29: 第二次ドラゴン討伐(2)
*2024/07/07 誤字・脱字修正
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現在の状況を満喫するためには、自身の思考を止めることが重要だ。
安寧という甘美な響きの中を揺蕩いながら、自身の認めがたい事には目を閉ざす。そうすることにより弱く脆い自尊心を、迫りくる不安という衝動から守り抜く。一歩一歩と着実に近づいてくる破滅の足音を聞きながら。
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ようやくヒト族ではない奴隷兵士たちに食料をいき渡らせ、さあこれから少しずつ彼らとの心の距離を近づけていこうと考えていたのに、そんなオレたちの苦労を一瞬でぶち壊してしまう様な恥ずべき声が聞こえて来た。
「はあ? 逆に聞くけど誰の許可がいるって言うのよ?
これは私たちが自発的に当たり前のことをしてあげているだけ。あんた達みたいなクズ野郎には到底理解できないでしょうけどね」
背後から聞こえて来た言葉に頭にきたルナリアは、唐突に向けられた蔑みと侮蔑の視線に震えて委縮してしまった奴隷兵士たちを自身の小さな身体で庇うように振り返り、このような状況を作り出した者たちを睨みつける。
「おいおい、たかが冒険者ごときが俺たちに反抗するのか?」
「これだから私は冒険者などと言う野蛮な存在が今回の作戦に参加するのは反対だったのですよ」
「まあまあ、そう言うなって。
知性のない存在をしっかりと躾けるのも我ら貴族の役目というもの。より良い王国の将来ために我慢いたしましょう」
ルナリアの鋭い視線にも全く臆することなくこちらを値踏みしてくる男たち三人。嫌悪感を抱かざるを得ない貴族の男たちがよく見せる笑顔を浮かべていた。
事実、彼らの身なりや口振りから推測するに、彼らは貴族に連なるものなのであろう。まるで新品であるかのような傷一つない装備、自身が選ばれた存在であるという事を全く疑っていない自信に満ち溢れた表情、周囲の者が自身に傅いて当然であるという不遜な態度。それらすべてが彼らの出自を示していた。
「あんた達も貴族ならあっちでバカ騒ぎしていたら良いんじゃない?
今からドラゴンと戦うというのに緊張感の欠片もないあっちの方でさ」
男たちの様子にさらに怒りを刺激されたルナリアが、酔い狂った身なりの良い兵士が多くいる方を指さしながら吐き捨てる。
「貴様、女のクセに生意気だな」
「女と言えど貴族家に連なる者ならもう少し慎ましさがあるのですが、やはり冒険者などという下賤な者たちの中では品性も汚れていくようですね」
「死にぞこないの家畜どもにエサを与えるぐらいだから知性の欠片もないと思っていましたが、まさか我ら貴族にも歯向かうとは。あまりの可哀そうさに同情すら覚えてしまいました」
ルナリアの態度に怒る者、驚く者、呆れる者と三者三様の反応を示す男たち。しかしながら、そんな奴らに共通していたのは、自分たちに対して全く敬意を示さないルナリアに対する強い憤りであった。
「元はと言えば、あんた達王国軍が彼らに対して酷い扱いをしているのが悪いんじゃない。
そんなことも理解できていないなんてさすがは尊き貴族様だわ。自分の事しか考えられない自己中心的な残念な頭ね。もしかしてその頭も飾り物なんじゃない? あんた達の屋敷に飾られているみたいな」
「ルナリア少し言いすぎですよ。相手はどんなに残念でも一応貴族なんですから。
まあ、自分たちの部下をぞんざいに扱うなんて愚行を推進しているのですから、ルナリアに言われてもしょうがないでしょうけど」
ルナリアの態度を諫めるふりをして、リーフィアも参戦してしまった。さすがルナリアの幼馴染と言うべきか、リーフィアの顔にはルナリアと同様に貴族たちに対する強い嫌悪が浮かんでいる。
リーフィアの手にはいつの間にか怪しく光る『魔法の杖』が握られており、いつでも戦闘に移れるようにとの準備は完璧だった。
