20.5: ボルゴラム
「――いやはや、まさか冒険者などと協力しようとするとはな」
ここはスレイブ王国で最も豪勢な私室。王国中の豪勢な品々がいたる所に飾られており、ここで生活する者の優越感を満たすことだけにありとあらゆる力が使われているのが分かる。飾られている装飾品の中には国宝とされている剣や、禍々しく黒光りする魔法の杖などがある。それらは本来であれば厳重に管理されている宝庫で保管しておくのが適切であり、事実、以前はそうされていた。しかしながら、この部屋の現在の主の命令によって運び出され、部屋の装飾品へと化している。
「所詮はお情けで陛爵された下卑た家柄、どれほど貴族の皮を被ろうとも、その心までは本物の貴族にはなれますまい」
「まさにその通りだあるな。予の王国に相応しくないとは思ってはいたが、よもやあれ程とは。あやつには貴公の振る舞いを是非とも学んで欲しいものだ」
「日頃より貴族としての心得を身に着けさせるために、様々な仕事を割り振ってあげているのですが、なかなか学習せずでして。やはり、平民の血が流れていると頭までダメになるようですな」
「やはり下賤な者はその能力も乏しいか。あの家の娘もAランク冒険者などとほざいてはいるが、どうせその身体で売女まがいなことをやって勝ち取ったものであろう。一度見たことはあるが見目だけは良いからな。
そのような者どもを部下に持つとは、貴公には迷惑をかける」
「いえいえ、これも全てはより良き国を作るため。手間はかかりますが、自己犠牲だと思って我慢することにしています」
この部屋の主人――ゴルバスト・スレイブはグラスを手に持ち、グラスに注がれているワインで喉を潤す。
それに習うかのように、ゴルバストの対面に腰かけているボルゴラムもグラスに注がれたワインを煽る。
ゴルギアスからドラゴンが出現したとの報告を受けた夜、二人はボルゴラムが持参したワインに舌鼓を打っていた。
「ふむ、なかなか美味いワインではないか」
「陛下にマズイものをお出しすることは出来ませんからね、巷で評判なものの中から私がさらに厳選しました」
「やはり貴公は信用できるな。
気に入ったので定期的に飲みたいのだが」
「伝統的製法だか何だかのせいで、さほど量が出回っていないのですよ」
「それはそ奴らが怠慢なだけではないか? 他の者が出来ることがそこで出来ない通りは無い。おそらくは稀少性を謳って価格を釣り上げているだけであろう。平民の考えそうなことよな」
「おっしゃる通りでございます。我ら上流貴族が携わるワインは質が一級品でありながらも量もそれなりの確保することが出来ます。しかしながら、このワインは平民紛いの下級貴族が製造しておりまして、一切我らのような貴族が携わることが出来ていないのが現状です」
「それは拙いな。このようなワインを下級貴族ごときに任せることは損でしかない」
「その下級貴族に変わって、ぜひ私に製造を携わらせてもらえれば量も確保できるのですが……」
ボルゴラムの何かを訴える視線がゴルバストへと向けられる。
「分かっておる。その下級貴族は即刻取り潰そう。理由は職務怠慢で良かろう。その後の事は貴公に任せる」
「は、ありがたき幸せ。
このボルゴラム、粉骨砕身で頑張らせていただきます」
ボルゴラムは望んでいた返答を聞くことが出来て満足げな表情でワインをお代わりする。今宵、ボルゴラムがこのワインを持参したのはこの為であった。貴族の間でも高値で取引されているこのワインをどうにか自分のものに出来ないか。考えた結果、王からの一声があればすべてが解決するとの答えに辿り着いた。
その後、そのワインを製造していた貴族家の当主とその息子は職務怠慢による罪で捕らえられ、惨い拷問の末に処刑された。男手を失ってしまったその貴族家は取り潰されることに決まり、無事にボルゴラムが領地や利権を得ることになった。
ボルゴラムがワインの製造に関わりだして数年後、古くから多くの貴族に愛された極上のワインはその味が落ちたと評判になり、最終的に以前ほど高値で取引されることは無くなったのだが、その未来をボルゴラムが想定することは出来ないだろう。
「ところで、ドラゴンの方はいつくらいまでに完遂する予定なのだ?」
「我が王国軍に掛かれば、すぐにでも良い知らせをお耳に届けることが出来るかと。ドラゴンと雖も所詮はモンスター、我らが低能なモンスターに負けるなどはあり得ません」
「文献などでドラゴンの脅威について書かれているが、どれも信じがたいものばかりでな」
「陛下、文献は文献に過ぎません。おそらくはゴルギアスのような臆病者が誇張して記したのでしょう。そんな当てにならない書物よりも、今陛下の前にいる生身の男の事を信じてください。陛下のために働いているのは歴史ではなく、現実に生きる私なのですから」
ボルゴラムの言葉を受けて満足げに頷いたゴルバストは、グラスのワインをゆっくりと回しながら、ほのかに広がる香りを楽しむ。
「貴公の忠心は貴族の鏡であるな。
宰相もそう思うであろう?」
ゴルバストはこれまで一言も発さず、静かにワインを楽しんでいた宰相マルクリウスへとしせんを向ける。
「……左様ですな」
マルクリウスは手に持ったグラスから視線を外し、ニッコリと微笑んだ。
マルクリウスの様子に、その他の二人は満足したのか他の話題へとふける。
マルクリウスはそんな二人を感情の読めない瞳で見つめていた。
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