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3.リーザの子

 薄暗い部屋で目が覚めた。

 手が触れた感触で布張りの硬めソファに寝かされていることに気がつくと、リーザは驚いて起き上がる。起き上がった体から、かけてあった毛布がするりと床に落ちた。


 悪い夢をみていたようだ。最悪の夢を。


「目が覚めたか?」


 控えめにかけられた声に振り向くと、暗がりの中椅子に座った地区長がいた。痛ましげな目をしてリーザを凝視している。


「マルスはどこに?」

「さっき乳をもらって、そのまま眠っている」

「あの赤ちゃんは本当にマルスなのですか?」


 地区長は何も言わずにリーザをじっと見つめている。言いにくそうに何度も口を開きかえては閉じ、そのまま大きなため息をついた。


「悪いが今回のことは公にすることができない。あの森はこっちの領地と隣の領地の境目にある森だ。禁足地と言われる聖なる場所を侵しただけでなく、その森の主を殺してしまった。こんなことが発覚したら隣の領主と争いになる。それでなくても小競り合いの収まらない関係なんだ」

「マルスのことも秘匿されるのですね」


「……そうだ」

「マルスのことを知る人は誰ですか?」

「俺だけだ。うちに所属する案内人が関係しているんだ。言えるものか」

「そうですか」


 リーザは下を見てじっと考えこむと、しばらくそのまま動かなかった。


 地区長はリーザとマルスがどれだけ仲睦まじかったかを知っている。

 両親を亡くして失意のどん底にいたマルスがリーザとの結婚を決めた時、どれだけ喜びに震えていたかも知っている。酒を酌み交わしながら、夫婦の上手くいく秘訣を話したりもした。

 息子と言わずとも、弟分、あるいは年の離れた友人。そのように思っていた。


 長く黙っていたリーザがついに顔をあげて、覚悟を決めた目で地区長を見据える。


「あの子は私が産んだことにします。マルスが出発する前から妊娠していたと言い張ります」

「……そう言うと思っていたよ」


「ただ、このままマルスを連れて帰っても産み月がおかしいと思われそうなので、しばらくはこちらで過ごすことにします。もう少し大きくなれば、実際に生まれた月なんて誤魔化しが利くはずです」


 リーザの顔に浮かんでいるのは、迷いの一つもない決意の固まった表情。その覚悟がひしひしと伝わってきて、これから二人が乗り越えていかなければならない困難に一つの助言も浮かびもしなかった。


「せめてその間は俺の家で過ごしてくれ。妻もマルスとは懇意にしていた。マルスの子を歓迎するよ」



 子供はユースと名付けられた。

 リーザとマルスが息子が生まれたら名付けようと言っていた名前だった。


 あの頃はいくらでも将来を夢見ることができた。

 子供が生まれたらもっと広い家に引っ越そう。娘に恋人ができたらどうしよう。嫁になんか行かせたくない。

 取り留めのない話をするのが楽しくて、一晩中笑いあったこともあった。


 もうその相手はどこにもいない。 

 それでもたった一人心から愛した人を守らなければ。


「ユース愛しているわ。幸せになってね」

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