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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
107/180

19: 王宮にて

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 組織のトップに必要な素質とは何だろうか?

 誰をも魅了するカリスマ性、常に落ち着き払って対処することが出来る冷静さ、他の追随を許さない武勇、全てのものを怖がらせ、歯向かうことを許さず足元に傅かせる圧倒的恐怖。

 これらの他にも様々なものが挙げられると思うが、なぜか確信的な答えはこれらの中にはないと思ってしまう。

///




「――それではドラゴンが原因だと?」


 この国で最も豪華な部屋に男の声が響く。


 平民の家ならばいったい何件建てることが出来るのかというくらい広く、顔を上げなければ見ることすらできないのではないかと思わせる程高い天井。


 視線を足元に向ければ、大理石が整然と並べられており、その上には塵ひとつ落ちておらず、最高級の絨毯で覆われている。視線を上に向ければ、キラキラと光り輝く照明を視界に入れることが出来た。周囲には青銅製の女性像や大きな壺が飾られており、壁や窓にも細やかな装飾が施されている。


 いかにも貴族的なその部屋――スレイブ王国王宮でゴルギアスは片膝をついて頭を垂れていた。


「見間違いと言う可能性は無いのかね? 君の娘は武勇に優れているとは聞いているが所詮は賤しい貴族家の小娘、なかなか成果を上げることが出来ないのを隠すためにそのような嘘をついただけという可能性も考えられる」


 報告を受けて、ゴルギアスの前方で派手な装飾が施された服を身に纏った男が、訝しげな表情でゴルギアスを見下ろす。普段から狡猾さや陰険さが現れているその顔が何時にも増して嫌悪感を抱かせる状態だった。他の貴族とは異なり太ってはおらず、袖から垣間見える腕には筋と骨が浮かんでおり、それが逆に陰湿で不気味な印象を抱かせる。


 その男――宰相マルクリウスからの屈辱的な言葉にゴルギアスは怒りで身体を震わせ、目前でふんぞり返る嫌味な男の首を今すぐに叩き切りたくなる衝動に駆られながらも、数回深呼吸をしてどうにか怒り狂う心を落ち着かせる。


 実際、ゴルギアス程の者ならば、周囲に配置された騎士に止められる前に宰相を殺すことは可能であろう。しかしながら、相手は自身よりも圧倒的に爵位も役職も上の存在だ。謀反を犯したところで、その結末はフォーキュリー家の全員が断頭台に送られるのは確定だろう。そうなってしまえば、最愛のフレイヤも命を落としてしまう。ゴルギアスにとって、それだけは阻止しなければならなかった。


 それに加え、近頃フレイヤとパーティー組んだという二人の女性冒険者と彼女たちが連れたハーフエルフの幼子。


 フレイヤは幼いころから武に優れており、周囲の貴族家の子供たちが遊んでいる中、一人木刀を振り稽古をしていた。成長してからもお茶会や舞踏会はほとんど出席せず、その結果、同年代の友達はほとんどおらず完全に孤立していた。貴族と関りが少ないおかげで選民思想に毒されなかったという点では嬉しい事なのだが、それでも一人ぐらいは気の置けない仲間を見つけて欲しいと願うのが親というものだろう。


 かなり頭を悩ませていた時、娘が仲間を屋敷へと連れて来たことに嬉しさと安堵の感情を抱いた。


 ――私の娘は自身で仲間を見つけたのだ。私の手助け無く自分の力で。


 ハーフエルフの幼子に対する異常な態度をメイドから聞いたときは目眩がしたが、昔よりも心なしか感情を露わにするようになったと思われる。楽しそうに彼女たちと話す娘の姿に、親としてそれを守らなければならないと思わせる。


 娘がようやく見つけた大切な仲間なのだから。


 脳裏で彼女たちの傍にいるいけ好かない男の顔がチラつく。本来なら美しい娘にすり寄ってくる男など、一瞬でこの世から消し去ってやるのだが、どうやら娘はその男のことを認めているようなのだ。


 ――本当に不本意ながらついでに守ってやるか。


 奴のニヤけた顔を思い出すと無性に腹が立ってくるが、奴に危害を加えようとすると娘から嫌われてしまいかねないので我慢するしかない。


「おっしゃる通り、娘はまだまだ若いですが、それでもAランク冒険者でございます。それ故、見間違えることは無いかと。それに娘とパーティーを組んでいる他数名も同じように証言していました」


 ゴルギアスの言葉を聞いて、周囲に控えていた貴族たちからクスクスと嘲笑が聞こえてくる。


「さすがは下賤な成り上がりの貴族家ですな。たかだかAランクだというのに、それを誇っているように見受けられる」


「左様ですな。どうせそのご自慢のAランクも何かしらの不正を行って手に入れたに違いないでしょうに」


「今後そのような不正が行われない様に冒険者ギルドに指導しなくては。組織改善のために我が家臣を派遣するのが良いと思うのだが」


「冒険者風情に我々のような尊き貴族が関わるのは大変不本意だが、これも貴族の務め、下賤な者たちを導いてやらねば」


 周囲の貴族たちにとって、冒険者はただの野蛮な生き物でしかなかった。そのような存在を少しでも良くしようというとてもありがたい善意の心から、冒険者ギルドを自身たちが担おうと考えているようだ。


