28: 第二次ドラゴン討伐(1)
*2024/07/07 誤字・脱字修正
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他者が集まれば組織ができ、組織が出来れば派閥ができる。そして、派閥が出来ればその派閥間での争いや上下関係が自然と生まれる。これは世界が誕生してから変わらぬ一つの真理であり、オレたちが抜け出すことの出来ない呪縛であるのかもしれない。
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「――まさかここまで早く声がかかるとはな」
「国王軍もだらしがないわね。まあ、相手がドラゴンだから仕方がないと言えばそうなんだけどね」
「ドラゴンが本当にいるとは考えていなかったという噂も聞きました。もしかしたらそれほど準備をしていなかったのかもしれませんね」
オレとルナリア、リーフィアがゴルギアスからドラゴン討伐への参加を要請されたのは、王国軍が敗走したという結果が民衆に広まり、王都が更なる混乱に陥った後であった。
オレたちの他にも王都に残った命知らずの冒険者たちが、ある者は名声を、ある者は莫大な富を、またある者は貴族へと叙爵されることを夢見て参加を希望している。
「リーフィアの考えている通り、王国軍はさほど準備をせずに進軍したらしい。表面上は他種族の下級兵士が命令を無視して暴走したという事になってはいるが、実際はボルゴラム元帥が功を急いだ結果だそうだ。まったく、こんな一大事の時でさえも自身の事しか考えられないとは、同じ貴族であることが恥ずかしくなってくる」
どこか呆れた表情のフレイヤは青く澄み渡った空を見上げる。空には真っ白な雲が優雅に浮かんでおり、今その下で起きている事態などまったく気にしていないように見えた。
「ねえ、そのボルゴラムとかいうおっさんは今もノコノコと生きているのよね?
自分の失態のせいで死んでしまった者は沢山いるのに。それにあまつさえ今回の敗走をその者たちのせいにして、自分は何も悪くないなんて幼稚な言い訳までするなんて」
ルナリアの顔にはかなりの怒りが表れていた。今回のボルゴラムの対応について怒りを覚えているのはルナリアだけではなくオレたちも同様だ。自分では確認できないが、今オレの眉間にも多くのシワが刻まれている事だろう。
「今回の件で犠牲になってしまったのは他種族の兵士がほとんどだ。ボルゴラム元帥を含め、王国軍に参加していた多くの貴族どもは今もなお生きている。
自分たちが生き残れたのは多くに兵士の死のおかげだというのに、『王国の他種族を排除できた』とか『無知で下賤な存在であるが故に死んだのだ』とか、同じヒト族なのかと耳を疑うような事をのたまいているよ」
フレイヤは視線を上から下へと向ける。そこにはたいそうな装備を身につけた王国軍に所属する貴族たちが、訓練やこれから行われる第二次ドラゴン討伐の準備をすることなく、昼間から酒盛りをして騒いでいる姿があった。
彼らの前には酒のつまみにしては豪華すぎる料理が並んでいる。
「……あれが今回新たに集められた奴隷たちか」
そんな場違いな貴族たちの姿を遠くから光を失った瞳で見つめる一団がいた。彼らには皆首輪が着けられており、これからドラゴンの討伐に向かうというのに装備は無く、所々破けた汚い服だけを身に纏っている。服の裂け目からはガリガリにやせ細った身体が見え隠れしており、ステラと初めて出会った当初の事を彷彿とさせる。
彼らは今回の作戦の為だけに集められたいわば「捨て駒」だ。作戦を無事に終えた時に生きていようが死んでいようが気にも留められない存在。いや、むしろ貴族たちからすれば死んでいてくれていた方が良いのかもしれない。そうすれば、わざわざ自らの手で処分する手間もなくなるし、この王国からヒト族以外の種族を排除することが出来るのだから。
「……父上がどうにか改善を訴えてはいるようだが、良い方へは向かわないだろう」
