前菜 俺と私と――と世界の王
17歳。高2。引きこもり。ニート目前の男。シューティングゲーム世界ランキング6位。
――それが俺。高橋瑠奈だ。
「なんで学校ってあるんだろうな……」
カレンダーを見て、ため息をつく。両親は共働きで、朝には母親はいるが、だからと言って俺は家から出ることもない。
春。4月7日。ある人にとっては素晴らしい恋の季節。また、ある人は新クラスに思いを馳せる。
頭をガシガシとかくが、特段髪の毛が抜けるわけでもなく、幸せな日々が待っているわけでもない。
俺だって、学校に行きたくないわけではないのだ。けれど、けれどだ。
――学校に行くのが、ただ億劫だ。
知っている。通っている学校はそこそこ頭のいい学校だと。そして、普通の高校以上の金がかかることも。
だが習慣をなきものにするのは、難しい。自分の殻を破るのは、何となく怖い。どうせ、生きられる。どうせ――。ゲームで配信者にでもなろう。そしてアルバイトでもすれば生きるくらいの収入は得られる。
母親が家を出る音がする。俺はこのままじゃよくない。そんなのは分かってる。親孝行しなきゃいけない。親のために、金を稼がなきゃいけない。俺は。
6時半。電車で通わなければいけない俺の学校には、もうすぐ出ないと間に合わなくなる。
まあ、いいか。飯を食って二度寝しよう。
一階に降りてきて、おにぎりのラップを外す。そして、俺は母親が残したメモを見た。
『温めて食べてください。――無理はしないでね』
――チッ。行くしかねぇか。クソが。
アホみたいに気持ちが高まる。今やらなきゃいけないこと。今やらなきゃ変われないこと。俺は馬鹿だ。これからも馬鹿だ。馬鹿だから、学校に行くしかない。
ほんと、大馬鹿だ。
高2にもなって自己紹介を全員にさせる、馬鹿みたいな学校に行くために冷えたままの飯を口にかきこみ、俺は走り出す。
――おい、見てるか我が娘よ。俺はやっと、クソみたいな最高の世界への一歩を踏み出すぞ!!
妄想でしかいない娘。2次元にいる推し。今まで読んできた、というか学校にいた時間を全て費やしてきたような数百シリーズのライトノベルたち。
それら全てに俺は、自身の成長を強く叫ぶ。
気持ち悪いなら構わない。オタクなら、プロになればいい。学校は生き方を学ぶ場所。人に嫌われようが、厨二病であろうが知ったこっちゃない。サメみたいな目付きと顔で、身体中に薄く赤い斑点があって、バイセクシャルであったって、俺は人間で、クソみたいな世界の構成物質だ!!
駅に向かって、人の目も気にせずに俺は走り続けた。
「ママ。行ってくる」
「気をつけてね。忘れ物ない?」
「大丈夫。行ってくるね」
私、水島茅子は学校への道を歩く。スマートフォンは優秀だ。Twitterでは絵師さんの絵も見れるし。歩きスマホはよくないといってもライン通知は届く。一瞬だけ見て再びポケットへ。
春は、一部の人間にとって幸せの季節。素晴らしい季節。そして嬉しいことに私はその一部に入ることが出来ている。
あ、ゆーりから通知が来たっぽい。
『絵師さんが元気になる、心機一転する、素晴らしい季節。それは春という』
よし、今日もまたリツイート。新しい季節に乾杯!!学校にはゆーりがもう居るはず!新しい推しについて語らないと!!
