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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
113/180

24: 絞り出した勇気

2024/01/20(土):冒頭内容修正

///

 真の仲間であるかどうかは、相手が本当に困っている時に手を差し伸ばすことが出来るかどうかだと思う。

 日頃、どんなに仲の良さを取り繕うとも、肝心な時にその上辺だけの脆い絆は崩れ去り、見て見ぬふりをする。「まさか助けが必要だとは思わなかった」「あいつなら一人でも大丈夫だと思うから」など、様々な言い訳が口から出てくるであろう――自分の弱さを隠すために。

///




 後ろから乾いた風がオレたちの間を通り抜け、すっかり原形を失ってしまった建物に当たる。風に吹かれて細かな塵くずが空へと舞い上がる。


 建物に当たった風は方向を変えて、再びオレたちの方へと流れる。当然、その風に乗って塵くずもオレたちの方へと降りかかり、不快な思いを抱かせた。


 オレたちが塵くずから瞳を守るために手で顔を隠したのに対して、ルガルドはその視線を遮ることなく、ただじっと自身の鍜治場であった建物を見つめており、依然として微動だにしないまま。


 いや、よく見るとその肩は微かに震えていた。


 ルガルドの拳は固く握られており、腕に太い筋肉の筋を浮かばせている。


 今にも暴走してしまいそうな強い激情をどうにか抑えようと、このような惨状をもたらした者たちと同類にならない様にどうにか理性的なままであろうと、内側から止めどなく溢れだしてくる行き場のない感情を誰かにぶつけることなく、自分の中だけで発散しようとしていた。


 常日頃から不愛想であるため、ルガルドを知らない者からすれば怖さを抱かせるその表情は、何時にも増して怖く見えた。怒りと悲しみの感情で厚く塗られたその顔には、ある程度親交のあるオレですら後ずさりしてしまう。


「……ルガルド」


「……」


「……何があったんだ? 

 まさかお前がしたという訳じゃないんだろ?」


「……」


「ルガルド、何時までも外で佇んでいないでとりあえず中に入るわよ」


 反応のないルガルドをどうにか動かそうと、ルナリアが半ば強引にルガルドの背を押して荒れ果てた店内へと誘導する。


 ルガルドはルナリアに為されるがまま、足を引きずりながら歩き始める。


 店の扉は脇の方へと捨て去られており、鍜治場に充満する鉄の香りを外へと漂わせていた。


「ほら、とりあえずそこに座りなさい」


 床に散らばった装備をかき分けて、店内に転がっていた椅子を配置する。その椅子の上にルガルドを押し付けた。


 いつもであれば、ルナリアにこのようなことをされたら怒った口調で言い返しているはずだが、今のルガルドにその様子はない。何かを諦めてしまっているかのように、完全に希望を失ってしまったかのように、時の流れに身をゆだねてしまっているようであった。


「黙っていても何も分からないわよ! 

 何があったのか、誰がやったのか、どうしてこうなったのか、さっさと言いなさい!」


 少し口調は悪いかもしれないし、傷心中の相手に対する言葉ではないのかもしれない。しかしながら、明らかに異常な状態のルガルドに対してはこれぐらいが丁度良いのではないかと感じられた。


「ルガルド、オレたちはお前が心配なんだ。

 少しでもお前の力になってやりたいと思うから、こうなった経緯を教えてくれよ」


「……」


 店内に重たい雰囲気が流れる。


 オレはルガルドの言葉を待ちつつも、以前まで飾られていた装備が散乱した店内を見渡した。机は真っ二つに折られ、壁には無数の切り傷が刻まれている。そんな状況の中でも、ルガルドの製作した武器だけは、折れたり曲がったりすることなく、以前の状態のままその姿を保ち続けていた。ただ、それらの美しい輝きを目視することは出来ず、輝きを覆い隠すかのように汚れが付着していた。


 店の奥にある鍜治場も同じように道具が散乱しており、夜であっても炉の熱によっていつも明るく照らされているのに、今はその光を確認することが出来ず、暗く冷たい空間が広がっていた。


