後悔
〜side本条 美也子〜
「貴方達、私が欲しいんでしょ?だったら、あげるよ。ただし、────生き残れればね」
小鈴はそう言っていつも首にしているチョーカーを外した。
さっきまで無我夢中だった。
突然、テロリストらしき男達が私たちを拘束して、無力化した。そして何故か彼らは小鈴だけを連れて行こうとした。
逃げようともがく小鈴に彼奴らは殴り付けた時にはもう頭に血が昇っていた。私はすぐに拘束を解いて、近くに転がっていたパイプ椅子を材料に剣を生成して、小鈴を奪い取った。
そして、私は小鈴を守る為に剣を振るった。
元々、私は小鈴に見てもらいたかったから、守りたかったから軍人である祖父に剣を教わってきた。
よく祖父は『自分の大切なものを守る為に剣を振え』と言っていた。今がその時だと確信した。
彼奴らが小鈴を利用しようとするならば、私はなにがなんでも小鈴を大切な大好きな妹を守る為に戦った。
………………けれど、敵わなかった。
学生の自分と見るからに戦場帰りの猛者には明確な壁があった。私は即席の剣を砕かれて、見せしめに殺されそうになった。
私は死を確信して、せめて目の前の男を道連れにしようとした時、突然風が舞い上がり、男の上半身が消し飛んだ。
そして、私に覆い被さる様に真っ赤な刀身が現れた。
それは以前、小鈴が風邪になってその"異能力"を暴走させたときに一度だけ見たあの子の《魂武具》である大鎌だった。
男の返り血を一身に浴びた小鈴は男達に壊れた様な歪な笑みを浮かべて、さっきの言葉と共にチョーカーを外した。
……………あのチョーカーは昔、私と小鈴がまだ今の様にぎこちない雰囲気では無かった時に私がお小遣いを使って買った物だ。
まだ、残してくれていたなんて…………と場違いな事を私は思った。
小鈴がチョーカーを外した次の瞬間、強烈な悪寒が駆け巡った。
ざわざわと全身の毛が逆立つ程の圧倒的な威圧感を持った"何か"が鈴の中で動き出したのが理解できた。
「───ガアァァァァァァァッ!!!」
小鈴が苦しむ様に叫び出すと彼女の《魂武具》を覆い尽くしていた鎖と杭がまるで封印が解かれる様にジャラジャラと音を立てて解放された。
鎖と杭が無くなった彼女の《魂武具》はそれこそ物語に出てくる様な禍々しい大鎌だった。
そして、小鈴の身体にも異変が起きた。
『GAAAAAAAAAAAーーーー!!!!』
彼女の身体から剣が生えてきたのだ。それも身体の内側から皮膚を食い破って生えてきて、ぼろぼろと崩れては生えての繰り返している。自分が血塗れの傷だらけになるのなんてお構い無しに。
「おい、どうなっている………。まだ未覚醒じゃなかったのか!?」
「その筈です!ですが、あれは………」
男達は小鈴の異様な変化について、何か知っている様だった。
そして、小鈴は完全に変異した。
全身を余す所なく剣で覆い尽くして、可愛らしい尻尾も九尾の狐の様になり、9本それぞれが蛇の様に太く長くなり、先端が禍々しい形状の剣になっていた。
『ガァアアアアアアア!!!!』
小鈴は獣の様な咆哮を上げて、恐ろしい速さで男達に襲い掛かり、叫び声をあげる暇も与えずに斬り刻んだ。
そこからはもう蹂躙だった。
大鎌で真っ二つにされたり、刃だらけの手で頭を握り潰されたり、様々な方法でしかもほとんど原型が残らないくらい殺されていった。
中には応戦した者もいたけど、鋭い剣の鎧に阻まれて成す術なく蹂躙されて、大体50人くらいいた襲撃者は僅か10分足らずで肉塊へと変わった。
蹂躙が終わると小鈴はゆっくりと私の方を向いて近づいてきた。そして、目と鼻の先まで来ると血塗れの手を開いて私に近づけてきた。
「嫌ァッ!」
むせ返るほどの血臭に荒々しい吐息、そして先程までの蹂躙劇を披露した目の前の"化け物"に私の頭は恐怖でいっぱいになってその手を払い除けようとして……。
───ザクリッと刺す様な音と手に伝わる嫌な感覚に我に返った。
「─────────ぇ」
私の目に写った光景は手を伸ばす姿勢のまま硬直している剣を纏った小鈴の胸に私が自分の異能で作った剣を突き刺している光景だった。
「──────がふっ」
小鈴は口から血を吐いて、私の制服と手を汚す。
悪い夢だと思いたかった。けれど、手に伝わる感触と生暖かい感じは本物で………
え、まって、私、何を…………
「──────ぁう、なん、でぇ」
と小鈴のぐぐもった声が聞こえてきた。鎧の隙間から覗くその目には理性が戻っていて、困惑と絶望の色を写していた。そして、剣の鎧はまるでガラスが割れる様な音を立てて崩れていき、全身の毛が真っ白に染まった小鈴が出てきた。
「まって、まって小鈴っ!置いてかないで!まって!」
べちゃりと沢山の血の中に倒れ込んでいく小鈴を私は抱えた。
「まって!お願い待ってッ!鈴ッ!!」
私は何度も呼びかけた。小鈴はもう光が消えかかっている目で私を見ている。その目は私が心から欲しいと思っていたキラキラとした星屑の様な金眼ではなく、それから遠くかけ離れた暗く燻んだ絶望の色をしていた。
そして、
「───どう……し、て」
彼女は私にそう言って、身体の力を抜いた。半開きとなっているその目から一雫の涙が溢れた。
「────────────ぁ」
わたしはまた、まちがえた。
それも、とりかえしがつかないくらい。