――ま、まあ自己紹介どうしようかな……。
全身麻痺。植物状態?いや耳は聴こえるし、思考はある。ああ、今日学校か。
バカらしい。ラノベの主人公は誰かを助けたりして、トラックに引かれるか、通り魔に刺される。そして、異世界に行ける。
だいたい3ヶ月前か?僕、伏見勇人が通りすがりの女子をかばってトラックに当たられたのは。
でも。後悔するはずの俺に、何故か後悔の念は無い。彼女が、彼女が、本当に美しいものだったからだ。
そしてたまたま同じ学校に通うはずだったという彼女、天野梨花はよく見舞いに来てくれる。声しか聴こえないから確かめようがないけど。
彼女の漆黒の髪、細身の身体。真冬にも関わらず来ていた真っ白な服。スラッとした脚。身体に触れた時の柔らかさ。
それが、聴覚しか機能しないはずの僕の頭にフラッシュバックして、彼女が来るたびに思考が整理出来なくなる。出来たところでなにもないけど、恋というものがわかった。
ただ。僕は彼女をもう1回見たい。
――神様、どうか僕の目を治して。僕の身体を蘇らせて。どうか、僕と彼女と異世界に飛ばして。
「ゆーり!!」
「カヤ!!」
私たちは教室で抱きつく。ゆーりも私も、兄弟が3人と多いから、あまり自由に会うことが出来ない。だから、学校はオタク趣味を語り合う為の大事な場だ。あと始業まで20分。急いで語り合わないと!
ガタッ!!
二人で申し合わせたように席に座り、マシンガンのように話し始めた。
――あれ?これ電車降りたら俺学校遅れね?
急に外出した時に出る腹痛は、激しく俺を襲う。
うわぁ……。行きたくねぇ。
「瑠奈さんってどういう人だと思う?」
「お金持ちのお嬢様じゃないの?席はあれだけど、その名前で男子はないでしょ」
「私は、すごいオタクの人だと思う。一年学校行かずに普通過ごせる?いや、確かにそれで留年してないから金銭面なにかしてるかもだけど――ワンチャンこっちの世界に。腐フッ」
「あ、また笑い方腐ってる。多分知ってると思うし、そのジャンル」
「お、やはりソナタもそう思いますか。なんなら転校生の梨花さんも!!」
ゆーりは、人を引き込むのが上手い。まるで人に悪感情を抱かない。こんな腐女子なのに彼女を好きな男子は普通にいる。
あー。私の彼氏はこの世界にはいないんかー。
数百回目の、意味のない妄想がモクモクと私たちを多い尽くす。
ガタっ!!
――ビクッ!!
はぁ……。先生はドアを勢いよく開けるのが個性みたいな所がある。女なのに。彼氏いるのかなぁ……。
「もう始めるぞ?転校生ももういるし。じゃ、自己紹介をしよう。天野梨花さん、入って」
「はい」
ガラッ。トッ。トッ。トッ。トッ。ガタリ。
品のよさとは裏腹に、彼女は教卓に手をかけ、ニヤリと笑う。
「嵐山高校から転校してきました、天野梨花です。これからよろしくお願いします」
――え?なんでみんな何も思わないの?え?え?
私は周りをキョロキョロと見るが、男子は見とれてる人ばっかりだし、女子たちにいたっては我関せずみたいな人もいる。え?私がおかしい?
だって、彼女、髪、真っ青だよ?
あ。マジで間に合わん。もう歩いていこ。俺は人気ゲームのネット版をしながら歩く。実際引かれても異世界に行けないらしいしなぁ……。転生するっきゃないか。
靴を脱ぐ。上履きを履く。教室へ歩く。一つ一つの挙動が憂鬱だ。ま、俺が遅刻したせいなんですけどね!!
ん?今うちの教室になんか美少女入っていかなかった?てか髪赤かったよな?あれ染めてないよね?なんかこの世のものではないオーラしたんだが。あいつ、異世界人だったりして。いやないけど。てか、あれ、人間?
でもそしたらあいつ、なんだ?ただ、ただ、知りてぇ。
「ねぇ、ゆーり」
「なに?」
ゆーりは何も気づいていない。え?どうして?
「あの人の髪……」
「うん。綺麗だよね。何のリンス使ってるんだろう」
いや、そうじゃない!!
「髪、青くない?」
「え?黒だよ?昨日ネットでブルーライト見すぎたんじゃない?私は見たけど……」
いや、そうじゃなくて……。
「目は休めた方がいいよ?あとまだ自己紹介してるし、聞こ?」
ゆーりは落ち着いて話してるし、確信した。これ、私だけがおかしいんだ。周りだって全くざわめいてない。――どうしよう?
