4: 救出
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今日、初めてモンスターと戦闘をした。戦闘と言っても防戦一方で、逃げる隙を窺っていただけだが。まあ、なんだかんだ怖かったが何とか生き延びることができた。
オレが助けた彼女たちを見て、助けに行ってよかったと心の底から思った。
オレはアイツらとは違う。オレは他人でも助けることができる人間なんだ。
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オレが声の主の下へと到着した時、状況は明らかに最悪だった。二人の女性冒険者のうち一人は倒れていて、もう戦闘に参加することはできそうにない。それに加えて、腕からは大量の血が流れていて、緑の草を濡らしている。早く手当をしなければ死んでしまいそうだ。その冒険者をかばうように立っているもう一人も満身創痍の状態のように見える。十分に戦闘をすることは出来そうにない。
そんな二人に対峙しているのは、今まで見たことがないくらい巨大なオーク。その屈強な身体は野生で鍛え抜かれた筋肉と分厚い皮で覆われていて、攻撃が全く効きそうにない。その大きな口からは長く鋭い牙が垣間見えており、もしその牙で噛まれようものならば、オレの身体なんてすぐさまズタズタに切り裂かれてしまうだろう。そんなオレの手も足も出ないような圧倒的なオークが、今まさに目の前に存在している。正直、どう足掻いても勝てる気がしない。逃げるにしても、オレ一人なら逃げることはできるかもしれないが、彼女たちと一緒にとなると確実に捕まる。
巨大オークはオレが突如現れたことによってその足を止めてオレの方をじっと観察していた。おそらく、オレという新たな食料候補が目の前に出てきたため、彼女たちとオレとのどちらから仕留めようか考えているのだろう。
とりあえず、オレは倒れている一人をかばっている彼女の方へと駆けより、オークへ向けてナイフを構えながら、隣に立つ彼女に容態を確認する。
「動けそうですか?」
「わ、私は大丈夫だけど、リーフィアが」
その言葉から、オレはここでオークと戦闘をするしかないということを悟る。できれば戦闘はしたくなかったのだけど仕方がない。オレはモンスター対策で準備していたものの中で何か使えるものがないかと必死に探す。
そんな少しの間についに考えがまとまったのか、とうとうオークがこちらに向けて歩き出し、その丸太のように太い腕を掲げて殴りかかってきた。
「――マ、マジか」
オレは彼女たちをかばいながら、どうにかその攻撃をナイフの腹でいなすことによってやり過ごす。オークの攻撃は「力を込めて殴る」という単純なものだったので、オレでもなんとか見切ることができたが、予想以上に一撃が重い。まともに食らってしまえば骨折は免れることが出来ないだろう。このままではヤバい。
だが、そんなオレの心配とは関係なくオークはまた殴りかかってくる。オレはどうにかその攻撃もいなしながらも、この状況を切り抜ける方法を考える。
だが、なかなか妙案を思いつくことができず、オレは体力を消耗していくばかり。ナイフも何とか今はオークの攻撃に耐えてくれているが、いつ折れてもおかしくない。攻撃をいなすたびにミキミキと嫌な音を立てて軋んでいる。
オレの横で立っている彼女といえば、オレがオークの攻撃をさばいている間に、何とか隙を見つけてはオークに攻撃してくれている。だが、体力を消耗していて攻撃に体重を乗せることが出来ない上に、このオークが規格外すぎるほど頑丈なのだろう、その外皮に傷一刻むことができておらず、ほとんどダメージを与えることができていない。
「――こ、このままだとジリ貧よ」
「わかってる――今何とかする!」
オレは精一杯の虚勢を張りながらも自分の限界が近いこと悟る。「早くしなければ」という感情をどうにかコントロールしながらも、この場を打開することが出来る策が何かないかと考える。
軋むナイフ、悲鳴を上げる腕。絶体絶命という言葉が今のオレたちには相応しい。そんな絶望的な状況の中、半分運に身を任せながら、限りなく細い生存への糸を辿る。
――そうだ、確か、あれならいけるんじゃないか。