以前はどちらかと言えば大人しい印象の方が強かったリーフィアだが、この頃はルナリアよりも手が早く感じてしまうのはオレの勘違いだろうか。
さすがにいきなり相手に魔法を放つことはしないが、相手が少しでも攻撃姿勢に移ろうものなら、すぐさまリーフィアの魔法が相手を飲み込んでしまう事だろう。
そのことが三人にも理解できたのか、先ほどまでの表情から三人とも焦った表情へと打って変わっていた。額には冷や汗が浮かんでおり、軽口を叩く気配もない。碌に戦闘の経験のない貴族たちに対して、リーフィアの脅しはかなり効果的であった。ただ、リーフィアが背後で庇っていた奴隷兵士態もリーフィアの気迫に押され、最初よりも委縮してしまっているという事は残念ではあるが仕方がないのかもしれない。
「おっ、お前、誰に歯向かっているか分かっているのか!?」
「そ、そうですよ、私たちはあなた達とは違い貴族なのですよ? 私たちを攻撃すれば大問題になりますよ」
「そうなれば、あなた達は確実に処刑される運命です。それでも良いんですか?」
三人の兵士たちは、リーフィアをどうにか抑えようと必死になっているが、先ほどまでの威勢は全くない。言葉だけは相変わらず貴族的ではあるが、その声は上ずっており、彼らの心情が浮き彫りになっていた。
「別に私はあなた達を攻撃しようとはしていませんよ。ここは王都から近いとはいえ壁外なのですからいつモンスターが襲ってくるかもしれません。それに対応できるように準備しているだけです。私は見ての通りか弱い魔法士なのでこうでもしていないと安心できないんですよ。ああ怖い怖い」
リーフィアはわざとらしく肩を震わせ、あたかもモンスターを恐れているか弱い女の子を演じる。しかしながら、その表情には当たり前だが全くと言って良いほど不安の色は見えない。むしろ自身の魔法の餌食となる間抜けなモンスターが早く現れないかと期待しているように見える。
……昔のリーフィアに今の自分の姿を見せたらどう思うのかな? いや、出会った当初は隠されていただけで、昔からそうだったのか?
最近、すっかりルナリアよりも好戦的になったリーフィアの姿に、出会った当初の大人し気な女の子の姿が脳裏をよぎる。しかしながら、その姿は風に吹かれてすぐさま消え去り、目の前で好戦的に微笑むリーフィアに変わってしまった。
「お前たち、いい歳になったにも関わらずまだこんな幼稚なことをしているのか?」
「――おっ、お前はフレイヤ!?」
「ああ、少し安心したぞ。お前のような小さな頭でも私の事は憶えているようだな」
「きっ、貴様、俺を侮辱するのか!」
三人の内リーダー格の男がフレイヤの言葉に激昂する。
しかしながら、そんな男の様子にフレイヤは臆することなく、赤く澄み切った瞳で男の事を睨みつける。
「――止めときましょう! 相手はあのフレイヤです。その身体半分がモンスターではないかと噂されているあのフレイヤですよ!」
「王都内でしたらどうにでもなりますがここは外。あの野蛮なフレイヤが生まれたとされている場所です。何をされるか分かりません。非常に腹立たしいですがここは一旦引きましょう!」
「……私を目の前にして面白いことを囀るではないか」
リーダー格の男をどうにか止めようとしていた腰巾着二人のかなり酷い言い様に、フレイヤのこめかみがピクピクと震えていた。
「――そんなに死にたいのか?」
先ほどよりもかなりドスの利いた声でフレイヤが呟く。
これ以上フレイヤを刺激するのはやめて欲しい。ただでさえルナリア、リーフィアと今も敵意剥き出しで何かあればいつでも攻撃できる体制に入っている二人がいるのに、そこにフレイヤが加わってしまったらもう止めることは出来ない。三人が止まるのは、彼らの身体が傷だらけの状態で母なる大地に転がる時だけだろう。
「っく、行くぞ!」
三人の圧に完全に飲まれてしまった男たちは踵を返して貴族たちが未だに騒いでいる方へと消えて行った。
「……これ絶対に面倒くさくなるやつだな」
満足げな三人の後ろで、今後の事を考えると頭が痛くなり思わずため息をついてしまうオレがいた。
読んでいただき、ありがとうございました。