俺は、教室のドアの窓から中を見る。え?は?なんで真っ赤なの?その髪新しい技術でもあんのか今のご時世。なんで?え?
よし、考えよう。じゃあ、俺はいま取り敢えずどうしよう。えっと……。
え。
――え?俺に、手招きしてる?
「高橋瑠奈君も来たようです。彼にも入ってもらお?多い方がいいし」
あ、あ?あ?え?
「えっと、じゃあ、高橋入って」
「わ、わかりました」
ガタッ。扉を開けて前の端の席に座る。すごい近くに席あって良かった。マジで。――いや、これ先生気を利かせてくれたのか。本当にありがとうございます。
う、みんなみてくる……。いや、高1の初日から休んでたからな……。いや、マジでどういう思考回路してんだ俺。こりゃ小学校中学校にかけていじめられるわけだ。
「最後に。
私は異世界転生ものがもの凄い好きなので、好きな方はぜひ声をかけてください。では、一つだけ真似を。
この勝ち筋なんて元からない世界で、足掻きやがれ!」
天野梨花は天に掲げた右手を強く握りしめた。
「え?」
え?は?え?え。俺、身体が光っ――。
え?
なんで私。身体。黄色――
「待っ――」
「はい。発表以上です。これからよろしくお願いします!」
なんの変哲もない教室に少女の声は響き、そして。
「高橋、水島。どうした?」
不思議がる先生に、彼らは答える。
「「いや、なんでもありません」」
――今回の転生者30人は?
準備してきたよ。これで第95期生か。いよいよあの世界も飽和状態かなぁ?
――か、神にバレてねーし。てか今回の転生者に関してはやんないと色々問題生まれるじゃねーか。
はいはい。この世界の発展に一番貢献してるあなたが言うのだし私は何もいいません。あと、神には一瞬だけバレたからね?演算で力技で逃げ切ったけど。
マジかよ。じゃあ、あやかし辺りが怪しんで来たってぽいな……。幻影対策はしとこう。
まああやかしなら冷やかしで来たんだろうけどいつまで対抗出来るか……。最高神辺りに目をつけられたら間違いなく、世界ごとバンッ!!だよ。
まあまあ後のことは俺に任せろ。今回の選定基準は、1度でも異世界転生したいと本気で思った高校生たちってことだろ?案外色んな学校から集めてるし、選りすぐりだな。こんな感じだし、条件自体は厳しくしていいんじゃね?10年後の生存率30%位でどうだ?
結構高いけどまあそれでいいんじゃない?
じゃあ、人外転生5人、もとからいるやつへの魂挿入10人、チートスキル付与身体ごと転移勇者15人でいいか。
わかった。どうせだしみんな美形にしておこ。一応こっちに力技で引きずりこんでるし。ちょっとくらいの配慮はいいかも。
あと、あれってちゃんと死ぬやつ連れてきてるか?
あ。その点は大丈夫だよ。近い将来1ヶ月生きられない人たちが大半。大体は事故死だけど。あと異世界で根性叩き直して生きた方が絶対意味のある人も一定数つれてきてる。
ああそれなら凄い良さそうだ。悪習みたいにするべきじゃないだろうし、あくまでその人に意味のある異世界行きはさせてやりたい。
――そーだね。
あれ、これもう録音されてるよな。――うん、されてるわ。じゃ、転生者諸君に告げる。頑張ってくれ。この世界、ちょっとめんどくさいが君たちの頑張りでどうにかなるかもしれんぞ?てか俺が今居るんだからこの付近の時空でなんとかなったってことだよな。ヤベえ。
まあまあ。後は私が。魔物、ドラゴン、聖王や魔王、神の溢れる世界へ。魔法と現代技術、スキル諸々を持って少年少女!!大志を抱け!!
あ。言い忘――。ブチっ!!
ザザッザッ!ザーザーザザザザザザザっ!!
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