21: 小悪党は何処にも
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能力が最大限に発揮されるのは、その使いどころ次第だ。
ある能力を有していたとしても、その能力を発揮できる環境や立場にいなければ、宝の持ち腐れのままになってしまう。反対に、どんなに良い環境や立場にいたとしても、発揮される能力がなければ、何も生み出すことは出来ないだろう。
今のスレイブ王国は、最大限に能力が発揮できる環境なのだろうか。
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「――オラ! さっさと持って来いって言ってんだろ」
「誰のおかげで平和に暮らせていると思っているんだ? お前たちなんて俺たちが守ってやらないと何もできないんだから、俺たちのありがたいお言葉に黙って従っていれば良いんだよ」
「俺たちの機嫌を損ねても良いのか? 別に俺はそれでも良いけどよ。困るのはお前たちだぜ」
ドラゴン討伐へと王国軍が出撃すると布告されてから数日経った。
今現在、王国軍は王都の周囲に築かれている城壁の外に布陣しており、討伐に向けての準備を行っている。その大多数は平民であり、徴兵によって招集されて者や食べていくために仕方なく王国軍へと入軍した者がほとんどだ。そんな彼らの眼からは、今後向かわなければならない死地の事を考えてか、希望の光は失われており、暗く濁っていた。
捨て駒になることが前提なのか、食事もかなり粗悪なものが出されているようで、こんな兵に任せても大丈夫なのかと心配になるくらいに身体つきが華奢で、栄養状態が悪いことが見て取れた。
加えて、衛生面でもかなりの問題が発生しているようだ。季節的にかなり暖かくなってきた今日この頃、討伐に向けて訓練を強制されている一般兵は、当然のことながらかなりの汗をかく。普通であれば、訓練後に身体を拭くなどして汚れや汗を落とすのだが、そんな普通はそこには無かった。その為、屋外でありながら城壁周辺には汗の不快な臭いが立ち込んでいる。
しかしながら、そんな一般兵よりもさらに粗悪な状況に立たされている兵がいる。
彼らは城壁周辺に集まっている一般兵とは少し離れた所に固められており、なるべく一般兵の視界に映らない様にされていた。
食事状況や衛生面などは一般兵よりも格段に悪く、生き物としての扱いではないのではないかと思われる状況だ。食事は一般兵の残飯が与えられる時もあれば、何もない時もある。言うなれば、彼らに食事を与える者の機嫌次第であり、残飯を与える時も与えるというよりは捨てると表現した方が良いだろう。さながら、そこはゴミ捨て場であった。
身体の上に捨てられた残飯と汗の臭いが混ざり合い、格段に強烈な異臭を放っており、その臭いのせいでモンスターすらも寄り付かない。
そんな彼らの共通する特徴は、人族とは異なる見た目をしているという事であった。
そう、彼らは皆がスレイブ王国において迫害の対象である獣人やドワーフなど、人族ならざる者達。
その首に大きな首輪を取り付けられた彼らは、あまりの疲弊から歩くことすらできずに、ただ冷たい地面に倒れているだけであった。中には死んでしまっている者もいるだろう。
しかしながら、一般兵たちは獣人たちが放つ強烈な異臭のせいで、死体が放つ腐臭に気付くことが出来なかった。いや、そもそも気付こうともしないだけか、気付いているにも関わらず放置しているのかもしれない。
事実、人族である彼らにとって、遠くで横たわる獣人やドワーフたちは忌むべき存在であり、そんな自身たちとは異なる種族の者が死んでいくのを楽しんで観察していた。
今置かれた状況から発生した爆発的なストレスを、自身たちよりも弱い者たちで発散する。一般兵を束ねる上官もそれを良しとしており、その状況を改善することは無く、むしろ薦めているきらいがある。
そんな悲惨な状況の混沌とした城壁の外に比べ、未だ城壁の中にいる王国軍の兵士たちはかなり状況が良かった。
王都に住む者たちからしたらその状況は悪いのではあるが、兵士からしてみれば最高の環境だ。
――お前たちのために
――ドラゴンを討伐する
大義名分を手に入れた兵士たちはまさにしたい放題であり、店のものを盗んだり、気に入らない者に暴行を加えたり、気に入った娘を手籠めにするなど、傍若無人の限りを尽くしていた。
そんな彼らに対して、住民たちも強く止めることが出来ず、その災いが自身に降りかからない様にとただ願う事しかできなかった。
そんな彼らの多くは城壁の外の一般兵とは異なり、貴族家に連なる者であり、王国軍内においてそれなりの地位を与えられている者たちだった。兵をまとめて指揮するという立場であり、前線に立つことはまず無い。その為か、他者に対して高圧的に命令することが当たり前かのような振る舞いが目立つ。
因みに、ここスレイブ王国の王国軍において、出世のために必要なことは能力ではなく、いかに良い家柄の者かという事だ。というのも、愚鈍である平民を教え導くのは貴族の務めであるという考え方が蔓延っているためであり、その逆は何がっても許されない。そのため、どんなに指揮能力が高かろうとも、その能力を有するのが平民であれば、指揮官に任命されることは無く、むしろ、平民のクセに不遜であるという理由で前線に送られる。
