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コメ☆込め!倶楽部

作者: 鷹羽慶

 ある高校に、こんな部活がありました。

 新しく出来たばかりで、部員はたったの五人。

 

 その名も『コメ☆()め!倶楽部(くらぶ)』――。

 


  ☆彡  ☆彡  ☆彡


 

 部室のドアを開けると、もう全員がそろっていた。

「あ。やっと来た! もー! 遅いから先に始めちゃったよ、部長!」

 ヒカリは棒つき(あめ)を指揮者のようにふりながら呼びかけると、すぐに集団の輪から伸ばした首をひっこめた。

 部屋の真ん中に会議用の長机を三台くっつけて、四人がその両側に分かれて机の上の物体に目を落としている。シュンは後ろ手にドアを閉めると、黒板を背にして四人の間に加わった。

「コメコンまであと三日だからな。先生と当日の段取りを確認していたんだ」

「そんなの、前日にちょちょいっと話せばいいのに、部長ってば本当まっじめー!」

「日帰りだから、朝は集合が早いんだぞ。前日は速やかに帰って寝るべきだ」

 ヒカリは遠足みたいとケラケラ笑う。

「荷物は今日にでもまとめたほうがいいよね。トランクひとつだけで足りるかな?」

「いいんじゃない?」

「移動の間に食べるお菓子、いっぱい詰めるから楽しみにしててよね!」

 嬉しそうにパチンと両手を合わす彼女の隣で、メキは冷ややかなため息をついた。

「もう、うるさいな。目盛りがぶれるから雑談なら向こうにいってよ。シュンも、コメコンに出るって決まってから浮き足立ちすぎ」

 長机いっぱいにもなる大きさの、岩のようなデコボコした物体に当てた巻き尺が上下に小さく揺れるたび、メキの眉毛もピクピク動いた。

 メキの向かい側に立っていたキラが、計測した数値をサラサラとノートに記録していく。

「しょうがないよ。去年は人数が足りなかったんだもの。シュンは三年生で今年が最後のチャンスなんだし……しょうがないよ」

 キラはそう言って、メキとそっくりな顔をニコリとさせた。くりかえされた「しょうがない」に何かを感じたのか、メキは「お前もうるさい」と言い放った。

「それで、どうだ? 規定内におさまりそうか?」

 双子のやりとりを尻目にシュンがたずねる。ヒカリの正面にいたコウが、大会の目録に指を走らせながら、ずっしりとした声で答えた。

「純度は問題ありません。長さはもう少しゆとりがありますが、重さは条件ギリギリです。これ以上は、けずるか、発射台の角度で調整するしかないかと……」

「いや、軽くすると点火の衝撃に耐えられない可能性がある。計算上は良い飛距離が出るはずだから、【ホシ】はこれでいこう」

「なら、あとは発射台ですね。シミュレーターは使えるんですか?」

「今日は補習で空きが無いそうだ。明日の放課後なら使用の許可を取ってきた」

 シュンは確認をとるように全員を見渡して、最後にひとつうなずいた。

「我が『コメ☆込め!倶楽部』本日の活動は、装飾を完成させること、にしよう」

 

 

 床一面に新聞紙が広げられ、ペンキのにおいがたちこめる。

 机から降ろされた【ホシ】と呼ばれるデコボコの物体は、()りたくられた蛍光色で部屋の照明よりもまぶしく目を刺してきた。

「ふふふふっ。すっごく楽しいね!」

 しばらくののち、静けさをやぶったのはヒカリだった。長い髪を前髪もろとも頂点で団子のようにまとめ、広々と出てきた白いおでこやほっぺたに、いくつもペンキを浴びてニコニコしている。

「まさかコメコンに出られる日が来るなんて思わなかったもん。それもこれも、コウくんが入部してくれたおかげだよ!」

 ふいに名前を呼ばれて、コウは大きな身体を一瞬ふるわせた。一年生ながら、がっちりとした体格が制服を着ていてもわかる。その彼が身を丸めてハケを持つ姿は、なんともこの場に不釣り合いに見えた。