 ただ、そのようないと尊き御心の下には、他者を出し抜き自身の肥しを増やそうとする下卑た欲望が渦巻いていた。


 新たな利権が生まれるかもしれないと、全ての貴族がお互いを牽制し始める。


 ――本当に鼻の利くブタどもだ。甘い汁のにおいがするとすぐさま寄ってきやがる。


「冒険者ごときに戯言に耳を傾ける訳ではないが、一先ずは貴公の言葉を信じるとしよう」


「ありがとうございます」


 宰相は咳払いをして利権を我が物にしようとしている周囲の貴族たちを静かにさせると、本題へと話を戻す。


「それにしてもドラゴンが出てくるとは。これからの対応は慎重に行わなくはなりませんな」


 宰相はここで最も高い位置に設置された玉座へと視線を向ける。


 宰相からの視線を受けて、この王国で最も高位であり、この王国の全てを思い通りに動かすことが可能な存在――王ゴルバスト・スレイブは少しの間沈黙をしたままだった。



「一先ずは貴公がどのように対処するのが良いと考えているのかを聞かせてもらおうか。仮にもその武勇によって爵位を与えられた身なのだから、それなりの事は考えられるであろう?」


 王は嘲りの籠った視線で頭を垂れているゴルギアスを見下ろす。一般的に考えれば、その態度は相手がいかに下級貴族とはいえども、少しばかり礼を失した行為であろうが、この王国では王が法律であり、王の行動が全てであるため、誰も何も言わなかった。むしろ、王がゴルギアスに対してそのような態度を向けたのを見て、それに倣い始める。そのような連鎖がこの王国の中枢では当たり前であった。


「相手はドラゴン、王国の全力を持って対処するべきかと。そのため、王国軍に加えて冒険者ギルドに要請を出し、助力を求めるべきかと愚考します。王国の危機ともなれば冒険者ギルドも協力を惜しまないと思われますので」


「ふむ、冒険者ギルドへ要請か」


 王は不快な面持ちでゴルギアスの意見を吟味する。全てを思い通りにすることが出来る王にとって、他者に要請をすることはかなりの屈辱であった。


「――恐れながら申し上げます」


 静寂した王宮に野太い男の声が響く。誰しもがそちらへと視線を向けると、王国軍のトップであるボルゴラムが王座の前へと歩み寄り片膝をついていた。


「何か良い意見があるのか、ボルゴラム元帥?」


「冒険者ギルドへの要請など不要であります。所詮は野蛮な平民でしかない冒険者ごときに王国を背負って戦えましょうか? 断じて無理であると進言いたします。我々尊き貴族が率いる王国軍こそが誇り高き王国の要であり、剣であります。それなのに賤しき冒険者などと一緒にされるなど、不敬もすぎまする。王が命じてくだされば、私が率いる王国軍だけで必ずやドラゴンの首を取ってきましょう。ドラゴンと言えど所詮はモンスターに過ぎません。その昔、一夜にして王国を亡ぼしたなどと噂されていますが、どうせドラゴンを恐れた小心者がそのように吹聴したのでしょう。誉れ高き私に掛かればゴブリンもドラゴンも同じでございます。必ずや王国に平穏をもたらしましょう」


 ボルゴラムの言葉に彼の進言を見守っていた周囲の貴族たちから称賛が向けられる。


「やはりこの王国の元帥、下級貴族とは違いますな」


「フォーキュリー家の当主殿は貴族の誇りすら持ち合わせていないらしい。それに比べてさすがはボルゴラム殿だ」


 ゴルギアスは周囲の雰囲気が悪い方へと傾いているのを感じ取り、どうにかこの雰囲気を変えようと視線を上げた。しかしながら、ゴルギアスの視界に映ったのは、ボルゴラムの意見に満足げに頷いている王であった。


「所詮は成り上がりの下級貴族が。ここはお前ごときが出る幕ではないのだよ」


 ゴルギアスの横で片膝をついていたボルゴラムが嘲りの視線をゴルギアスへと向ける。


 もうすでに王の意は決していた。


 それでも、この状況をどうにかするために、王国軍の大多数を占める平民たちの犠牲を少しでも減らすために、ゴルギアスは頭を上げて満足げな王へと声を上げた。


「――冒険者と協力するべきです。どうかお考え直しを!」


 ゴルギアスの言葉を受けて、王は再び不快気な表情を浮かべた。


「貴公はよほどの臆病者らしいな。若しくは、この王国の貴族であるという自覚がないのか。どちらにせよ、我の意は決した」


「――そこを何とか! もう一度再考を!」


「くどい! 貴様のような貴族がこの王国にいようとは本当に嘆かわしい事よ」


 ゴルギアスの諫言も虚しく、王国の未来は決してしまった。


 ゴルギアスはただ王の言葉に頷くことしかできなかった。彼が想定する最悪な事態へとならないように願いながら。


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