14: 遭遇(2)
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何かもう少しで掴めそうな時、そのまま粘ってそれを掴むことが出来るまで続けるのか、一旦切りの良い所で中止し、後日再開するのでは、どちらが良い結果を得ることが出来るのだろうか。
がむしゃらに深追いした方が良い場合もあるだろうし、早めに切り上げた方が良い場合もあるだろう。
結局はその時の状況を冷静に考えることが重要だという事か。
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「――ルナリアどうした」
オレは三人が身体を清めているであろう場所へと勢いよく飛び出して様子を確認する。この時、オレは全くと言って良いほど三人の今の状態を考慮してはいなかった。
オレの目に飛び込んできたのは三人の水にぬれた艶めかしい姿。
しかしながら、オレはその状況に全く欲情を抱くことは無い。
「……血か?」
なぜなら、そんなことよりもその場にはオレの目を引く事態が起きていたから。三人がいる川の上流の方からゆっくりと流れてくる赤い液体。それらが三人の周囲の水を赤く染めていく。
「とりあえずここから上がるぞ」
その異常な光景に意識を奪われていたオレたちをフレイヤの言葉が引き戻す。
「すまないが上流の方を見ていてくれ」
オレはフレイヤの言葉に素直に頷き、腰のソードに手をかけながら注意深く観察する。
「……特に何もなさそうだけどな」
モンスターの声も木々の揺らめきもない。ただゆっくりと穏やかな空間が広がっているだけ。だが、今はその穏やかさが逆に恐ろしく、何とも言えない不気味さを感じさせる。
「アレンありがとう。
何か問題は見つかった?」
身体を拭いて装備をその身に纏ったルナリアが後ろに立ち、眉間にしわを寄せながら周囲を警戒する。そんな彼女の髪の毛からはポタポタと雫が落ちていく。当然ながら完全に水滴を拭き取る暇はなかったようだ。
「いや、今のところは何もなさそうだ。だけど確実にこの先で何かが起きていると思う」
「じゃあ確認に行きましょうか」
「ああ、もしかしたら今回の調査の件にも関係があるかもしれないからな、行ってみて損はないだろう」
遅れて来たリーフィアとフレイヤもルナリアと同様にその身体から雫が落ちていた。
オレたちは何が起きてもすぐに対応ができるように周囲を警戒しながらゆっくりと上流に向けて歩を進める。
オレたちが歩けば歩くほど川の色は赤くなっていった。
「あれは?」
ルナリアが川の先を指さす。オレたちがそちらに視線を向けると、何かが川に浮かんでいた。
「誰かの装備みたいだな」
「所々破損していますけど、まだ新しそうですね」
川の血はこの装備が原因ではないようだ。それを証するように上流の方は依然として赤く染まっていた。
「この心配が杞憂であれば良いんだけどな」
誰かの真新しい装備が破損して流れてきた。その状況にオレたちの緊張も自ずと高まる。装備を失ってしまった中の者はいったい無事なのであろうか? 例え怪我を負っていたとしても、命さえ繋ぎ止めることが出来ているのであればなんとかなる。
「とにかく急いだ方が良さそうね」
オレたちの足が先ほどよりも速くなる。
数分程歩いたところで、川がひときわ赤く染まっているのを視界に捉えた。そしてその真っ赤な川の中央には先ほどの装備よりも一回り大きな物体が浮いている。
その物体は冒険者にとってはとても馴染みのある物だった。否が応でも見慣れてしまう。いつかは自分もこうなってしまうのではないかと、常に脳裏に見え隠れする嫌な想像。それを忘れるかのように自身の生を謳歌しようと酒を飲んだり猛る色欲を解消したりする者が多い。
「……あれはもうダメだな」
――死体。
オレたちの前には冒険者の死体が浮かんでいた。その身体からは鮮血が川の水へと滲み出ており、穏やかな川の流れに揺られるだけで生気を感じられない。一目でもう手遅れであるという事を理解することが出来た。
「これは予想以上に酷いな」
ボロボロの装備に大きく破れた服。その裂け目からは抉られ真っ赤な肉が見え隠れしている。四肢はあるようだが、その付け根からは真っ白な骨が見え、今にも分裂してしまいそうな惨い状態だ。
髪の毛の長さやその体格からおそらく男性であると予想されるが、あまりにも傷を受けてしまっておりその原形を留めていなかった。
先ほどの川に浮いていた装備もこの冒険者の物であろう。装備の破損部と同じところに大きく抉られた傷が刻まれている。
