5: 一段落
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大人になって初めてあんなに女性と話したかもしれない。久しぶりの会話はとても緊張した。
それに、やはり女性に泣かれるとめちゃくちゃ焦る。どうやったらもっと上手く対応することができたのだろう……やっぱり女性は難しいな。
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「――それで、どうしてあんなことになってたんだ?」
オレがあげたパンを食べ終え、やっと完全に落ち着きを取り戻したルナリアに尋ねる。
ルナリアはボーッと焚火を見ながら、ゆっくりと語り出した。
「……私たち、普段は王都を拠点にして活動してるんだけど、たまには王都から少し離れてみたくて、ちょっと遠出することが出来るこの森での依頼を受けたの」
「そうなんだ……その依頼は討伐系?」
「いえ、採取系。
薬草を集めるだけだったのに……」
「それは……災難だったな。
今までの戦闘経験はどれくらいなんだ?」
「それなりにあると思うわ。冒険者になって結構経つもの。
それこそオークとだって戦ったことあるし。
今までこんな経験はしたことがなかったけど……」
「何であんな遅い時間に探していたんだ?
もっと明るいときに探せばいいのに……」
「薬草がなかなか見つけられなくて……それで……」
ルナリアの声量は徐々に小さくなっていき、口調も弱々しいものになってしまっていた。
「……森の浅い所に全く生えてなくて……奥に行けば何とかなるかもって……」
「で、でも、それなりに冒険者経験があるなら、いろいろと準備していたんじゃないのか?
見たところ、冒険者特権の『魔法の鞄』も持っているようだし。その中に役立ちそうなものは入ってないのか?
『回復のポーション』も持っていなかったようだけど……」
『魔法の鞄』は中に様々なものを大量に入れることができる魔法が付与されている道具だ。生きている状態のものを入れることができないという制限はあるものの、その収納容量は無限といってもいい程で、誰もその限界を見た者はいないという。そんな『魔法の鞄』は冒険者登録をすれば誰でも借りることができ、加えて、ある程度条件を満たせば所有し続けることができる。そんな便利なものを彼女たちは持っていたのだ。その中にピンチを切り抜けることができるような道具を入れていて当然だろう。
オレはそんな当たり前のことを尋ねたつもりだったが、彼女の顔は一段と暗くなる。彼女はしばらく黙り込んでいたが、やがて、ポツポツと語りだした。
「『回復のポーション』は前の依頼で使い切っちゃって……だって……薬草を採集するだけだし……それに、初めての遠出で浮ついていたの。
それで、楽しむための道具しか準備してなかった……」
ルナリアはどんどん声が小さくなっていき、ついには無言になってうつむいてしまった。その様子は、まるでオレがいたいけな女の子を言葉攻めにして虐めているようだ。オレにそんなことをして喜ぶような特殊な趣味嗜好はないんだが……と、とにかく、居心地が悪すぎる!
オレはこの状況を何とか変えようと頑張った。
「そ、それにしても、オレたち運が良かったよな、あんな巨大なオークから逃げ切ることができて。
オレ、あんな巨大なオークを見たことないよ。ルナリアは見たことあるか?」
「……私もあんな巨大なオーク見たことない……私の攻撃が全く効かなかったもの……」
「そ、そうだよな……」
「……」
「……」
――いや、気まず!
オレの頑張りもむなしく、暗い雰囲気を打開することはできなかった。オレと彼女の間に沈黙が流れる。パチパチと焚火の中の薪が爆ぜる音のみが響いていた。
ルナリアもそんな気まずい雰囲気を察したのだろう、沈黙を破るために今度は彼女からオレに尋ねてきてくれた。
「それにしても、アレン、最後に何を投げたの?
あれに魔法が付与されているようには見えなかったけど」
「あぁ、あれはただの塩だよ」
「塩?」
「そう、塩。
昔、冒険者たちが言っていたんだ。モンスターの目にめがけて塩を投げて、上手く入れることができれば、オレたち人間と同じようにモンスターも目を押さえて怯むんだってさ。
ただ、実際に成功する確率はとても低いらしいけどね。よっぽどモンスターが油断していないと使えない方法らしいから、実践している人はほとんどいなかったようだけど」
「そうなんだ、そんなの知らなかった……そういえば、アレンって冒険者じゃないのよね? 王都で冒険者になるって言ってたけど。
今のモンスターを怯ませる方法だったり、それこそオークとの戦闘だったり、とてもじゃないけど冒険者じゃないとは思えないわ。一般の人にしては色々と詳しすぎるもの」
「あー……実はオレ、ギルド職員だったんだ。
まあ、いろいろあって辞めちゃってさ……」
「――そうなの!?
