15: 遭遇(3)
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出会いがあれば別れもある。このことからは逃れることは出来ない。どんなに仲が良かろうと、どんなに愛し合おうとも、いずれは終焉が来る。
オレたちに出来るのは頭の片隅にその瞬間を思い浮かべながらも出来るだけ意識せずに毎日を過ごすことだけ。この明るい日常が当たり前なんだと自身に言い聞かせ、暗い未来に目を瞑る。
しかしながら、その瞬間が突然目の前に突き付けられたとき、オレたちはしっかりと意識を保っていられるのだろうか?
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「――何でだよルラン! 嘘だと言ってくれよ!」
ギルドの一室にクリニドの叫び声が鳴り響く。
「今朝もふざけ合ってたじゃねえか!」
あれたちが案内された部屋は依然も訪れたことがある場所だ。冒険者の遺体などを運び入れる時に用いられる部屋であり、まさか二度も足を踏み入れることになるとは思ってもいなかった。
当然のことながらこの部屋にはオレたちやクリニド、ここに案内してくれた職員以外に人はおらず、静寂がこの場を支配していた。
そのせいか、クリニドの嘆き悲しむ声がひと際大きく聞こえてしまう。
「何とか言ってくれよ! そうやって俺を驚かせようとしてるんだろ? それならもう十分驚いたからさっさと目を開けてくれよ!」
クリニドの瞳からは大粒の涙が大量に流れており、ルランと呼ばれた男の上へと落ちていく。しかしながら、大量の涙をその身に受けてもルランはもう反応することはない。その変わり果てた仲間の姿にクリニドから落ちる涙は増えるばかりだった。
仲間を置いて自身だけ生き残ってしまった事に対する懺悔。それは冒険者であるならば仕方がない事だろう。しかしながら、冒険者だからと言って簡単に割り切れるほどクリニドは冷徹ではなかった。
――自分だけが
――自分のせいで
自身を非難する様々な感情がクリニドの中で渦巻いている。次々に溢れ出てくる行き場のない感情をどうにか発散するかのようにクリニドは遺体へと言葉を浴びせていく。
オレたちはそんなクリニドをただ見守ることしか出来なかった。つい先程まで生きていた仲間を失ってしまったという、オレたちがまだ体験したことのない状況に、どうやって声をかければ良いのか分からなかった。何を言ったとしてもそんな薄っぺらい言葉は今のクリニドには届かないだろう。結局はクリニド自身がどうにかするしかないのだ。
「……ルランを運んできてくれてありがとう」
しばらくの間声を出して泣き崩れていたクリニドはゆっくりと立ち上がり、遺体に背を向ける。もう涙は顔からこぼれ落ちてはいなかったが、未だにその瞳は濡れていた。すっかり憔悴しており、オレたちの足元をただボーッと見ているだけだ。
「いや、気にするな……」
これからオレたちはギルド職員に状況説明を行わなければならないのだが、そこにクリニドも同席させるべきだろうか。目の前の力の抜けきったクリニドに遺体を発見した状況を語っても良いのかと一瞬考えてしまう。
「……今からオレたちは遺体を見つけた状況を説明しようと思うんだけど、クリニドはどうする? 落ち着いてからでも良いぞ?」
一瞬、クリニドの身体が震えたように見えた。
「……いや、聞かせてくれ」
クリニドの視線がオレの足元からゆっくりと上げられる。真っ直ぐにオレのことを捉えたその視線に揺らぎはなく、確固たる意志が見て取れる。
「……分かった。
でも、ここではなんだから場所を移動しよう」
オレたちは再度ギルド職員に案内されながらその部屋を後にする。部屋を出る際まで仲間の遺体へと悲しみの視線を向けていたクリニドが印象的であった。
「――じゃあ、オレたちが見て来たことを説明するぞ」
皆がイスに座ったことを確認したオレはゆっくりとした落ち着いた口調で話し出す。
「その前に確認なんだが、オレたちが運んだあの遺体はクリニドの仲間で間違いないのか?」
