03
部屋でひと息ついた私は私服のジャージに着替えて、下の階に降りる。今日は私が夕食の当番だ。
台所は通常家屋と同じくリビングと並列されているから必然的に母とブッキングする。
「あ、小鈴ーー」
「すぐに夕食作りを始めるから心配しないでください」
私は母に何か言われる前にそう言い切り、夕食作りを始める。まぁ、私のことなんて心配しないでしょうが。
私は黙々と料理を始める。
…………………料理は嫌いではない。
レシピ通りもいいが少し冒険するのも新しい発見ができて楽しいからだ。
………………そういえば、最後に姉と一緒に料理したのはいつだっただろうか。
***
そうして私は黙々と料理を作り続けていると、
「ーーーーただいま」
姉が帰ってきた。姉は生徒会に入っているから帰りが遅くなる。
「おかえり。もうすぐで出来るから」
だから手伝うとか言わなくてもいいと言外に言うと姉はわかったと言って、母の側に行った。
「ーーーーはい完成」
私は出来た料理を皿に盛り付けて、リビングの大机に置く。
「では私はこれで。帰りは遅くなるから先に食べててもいいですよ。それでは」
「ーーーーま、待って」
私はさっさと家を出ようとしたとき、姉に呼び止められた。
「なにか?」
自然と冷たい声が出てしまった。
「えっと、その…………」
私が聞き返すと完璧人間である筈の姉がしどろもどろになった。
…………………………何がしたいんだ。
「無いなら呼び止めないでください」
私はそう言って、いつもの"日課"をこなすべく、家を出た。
***
〜side本条 美也子〜
「はぁ……」
また、ダメだったと大きなため息が零れ落ちた。
私と妹、そして両親はこの一軒家で一緒に暮らしている。4人家族であり、側からみれば普通のありふれた家族。
一見すると幸せそうだけど、現実は違う。
幼い頃、一年遅れで生まれた小鈴の憧れの眼差しを独占したくて、私は必死で努力をした。
私が上手にできると、お父さんは喜ぶ、お母さんは褒めてくれる、そして小鈴は目をキラキラと輝かせて憧憬を私に向けてくれたから。
ずっとそれを続けたのなら、きっと未来永劫、私は小鈴の視線を独り占めできるのだと、そんな馬鹿げたことを………………そのせいで、私の家族は歪んでしまった。
小鈴は私という存在がコンプレックスになり、両親は私ばかり構うようになってしまった。そして、両親は小鈴に私と同じ様にさせる為に過度な期待を強いてしまった。
その結果、明るかった小鈴は冷たく空虚な子になってしまった。自分の感情を押し込めて、異能力も《魂武具》も無理矢理押し込めてしまっている。
ーーー私は小鈴は異能力を上手く使えないと少し前まで思っていた。これは両親も同じ考えだった。
けど、あの子が珍しく風邪になってその"異能力"を暴走させたとき、その考えは間違っていたと気づいた。
あの子は使えないのではなく、使わないのだ。それも自身の異能力を完全に制御化に置いて抑え込んでいるのだ。誰も傷つかない様にあの"怪物"が出てこない様に抑え込んでいたのだ。
お医者様が言うにはあの子は強いストレスの中で生活している。あの髪に混じった白髪がその証拠だ。
父も母も私もあの子がそこまで追い詰められていたなんて、と今更ながら自責の念を抱いた。
気づいた時にはもう遅かった。
きっとあの子は、自分は愛されていないと思っている。それだけは間違いない。幾ら言葉で否定しても、過去の私たちの態度がそれを許さない。本来、与えるべき享受するはずだった愛情が欠落し不足している。感情が育っていない。水をやらずに枯れてしまい、代わりに真っ黒な膿の様な負の感情で満たされた心。その結果が今だった。
去り際に見たあの子の顔を思い出す。
冷たく感情を写さない様になってしまった金眼に最後に笑顔を見たのが思い出せない程無表情がデフォルトになってしまった拒絶の顔。
そして少しずつ壊れ、関係は希薄になり、間違ったまま成長してしまった。誰かが傷つき、本人も傷つき、それにさえ気づかないままに。このままいけばどうなってしまうのだろう。もう全てが間に合わないのかもしれない。
この機会を逃せば、今度こそ本当に手遅れになってしまう。私は信じたかった。まだ間に合うのだと。まだ取り返せるのだと。これからやり直せるはずなのだと。
そう思って声を掛けたけど、やっぱりダメだった。
『今日は一緒に食べよ?』
たったそれだけなのに、あの子のあの冷たい顔と眼差しで言えなくなってしまった。
最後に家族揃って食卓を囲んだのはいつだったか。最後にちゃんと向き合って会話したのは一体いつだったか。
今日はもう鈴は帰ってこない。あの子は家にいるのも辛そうで毎日夜中に外に出て、みんなが寝静まった頃にひっそりと帰ってくる
また私は間違えた。