「そういえば、コウはなんで入部してくれたの? コメコンのことも知らなかったみたいだし」

 器用にムラなく塗り込みながら、メキは物体の向こう側から首を伸ばして、長らく抱いていた疑問を素直にぶつけてみる。

 しかし返答は、さっぱりしたものだった。

「人数不足で……困っているみたいだったから」

「ええ? それだけ?!」

「あとは……コメコンってなんだろうと思って」

「ああ、知らないからこそ興味をひいたんだね」キラが、あぐらの上にほおづえをついて笑った。「と言っても、僕らもシュンに誘われるまで詳しくはなかったんだけど」

 三日後に迫ったコメコンとは『コメットコンテスト』の略称だ。疑似(ぎじ)彗星(すいせい)を作って飛ばし、その美しさや飛距離を競う。歴史は長く、大会の様子もテレビ放送されるとあって、幼い頃から出場を夢見る人も少なくない。シュンもその一人である。

「部長のお父さんがね。昔、コメコンで優勝したんだって! その時の【ホシ】が今も飛んでいるのを見せてもらって、私すっごく感動したから、入部することにしたの!」

「普通は、大会が終わったら【ホシ】は回収されるんだけど、優勝すると五十年の飛行期間がもらえるんだ。そうしてシュンみたいに、親御さんが飛ばした【ホシ】を見て、子供達がまたコメコンを目指す――ロマンのあるシステムでしょ」

 素敵だよね、と顔を見合わせて、ヒカリとキラは鏡のように首をかたむけた。

「そうは言ってもさ。ふだんやってることは案外地味だよ? 不満とか無いの?」

 前向きな二人とは対照的に、メキは納得しきれないといった様子だ。後輩に対する気遣いのつもりらしいが、どうしてもぶっきらぼうな物言いが目立ってしまう。

 コウは少し視線を泳がせてから遠慮がちに切り出した。

「不満……というほどでもないですけど、部の名前が、その……なんで変えちゃったのかな、とは思います」

 今、彼らが集まるこの部活動は『コメ☆込め!倶楽部』と名を改めたが、コウが入部する前までは、メンバー不足で正式な部に認められておらず、『コメット同好会』として細々と活動していたのだ。

「なにか問題だろうか? 『コメットに思いを込める倶楽部』だと長いから、短くしてみたのだが」

 それまで黙々と作業をしていたシュンが話に加わった。本人はいたって真面目なのだろうが、なにかを創り出すセンスにおいてはかなり独特だ。それは彼の手元を見てもなんとなく伝わってくる。

 自分の倍ほどもある大きな身体のコウに、警戒心にも似た気持ちを持っていたメキは、ついに共通点を見つけたとばかりに便乗した。

「問題大ありだよ! そもそも『クラブ』って言っている時点で、お遊びっぽいじゃん!」

「遊びじゃない! 紙ヒコーキや石投げと一緒にするな!」

「それは紙ヒコーキや石投げに人生を捧げている人たちに失礼だよ、シュン」

 キラはやんわりと訂正しつつも「まあ確かに」と言葉を続ける。

「この名前が会場で呼ばれて、テレビにまで流れると思うと、少し恥ずかしいよね」

「なにを言っているんだ? ミリオンヒットしそうな良い名前だろう」

「シュンこそ、なにを言っているの?」

「私は、星マークがついてるし、アイドルっぽくてカワイイと思うよ!」

「ヒカリまで、なにを言い出すの?」

 キラの笑顔がだんだんいびつになってくるのを、コウは不安げな面持ちで見つめてつぶやく。

「ああ……ごめんなさい。おれが変なこと言ったばっかりに……」

「大丈夫だよ。みんな細かい作業が苦手だから、集中力が切れたんでしょ。ロッカーにお菓子が入っているから出してくれる? 一休みすれば元に戻るからさ」

 そう言って、メキは人数分の紙コップを持ち出し並べると、水筒のお茶を分け入れていった。



 換気のために開けた窓から、冷気がうなりながら入ってくる。

 日が沈み始めた空には、ぽつりぽつりと星が見え始めていた。

「そういえば、コメコンの開催日についてこんな都市伝説があるの知ってる?」

 休息をはさんで少し落ち着いたのか、キラはいたずらっぽく笑みを浮かべて、集まった視線にウインクしてみせた。

「ここから遠い遠い惑星に『クリスマス』っていう、ある神様の誕生をお祝いする日があって、コメコンはその日に合わせているらしいんだ。星が流れていくのは、神様のいる世界の光がこぼれている――つまり、神様が顔をのぞかせている証だとして、その間に願い事をすると叶うって言い伝えがあるんだってさ」

