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ギルド社畜の転職日記  作者: 森永 ロン
第五章 社畜、偉業を成す
105/180

17: 遭遇(5)

*2024/08/17 誤字修正(誤字報告ありがとうございます)

///

 この世界は弱肉強食。弱いものは強いものに蹂躙され捕食される。どんなにそれを否定しようとも、どんなにその理不尽さに憤ろうとも、これが世界の真理だ。

 強さを持ったものは労せずとも獲物を捕らえることが出来る。そいつが如何に馬鹿であろうとも、そんなことは関係ない。

 それでは、そんな強きものに多少の知性が備わっていたとしたら、どうなってしまうのだろうか。想像するのも恐ろしい。

///




「――な、なんじゃこりゃ!」


 オレたちが調査を始めてからまださほど時間は経過していないが、もうすでに聞き慣れたクリニドの驚声。オレたちが遭遇したモンスターを倒すたびに発せられている。


「……そろそろ慣れたらどうだ? さすがにモンスターを倒す度に聞かされると煩いぞ」


 オレはルナリアたちの攻撃で崩れ落ち、地面に横たわり動かなくなったモンスターに近づきながらクリニドに苦言を呈す。


「わ、悪い、だが、あまりにも凄すぎてな」


 モンスターを『魔法の鞄』へと収納しいくオレに習い、クリニドも次々にモンスターを収納していくが、まだ驚きを隠せないようだ。その声には若干の困惑の色が含まれていた。


「フレイヤさんはAランクだからともかくとして、お前たちがここまで凄いとは思ってもいなかったんだよ。確かに、俺よりは強いとは思ってはいたけれど、まさかここまでかけ離れているとは」


「まあ、オレたちも色々とあったからな。客観的に見てもそこらの中堅冒険者よりかは実力的に上だと思うぞ。ただ、経験値としては足元にも及ばないけどな」


「それはそうかもしれないけどよ、それでも余りあるぐらいの強さじゃねえか」


 クリニドの言うように、その経験値には不相応なほどの強さを手に入れた。それもこれも全てフレイヤのおかげなので、フレイヤと知り合えたことは何と幸運だったのかという事を改めて実感した。


「……俺にもそれほどの強さがあれば、仲間を見捨てずに済んだのに」


「ん? 何か言ったか?」


「……いや、何でもねえ」


 先ほどまでとは打って変わり、急に小声になってしまったので、クリニドが何と言ったか聞き取れなかった。しかしながら、その表情は暗く、彼の発した言葉が決して明るいものではないという事は理解できた。


「早く現場に行きたいのに、邪魔なモンスターね」


「これ昨日よりも確実に増えていますよね」


 自分たちが倒したモンスターを見下ろしながら、少しだけイラついているルナリアとリーフィア。二人の言うように、今日はモンスターと絶えず遭遇しており、碌に休憩を取ることも出来ていない。昨日までも多いと感じていたのに、それ以上なのは異常だった。ただ、モンスターたちはオレたちを見つけたから襲ってきたと言う訳ではなそうだ。それよりも、自身以上の強大な何かから逃げているようだった。それが何かという事は分からない。しかしながら、オレの心にはそれが今回の元凶であるという証拠のない自信があった。


「ここからはより注意した方が良さそうだな」


 異変をAランク冒険者であるフレイヤも嗅ぎ取ったのだろう。森の奥へと真剣な表情を向けながら何かを警戒しているようだ。


「もうすぐで俺が仲間を見捨ててしまった場所だ」


 クリニドが唇を噛みしめながら前方を睨む。


「私たちが遺体を見つけた川ともそう遠くはないわね」


「もしかしたらクリニドさんの仲間の方を見つける手掛かりが残っているかもしれません。入念に調べていきましょう」


「……すまねえ」


「気にしないでください。仲間を助けたいという思いは当たり前ですから。それに私たちも救える命は救いたいですしね」


「……そうか……本当にありがとう」


 クリニドの瞳が微かに潤っているようだが、ここは指摘しないでおこう。


 オレたちはクリニドの仲間の痕跡がないかと入念に周囲を確認しながら、ゆっくりと慎重に奥へと進んでいく。その道中、所々にモンスターが暴れまわったと思われる痕跡はあったが、人がいたような跡はなかった。


 奥へと進むにつれてモンスターの痕跡は多くなり、その荒れようもひどくなっていく。かなりのモンスターが急いでここを通ったのだろう、地面はめくれ上がり、木々には深い傷が刻まれていた。