オレは一つの妙案を思いつき、持ち物の中から調理用に用意していた何の変哲もないただの塩を取り出した。
そして、その塩を殴りかかろうとしてくるオークの血走った目をめがけて、思いきり投げつける。
オークも防戦一方だったオレが反撃してくるなんて考えてもいなかったのだろう。オークはオレが投げつけた塩を避けることができず、大量の塩がオークの目の中へと入り込み、激痛を与える。
巨大オークといえども、さすがに目は一般的なオークと同等のものだったようで、恐ろしい叫び声をあげながら手で目を押さえ、一歩、また一歩と後ずさりした。
隙ができた、チャンスだ! この機会を逃してしまえばオレたちには死しかない。
「今だ、逃げるぞ!」
「で、でも、リーフィアが」
「わかってる、オレが運ぶから、向こうに走れ!」
オレは倒れ込んでいる彼女を背負いながら、オレが寝床にしていた岩場の方向へと駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……な、何とか逃げ切れたな」
「……そ、そうね」
オレたちは何とか森を脱出し、オレが元いた岩場へと戻ってくることができた。
オレは背負っていた彼女を優しくおろし、オレがもともと寝ころんでいた場所へとそっと横たえた。そして、出血している腕の部分の布地をナイフで裂き、怪我の状態を確認する。
「――ね、ねぇ、リーフィアの容態はどうなの?
助かるわよね? 大丈夫よね? 死んじゃったりしないわよね?」
「落ち着いて。
大丈夫、出血の割には傷は浅くてたいしたことないから」
オレは持ち物から『回復のポーション』を取り出し、リーフィアと呼ばれる彼女にゆっくりと飲ませる。加えて、もう一本『回復のポーション』を取り出して傷口に丁寧にかけていく。すると、傷口は瞬く間に塞がった。もう心配することはなさそうだ。あとは目が覚めるまで待つしかない。
オレは彼女を救うことができたことに安堵しつつ、その場に腰を下ろし、仲間のことが心配で瞳に涙でにじんでしまっているもう一人の方へ語り掛けた。
「『回復のポーション』を飲ませたから、もう大丈夫。
あとは彼女が目覚めるのを待つだけだ。オレたちにできることはそれだけだよ」
「あ、ありがとう……」
彼女は仲間の命が助かったことに安心したのか、その場に膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。目の前で女性が泣いている。今までそんな経験をしたことがないオレは、どうしたらいいのかわからない。目の前で泣いている女性をただ見ているオレ。その状況に、オレはなぜか罪悪感を抱いてしまう。オレは少しうろたえながら、この状況から抜け出すために彼女にやさしい言葉をかけた。ただ、その言葉が彼女には逆効果みたいだったようで、より一層激しく泣き出してしまう。
「ほ、ほら、ね、泣き止んでよ。
オレはアレン、冒険者になるために王都を目指しているんだ。
君は?」
これ以上彼女を刺激しないように、オレは出来るだけ落ち着いた口調で彼女の気を紛らわせることが出来るようなことを尋ねた。
「……わ、私はルナリア、王都で冒険者をしてるの。
彼女はリーフィア、私の仲間で幼馴染……」
彼女は何とか声を絞り出しながら自己紹介をしてくれた。良かった、どうやら少しばかり彼女から流れる涙の量を減らすことが出来たみたいだ。このままこの調子で続けてみよう。
「ほ、ほら、ここに座ってよ。
そうだ、お腹空いてない? パンならあるよ」
「……うん……」
ルナリアは大分落ち着いてきたようで、オレの提案を素直に受け、焚火の前に腰を下ろした。まだ多少は涙が流れているようだが、今は円滑に会話をすることが出来ている。
「これ少し焼くとおいしくなるんだ。
ほら、食べてみて」
オレはルナリアが落ち着いてくれたことに安堵しつつ、焚火で少し焼いたパンを彼女に差し出す。
「……ありがとう」
彼女はパンを受け取り、チビチビとパンを食べ始める。
オレはすっかり小さくなってしまった焚火に薪をくべながら、そんなルナリアの様子を静かに見守っていた。
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