12.5: 蠢動
それは王都近くの森の奥深くに潜んでいた。
普段王都近辺には現れないような凶暴で獰猛なモンスターが闊歩する森の中。弱きものは生きることすら許されず、日々や弱いものが強いものに捕食され、その生命の糧となる弱肉強食の世界。多くの冒険者がその表層へと訪れ、無残にも返り討ちにされた未開の地。例え高ランク冒険者たちが集いその地を目指したとしても、その身の無事を保証することは出来ない。
そんな足を踏み入れるべきではない森の最深部に巨大な影が一つ。周囲とは比べ物にはならない雰囲気を発しながら、その場に鎮座していた。森の中においても明らかな異物。圧倒的な力をその巨体に宿し、ただ生きているだけで周囲を威圧する。
我が物顔で森を闊歩するモンスターたちも、その力の違いを本能的に察知して周囲に寄り付こうともしない。なんなら、その触れてはならない存在から少しでも身を遠ざけようとしていた。
幸いなことに、未だにその存在は深き眠りから目を覚ましておらず、直接その脅威を周囲へと振りまいてはいない。そのことだけが、この森に巣食うモンスターたちや王都にとっての救いであった。
森の最深部から少し離れた場所。
今日もモンスターたちがその日を生きながらえるために喰らい合っていた。
『グガァ―――』
悍ましい雄叫びが森の中を駆け巡る。
輝かしき翼を広げ、その鋭い嘴には目の前に倒れたモンスターの生暖かい血がべっとりと塗られている。
グリフォン――大空を悠然と飛び回る空の支配者。翼を持たぬ生物にとって畏怖の対象であるグリフォンは、一匹だけでも小さな国を亡ぼすことの出来る力を有しているという。実際に、昔グリフォンの標的になった小国は、そこに住む人々が貪られ、建物が燃やし尽くされてしまい、一夜にして崩壊させられてしまったという例もある。
そんな驚異の権化であるグリフォンは、倒したモンスターのもとへと悠然と近寄り、分厚い皮膚をやすやすと食い破りその腸を喰らい始める。
『グルルゥ』
満足げにその肉を味わうグリフォン。この地が自身の物であるかのように全く周囲のことを気にすることなく余裕のある様子。普通であれば、血の臭いに誘われて腹をすかせたモンスターがその肉を奪おうと、あわよくばそのモンスターを倒したものも喰らおうと近づいてくるのだが、その気配は一切ない。もしその肉を求めて近づこうものなら、グリフォンの餌食になってしまうという事を理解しているのだ。
何者にも邪魔をされずにグリフォンが半分ほど喰らった時、不意にその頭を上げて周囲を警戒し始める。
グリフォンすら警戒せざるをえない強烈な殺気がその一帯を覆っていた。
『グルルルゥ』
殺気が放たれているもとへと威嚇するグリフォン。その唸り声には先ほどまでの余裕はなく、喉の奥から絞り出したようだった。
グリフォンの鋭い眼光が向けられる方向には何もおらず、ただ薄暗い森が広がっているだけ。しかしながら、グリフォンは緊張を解くことなく警戒を続ける。
しばらく緊迫する空気が流れた後、今までこの場を支配していた強烈な殺気がフッと消えて無くなり、再び静寂が訪れる。
グリフォンは警戒を解くと、その腹を満たすために頭を生暖かな肉塊へと埋めようとした。
――その時、先ほどまでとは比べ物にも鳴らないぐらい強大な殺気が発生し、グリフォンを襲う。
『グギャ―――』
断末魔の叫びを最後に、そのグリフォンの命の炎は消えて無くなった。それはあまりにも一瞬のことで、おそらくグリフォン自身も自身の『死』を認識することは出来なかっただろう。
――バキバキバキ
周囲に骨を砕く恐ろしい音が鳴り響く。
グリフォンの血が周囲の木々を濡らしていく。
数秒もしないうちに、グリフォンの肉体はこの世界から姿を消した。
『!?!?!?!????』
圧倒的脅威がついに目覚めてしまった。
だれも止めることが出来ない森の最深に巣食うそいつが。
長き眠りから目を覚まし、その胃袋を満たす為に獲物を求めてゆっくりと動き出す。
出くわしたモンスターを逃がすことなくその胃袋に納めながら。
そいつは着実に王都へと近づいていた。
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