20: 小さな決意
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自身では解決することの出来ない問題が発生した時、望みをだれに託すのか。権力者かその筋の有力者か、それとも誰に頼ること無く最後まで自身でもがき続けるか。
確かに、誰かに託すのは簡単だ。自身は動くことなく、ただ結果を待っていれば良い。もたらされたのが良い結果なら、その立役者である他者を称え、悪い結果なら他者を非難する。
オレとしてはどんなに苦しんでも最後まで自分で立ち向かいたい。オレの未来はオレだけのものなのだから。
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オレたちがドラゴンから命からがら逃れ、その情報をゴルギアスへと報告した後、間もなくして王都の住民にドラゴンが出現したという事が告げられた。
それを聞いた民のほとんどは混乱し、今後の事を考えて恐怖した。ある者は王都から安全な場所へと逃れるために家財をまとめ、ある者は目の前に迫りくる絶望に目を逸らして瞬時的な快楽へと溺れ、またある者は家の中に閉じこもり神へ祈りを捧げるなど、総じて悲観的な反応を示していた。民にとって、ドラゴンはそれほど強烈な恐怖を与える存在であった。
それらの結果、王都は混乱を免れることができず、治安が悪化してしまった。軽度の犯罪から重度の犯罪まで、至る所で発生しているため、警備兵も全てに対処することが出来ず、罪人が野放しになってしまっているのが現状だ。
そんな状況に対処するべく、いと気高き王国軍がドラゴン討伐に向かう旨が発表される。軍を指揮するのは王国軍元帥のボルゴラム。民の多くがその名前を聞いたことがある貴族の登場に、民は少しばかり落ち着きを取り戻し、「位高き貴族様が指揮するのであれば」と王国軍へと希望を託した。
民が王国軍へと声援を送る中、王国側は冒険者ギルドへとある通達を送っていた。
「――それでは、冒険者は今回のドラゴン討伐に参加できないのですか?」
ゴルギアスの執務室へと呼ばれたオレたちに事の顛末が告げられる。
「ああ、私としては王国の危機なのだから冒険者も動員して全力で対処した方が良いと思ったのだがな、上はそうではないらしい。尊き貴族が冒険者に助けを借りるのは死よりも恥ずべきことだそうだ」
「貴族のプライドですか……せめてもその強情さがもう少しまともな方向に向けられれば良いものを」
「それは同感だが、この王国では上の考えこそが正しいからな」
「ドラゴンと聞いてもうすでに王都から離れた冒険者も多いですが、今回の事で一攫千金や名を広めようと考えていた冒険者たちも少なからずいると思われます。その者たちが今回の王国の決定に不満を持つことが予想されるのですが」
事実、王国側から今回の件について手出し無用であるという事が一方的に告げられた冒険者たちは、その通達に憤慨した。もしかしたら自分がドラゴンを討伐し、一生遊んで暮らすことの出来る財産を手に入れることが出来るのではないかと考えていた者や、ドラゴン討伐に参戦して武勇を示し、貴族へと陛爵されるのではないかと夢見ていた者にとって、その可能性が潰えてしまった事を容認することは出来なかった。
「上にとってはそのような感情は検討の材料にすらならん。むしろ、王国へと不満を持った冒険者たちをあぶりだして、様々な理不尽な理由をつけて捕らえて数を減らそうとしている。私に冒険者たちを監視するようにと命令が下ったからな」
「……父上、本気ですか?」
冒険者を取り締まるというゴルギアスの言葉に、フレイヤは目を細める。
「そんな怖い目で見るな。他の者を押さえるのは無理だが、私は理不尽なことはしない。ただ、冒険者たちが少なからず罪を犯しているのは事実だからな。治安維持のためにもそのような冒険者を捕らえる必要があるだろう」
「それはそうですが……」
元々血の気が多い冒険者たちが犯罪へと手を染めてしまうのは当然の事だろう。なまじ戦闘経験が豊富なため、冒険者でない者からすればかなりの恐怖だろう。
「お前たちの心配も分かるが、もうすでに決定されたことだ。もう覆すことも抗うことも出来ない。特に我々のような下級貴族はな」
ゴルギアスの悲哀の満ちた表情に、不満を抱いていたフレイヤもそれ以上言葉を発することが出来なくなる。現当主ではないとは雖も、フレイヤも立派な貴族家に連なる者。貴族にとって、階級が上の貴族に反抗することは家の断絶に繋がりかねない重大なこと。どんなに理不尽なことも受け入れざるを得ない――下級貴族がこの王国で生きていくにはそのことが必要だった。
「かなり思うところがあるのですが討伐に参加できないのは分かりました。王国軍がドラゴンを討伐してくれると信じることにします。