「……ここだ、俺たちが何かに襲われたのは」


 クリニドが一本の木の傍で立ち止まる。


「俺はここに身を隠して、他の二人はあの木の後ろだ」


 クリニドは近くにある大きな木を指さす。


「そして、例の何かはあちら側から迫ってきたんだと思う。俺たちは何もできずに、ただ捕食される側だった」


 オレは二人がいたという場所へと向かい、手がかりがないかと周囲を調べる。


「これは何の足跡だ?」


「私も見たことないな」


 オレの目に最初に飛び込んできあのはかなり大きなモンスターの足跡だった。フレイヤですら見覚えのないというそれは地面に深く刻まれたおり、そのモンスターがかなりの重さであるという事が分かる。その足跡の指先部分には鋭く大きな爪が備わっていると思われ、それが掠っただけでかなりの深傷を負ってしまうだろう。


「……これはクリニドの仲間の物か?」


 大きな足跡を恐る恐る辿っていくと、そこには切り裂かれた装備の欠片が散乱しており、その近くには地面に大量にしみ込んだ血痕があった。この装備には見覚えがある。オレたちが川で見つけた遺体のものと同じだ。


「間違えねえ、これはルランの物だ」


 クリニドはオレから欠片を受け取ると大きく息を飲み込む。そして、欠片を胸の前に抱くと目を瞑った。目を開いた後も、終始血痕の方へは視線を向けようとはしなかった。おそらく、今のクリニドにはその光景はあまりにも残酷で現実的なもの過ぎるのであろう。


「でも、おかしいわね。もう一人いたのよね? だったら、その人はどこにいるのかしら?」


 確かに、今オレたちが見つけることが出来たのはもうすでに遺体として見つかったルランと呼ばれる冒険者のもののみ。もう一人は一体どうなってしまったのだろうか。


「それはこの先に行けば分かるだろうさ」


 フレイヤの視線を追うと、少し離れた所に人が引きずられたような跡があり、その上にまるで死への道標かのように血痕が残されている。


「行くか」


 オレはその光景に大きな不安を感じながらも、その先にあるものを確かめるために覚悟を決める。


 他の四人もそれぞれ覚悟が出来たのか、オレの言葉に静かに頷くとその跡を追って歩き始めた。


「もしものことがあるからな、クリニドは一番後ろから付いて来てくれ」


「ああ、分かった」


 オレの指示にクリニドは悔しそうにしながらも素直に頷いてくれた。ここで反論しても意味がないという事を理解しているが、それでもここまで不甲斐なく足手まといな自分に憤りを感じているのだろう。


 いったいどれほどの間、オレたちは痕跡を追って歩いただろうか。現実的にはそれほど時間は経過していないのだろうが、かなりの緊張感がオレたちを包み込んでおり、何時間にも感じられた。誰も何も喋らずに、ただ痕跡の先へと視線を凝らしながら歩く。


「――あ、あれは!」


 オレの口から思わず大きな声が飛び出してくる。


 だが、それも仕方のない事だろう。オレたちの前に広がっていた光景はそれほどまでもの惨さだった。


「ベリン!」


 クリニドの言葉からも分かる通り、オレたちが見つけた人物はオレたちが探していたクリニドの仲間で間違いないらしい。


 仲間との再会――クリニドが望んでいたことは叶えられた。しかしながら、それは彼の望んでいた形ではなかった。こんなことならば叶えられなかった方が良かったとさえ思わせる目を瞑ってしまいたいくらいの光景。


ベリンと呼ばれた人物はクリニドの言葉に対して全く反応を示さない。仲間との感動の再開のはずなのに、彼は変わらずに下を向いたまま動かない。


「……何よあれ」


 誰の声だっただろうか。オレたちはしばらくその場から動くことが出来ずにいた。


 ベリンは身体を浮かせ、まるで飛んでいるかのような状態だった。彼がそのような能力を得たと言う訳ではない。それを物語る様に、彼の胸からは太く鋭い木の枝が生えていた。


「……何て惨い」


 彼は背中から枝が貫通しており、木に吊るされている状態だった。貫通している傷口からは今もなお鮮血がしたたり落ち、木の根へと栄養を与えていく。彼が身に着けていた装備は見る影もなく、周囲に散乱している。身体中が切り刻まれており、未だに繋がっている事が不思議なくらいだった。腹部からは内臓が飛び出し、頭部は半分ほど欠けており中身が見えてしまいそうだ。


 濃厚な血の匂いが周囲に充満しており、まるでモンスターを呼び寄せるためにわざとそうしているかのように思われる。しかしながら、不思議なことにこれほどまでも血の匂いが漂っているのにも関わらず、周囲にはモンスターの姿は見えない。


「――ベリン!」


「お、おい行くな!」


 クリニドはオレの制止も聞かずに仲間のもとへと駆け寄る。


「今下ろしてやるからな!」


 クリニドが宙に浮く仲間へと手を伸ばし、彼をつるされた木から解放しようとした瞬間――




 ――クリニドの伸ばした腕が無くなった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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