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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
114/180

25: 虐げられし者同士

///

 他者を完全に信じる――この世界で最も難しいことだと思う。

 どんなに仲が良かろうと、どんなに長い時間を共に過ごそうと、多少は疑いの念が生まれてしまう。それは生き物としては当然の能力なのかもしれない。

 ただ、その生まれ持った能力に反抗することが出来た時、オレたちは新たなる視界が開けるのかもしれない。

///




「――こちらがオレたちが今世話になっているフレイヤだ。

 一応オレたちと同じパーティーに所属している」


「一応とは何だ一応とは。私は正式にアレンたちのパーティーメンバーだろ」


 フレイヤが頬を膨らませながらこちらを見る。


「ごめんごめん、今のは言葉の綾と言うかなんというか」


「些細なことではあるが、言われた側からすると少し傷つくぞ」


「まあ、なんだ、フレイヤは貴族だけど、貴族らしくないから安心してくれ」


「その言い草もどうだろうと思うが、確かにスレイブ王国の基準で考えれば貴族らしくないのは事実だろう。

 私も畏まられるのは好きではないから、気さくに接してくれ」


「……」


 現在、オレたちはフレイヤの屋敷にてフレイヤとルガルドの顔合わせを行っている。店を王国軍に壊されてしまい、どこか危なげなルガルドの姿に危機感を抱いたオレが、半ば無理やりではあるが連れて来た。フレイヤに許可を取ることなく、勝手に居候を増やすという判断をするなんてと思われるかもしれないが、その時のオレの判断は正解だったと思う。オレがもう一人この屋敷に住まわせて欲しいとフレイヤに頼んだ時、最初フレイヤは驚いた表情をしていたが、事情を説明すると快く迎い入れてくれた。


 フレイヤの反応が芳しいのに対して、ルガルドの表情は暗く、警戒していた。フレイヤの差し出した手に応じることなく、無言で彼女の瞳を真っ直ぐと見つめるルガルド。それは目の前の人物の本性を探るような視線であった。


 かなり失礼だと思われるルガルドの反応も、彼の成り行きを考えれば仕方がないことだろう。詳しく聞いたことは無いが、ヒト族から危害を加えられた過去を持ち、今回もまた同じようなことが起きてしまった。オレたちとは何だかんだ親交はあるが、かと言ってヒト族への不信感や怒りが無くなったわけではない。それに加え、フレイヤはヒト族至上主義を掲げるスレイブ王国の貴族だ。ルガルドが警戒するのもしょうがない事だろう。


 そんなルガルドの様子に対して、フレイヤはルガルドの内心を察したのか、特に気を悪くした様子もなく手を引いた。


「ルガルドと言ったな。今回の件は間接的に私の軽率な行いが引き起こしたものだ。それについて心から謝罪する。本当にすまなかった」


 真剣な表情で頭を下げるフレイヤ。そんなフレイヤの様子に少しだけルガルドの表情が揺らいだのが見えた。


「許されることではないという事は分かっている。私に出来ることならなんでもしよう。ただ、これだけは覚えておいて欲しい。私は人族ではないからと言って、相手を貶めるような奴ではないという事を。私が相手を判断するのは王国や他人ではない――私の心だ」


「……」


「私の心は何人たりとも汚させない。

 どんなに身体が大きくなろうと、どんなに時代が移ろうとも、私のこの思いだけは変わらない」


「……」


 ルガルドを真っすぐに見つめるフレイヤの真剣な眼差しを、瞬きすることなく見つめ返すルガルド。二人の周囲を重苦しい雰囲気が包んでいる。オレたちは二人の様子をただ見つめることしかできなかった。


