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ーーーーそして現在に戻るーーーー
「待てやゴラァァァ!!!!!」
森の中に響き渡る凶悪熊の咆哮。後ろの方でバキバキッメキメキッドッカンドッカン!!と明らかに破壊しながら突き進んでくる音が聞こえてくる
「いーーやーーーッ!!!!」
「休まず走るんだよーー!!捕まったら最後、地獄の山脈ランニングだよ!!」
「尚更捕まりたくないッ!!」
私は生まれて初めて全力で逃げている。ちなみに玄角さんは第3世代で外見異能は見たまんま、内面異能は非常にシンプルな『怪力』
だけどそれ故に鍛えに鍛え抜いて、燐の身体強化をも一時期に上回る程強い。時間制限がある燐に対して時間制限がないからねぇ……玄角さんは。
「ゲンさんが楽しみに隠してたどら焼き食べたのは謝るけど、別にいいじゃんかーーーー!!」
「知ってて食ったんかテメェらァァァ!!!」
「私知らないッ!!というか火に油を注がないでよ燐ッ!!」
燐が余計なことを言ったせいで更に威圧感が増していった。
と急に森が開けて目の前には巨大な壁が現れた。
「小鈴ッ!私に掴まって!」
「え、わ、わかった!」
私は燐に言われた通り彼女の背に掴まった。すると燐の体温が上がり、一気にジャンプして壁を飛び越えた。
壁の先はランニング場やらなんやら様々な建物が立ち並び、屈強な男たちが身体を鍛えていた。そして、奥にある1番大きな建物には鷹と龍の紋章が入った旗が靡いていた。
「ってここ軍の施設じゃん!」
「そうだよー!というか私たちが暮らしてるあそこも軍の敷地内だし」
「あ、そっか……………って、入っちゃ駄目でしょ!?」
「いつも逃げる時に入ってるから大丈夫だよー!」
「いつもなにやってんの!?」
そうして燐は私を背負ったまま奥の建物に突入した。
***
炎帝国軍南方山岳支部。
帝国で1番広い南方の山脈を守護する場所であり、夏と冬の寒暖差の影響で独自の生態系が確立しており、帝国の領土内では1番過酷だと言われている。
過酷故に生半可な軍人では配属することが困難であり、選ばれた者のみが配属される地獄の支部である。それと同時に素行の悪い軍人も"教育"を兼ねて配属され、心身共に揉まれる場所でもある。
そんな地獄の支部には名物がある。
「おっじゃまーーーー!!」
支部の中央拠点に響き渡る明るい声。その声の主は支部の近くに住む第5世代の日暮 燐だ。
燐は問題を起こす度に保護者である五十嵐 玄角陸軍大佐との熾烈なデッドレースを繰り広げる。その終着点は決まってこの支部である。
「おぉ!燐の嬢ちゃんか!今度はなにやらかした?」
と支部内でも古参の男が燐に話しかけた。
「ゲンさんのどら焼き食べて逃げてるとこ!」
「そりゃあ、やべぇな………で?背中の子は誰だ?」
「この子、私のパートナー!1か月くらい一緒にいるの!」
「マジか!?おいお前ら!燐の嬢ちゃんのパートナー期間更新したぞ!」
燐から説明を受けた男は驚きの表情を浮かべ、周りに向かって声を張り上げた。
「おい本当か?前の奴なんて3日も持たなかったのに………」
「余程、相性がいいんだな………。まさか、第5世代?」
彼らがそう言うのも無理もない。
燐は今までに何人ものパートナー候補を提示されたが、彼女自身がほとんど拒否していた為決まらなかった。もっとも、そのパートナー候補を提示してきたのは軍上層部であり、目的は燐の第5世代としての力で、燐もそれがわかっていたのだ。
長くて3日、短い者は2時間と去っていく為、支部の者にはその期間が賭けの対象になったりしている。
「り、燐………、もう、無理だよ」
と燐の背中に乗っている小鈴が青い顔をしながらそう言った。
「なに言ってるのさ小鈴。私は今日こそ逃げ切るよ!」
「いや逃げ切るって……………早く謝らないと後々面倒になるよ?」
小鈴は心配そうに燐にそう言った。いや、心配そうというよりかは怯えた様子でそう言った。
とその時、建物の壁が粉砕され家具などが吹き飛ばされた。
そしてそこから現れたのは泣く子も黙る南方支部の猛者すらも恐怖する凶悪面の玄角が現れた。
「ーーーーさぁ、追いついたぞ。覚悟はできてんだろうなぁ?」
と威圧感たっぷりに迫り来る玄角に燐は無言でファイティングポーズを取って答える。一方で小鈴は2人の間をオロオロとしており、南方支部の者は避難を始めていた。
「ーーー小鈴。お前は今回巻き込まれた様だから選択肢をやる。燐に付いて俺とやり合うか、燐を拘束するかだ。後者の場合は今回の件は不問にしてやる」
小鈴に向かってそう提示する玄角。
「小鈴ッ!あれは私たちを地獄の特訓に落とす為の誘惑だよ!絶対に乗らないでね!」
「え、ええ……………」
選択を迫られる小鈴。睨み合う燐と玄角。
そして、小鈴が選んだ選択肢は……………
「ーーーー 」
小鈴は小さくそう言うと燐の周りに金属製ワイヤーを大量に具現化させた。
「小鈴ッ!?裏切ったなぁ!?」
「ほんとにごめん!だって、怖いんだよッ!!後で悪戯以外なんでも言う事聞くからぁ!!」
小鈴はそう泣きそうな顔で叫びながら燐を雁字搦めのミノムシ状態にする。
「ちょっと小鈴ッ!?なにこれ異能使っても解けないんだけど!?」
燐は今出せる最大熱量で身体を強化してワイヤーを破壊しようとするが、一向に解けずにいた。
「そ、そりゃあ、超硬合金だから………」
「でかしたぞ小鈴ッ!よくやった!」
小鈴はワイヤーの原材料を言い、玄角は小鈴を褒めて頭を軽く叩いた。
「さぁて、泥棒猫?ちょっくら話でもしようか」
「ーーーーヒッ、ま、待ってゲンさん。ご、ごめんなさい!ごめんなさい!許してくださいぃ!!小鈴ゥ!!助けてェェェ!!」
燐は玄角に頭を鷲掴みされてそのまま引きずられていく。燐は小鈴に助けを求めるが、当の小鈴は目を逸らして部屋の隅で身を小さくしていた。
「往生際が悪いぞ燐。さぁ、観念しやがれ」
「待ってゲンさん!あ、やめッニャギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
炎帝国軍南方山岳支部に響き渡る燐の悲鳴はもはや名物である。
 




