Soultakers of Purgatory
見切り発車進行!!!
「決勝進出どころか、3位にもなれないなんてどうなってるんだ!!!!!」
バンっっっっ
という机を殴る音と共に鳴り響く罵声。
殴られた机は余波で[理事 庄野 茂]と書かれたネームプレートを揺らした。
もうすぐ50歳を迎える前に潔く坊主にし顔を真っ赤にしている目の前な上司をまるでゆでだこだ…と佐々木は思いながら顔だけは神妙に立っていた。
「がんばったんだ、ですけど、なんかダメだった、でしたねー、すいません」
と、まるで反省の色が見えない謝罪をする隣に立つ男に対して佐々木は内心舌打ちをした。なんでいつも火に油を注ぐようなことしか言えないんだこのクソチャラ男。
案の定庄野のこめかみに血管が浮き出たように思える。
とはいえ、日本代表のリーダーでありここ数年代表チームを引っ張ってきた選手。目の前のゲームをプレーしたことすらないハゲのおっさんに怒鳴られて素直に謝りたい思わない気持ちもわからなくもない。
結果に対する申し訳なさはもちろん多少はあるのだろうが。
佐々木は競技サポート部の部長としてここは自分が何とかせねばと腹を括った。
「理事のお怒りも理解できます。しかし、ここ数年で他国のプロリーグが増えたことによってレベル水準が上がり強豪といわれる国が増えてきたのも事実です。ある意味ではこのゲームの発展につながっているともいえ喜ばしいことでもあります。
例えば庄野理事が以前いらっしゃったサッカー業界も、発祥の国はイギリスですが競技人口が世界中に広がるとイギリス以外の国の台頭が目ぼしくなりました。
こうした他国の台頭は競技の未来を考えると決して悪いものではないと思われます。」
あくまで冷静にそして10%の申し訳なさをちらつかせて発言をした。
そんな佐々木の言葉に隣のチャラ男は頷同意の意志として堂々と何回も首を縦に振る。もう少ししおらしくしてろや。
「佐々木の言いたいことはわかる。今やこのゲームはサッカーやバスケに並ぶ世界的人気スポーツへと近づいてる。だが3回だぞ3回。前回も前々回もこんな結果は二度と出さないと誓って三度目の正直かと思いきや4位!!裏切られた気分だし開発国として最低な結果を残しやがって」
苦しげな表情でチャラ男に向けた庄野の悪態は止まらなかった。
もちろん協会理事として競技への心配もあるが、理事より上の人間、そして出資者からの非難を浴びたストレスも含まれていたであろう。
佐々木もある意味では選手と庄野を含めた上司に挟まれた中間管理職という立場、庄野に同情の気持ちもあるが、あくまで選手側でいたいと思っている。
「この結果に対してサポート部の力が及ばなかったことに対して大変申し訳なく思っております。
ただ、選手は皆一生懸命優勝を目指し努力してきたということは認めていただきたいです。お願いいたします。」
という言葉と共に頭を下げた佐々木を見てチャラ男も慌てて「っします」と頭を下げた。
佐々木のこの言葉に嘘偽りはなかった。
サポート部も選手もコーチも寝る間を惜しんで頑張っていた。
この目の前のハゲよりも誰よりも佐々木よりもこのチャラ男を含めた選手達が悔しくて堪らない事を知っていた。
ハァー……と大きなため息をつく庄野
「わかってる、わかってる、とりあえず顔を上げろ。今回のことは終わりだ。
で、俺が聞きたいのは次に向けてだどーするつもりかだ、佐々木。」
名指しされて鋭い視線を投げられたのは佐々木だが、何故か横にいるチャラ男の方が手に汗握る。
あらかた、リーダーである自分がもしかしたら代表から外される可能性を考えてるのであろう。
そんなチャラ男をしり目に佐々木は庄野の質問の返事をする。
「ひとまず4月から始まる国内リーグと12月に行われるクラブワールドカップに向け所属クラブでのプレーに集中してもらいます。2年間の国内リーグ、クラブワールドカップを通しての選手の成績やチームの最終成績からリーグ終盤に代表選考をしていく、というのが今年までの流れでしたが…、次はプロに加えてアマチュアも含めた代表選考会を行うことを考えております。」
「!!?」
「…本気か」
チャラ男は目を見開き、庄野はより視線の鋭さを増させた。
二人の驚きはもっともであった。
基本的にゲーム内の上位、最上位ランカーはほとんどプロとなっている。年齢制限やプロとしての行動制限、顔出しの拒否といった理由でプロになってないものを除くと国内の実力者たちはほぼ全員プロになっているといっても過言ではない。その現状でアマチュアからも選考をする意味はあまりないのだ。
もちろんアマチュアの中でもプロと遜色ない実力を持つプレイヤーもいる。しかし、アマチュアの大会で幾度となく功績を残していたとしても根本的にプロとの場数、そして必要なメンタル力が違うのである。