一方で、どんなに愚鈍な者であろうとも、その家柄が良ければそれなりの地位を手に入れることが出来る。彼らの多くは貴族家の四男や妾の子など、貴族家を継ぐことは出来ないものの、プライドだけは立派なお貴族様なのでさらにたちが悪い。自身が敬われるのが当然であるという考えが骨の髄にまで染み込んでいるため、自身の能力や振る舞いを省みることは無く、他者を蔑むことにだけ長けている。もし自身の思い通りにならない場合は、その地位にものを言わせることを厭わない。
現在、そんな奴らが王都を我が物顔で闊歩していた。
「俺たち誰だと思っているんだ? 俺たちは普通ならお前たちが顔を拝むことも許されない尊い存在なんだぞ」
「お前たちは大人しく俺たちのご機嫌を窺っていれば良いんだ」
オレたちが久しぶりに外で食事をしていると、偉そうな連中が入って来て店員の娘を呼びつけ、やかましく捲し立てている。
ここまで横暴な客に出会ったことがないのだろう、連中の前に立たされた娘は恐怖で涙を浮かべながらも必死に許しを乞うていた。
そんな娘の様子を、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら眺める王国軍兵士たち。その瞳には自分たちが圧倒的優位な状況にあるという事に対する愉悦と娘に対する色欲で満ち溢れていた。
「謝るのは馬鹿でもできるんだよ!」
「あっ、平民だから馬鹿なのか」
娘の瞳から涙が零れ落ちる。
泣き始めた娘の様子に連中は気を良くしたのか、さらに横暴な態度で娘へと詰め寄った。
「泣いて許されるなら王国軍は要らねえんだよ!」
「泣いて同情を誘っているのか? だけど残念だったな。お前を助けてくれる奴なんていねえよ!」
「よく見たら、そこそこ良いツラしてるじゃねえか」
「おっ、本当だな。
じゃあ俺たちがその汚い身体を使ってやるよ」
「馬鹿で泣くしか能がねえんだから、せめてその身体ぐらいは俺たちを楽しませてくれよ」
「おい、お前は最後だぞ! この前の女もお前のせいで壊れちまったんだからな。今回は新鮮なうちに俺が味わうんだ」
生まれは高貴なのかもしれないが、中身はモンスターのごとき下卑た存在だ。いや、生まれや何だのとほざかない点を考慮すれば、モンスターの方がマシなのかもしれない。
「――そこまでだ」
連中の汚い手が娘へと掛けられる寸前、フレイヤが連中と娘の間に割って入り、一人の手をひねりながら連中を睨みつける。
「な、何だお前は!?」
「俺たちは王国軍に所属する貴族様だぞ! そんな不遜な行いを働いて良いと思っているのか」
自分たちがまさか止められるとは考えもしなかったのか、突然のフレイヤの登場に驚いた表情を浮かべるも、すぐに高圧的な態度でフレイヤにつかみかかろうとする。
「このような年端もいかない娘を集団でいたぶろうとは、貴族の風上にも置けん!」
同じ貴族家に連なる者として許すことが出来なかったのだろう、珍しくフレイヤが激昂していた。
フレイヤは捻っていた手をさらに捻り上げると、ボキッと骨が折れる音がした。
骨を折られた男は叫び声を上げながらその場にうずくまる。
「お前何しやがる!」
「分かっているのか俺たちは貴族なんだぞ!
こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「それ以上さえずるな、人の皮を被ったモンスターどもが!
因みに、私も貴族家に連なるものだ。お前たちのような性根の腐った馬鹿どものせいで巷では貴族が嫌われるのだ」
「うるせー! 貴族である俺たちが平民をどう扱おうと勝手だろが」
「こいつらは能無しだから俺たちが導いてやらねえといけねえんだよ」
「お前も貴族の端くれなら、平民なんかと慣れ合うんじゃなく、俺たちのように貴族らしく振舞ってみろよ」
連中のあまりの言葉を聞いて、フレイヤは表情を失う。
後ろで聞いていたオレも、開いた口が塞がらなかった。
「……もういい」
「あ?」
「俺たちのありがたいお言葉に感動したんじゃねえか?」
フレイヤは連中の方へとゆっくりと歩き出す。後ろの俺たちにはその表情を見ることは出来なかったが、まあ、想像するのは簡単だった。
「それ以上汚い口でさえずるな!」
フレイヤの言葉が聞こえた瞬間、一人の男が地面へと叩きつけられ気を失う。そんな男に対して、フレイヤはみぞうち辺りを踏みつけ、身体に走る激痛から男を逃さないために無理やり意識を覚醒させる。
「何するんだ!」
「調子に乗りやがって。
おい、やっちまおうぜ!」
ルナリアとリーフィアが騒ぎに巻き込まれない様にと泣いていた娘を店の端の方へと移動させる。
「……まあ、こうなるよな」
今回はどうしようもなかった、むしろ良いことをしたのだけど、それでもなるべく騒ぎを起こさない様にと言われてすぐに騒動に出くわすとは。
オレは今後の事を考えて溜息を吐きつつも、フレイヤによって次々に叩きのめされていく連中を見下ろす。フレイヤがやり過ぎないことを切に願いながら。
読んでいただき、ありがとうございました。
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