「ああ、間違いなくアイツは俺の仲間のルランだ」
「……そうか」
先ほどまでの部屋と違い、用意されたこの部屋の中には装飾なども飾られており、どこか温かさを感じる。しかしながら、これから話す内容にどうしてもどんよりとした暗い雰囲気が場を支配してしまう。
「オレたちは今ギルドでも大々的に依頼されている件について調査していたんだ。そこで森の中に流れる川の上流から血が流れてくるのを発見した。その血を頼りに上流の方へと向かったところ、お前の仲間が浮かんでいたという訳だ」
オレはオレたちが見て来たことを簡単に説明する。それをクリニドは静かに聞いていた。
「オレたちが発見した時にはもうすでに動かなくなっていた。念のために周囲を確認したが特に何もなかった」
「……」
「クリニド、確認したいことがあるんだが良いか?」
オレはクリニドが職員と揉み合いになっていた時のことを思い出す。
「確か、お前の仲間は二人いるって言っていたよな?」
「……ああ、ルランとは別にもう一人帰って来ていない」
重々しい空気が流れる。
未だにその仲間がギルドに戻ってきたという報告は無い。
「先ほども説明したが、オレたちが発見した遺体の周辺には何もなかった。
確かに、オレたちも早く報告した方が良いと思ってそこまで徹底的には調査していないから、もしかしたらという事もあるのかもしれないが、大量のモンスターが蔓延っているという事を考えるとクリニドには悪いが望みは薄いと思う」
オレは敢えて淡々と告げる。
「……そうか」
クリニドは膝の上で拳を固く握りしめて俯いていた。その身体は小刻みに震えており、受け入れることの出来ない現実を噛みしめているようであった。
「辛いかもしれないが教えてくれないか? お前たちに何があったのかを」
これ以上被害を出さないためにも、クリニドには酷だろうが情報を少しでも集めなければならない。
「……俺たちもアレンたちと同じ依頼を受けて森に入ったんだ。最初は弱いモンスターばかりに出くわしていたから、もっと大物を狩ろうって話になって、どんどん森の奥へと入って行ったんだ」
クリニドは俯いたまま話し始めた。言葉を発すれば発するほど涙がこぼれ始める。
「……俺たちが森の奥へと入ってしばらくした時に、急に大量のモンスターが俺たちの方へと向かってくるのが確認できた。どうにか木の陰に隠れてその場は凌いだと思った束の間に、背後から今まで見て来たモンスターとは比べ物にもならないくらい強大なモンスターに襲われたんだ」
「どんなモンスターだったか分からないのか?」
「ああ、暗かったってのもあるが、あまりにも一瞬の事だったからちゃんとは確認できてねえ。ただ、あのモンスターに睨まれただけで恐怖で身体が震えてしまうくらいヤバい相手だって言う事は分かる」
「仲間のことは残念だが、よくそんな状況から戻ってこられたな」
フレイヤが少しでもクリニドを励まそうとする。
「……仲間が時間を作ってくれたんだ。『この情報をギルドに持ち帰れ』ってな」
「それは……凄いな。自分を犠牲にしてでも仲間を生かす。なかなか出来ることではない」
「俺は、俺が残っていれば、もしかしたら助けることが出来たかもしれないのに……俺はそれが出来なかった。恐怖で二人の言葉に従ってしまった。あそこで犠牲になるべきはリーダーである俺のはずなのに。なのに、なのに何で俺が生き残っているんだよ!」
フレイヤの言葉クリニドが目の前にテーブルを思いきり叩く。そのせいでテーブルの上の物が床へと落ちるが、クリニドは止まらない。まるで自身を痛めつけるかのように何度も何度もテーブルを拳で叩く。
「何でだよ! 何で俺が生かされているんだよ!」
クリニドの拳からは血が滴り始めた。
仲間の死という現実を受け止めるのには時間が必要だ。薄情者でない限りすぐには受け止めることが出来ないのが普通だろう。
「……クリニド、お前は仲間の期待に応えてよく戻ってきた」
オレには月並みの言葉しか思いつかない。
オレたちは立ち上がると、泣き崩れるクリニドを後目に対策を練るべく部屋を後にした。
読んでいただき、ありがとうございました。