ギルド職員だったなんて、エリートじゃない。
なんで辞めちゃったの? 冒険者になんかなるより、よっぽど良さそうなのに」
「まあ、いろいろあったんだよ……それに、冒険者の方が自由で良いと思ったんだ」
「そうなんだ……」
オレの声色から、ルナリアはオレがギルド職員であったことに良い思い出がなかったことを察してくれたのだろう、それ以上は深く聞いてくることもなく話題を変えてくれた。
「これから王都に行くんでしょ?
なら、私たちも一緒について行ってもいいかな?」
オレはドキッとした。ルナリアの提案はうれしい。丁度、一人旅が寂しくなっていたんだ。そんな時に、一緒に旅をすることができる仲間を得ることができるなんて願ったり叶ったり。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。
ただ、その申し出がむさくるしい野郎ではなく、女性からされたということがオレにとっての唯一の問題だ。今までろくに女性経験がないオレにとって、女性と旅をするなんてハードルが高すぎる! それに、彼女と一緒に王都を目指すということは、必然的にまだ目を覚まさない彼女――リーフィアとも行動を共にすることになる。そんなことになったら、まさに両手に花! 一人でもどうすればよいか分からないのに、いきなり二人なんて……緊張してしまう。
それに、彼女たちは女性冒険者の中では圧倒的にきれいだと思う。少なくとも、オレは二人ほどきれいな女性冒険者は見たことがない。ギルドの受付嬢ほどとまでは言えないかもしれないが、それでも二人と一緒に行動できる男は勝ち組であるということは間違いない。それぐらい二人はきれいだった。
オレは内心すごく動揺しながらも、それが表に出ないように何とか取り繕いつつ、いかにも紳士的な口ぶりで返答する。
「ま、まぁ、オレはうれしいけど、それはリーフィアにも聞いた方が良いんじゃないか?」
「多分だけど大丈夫と思うわよ」
「そ、そうなんだ……で、でも、オレも男だし、ね、ほら……」
ルナリアはオレが言いたいことを察したのだろう。オレは不快な思いをさせたかなと思ったのが、彼女は一瞬驚いた表情になったものの、すぐにその表情は消え、それまで見せなかった妖艶な笑みを浮かべながらオレにやさしく語りかけた。
「私たちと一緒じゃいや?
それに、リーフィアは聞いてみなくちゃわからないけど、私はアレンなら……いいよ……」
「わ、わかった、わかったよ、一緒に行こう。
ただ、リーフィアが嫌がったらなしだからな。
じゃあ、この話は終わり、もう寝よう」
オレはどうにかその場を切り抜けようと、少し早口になりながら話を終わらせる。
「わかった、そういうことにしときましょう。
じゃあ、おやすみ、アレン」
「あ、あぁ、おやすみ……」
ルナリアはリーフィアの傍に向かい、寄り添うように寝ころんだ。彼女たちの様子はまるで仲の良い姉妹みたいであり、微笑ましいものであった。
オレがその光景をしばらく見ていると、やがて、ルナリアから規則正しくかわいい寝息が聞こえ始めた。
「……寝たか。
それもそうか、大分消耗してたからな……オレも寝るか」
オレは朝まで焚火が消えないように薪をくべ、その場にルナリアたちとは反対側を向いて寝転がる。そして、慣れないことで疲労した身体を癒すために目を閉じた。
…………
「ね、寝むれない!」
オレの後ろにきれいな女性が二人いると思うと、緊張して寝ることができない。それに、ルナリアのあの言葉が頭に何度も繰り返し流れてくる。
――え、ついにオレにも春が来たのか? どうなんだ? こんな時の対応なんてわかんないぞ。
オレは悶々とした心をどうにか落ち着かせようと努力した。それはオレの今までの人生において、最も困難を極めるものであったと言ってもいいだろう。
読んでいただき、ありがとうございました。