6: 旅は道連れ世は情け
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突然だが、旅の仲間ができそうだ。しかも、女子二人! 両手に花の状態だ。今までこんな経験がないので、浮ついてしまう。オレはカッコよく映っているだろうか。もっと紳士的対応をするように心掛けねば……
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「……アレ……」
誰かがオレのことを呼んでいる気がする。ただ、その声は完全にオレの目を覚ますことはできなかった。それもそうだろう、ただでさえオレは巨大オークとの戦闘で疲れていたのだ。それに加えて、突然、一人は意識を失っているとはいえ美しい女性二人の近くで寝ることになり、なかなか寝付けなかった。オレがようやく緊張に疲れて眠りについたのは周囲が白々としてきた頃。そんなオレがいつものように起きることができないのは当たり前だろう。もう少しだけこの気持ちの良いまどろみを堪能していても罰は当たらないと思う。そうと決まれば、もう少し……
「……アレン……アレン……ねぇ、アレン……」
オレを呼ぶ声がだんだん大きくなってきた気がする。それにその声には明らかに呆れと少しの怒りが混じっていた。それでもオレは起きない。もうちょっと眠ると決めたのだ。この睡眠は誰にも邪魔させない。例え、貴族や王族からの命令であったとしても……
「ねぇってば! アレン! そろそろ起きてよ!」
限界はすぐに訪れた。大きな声に加えて、身体を激しく揺らされてしまっては反応せざるを得ない。
「……う……るさいな」
オレは不満を口にしながらゆっくりと身体を起こす。そこにいたのは貴族でも王族でもなかった。オレは睡眠の邪魔した張本人であるルナリアの方を見る。
ルナリアが起きてから大分時間が経過していたのだろう。ルナリアは見た所もうすでに支度を整え終えていた。昨日あんなことがあったのに、よく早く起きることが出来たものだ。これが現役の冒険者と一般人の差なのか。
「アレン、もう昼近くよ!
そろそろ王都に向かわないと、今日もこの辺りで野宿することになるわよ」
オレは予想していたよりも大分寝坊していたようだ。まさか、昼まで寝ていたとは。ルナリアもオレを起こそうとするわけだ。もしかしたら、かなり長い間オレが起きるのを持っていてくれていたのかもしれない。そして、とうとう我慢の限界がきてしまったのだろう。
まあ、ルナリアの言う通り、そろそろ出発しないと今日もまたここら辺で野宿をすることになってしまうのだが。
「ごめん、ルナリア。
もう起きたからそんなに怒んないでくれよ」
オレは素直にルナリアに謝る。その際、ルナリアの隣にもう一人の姿があることに気付いた。
「え、えっと、リーフィアだよな?
オレはアレン、よ、よろしく……」
リーフィアのことは昨日の時点でルナリアから話を聞いてもう知っていたけど、彼女が目を覚ました状態で顔を合わせるのは今が初めてだ。オレは無難に自己紹介をした。
「おはようございます、アレンさん。
あなたのことはルナリアから聞きました。私のことを助けてくれたんですよね。本当にありがとうございました」
良かった。どうやら見た感じではあるが体調も良さそうだ。特にフラフラもしていないし受け答えもしっかりとしている。
冒険者には死がどうしても付きまとう。そんな恐ろしい体験を冒険者になる前に目撃するという目覚めの悪いことがなくてよかった。
オレが心の中でリーフィアの回復に安堵していると、彼女はオレの方へ一歩近寄り、もうすっかり完治した方の手を伸ばしてきた。
彼女の意図を察したオレは、彼女と同じように手を前に出してそっと握手をする。彼女の手は予想以上に温かく、冒険者だとは思えないほど柔らかい。彼女の手には武器を持って戦う冒険者ならみんな出来ているであろう、硬いマメが全くできていなかった。それに加えて、動きやすそうな防具をその身に纏うルナリアとは違って、彼女はローブを羽織っている。オレはそれらのことから考えうる一つの答えを導き出す。
「もしかして、リーフィアって魔法士?」
「そうですよ。
ただ、強力な魔法は使えないですけどね」
「いやいや、魔法が使えるだけですごいよ」
