魔人が王都に来たようだ
バンデッシュはその男の戦い方を分析していた。その戦いはまさしく剛に対する柔であった。魔人ヘルゲイルが振るう剛剣をハクがまるで流るる水のように受け流し続けていく。その様はまるでバンディッシュとハクの時の流れが異なるかのようだ。まさしく絶技と呼ぶにふさわしい領域にハクの技はあった。
トレットはまたも驚愕させられていた、というかもはやあきれていた。そしてそれはまたバンディッシュ、ヘルゲイルもまた同様であった。
「かわすのだけはうまいようだな、どこまでも私をコケにする奴だ。」
ただ魔人ヘルゲイルの驚愕の意味するところはそのかわしっぷりのみである。ハクが使う技術の高さには気づくことはできない。それは生まれながらに強力な力を有したものの特権であり、また傲慢であり、そしてそれは怠惰でもあった。
「それもそうだな。少しずつ攻め始めることにするよ。」
ハクの動きの質が変わっていく。魔人ヘルゲイルの攻撃の隙間に自身の攻撃を挟んでいく。そしてその攻撃の頻度は徐々に上がっていく。当初まるでかなわないと思われていた、ハクの攻勢、技術だけでヘルゲイルとの圧倒的な力の差を埋めていく。
魔人ヘルゲイルは思う。馬鹿な、なぜ俺の攻撃が当たらんのだ。ありえない。たかだか人間の分際でこんなにも小賢しいとは!?
魔人ヘルゲイルの脳は疑問に汚染されていき、一瞬だけ動きを止めてしまう。
そして完全に攻勢が逆転した。
この瞬間を待っていた。この魔人さんが動きを止めてくれなきゃ、いつまでたってもダメージを与えるほど攻撃できない、足りない攻撃力は手数で埋めさせてもらうよ!
とめどないハクの攻撃、魔人ヘルゲイルは今まで人間に恐怖など一切感じたことがなかった。だが、先ほどまではまるでだダメージのなかったハクの攻撃も、着実に急所を責めることによって徐々にヘルゲイルにダメージを蓄積していく。やがてハクの猛攻により、ヘルゲイルの生物として埋もれていた恐怖心が少しずつ芽を伸ばし、心を恐怖のツタで心を縛り上げていく。すでに魔人ヘルゲイルは攻める様子もなく手を前に交差し、自身を守ることしかできなくなっていた。
だが、追い詰められた獣ほど恐ろしいものはない。恐怖心は魔人ヘルゲイルを強引な攻めに転じさせた。
「人間如きがなめるなっ!!!!!!!!!!【ヘルエクスプロージョン】!」
魔人ヘルゲイルは交差させていた手を広げ魔力を開放し、自信を中心に爆破を起こした。
「わぉ!?」
急に後ろから友達に脅かされたようなしょぼい反応でハクは吹っ飛び、魔人ヘルゲイルの張ったヘルドームに直撃した。ハクは口から血しぶきを上げる、骨も何か所か折れてしまっていた。体表にも大きなダメージがあるのが見て取れる。
「ハクっ、大丈夫かっ!?」
トレットが駆け寄ろうとすると、ハクはすぐさま立ち上がり、魔人に突っ込んでいった。
「おいおい嘘だろ!?どう考えても動けるはずがない、このままじゃハクが死んじまう。」
「はっはっは!お前まさか魔法が使えないのか!あんなにも簡単に魔法が直撃するとはな!興ざめだ!このまま死ね!」
「さすがに魔法はずるだよね。ははは・・・痛いな。ギャンブルは嫌いだけど仕方ないか。」
ハクはこの土壇場での逆転劇に愚痴をもらす。
あの魔人、自爆したわけじゃなかったのか!?まずいこのままじゃハクが殺される。なぜ何も考えずにハクはもう一度突っ込んだんだ!?この一瞬の攻防に割り込むべきかトレット頭を回すが、それも間に合わない。
魔人ヘルゲイルはもう一度自分の前に手を交差し、魔法を唱えた。
「なぁお前。」
「【ヘルエクスプロージョン】!」
「お前だって魔法そんな得意じゃなんだろ?道ずれだ。」
少し笑ってそういうと、ハクは魔人ヘルゲイルの交差した腕をつかみ、押さえつけ、腕を広げさせなかった。結果魔法の発動を暴発させた。
魔法というものは何も才能がなくては使うことができないわけではない。だが才能があった方がいいことに間違いなく、魔人へゲイルは前者、才能のない側に位置していた。その結果魔法を即座に発動させるにはその魔法のイメージに連動した体の動きをつけなくてはならなかった。そしてハクはなんとなく感覚だけでその法則を感じ取り、自身の感覚を信じ行動に移した。