それで、私たちは普通に冒険者活動は出来るんですよね?」
「ああ、それは問題ない。ただ、先ほども伝えたが冒険者に対しては王国側がかなり厳しい視線を向けている。あまり目立たない様にするのが吉だろう」
返答を聞いて、ルナリアはホッと胸をなでおろす。その思いはオレも同様であった。フレイヤの屋敷が広いとは雖も、しばらくの間外に出ることが出来ずにいるのはかなりきつい。別にお金に困ってはおらず、しばらくは何もしないでも暮らしていける程の貯蓄もあるが、それではせっかく鍛えた腕がなまってしまう。屋敷でフレイヤと共に修行をするのも良いが、モンスターと相まみえる実践の方が良いこともある。
「まあ、この状況もそう長くは続かんだろう。何れお前たちにも協力してもらうことになるからな、覚悟はしていた方が良い」
ゴルギアスが外に視線を向けながら達観した表情でつぶやく。
「父上は王国軍が瓦解すると?」
「私やお前たちならいざ知らず、王国軍のほとんどは碌に戦闘もしたことがない徴兵された平民だ。数の暴力でどうにかできる相手ならば良いが、今回はそうではない。それに加えて、彼らを率いるのは戦いよりも宮廷抗争になれてしまった貴族だ。どう考えても良い結果が得られるとは思えない」
「ボルゴラム元帥は特に自分の権威を上げるのに注力されていましたからね」
「金と家柄だけで元帥になった男に何ができるというのだ。
奴らの満身のツケを払うこちらの身にもなって欲しいものだがな」
ゴルギアスは机の上に用意された飲み物で口を潤わせ、荒ぶりかけた心を落ち着かせる。
「とにかくだ、お前たちには必ずや協力してもらう時が来るだろうから準備しておけ。それまでは、目をつけられない様にな」
「分かりました。
父上はこれから仕事ですか?」
「ああ、王国軍を動かすとなると色々と準備が必要だからな。それらの雑務が溜まっているのだ」
疲れ切ったゴルギアスを残して、オレたちは部屋から退出した。
「それで、これからどうするの?」
「どうすると言われてもな。話を聞いた感じだと、現状でオレたちが出来ることなんて何もないからな。目立たない様に気を付けながら活動を続けよう。幸いなことに、王都を離れた冒険者も多いからな。依頼には困らないだろう」
その後、オレたちは自室へと戻る道中に今後のことについて話した。結局は捕縛されないように気を付けながら活動を続け、来る時に向けて準備しようというありふれた結論になったのだが。
「――ご主人様もドラゴンと戦うのですか?」
夜、寝支度を整えてベッドへと身体を沈めているオレの横で、ステラが不安げな表情で見つめてくる。オレの腕を握っていたステラの手に少しだけ力が込められたのを感じた。
最近のステラはかなり甘えん坊だ。昼間はオレのメイドとして師匠であるイザベルさんのようにすました表情で控えているが、夜になるとこうしてオレのベッドに入って来て一緒に寝ている。昼の頑張っているステラも良いのだが、やはり歳相応な表情を見せてくれる夜の方がオレとしては嬉しい。
「大丈夫、オレは絶対に帰ってくるから」
ステラの不安を少しでも払拭するために、ステラの頭を優しくなでながら出来るだけ落ち着いた様子で応える。
ステラはしばらくの間、不安げな表情のままであったが、オレの手の感触の気持ち良さに負けたのか、次第に表情を和らげる。
「怖いなら、ステラだけでも別の所に行くか? オレたちはついて行けないけど、屋敷の人に頼めば安全なところに連れて行ってくれると思うからな」
オレといては少しでもステラに危険があるのであれば、事が収まるまで安全な所に避難していて欲しいというのが本音だった。
そんなオレの思いからの提案だったのだが、ステラを納得させることは出来なかったようだ。和らいでいた表情が少し怒ったものになる。
「私はご主人様のメイドですから! どんな事があろうとも、いつもご主人様と一緒です」
――本当に良い表情だな。
つぶらな瞳でオレの事を真っ直ぐに見つめる。その綺麗な瞳には確固たる意志が映っていた。どんなことをしようとも動かすことの出来ない鋼の意志。
そんなステラの様子からはオレに対する絶対的な信頼が見て取れる。
この子を独りにさせてはいけない。この子の為にオレは戻ってこなくてはいけない。ステラはそんな思いを抱かせる存在だった。
「そうだな、ずっと一緒だ」
オレに生きる理由を与えてくれるステラという掛け替えのない存在を確かめるために、オレはギュッとステラを抱きしめる。
「はい! ずっと一緒です」
オレの腕の中で嬉しそうに抱き返してくるステラの体温を感じながら、オレは眠りについた。
読んでいただき、ありがとうございました。