16: 遭遇(4)
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赤の他人とはどんな相手の事なのだろう。言葉を交わしたことがあれば赤の他人ではないと考える者もいるだろうし、何年も付き合いがあったとしてもそうだと考える者もいるだろう。人それぞれの価値観に基づいているので、この問題に明確な答えはないのかもしれない。
オレはどこで線引きをしているのだろうか?
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「――なるほど、得体の知れないモンスターか」
ゴルギアスが椅子に背を預けて天井を見つめる。
「もちろん、その者も気が動転していて正しい判断が出来なかっただけかもしれませんし、そのモンスターが今回の件の元凶ではない可能性もありますが」
「その可能性は捨てきれないとは言え、その得体の知れないモンスターが現れる前に、同じ方向から大量のモンスターが出現したのは事実だ。それであるならば、その先に何らかの手がかりがあるとみて相違ないだろう」
「それを明日は確かめようと考えています」
「ああ、そうしてくれ。
ただ、くれぐれも気を付けてくれよ」
クリニドを置いてギルドから出た後、オレたちはフレイヤの屋敷へと戻った。
そのまま再度クリニドのもう一人の仲間を探しに向かうという選択肢もあったのだが、もうすでに陽が落ちかけているという事、状況的に生きている可能性がゼロに等しいという事、今回の件に関して有益な情報になり得るので迅速にゴルギアスに報告した方が良いという事から、クリニドには申し訳ないが調査は一時中断することにした。
オレたちが屋敷へと戻った時、タイミングよくゴルギアスも屋敷へと戻ってきていたので、これまでの経緯を説明、今に至る。
「ようやくそれらしき糸口を見つけることが出来たようで安心したぞ。最近はバカどもからネチネチと嫌味を言われていたからな。これで少しは汚い口を閉ざすことが出来るだろう」
ゴルギアスは悪い笑みを浮かべながら、両手をかなりの力でぶつけ合う。どうやら我慢の限界だったようだ。爵位的に逆らうことは出来ないだろうが、少しでも彼の仕事場の環境が改善されることを望むばかりだ。
「では、私たちは明日に備えて少し早いですが休むことにします」
「ああ、今日はご苦労だったな」
オレたちはフレイヤが立ち上がるのに続き、一礼をして部屋の外に出る。
「ご主人さま、お話はもう終わりましたか?」
オレたちが部屋の外に出ると、部屋の外で待機していたステラが駆け寄ってくる。そんなメイドらしくないステラの姿に、背後に控えているイザベルさんは苦笑しながらも、まるで年の離れた妹を見るような視線を送っていた。
「もう今日はおしまいだよ。ステラもメイドの仕事は大丈夫なのか?」
オレは抱き着いてきたステラを優しく抱き、頭をそっと撫でながら尋ねる。
「はい! 今日のお仕事は全て終えました」
褒めて欲しそうにこちらを見上げてくるステラに微笑みかけながら、彼女の所望するように撫でる手を速める。
「ステラは今日もお利巧さんだったのね」
「まだ小さいのにしっかり役目を果たせて偉いです」
ルナリアとリーフィアもステラの頭を撫でながらステラの働きを褒める。二人に褒められて嬉し恥ずかしいのか、ステラは頬をほんのりと赤く染めていた。
「イザベル、明日は色々と大事になりそうだから準備を頼む」
「かしこまりました。明日の朝に間に合うように手配しておきます」
フレイヤはオレたちに混ざることなく、イザベラさんへと明日の支度を頼んでいた。その表情は真剣なもので、ステラを目の前にした状態でそんな表情をしている所をここ最近見た覚えがない。
「ご主人さま、明日何かあるんですか?」
そんなフレイヤの様子に、ステラは少し不安げに顔を上げる。オレの腰へと回されている手に少しだけ力が入ったのを感じられた。
「大丈夫、いつものことだよ」
オレはステラを少しでも安心させるために、努めてゆっくりとした口調で言い聞かせる。冒険者という職業上、明日どうなるかなんて分からない。それでも、オレたちは最高のパーティーだし、この世界でステラを独りにすることは出来ないので、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