「……突然だった」


 ルガルドの覇気のない声が店内に霧散する。店内はすっかり静まり返っているのに、その声をしっかりと聴きとることは出来なかった。


「ワシは奥でいつものように鍛冶をしていたんだ。炉に鉄を入れて、今日は何を作ろうかと考えていた。だんだんと熱せられていく鉄を見つめながら、心の中の邪念を取り払い、最高の一品を作ろうと心を落ち着かせていたんだ」


 段々とルガルドの言葉に強い怒りの感情がのせられていく。


「そしたら、そしたら、いきなり店の外から何者かが叫んでいるのが聞こえたんだ。ワシは煩わしいと思いながらも、鍛冶に集中するために最初は無視していたんだ。

 だが、その声は何時まで経っても止むことは無かった。むしろ、大きくなる一方で、せっかく集中していたワシの心を乱しやがった」


 唇を固く噛みしめながら身体を震わせる。


「……アイツらの顔は絶対に忘れねえ」


 その言葉には明らかに殺意が籠っていた。


「さすがに頭にきたワシは鍛冶を中断して、怒鳴りつけてやろうと思い、店の外に出ようとした時だった。急に大きな音がしたかと思うと店の扉が無くなり、外の光が店の中に入ってきた。

 最初は何が起こったか理解できなかった。それもそうじゃろ、誰が他者の店の扉を壊すなんて思うか。

 気付いたときには王国軍の兵士たちが店の中へと押し入ってきて、次々と店の中のものを壊していった」


「抵抗はしなかったのか?」


 ルガルドはオレの方へと視線を上げる。


「――したさ! ワシの大切な商品が汚されていたんだからな」


 抵抗虚しく止めることの出来なかった自身の不甲斐なさ、自身が丹精込めて作った商品を無下に扱われた悲しさなど、様々な感情が入り混じった表情がオレの瞳に映る。


「相手は複数、それに加えてワシはただの鍛冶師だ。そんな状況で何ができるというのだ!」


 ルガルドの眼から涙が流れ落ちる。


「机はまた買えばよい、商品もまた作ればよい、炉だけは、ワシが長年使っている炉だけは元通りにならん。一度のその火が消えてしまえばもう取り返しがつかんのだ!」


 オレは鍛冶についての知識がほとんどない。そのため、炉の火が消えてしまうという事の重大さを理解することは出来ない。ただ、ルガルドの絶望感溢れる様子から察するに、それがただ事ではないという事だけは分かった。


「ワシが慌てているのを見て兵士どもは笑っておった」


 鍜治場の方へと視線を向けながら、力なく笑うルガルド。そのあまりの痛々しさにオレたち三人はどのような言葉を掛ければ良いのか分からなくなった。


「それからの事は憶えておらん。気付いたら荒れ果てた店をただ見つめていた」


 重々しい空気が流れる。先ほどまで吹き入っていた風も今はパタリと止んでいる。


「それにしても、なぜその兵士たちはルガルドさんの武器を盗って行かなかったのでしょう? ドワーフ製の武器は言うまでもなくかなり貴重品ですからね。それこそ、貴族も喉から手が出るくらい欲しがると思うのですが」


 リーフィアが床に散らばった武器を集めて、全ての足をなくした机の上へと並べる。


「……何でも『人族でない者が作った武器に真なる価値がある訳がない』などとほざいておった。

 本当に、本当に腹が立つ」


 集めた武器を綺麗に拭いているリーフィアの姿を興味なさげに一瞥するルガルド。


「……もうワシには何もかも無くなった。炉が壊された今、ワシにはもう何も残されておらん」


 暗く濁った瞳からはもう涙は流れていない。


 呆然と床を見つめるルガルドの姿に、このままでは最悪の結末がやってきてしまうのではないかという不安を抱いた。


 このままでは、この世界からいなくなてしまうのではないか、と。


「――ルガルド、オレたちの所にこい!」


 オレはルガルドをこの世界に留まらせるために、大切な者を失わないために、勇気を振り絞った。


読んでいただき、ありがとうございました。

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