「コメコンがその流れ星を演出する役割をもっている、と」

「そういうこと」

 相づちを打って作業に戻ったコウの隣で、ヒカリは目を輝かせて興奮した様子で立ち上がった。

「ということは、私たちは願いを叶えるお手伝いをしているってことね?!」

「そうだよ。僕たちは天使になるんだ」

 とたんに黄色い声をあげるヒカリの服を横から引っ張りながら、メキが恨めしそうにキラを睨んで叫んだ。

「もう! ヒカリがうるさくなったじゃん! キラのばか! どうしてくれるのさ!」

「えー? いいじゃない。やる気もあがったみたいだし」

 上手くいったと笑うキラの思惑(おもわく)一蹴(いっしゅう)するように、また黙々とペンキを塗っていたシュンが冷静に答えた。

「落ち着けヒカリ。流れ星が落ちる間に願い事を言い切るなんて不可能だし、そもそも文明を持った惑星が他に存在していること自体が都市伝説だ」

「うわぁ。夢のないことを」

「そうよ! キラくんの言う通り! 部長は現実的すぎるのよ! そんなのじゃ女の子にモテないよ!」

「関係ないだろう。そんなことより手を動かせ、手を!」

 シュンの反論などまるで聞こえていないヒカリは、意気揚々と袖をまくりなおしてガッツポーズを作った。 

「キラくん! 私たちが絶対素敵な流れ星を届けようね!」

「うん、頑張ろうね。主旨が変わっているけど」

「そうと決まれば、装飾ももっと考え直さないと!」

「え?」キラの目が、点になった。

「こんな地味な色じゃ、その惑星まで見えないよ! もっと輝かせなくちゃ! あ、周りに羽衣みたいなひらひらを付けるのはどう? オーロラみたいで素敵じゃない?! うん絶対良いと思う!」

「いや、これ以上は重量オーバー……」目録を片手にコウがつぶやく。

「なんかこの形も不格好過ぎるのよね。ねえ、もう少し丸くしようよ! 磨こうよ!」

「今から形を変えたら計測もし直しじゃん! 間に合わないってば!」メキは嫌だとばかりに言い返す。

「大気圏を出たら、内側から翼が広がるような仕組みにすれば、もっと距離が出るんじゃないかしら!」

 ネジを巻き切ったおもちゃのように動くヒカリを眺めながら、キラは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「うーん、ちょっとかなり、やり過ぎちゃったかな……? ねぇ、シュン――」

 ふり返って、キラは自分の言動が失策だったと確信した。

「そうか! 二段階の構成にすれば飛躍的に距離が伸びる。そうすれば点火の衝撃も……? よし! ヒカリ、その案をもっと詳しく聞かせてくれ。改良していくぞ!」

 完全に目の色が変わったシュンとヒカリ。

 こうなってしまっては簡単には止められないことを三人は知っていた。

「部長! ここをこっちにつなげ直したらいいんじゃない?」

「ここか?! む? どうやって外すんだったか……」

「ああ、そんな無理矢理引っ張ったらこわれます……! もっと優しく……」

「こらぁ! ばかキラぁ! 責任持ってあの二人をなんとかしろーっ!」

 二人をそれぞれ羽交(はが)()めにするメキとコウ。その四人の前には、ベタベタのペンキをまとった【ホシ】が、力なく横たわる。

 騒がしくなった部室のすみっこで、キラはバケツからハケを持ち上げて、したたるペンキに語りかけるようにぽそりとつぶやく。

「あーあ。もう、間に合わせる気があるんだか、ないんだか……」

 そして静かに目を閉じて、心の中で続きを思う。


 ――きっとこの毎日も、流れ星なんだろうな。


 やがて、キラはよっこらせと立ち上がると、取っ組み合う四人のかたまりへ飛び込んだ。



  ☆彡  ☆彡  ☆彡



 これは、遠い遠いどこかのお話。

 

 今、あなたが見上げている流れ星にも、もしかしたら。

 

 だれかの青春が、ぎゅっと詰まっているかもしれませんよ。

読んでいただきありがとうございました。

 

小学校高学年以上を対象にした児童書をイメージして書かせていただきました。

コメコンはロボコンの宇宙版といった感じです。

クリスマスの単語を出した手前、当日までに間に合わなかったのは悔しいですが、楽しんでもらえましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 斬新な発想ですね、楽しく読ませていただきました!
2021/12/26 19:12 退会済み
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