「……お前もか」


「何か言ったか?」


 ルガルドの小さな声が窓の外で鳴く小鳥の声にかき消され、オレたちの耳に届く前に霧散する。


「……なぜワシを侮蔑しない?」


「その必要がないからだ」


「……なぜワシを嘲笑しない?」


「笑われたいのか? 面白いことをしてくれれば笑うだろうが、嘲笑はしないさ」


「なぜワシから奪わない?」


「赤子ですらその理由が分かると思うのだがな。敢えて口にするとすれば『当たり前だから』だ」


「……なぜだ? ヒト族なんだろ? この国の貴族様なんだろ? であれば、ワシからすべてを取り上げてみせよ! それが、それがお前たちの当たり前のはずだ」


「……」


 ルガルドの声に段々と怒りの感情が込められる。刺すような凍てつく視線をフレイヤへと浴びせるルガルド。フレイヤはその視線を真っすぐに受け止めていた。


「たかだか種族が異なるというだけで忌み嫌うお前たちが、なぜワシに親切にする?」


「……」


「ワシの全てを否定するお前たちが、なぜワシを受け入れる?」


「……」


「貴族なら、崇高な血が流れている選ばれた存在なら、ワシの思いなんぞ考えずに無理やり従わせてみせろ! ワシが拒んでも気にせず命令してみせろ!」


「……」


 今まで心の奥底に閉じ込めていた感情を、子供のように一方的に浴びせる。こんなルガルドの姿を見たことがなかった。


 全てを出し切ったルガルドは息を切らし、肩を上下に動かしていた。


「……その問いに応えるとすれば――私は他の貴族とは違う、だ」


 淡々として口調で応えるフレイヤ。その言葉には嘘偽りは全く含まれていなかった。


「……」


 そのことにルガルドも気付いたのだろう。ルガルドの視線にはフレイヤに対する警戒心は含まれていない。いつものように少し不愛想ではあるが、優しく温かなもの戻っていた。


「――失礼します。

 ご主人さま、もうお話は済みましたか?」


 沈黙が流れていた部屋に、可愛らしい声が不意に訪れる。オレたちは突然のことに視線をそちらへと向けた。


「あっ、ごめんなさい、まだお話の途中でしたか」


 オレたちの視線を受けてまだ話の途中であることを察したのか、慌てた様子で扉を閉めようとする。


「ステラ、もう話は終わっているからこっちに来なさい」


「そうだぞルナリアの言う通りだ。その愛くるしい顔を早く私に見せてくれ!」


 ルナリアとフレイヤの言葉に反応して今にも閉じそうであった扉が止まった。少しだけ開いた扉の隙間から愛くるしい顔がひょっこりと現れる。


「本当に大丈夫だから入ってきて良いよ」


 不安げな表情でどうしようか逡巡していたステラにオレが声をかけると、ステラは嬉しそうに破顔して部屋の中へと入り、早歩きでこちらへと向かってくる。


 オレの胸へと飛び込む寸前、部屋の中に知らない者をその瞳に映したステラは、飛び込むのを止めてオレの背後へと回り、その小さな身体を隠した。


「ステラ、このジジイは見た目はアレだけど、私たちの知り合いだから大丈夫よ」


 ルナリアが少しおどけた様子でステラへと話しかけると、ステラは身体を少し出してルガルドの事を見る。しかしながら、愛想がないルガルドの表情にすぐにまたオレの後ろへと隠れてしまう。


「ステラ、このおじいちゃんは他の人達とは違いますから、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」


 優し気なリーフィアの言葉にステラはもう一度ルガルドへと視線を向けれ。今度はすぐに隠れることなくジッとルガルドを見ていた。ルガルドもその視線を真っすぐに見つめ返す。


「……お前はここにいて幸せか?」


 ルガルドの小さな声がステラへと向けられる。その声はかき消されることなくしっかりとステラの耳へと届いた。


「……私はこの屋敷で過ごせてとても幸せです」


「……」


「大好きなご主人様、いつも明るいルナリアお姉ちゃん、とっても優しいリーフィアお姉ちゃん、厳しいけど温かいイザベル師匠、それに色々教えてくれる屋敷のお姉ちゃんたち」


「――私は? 私を忘れているぞ!」


「……ちょっと私を見る目が怖いけど、それでもこんな私を受け入れてくれるフレイヤさん」


「――なぜだ? なぜ私をお姉ちゃんと呼んでくれない?」


「はいはい、後で慰めてあげるから今は黙っていましょうね」


 ステラへと悲しげな顔をして詰め寄ろうとしていたフレイヤを、ルナリアとリーフィアが部屋の脇へと引きずっていく。


「私、ここ以外の事は分からない……でも、私はここにいて幸せ! それだけは自信を持って言える。この屋敷のヒトと、ご主人様と過ごせて本当に幸せ!」


いつの間にかオレの背後に隠れるのを止めて、オレの横に並んでいたステラ。彼女の小さな手はオレの手を固く握りしめていた。


「……そうか」


 ステラの真っ直ぐな視線を受け、ルガルドは小さく息を吐いた。


 ルガルドもステラにとって心の底から今の状況が幸せであるという事が理解できたのだろう。


「良いヒト族に巡り合えたな」


「はい!」


 ヒト族ではない二人にとって、ここスレイブ王国で暮らすことはかなり危険なことなのであろう。オレたちには分からない二人だけの世界がそこにあった。


「おじちゃんもここで暮らすの?」


 ステラの疑問を受けて、ルガルドは部屋の脇で不満をルナリアとリーフィアに愚痴っていたフレイヤの方へと視線を向ける。フレイヤも色々と察したのか、愚痴るのを止めてルガルドの言葉を待つ。


「先ほどは失礼な対応をしてすまなかった。言葉遣いや態度はそういう性分だから大目に見てくれると嬉しい」


「それは全然気にしていないので大丈夫だ」


「ありがとう」


 フレイヤの差し出した手を今度は拒むことなく握り返すルガルド。


「フォーキュリー家へようこそ」


 こうしてフォーキュリー家に新たな居候が誕生した。


読んでいただき、ありがとうございました。

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