当にくだらないわね」
王宮の一室で今も必死に苦手な事務仕事をしているゴルギアスの様子を想像するとあまりの哀れさに、今度会った時はもう少し優しくしようと決心する。
「まあ、例え今回の作戦に参加していたとしても、父上は自由に動けんだろうからな。戦場でも王宮でも父上の機嫌が悪いのは一緒だろう」
「……それなら王宮で大人しくしてもらっていた方が何かとマシか」
「それを父上の前で口に出すんじゃないぞ。
言いたいことは分からないでもないがな」
オレたちは軽口を叩きながら、オレたちが野営している方へと戻った。
読んでいただき、ありがとうございました。