ここにはいないゴルギアスも、何とか生存者を増やそうと各方面に働きかけているらしいが、所詮は下級貴族の戯言と取り合ってもらえていないらしい。もともと王国貴族として特殊な価値観を持っていたフォーキュリー家はさらに孤立してしまっているのが現状だ。
「とりあえず私たちが持っている食料を渡しましょう。あの様子だとあそこから立って歩くのさえ難しそうだもの」
地面に蹲って動かない彼らの方へと歩き出したルナリアの後に続く。事前にフレイヤから彼らの存在とその待遇を聞かされていたオレたちは、少しでも彼らの腹の足しになればと思い、ここへ招集される前に大量の食糧を買い込んで『魔法の鞄』に詰め込んできた。
種族的に口に合わない食材があるかもしれないと思い、並んでいた全ての屋台から購入したので、その中のどれかは食べることが出来るだろう。
「……かなり警戒されているな」
オレたちが彼らに近づけば近づくほど、彼らの表情は強張っていき、オレたちの接近を明らかに拒絶していた。彼らの境遇を考えればその反応も仕方がない事ではあるが、そんなことを今は同情している場合ではない。生き長らえることが出来れば再び拒絶することは可能だが、死んでしまってはそれまでだ。何にも反応することが出来ずに大地の養分として無に帰するのみ。そう考えれば、彼らの拒絶などまったく気にならなかった。
オレたちは一歩一歩強まっていく彼らの警戒心を無視して歩く。
「ねえ、あなた達お腹が空いているでしょ?
これをあなた達にあげるからみんなで食べて」
『……』
ルナリアが『魔法の鞄』から取り出した彼らの傍に置く。しかしながら、彼らは目の前に突如現れた数多くの料理に一瞬視線を向けただけで、またすぐにオレたちへと視線を戻した。心なしか先ほどまでよりも警戒が高まっているように感じる。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私たちは他の奴らみたいにあなた達を蔑んでいないから」
『……』
ルナリアの優し気な声色も虚しく、彼らが目の前に出された料理に手を伸ばす動機には及ばなかった。しかしながら、彼らの態度とは裏腹に彼らのお腹は正直なようで、主に食べ物で満たす様にと弱々しく要求している。
「ほら、お腹も鳴っているじゃない。我慢しなく良いから早く食べなさいよ。これはあなた達のために持ってきた物なんだから残されても困るのよ」
まさか二度言っても料理に手を伸ばさないとは思っていなかったのだろう、彼らに対して少し不満気な声でルナリアが料理をさらに前に差し出す。
『……』
そんなルナリアの様子に、料理に手を付けることよりも、これ以上ルナリアの機嫌を損ねないようにする事の方が得策だと思ったのか、こちらの様子を警戒しながらビクビクと料理に手を伸ばし、手に取った料理を口に運んだ。
初めはチビチビと齧っていた彼らであったが、久しぶりに口にした食べ物に今まで我慢していた食欲が刺激され、次第にガツガツと貪るように次から次へと腹へと料理を飲み込んでいった。そのため、彼らの前に用意した料理はみるみる減っていき、もうすでに半分ほどになっている。
「そんなに慌てなくても誰も取らないですからもっとゆっくり食べて大丈夫ですよ」
彼らはリーフィアの言葉に頷きながらも、食べ物を口に運ぶのは止めなかった。彼らの様子にオレたちは苦笑しながらも、喉に食べ物がつかえないか心配になる。
「やはり準備して正解だったな」
オレは食料が彼ら全員に行き渡っているのを確認しつつ、『魔法の鞄』に収納してあった予備の料理を取り出し、彼らの前に追加する。
さすがにこれだけあれば彼らの腹を満たすことは出来るだろうが、ここまですごい速さで料理が消えて行くと足りるかどうか少し心配になる。
「――おいおい、誰の許可を得てクズどもにえさをやっているんだ?」
オレが王都内に戻り食料の再調達を検討していた時、視界の外からオレたちが当初懸念していた不快な声が聞こえた。
読んでいただき、ありがとうございました。