オレは魔法なんて使えない。魔法はとても感覚的なものだ。その感覚はその感覚を知る者からしか学ぶことができない。そのため、魔法は一人で努力すれば使えるというわけではない。魔法を覚えるためには魔法士に弟子入りして教えてもらうか、国が経営する魔法士育成機関に入学して魔法を学ぶしかない。ただ、その育成機関に入学するためにはすごい倍率の試験に合格するしかなく、狭き門となっている。結果的に、魔法士の数は圧倒的に少なく、希少な存在なのだ。冒険者間においても魔法士は引っ張りだこ。普通よりも高い報酬で雇われることが多い。
リーフィアはオレの称賛に照れたのか、頬を少し赤らめる。その顔にオレは少し見とれながらも、どうにか煩悩を払いのけてルナリアの方へと視線を移した。
「ルナリアは何時ぐらいに起きたんだ? オレよりもかなり早かったみたいだけど」
「明るくなってしばらく経ってからよ。その後にリーフィアが目覚めたの。アレンが起きるのを待っているついでに、ここにいる経緯とかアレンの事とかを話していたわ。大体説明を終えたのにアレンが中々起きないんだもん。さすがに待ちくたびれたわ。
それで、アレン、ここで食事してから王都に向かう? さすがに何も食べないで行動はできないでしょ」
「あぁ、そうしようか……
それより、リーフィアに昨日の件は確認したのか?」
オレは昨日の件――王都に一緒に向かうということについてどうなったのか聞いた。
「ええ、アレンが寝ている間にしたわよ。
ね、リーフィア」
「はい、よろしくお願いしますね、アレンさん。
アレンさんが一緒に行動してくれるなんて心強いです」
「い、いや、オレは男なんだけどいいの?
さすがにちょっと心配になった方が良いというか……」
「大丈夫ですよ。
アレンさんはそんなことはしない人だと思いますから」
「いや、まだ会って間もないんだけど……」
この二人には警戒心というものがないのだろうか? 普通は初対面の男に対してこんなにも信頼を寄せないだろうし、寄せるべきではない。ここは何からも守られていない外の世界なんだ。無警戒よりも警戒しすぎる方がむしろ丁度良い。このままだと、いつかこの二人は痛い目を見るに違いない。
それとも、オレが二人に手を出す度胸がないヘタレであるということが、見透かされているのか? 確かに、オレは女性経験がない。しかし、だからこそ怖いんじゃないか? 張りつめたものはその限界を迎えると、突然、すごい勢いで破裂する。そして、その中にあったものは何からも縛られなくなり、勢いよく四方八方へと流れ出てしまう。そうなってしまうと、誰にも止めることはできないだろう。確かに、オレの限界値は人より高いだろうけど、限界値がないわけではないし、そもそも、そんなことをまだ会って間もない二人が知る由もない。
オレのそんな心配をよそに、リーフィアはオレの前でおっとりと微笑んでいた。その笑顔はオレの頭の中でうごめく心配事をきれいさっぱりと浄化していった。その笑顔にはオレが悪人ではない信用にたる人間であるということを確証していることが表れていて、オレはいろいろと考えていることが馬鹿らしくなってしまい、緊張で凝り固まった身体が弛緩していく。
「……はぁ、わかったよ。一緒に行こう」
オレはリーフィアの緊張感のない無防備な様子に少し呆れながらも、彼女たちの申し出を受け入れた。
「よーし、そうと決まれば早く食事にしましょう。
チャチャっと食べて王都に向かうわよ」
「ルナリア、そう急かすなよ。
まだ起きたばっかりなんだから……」
「そうよ、ルナリア。
アレンさん、ゆっくりでいいですよ」
せっかちなルナリアとおっとりとしたリーフィア。正反対な性格を持つ二人だが、二人の雰囲気から彼女たちが本当に仲が良いのが伝わってくる。きっと、今まで二人でいろいろな体験をしてきたのだろう。それはオレにはないものであり、オレにはうらやましすぎるものだ。
ただ、オレも今日からそんな体験ができるんだ。「仲間」という存在と行動するという体験を。そのことについて考えると自然とオレは微笑んでいた。
「――アレン、何笑ってるの?
早く食べましょうよ」
「ああ、わかったよ」
オレは今後の王都までに道のりについて考えながら、二人と一緒にパンを食べる。今日食べるパンはいつものパンよりもおいしく感じられた。
読んでいただき、ありがとうございました。