第二楽章 「武舞の予兆~十勇士との邂逅」
こうして堺県第2支局に所属する佐官階級の特命遊撃士は、怨霊武者の残党狩りを遂行するべく、堺の各地に散開して遊撃作戦を開始したのでした。
少佐階級の特命遊撃士である私こと生駒英里奈も、その例外では御座いません。
個人兵装のレーザーランスを小脇に抱え、管轄地域内を縦横無尽。
時には単騎で、またある時には戦友達と力を合わせる形で、冥府より彷徨い出たる怨霊武者達を次々に仕留めて行きました。
やがて大小路付近で怪しい気配を察知した私は、生き残った怨霊武者を効率的に仕留めるために、細い路地へサッと身を翻したのです。
「我が同胞の穴山小助を仕留め、あまつさえ幸村公までをも討ち取った垂髪の槍使い…貴殿で相違ないな?」
領事館とマンションに挟まれた、二人で擦れ違うのがやっとの狭い路地。
その袋小路の奥には、紺色の着物に身を包んだ若侍が、十文字槍を携えて静かに佇立していたのです。
「穴山小助の同胞…すると貴方は、真田十勇士の生き残り…」
怨霊武者掃討作戦の一環として真田軍を襲撃し、真田幸村を始めとする主だった武将を倒したのは、 ほんの数時間前の事です。
私が幸村公を討ち取った事を、あの若侍は撤退の過程で知り得たのでしょうか。
「如何にも。拙者は由利鎌之助、幸村公に仕える武士で御座る。」
元々は菅沼新八郎に仕えて真田親子を狙ったが、幸村公に救われて忠誠を誓ったという、真田十勇士きっての槍使い。
幸村公の人柄に惚れて家臣となった忠義者である事を踏まえれば、主君の仇である私には激しい憎悪を抱いていても不思議では御座いません。
「貴殿には、幸村公と仲間が世話になり申したな。今度は拙者と御相手願おうか?」
しかしながら、由利鎌之助の端正な細面に浮かぶのは寂しげな微笑ばかり。
憎悪や憤怒といった激情は、微塵も感じられないのでした。
「仰る通り、幸村公は私が討たせて頂きました…主君と御仲間の仇討ちとは、流石は義を重んじる真田十勇士で御座いますね。」
私の言葉に、若侍は頭を小さく横へ振る事で応じたのでした。
「褒められて悪い気はせぬが、誤解は正さねばならぬな。幸村公と小助達の為に戦うのは誠であるが、意趣返しの意図など毛頭も御座らん。恨むどころか、拙者は貴殿達に感謝すらしておるのだ。」
返事の内容は何とも意外な物でしたが、邪気の無い穏やかな佇まいから察するに、その思いは本心なのでしょうね。
「病に蝕まれ、幸村公と最期まで共に戦えなかった拙者にとって、あの男の誘いは甘美な物に聞こえたのだ。再び幸村公と共に戦い、天下を豊臣の治世に出来るのならば…」
鎌之助殿の仰る「あの男」とは、太閤秀吉の子孫を名乗る霊能力者の豊臣秀一の事に他なりません。
「しかし拙者達十勇士と幸村公は、直ちに後悔する事となった…あの太閤殿の末裔を名乗る男は、支配欲に魅せられた亡者其の物。幸村公が惚れ込んだ太閤殿とは似ても似つかぬ。いずれ隙を見て謀殺した後は、より心清き豊臣家の末裔を探し出して擁立しよう。そう密かに幸村公はお考えだったのだ…」
たとえ怨霊武者として蘇っても、生前と変わらぬ高潔な魂を維持しているとは。
流石は日ノ本一の兵と、その忠勇義烈の家臣団たる真田十勇士ですね。
「だが、貴殿達の奮戦によって彼奴が討ち取られた事で、我々も忌まわしき呪縛から解放される時が来た。お主達に討ち取られた西軍の侍達は、再び黄泉の眠りにつけて喜んでいる事だろう。幸村公とて、戦いの中で散れた事に満足されている筈だ。お主達を恨む者があるとすれば、偽りの太閤殿以外におるまい。」
静かで穏やかな、そして悲哀に満ちた笑顔。
これが果たして、主君や仲間を討ち取られた者が出来る顔なのでしょうか。
「だからこそ拙者も、戦いの中で果てねばならん。冥府で幸村公に再びお仕えする際に、恥をかかぬようにな。」
恥を恐れ、誉を重んじる。
それは正しく、武士道のあるべき姿なのでした。
幸村公や仲間の十勇士達が最期まで武士の誇りを胸に戦ったのだから、自分も其れに劣らぬ誇り高き最期を迎えたい。
彼の見せた武士道の高潔さは、特命遊撃士である私にも共感出来る物だったのです。
見方を変えてみれば、御先祖様から脈々と受け継いできた血筋がそうさせているのかも知れません。
今でこそ華族として爵位を頂いている我が生駒家ですが、家系図を遡れば織田信長に仕えた戦国大名に行きつくのですから。
「忠義と友情を重んじるその志、感服致しました。この勝負、お受け致します!」
言うが早いか、私はサッと間合いを取り、個人兵装のレーザーランスを右前半身に構えたのです。
「おおっ、受けてくれるか!感謝するぞ!して、貴殿の姓名は?」
歓喜に打ち震えながらも、若侍の構える槍には寸毫微塵の隙も御座いません。
流石は真田十勇士随一の槍使い、その力は幸村公に勝るとも劣らないでしょう。
「人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属特命遊撃士、生駒英里奈少佐!由利鎌之助殿、御手合わせを願います!」
名乗りを上げるや否や、不思議な程の高揚感が私の胸を満たしたのです。
不謹慎な話では御座いますが、歴史に名を残す槍の名人と相対する僥倖に、槍術を心得た特命遊撃士としての私の闘争本能が昂っているのでしょうか。
「うむ、その堂々たる名乗りや良し!ならば、いざ尋常に…」
「勝負!」
斯くして戦いの火蓋が切って落とされ、二柄の槍が唸りを上げたのでした。