それを佐々木はわかったうえで話を続ける。
「理由の一つとしてはプロの選手たちに危機感を覚えさせることです。国内リーグが発足して早10年、多少の入れ替わりはありますが、基本的にプロ選手の顔ぶれは固定化し、つまりは代表選手の顔ぶれも変わらなくなってきました。どこか安心感を覚えている代表選手もいるでしょう」
この佐々木の言葉に心臓がキュっとなったチャラ男。
チャラ男の様子に気づきながらも言葉をつなげる。
「2つ目は若い選手の育成です。現在のプロになれる年齢は16歳からです。しかし現状学業との両立が難しいからか、実力があっても高校生からプロになることを渋るプレイヤーがいます。彼らの中には代表になりたい子もいますがプロではないため諦めるしかないのです。
そしてアマチュアの大会には年齢制限がありませんので、中には次のワールドカップの2年で16歳を迎えるプレイヤーもいるわけです。ですからそんな彼らにも機会を与えることで、たとえ代表になれなくても代表選考会に出るだけでも次世代を育てる貴重な経験となるでしょう。」
一度言葉を切った佐々木は自身の話を腕を組みながら聞いていた庄野を見ると多少は当初よりも表情が和らいだように思えた。
ここまで佐々木の予定通りの反応をもらい一瞬安心したが、今日一番の提案をこれからするという事で心の中で深呼吸をする。
「そして3つ目が実力のある日本人のアマチュアを引っ張り出すこと。そのために庄野理事にいくつかお願いしたいことがございます。」
「………なんだ」
一瞬和らいだ表情をまた険しくさせた庄野。こうなることはわかっていたのであくまで冷静に佐々木はかたりだした。
「まずは、アマチュア大会の賞金を上げていただきたいということです。人を釣るのに賞金はやはりもっとも単純な方法だと思います。現在の優勝チームの大会賞金は100万ですが、その五倍の500万にしていただきたいです。大幅に上げることでこれまでよりも多くの参加者が集い、競争力も高まります。
そして、これまでアマチュア大会はプロ選手の参加禁止でしたが、可能にしていただきたいです。ただし、プロは自分のクラブチームもしくは他のクラブチームのメンバーだけでチーム結成することは禁止にし、必ず1チームに3人以上のアマチュアのプレイヤーと結成しなければならないというようや制約をもうけることは必要だと思います。
そして最後に重大なお願いとして、顔出しの緩和について提言させていただきたいです。現在アマチュア大会以外すべての大会で顔出しが必須となっております。しかし、ゲームという性質上顔をさらすことに抵抗があるプレイヤーは少なくありません。それによってプロになることを避ける実力者を我々は逃しているのでは?とずっと思っておりました。ですので彼らを引っ張り上げるためにも今回の結果を受けプロリーグ、世界大会での全面的にマスクありでの顔出しを容認していただきたく思っております。」
提案をし終えた佐々木はようやく自分の心臓がバクバクしていることに気づいた。
35歳の一介の競技サポート部の部長が大それた提案をしている自覚はある。次に関して聞いた庄野が求めていた回答はきっと代表メンバーについてやコーチの交代、2年後に向けての練習方法といった表面的な事だっただろう。しかし、誰よりも選手を、そしてゲームを間近で見てきたからこそそんなことではきっとまた同じ結果を生むとわかっていた。このタイミングで誰かが、いや、自分が言わなければならないとダメなのだ。
沈黙が流れる理事室内。
しかし、それを破ったのは意外な人物だった。
「あ!、えっと、…俺からもサッキー、じゃなくて、佐々木さんのいったやつを認めてほしい、です…」
と、空気を和ませるためか少し笑いながら気の抜けるような声音で発言をしたチャラ男。
まさかこの男からの後援が来ると思っていなかった佐々木は思わず左隣の彼の顔をみた。
そして庄野も少し驚いたのか、
「…ほんとにいいのか?これを認めたらもしかしたらお前を含めた2年後の代表の座が危うくなる可能性もあるんだぞ7EN」
そう問われたチャラ男こと7ENは少し顔を強ばらせた。
「はい、わかってる、ます…でも、このままではだめだって心のどこかで思ってたから、てゆうか、他の代表の中にもそう思ってるやつはいると思うんで、いい機会だと思う、あ、ます。
あとは、純粋に、アマチュアのめちゃつえー奴らと一緒にランク戦以外で組んで大会出れるの楽しみとか、思ってたり、なんでくそ上手いのにプロにならないんだろって思ってたプレイヤーがプロになったり、世界大会出れる可能性があるのはワクワクする、あ、ます。
結局、日本が最強を取り戻すことにつながるなら俺はかまわない、あ、です。」
と、後半は少し生き生きしながら語った。