「「「……」」」
フレイヤの言葉にオレたちはしばらく息を飲み込むことしかできなかった。
「とりあえず引き上げるぞ」
オレは何度も深呼吸をして自分を落ち着かせ、何とか冷静さを取り戻すことが出来た。
そして、このまま死体を川に放置しておけないと装備のまま川に足を踏み入れる。幸いなことに、川はそこまで深くなかったので死体までは簡単に近づくことが出来た。
「……間近で見るとさすがにくるものがあるな」
オレは四肢が身体から離れない様に優しくつかむと、ルナリアたちが待つ川岸へと死体を運ぶ。
「知らない冒険者ね」
「ギルド内でも見たことは無いですね」
地面の上に横たえられた死体を観察した結果、どうやらオレたちと顔見知りではなかった。不謹慎ではあるが、オレはそのことにホッと胸をなでおろす。
「モンスターに襲われたのだろうがここまで酷くなるとはな。かなり凶暴なモンスターと見て間違いないだろう」
一通り死体を調べ終わり、ギルドへと死体を持って帰るために『魔法の鞄』に収納する。死体が置かれていた場所では水と血が入り混じった液体が地面を濡らしていた。
「アレンどうする? このまま一旦ギルドに戻る?」
「いや、辺りを調べてみよう。まさか一人でここまで入ってきた訳ではないだろうから、もしかしたらこの冒険者の仲間を見つけることが出来るかもしれない。まあ、生きているかどうかは分からないけどな。それでも少しでもその可能性があるのならば行動に移した方が良いと思う」
「一人だけ逃げ遅れたという可能性もあるのではないですか?
他の生き残った冒険者はもうギルドに戻っているという事もあると考えられます」
「確かにそうだな」
「その場合だと早めにギルドに戻って報告した方が良いかもしれませんよ」
もしこの冒険者の仲間が生き残り、ギルドへと無事に戻っていたとすると、冒険者たちが仲間を救出するためにここへと向かってくる可能性がある。そのような無駄足を踏ませないためにもなるべく早くギルドへと届け出なければならない。
「少しだけ調べよう。
それで何も見つけることが出来なかったらギルドに戻ろう」
「分かったわ」
オレたちは死体が浮かんでいた周辺を簡単にではあるが調べてみることにした。何もなければそれはそれで良いし、なにか手がかりを見つけることが出来ればギルドへと持って帰る情報が増える。
その後、周囲を調べてみたが、特にこれといった情報を得ることも他の冒険者を見つけることも出来なかった。おそらくはもっと上流の方へと行けばないかあるのかもしれないが、これ以上は時間をかけていられない。
オレたちは後ろ髪を引かれながらも、ギルドへと戻るべく足早にその場を後にした。
「――」
ギルドに戻ってきたオレたちの耳に真っ先に飛び込んできたのは、ギルド内の誰かが大きな声で騒いでいるという事。その内容までは聞き取ることが出来ないが、かなり興奮しているようだ。
オレが声の方へと視線を向けると、受付の前でギルド職員ともみ合いになっている一人の冒険者が。その冒険者はオレの知っている人物だった。
「この前の人ですよね?」
かなり錯乱しているようで職員の胸ぐらをつかんで罵声を浴びせている。早く止めた方が良さそうだ。
「ちょっと行ってくる」
オレはこの騒ぎをいち早く収めるために彼のもとへと向かう。
「――何でだよ! 助けてくれよ!」
「そう言われましてもすぐには動けないのが現状なんですよ」
「すぐに行かなきゃ仲間が死んじまうだろうが!」
「――おい、落ち着けクリニド!」
オレはクリニドの肩を力強くつかんでギルド職員から引きはがす。
「ア、アレンか」
「何があったか知らないけど一旦落ち着け。
オレが話を聞いてやるから」
「本当か!?」
クリニドがオレの方へと身を乗り出してくる。目が血走っていることから考えるに、かなりの大事があったらしい。
「じ、実はなオレの仲間を助けて欲しいんだ」
「仲間?」
オレの背中に冷たい汗が伝う。
「ああ、俺たちは依頼中に見知らぬモンスターに襲われたんだ。それで俺だけ何とか帰って来てしまった。頼むから他の二人を助けてくれよ!」
クリニドの仲間は二人。オレの思い当たる節は一人だけ。
「……そのことなんだが、クリニドには確認してもらいたいことがあるんだ」
オレは自分の予想の答え合わせをするために、職員の許可を取りクリニドと共に別室へと向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。