そんなオレの様子を未だ不安げの表情で見つめてくるステラがオレの目には映っていた。
「――俺も連れて行ってくれ!」
次の朝、ギルドにて準備を整えたオレたちが調査へと向かおうとした時、クリニドがオレたちの前へと立ちふさがり、頭を下げた。
その姿に周囲の冒険者たちが何事かとこちらに注目するが、オレたちの姿がその目に映ると、興味をなくしたように視線を戻す。そんな周囲の反応に対して、オレたちがいつも問題を起こしているみたいで釈然としない。
「……クリニド、確認のためにあえて聞いておくぞ。
オレたちが今からどこに行こうとしているか分かっているか?」
「ルランを見つけた辺りを調べるんだろ? そんなことは分かっている」
クリニドは頭を下げたままだが、その表情を容易に想像することが出来た。
オレは半ば無駄であろうと思いつつも、クリニドのことを思って少し強い口調になる。
「お前の仲間が死んだ原因を調べに行く。お前が手も足も出なかった相手だ。正直に言って今のお前では足手まといだし、すぐに死んでしまうのがオチだ。それが分かっているのに、連れて行くことは出来ない」
クリニドがどれほど強いかは知らない。だが、客観的に考えてもオレたちよりかは弱いだろう。それは彼の身のこなしからも明らかだ。加えて、つい昨日仲間を失ってしまい精神的に不安定な今の状態では、実力の半分程の力も発揮することが出来ないだろう。そんな状態のクリニドを連れて行っても役に立つとは思えないし、何かがあった際にオレたちが絶対に守ることが出来るとも限らない。
オレにとってクリニドが赤の他人であれば、本人がどうなろうと知ったことではないが、クリニドはそうではない。まだ付き合いは浅いが、みすみす死なせるような真似はさせたくないと思っている。
そんなことから、クリニドの同行に賛成することは出来なかった。
「……それでも、それでも俺は仲間の仇を取りたいんだ!」
クリニドが突然顔を上げる。
「確かに今の俺は足手まといなのかもしれない、ついて行っても死んでしまうのかもしれない、アレンたちに迷惑をかけてしまうのかもしれない――」
真剣な視線がオレのことを睨みつけていた。
「――そんなことは分かっている、分かっているけど止められないんだよ! 仲間が死んだという確証がないのなら、少しでも生きている可能性が残っているのなら、俺は助けに行きたい!」
クリニドは再び頭を下げた。
「身勝手なことを言っているなんて分かっている。俺を連れて行ってもお前たちの得になることなんて無いことも理解している――それでも、それでも俺を連れて行ってくれ!」
クリニドの気持ちは痛いほど理解することが出来た。仲間を置いてくるしか出来なかった自身の不甲斐なさ、自身の知らないところで物事が進んでいく歯痒さ、もしかしたら仲間がまだ生きているのではないかという残酷な期待。様々な感情がクリニドの中で生じているのだろう。
それでも、オレの気持ちは変わらなかった。オレは自身の決定が間違っていないことを確信している。かなり冷たく薄情だと思われようが曲げることは出来ない。今は理解されなくとも、後にこの決断が正しかったのだと、オレたちやクリニドの為になったのだと分かってもらえれば良い。
「すまないが連れて行くこ「――連れて行ってやれ」」
フレイヤがオレの言葉を遮る。
「そこまで覚悟を持っているのだ。もし途中で死んだとしても本望だろう」
「いや、でもな……」
「アレン、連れて行きましょうよ。それに断ったとしても確実についてくると思うわよ」
「どうせ結果は変わらないんですから、一緒に行った方が何かと良いと思いますよ」
オレの反論よりも早く、ルナリアとリーフィアがフレイヤに続く。二人とも完全に納得はしていないものの、クリニドが同行することに賛成のようだ。
「……死ぬかもしれないんだぞ?」
「そんなことは分かっている」
「そうか……それなら好きにしろ」
オレは念を押したが、クリニドの応えは変わらなかった。
結局、オレはクリニドの熱意に負けてしまい同行を許可した。
そして、四人での立ち回りを確認した後にオレたちは不気味な死地へと歩み始めた。
読んでいただき、ありがとうございました。