佐々木は7ENの発言に彼に対して4度目の尊敬と感動を覚えた。
敬語がへたくそなのは置いといて、伊達にこの男は二回連続代表のリーダーを務めいない。この男は敬語は下手だし、KYな部分もあるし、チャラいが、結局プロの中で誰よりもこのゲームをそしてプレイヤーのことを考えてくれている。普段はへらへらして軟派に見えるが、試合の時は誰よりも冷静かつ俯瞰して状況を見極められるリーダーなのだ。
自分の発言に少し後悔しているのか気まずそうにへらへらする7ENに、いつもの彼だ、という安心感を覚えながら、庄野の回答を待った。
「…………わかった。何とかする。」
佐々木からしたら前向きの返事だが、険しく眉間を寄せながら承諾した庄野。
分かりやすく顔が明るくなる7EN。
これから庄野が動かなければならないことを考えると同情するが、二人の表情は何とも言えない対比だった。
「ありがとうございます。」
と今度は心の底から感謝の念を込め佐々木は頭をさげた。
すると7ENも「ざっす!!」と勢いよく頭を下げた。居酒屋か。
この庄野という男は口は悪く、カッとしやすいのは難点だがなんだかんだ優しいのである。
佐々木が提案をし終えた後の沈黙は、自分に降りかかる面倒事と競技の未来を天秤にかけ、7ENの意見を聞いた結果、日本のこれからを取ったのであろう。
こんな庄野だからこそ、どんなに口の悪いゆでだこになる場面を見ても庄野のことを佐々木は嫌いになれなかった。
「おうおう、感謝しろよ?とりあえず、きょうはもう帰れ、……頭が痛くなりそうだ」
庄野は二人に向かって、あっち行けと手で訴えた。
「はい!失礼しました!」
と敬礼し素早く退散しようとする7ENを追いかけるように慌てて「失礼いたします。」と一礼をして佐々木は退出をした。
そんな二人の様子をを庄野は柔らかくならない眉間のまま眺め、退出したあと、
「せわしねぇ奴らだ……」とつぶやき、運営部に連絡を行うべく電話の受話器を手に取ったのだった。
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理事室の扉が閉まると同時に、
「んふぁぁぁあ……おわった〜」と伸びをしながら7ENが気を抜ける発言をした。
佐々木も傍目にはわからないくらの肩の力を抜いた。
そして自身の所属する競技サポート部の部屋に戻るべく歩き出す。
「てか、サッキーいつからあんなこと考えてたの?知らなかったからびっくりしたよ〜」
と7ENが横に並んで歩きながら聞いた。
「考え自体はずっとあったんだが、今回のワールドカップの結果をみて、これはそろそろ改革しないとと、思ってな」
という佐々木の発言に「うぅっ、ちょっと刺さるわ〜……」と胸の辺りに手をあてた7EN。
「でもアマチュアの人達と大会出れるの楽しみだな〜
昔チーム組んでたけどプロになって一緒に出れなかった人とまた組めるかもしれないんでしょ?誰に声かけようかなー」
「ばか、まだ決まってないし機密事項だから漏らすなよ。
その前にお前は国内リーグに集中しろ。今期はロシアのEDENやアメリカのKerberosといったスタープレイヤーがお前のクラブに移籍するんだぞ。お前のクラブはただでさえスター選手しかいないんだからレギュラーを逃さないようにしろよ。ワールドカップに落ち込んでる暇はないんだからな」
「………へ〜い」
少し目を細めて気の抜けた返事をした。
普段ヘラヘラしてるせいか誤解されがちのこの男はこう見えて責任感が強い。
人に見せないだけで本当は誰よりもこの結果に対して落ち込んでいるのを佐々木は知っていた。
ワールドカップの大会終了後、代表メンバーを慰めて全員が会場を離れた後誰もいない会場の控え室で鬼のような形相で椅子に座り込んでいた彼を見てしまっていた。
横目でみた今の7ENの顔はあの日の表情とだいぶかけ離れているが。
「てかさ、少し気になったこときいてもいい?」
「なんだ?」
「サッキーがさ、顔出しの緩和とか代表選考会開いたりしてさアマチュアの強い人達を引っ張りたいのは分かるけど、もしかして狙ってる人とかいる?」
「……そうだな、例えばクラブでスカウトしたが顔出しNGだったプレイヤーや、さっき言ったような若手の有望株だったり、だな…まぁ、」
と突然言い淀み始めた佐々木。
正直に答えるべきか迷っていた。
そんな彼の様子を見て「え、なに?なに?」と興味深々に聞く7EN。
ここまできたのなら答えるか、と諦めることにした。
「正直、ある1人のプレイヤーをプロ、大会に引っ張りたいんだ。本当はほかのアマチュアはついででいいとさえ思ってる。そのお方が出たくない理由をなるべく減らして、出てくださる可能性をふやしたかった、って言うのが本音だ」
かなり気まずそうに答える佐々木に目をパチクリさせた7EN。
そのお方?
競技者に敬意を持っていないとは言わないが、あの佐々木がまるで高貴の方であるかのようにプロでもないプレイヤーをお方と呼んだ。
佐々木はリーグが発足前からこのゲームのプレイヤーであり、協会の発足当時からかかわっている、つまりはこのゲームの10数年ほぼ全てをみてきたのだ。
そんな佐々木が崇拝し渇望するプレイヤーはほぼいないと言ってもいい。
彼と付き合いが長くなってきた7ENにはもしや?、と思い当たるプレイヤーがいた。
「……白幻」
その名前が出た瞬間当てられた気恥ずかしさと名前を聞いた喜びとそのプレイヤーを思い出した興奮が混ざって歪めた顔で「……そうだ…」と佐々木は呟いた。
白幻
別名「純白のソウルテイカー」
このゲームに関わる者でその名を知らぬ者いない、伝説のプレイヤーだ。
ゲーム内の世界ランク1位を3年間保持し続けた化け物である。
「サッキーマジが……でももうやめちゃったじゃん、白幻」
そう、実は突如2年前に白幻はゲーム内からいなくなったのだ。
その理由や、そのあとプレイヤーがどうしているのか誰もわからなかった。
というのも、白幻がプレーしていた時に他のプレイヤーは彼とコンタクトを取れなかったのだ。
試合前の会議チャットはあっても、ボイスチャットはもちろんゲーム内でフレンドになってチャットをすることすらほぼ皆無だった。
かくゆう7ENもフレンドになってメッセージを送ったが無視されてしまっていた。
「そうなんだ…….、わかってるんだ...でも、あの方のプレースキルは他と比べ物にならないんだよ。
やめてからもほぼ毎日ネットに上がってるランク戦動画をみてるけど、な何度見ても感動する。
上手すぎてもはや神の領域なんだよ…!あの人がプロに、いや、大会に出てきたらほんとに世界が変わる!!!!」
最後の方は熱が入りすぎたのか、拳を握り廊下に響き渡る大声で訴えた佐々木を、また始まった…と思いながら眺める。
普段冷静で優秀な佐々木だが、結局根本的にこのゲームのオタクなのだ。
特に大ファンで神様に近いレベルで崇拝している白幻の話になるとだいたいこうなってしまう。
とはいえ、佐々木に比べて淡々としている7ENも白幻のファンであることは間違いなかった。
プロのプレイヤーとして目指すべき場所であることは間違いなく、プレイの参考によく白幻の立ち回りやプレイを研究する。
白幻がプレイしていた2年前よりゲーム内環境は変わったし、立ち回りの流行はかわったが、今でも最強のプレイヤーは誰かと聞かれたら白幻と答えるくらい勉強になることばかりのプレイヤーなのだ。
「僕はね、信じてるんだ。いつか帰ってくる事を。
僕は白幻様のプレイを世界中の人に見てもらうためならなんだってするよ。
そのためにパワースポットに巡って運を集めるのが最近の趣味でね、特にこの間いった宮崎の……」
と、早口でパワースポットについて捲し立てる佐々木の会話を聞き流しながら7ENもまた、
(俺も帰ってきてほしいなー、てかマジで何者なんだろ
…白幻)
と考えながらエレベーターに乗ったのだった。