結果のみをわかりやすく伝えるのであれば、単純に銃口に蓋をして中で爆発させたのだ。だが何で蓋をしたかもまた問題である。銃口に手で蓋をすれば手を貫通して済むかもしれないが、ハクは魔法に手で蓋をしたのだ。そのおかげで暴発させることができたとはいえハクも無事では済まない。
魔人ヘルゲイルは自爆し、ハクは再度【ヘルエクスプロージョン】に直撃。そして、また吹っ飛び壁に衝突した。全身血まみれで生きているか怪しいレベルだ。そしてハクには先ほどのように立ち上がる様子はない。
「クソがっ、人間の分際で手間取らせやがって、お前は危険だ。ここで確実に殺しておく必要がある。」
煙の中から、こちらもボロボロになったヘルゲイルが現れた。だがヘルゲイルの傷は徐々に治っていく。善戦空しくハクには依然起き上がる様子がない。
「ふんっ、自分の魔法で死にかけるとは思わなかったぞ。だがな、魔人は人間とは違う、自然治癒能力が異常発達しているのでな、これぐらいの傷ならばまだ治るぞ。貴様も同じ力を持っていたら勝負はわからなかったかもしれないがな。」
ヘルゲイルは右手のひらをハクに向ける。
「死ね。」
「くくく・・・はっはっはっ!自分が爆発するのを無視して、魔人を自爆させようとするなんてな、あの一瞬でなんて馬鹿なことをする奴なんだ!さらにあいつあの瞬間笑っていやがったぞ!こんな馬鹿なやつが今まであっちの世界に埋もれていたとはな!大魔女王様が気にいるわけだ!」
トレットが突然笑い出し、ヘルゲイルが手を止める。
その瞬間【ヘルドーム】が切り裂かれ、大将軍バンディッシュが叫ぶ!
「この勝負、大将軍バンディッシュが引き受けた!」
「また新しい人間か、面倒だな。」
「この少年、いま死なすのは惜しい!彼が今死んでしまえば、今後彼が救うすべての人間を殺すのと同義!そしてその人々の中には私すら入るだろう。それほどの実力を感じた。助太刀いたす!」
「あぁ、バンデッシュ殿、非常に魅力的だが、その必要はない。これからが本当の勝負の始まりだからな。」
そして、トレットはズタボロのハクに一歩一歩、歩み寄っていく。
「そのお姿!結界の外から確認しておりましたが、やはりトレット殿でしたか。して助太刀不要とはいかに?」
「見てればわかる、そしてバンディッシュ殿おれも同意見だ。こいつはこれから数多くの人々を救うだろう。だから俺は手を貸すことにした。」
あの自爆の瞬間、何を思っていたかまではトレットにはわからなかったが、少なくと自分の命を一瞬も迷わずに犠牲にして見せたのだ。出会ってからハクは見ず知らずの人間を守るためにに戦っていた。それが正義感なのか何なのかこんな出会ってすぐではトレットには見分けることはできない。だからこそもっと一緒にいたいと思わせた。ハクと世界を見てみるのも悪くはないかもしれないと思わせたのだ。
トレットが、犬なのに人間にすら表情を伝えるほど感情豊かなトレットが、その時、確かに笑っているのをバンディッシュは見た。
そしてトレットは唱えた。
「【我、汝のもと世界に真理の灯をなす使者となりて、この世に純白なる深淵の祝福を与えん。ここに血の契約をなす】」
ハクの頬からつたる血を、トレットはそっとなめた。
そしてその瞬間、ハクとトレットは白い竜巻に包まれる。
竜巻の中でハクを温かい光が包んでいた。そして最低限の回復が施されていく。
「これは一時的なもので、お前は完治したわけじゃない。決着はすぐにつけろよ。俺が力を貸してやるんだ、あんな魔族ぶっ飛ばしてやれ。」
ハクは右手を突き出し、竜巻をを払った。依然血まみれではあったが、ハクの両手にはガントレットがはまっていた。
左手には純白のガントレットが、右手には漆黒のガントレットがはまり、どちらも肘から手にかけて装備されている。見た目は非常にタイトで、純白には漆黒の、漆黒には純白の血管に似た無造作なラインが入っている。
「そうか、トレットなんだな。」
ハクはガントレットに話しかける。
「そうだ。時間がないんで早速説明をすると俺の力は【次元干渉】、【万能治癒】、【万能防御】だ。」
「非常にシンプルな説明だな。でも【次元干渉】に関しては、先ほど手を振ったときにある程度理解できたよ。でもこれ本当にバトル向けかどうか微妙だと思うよトレット。たぶん俺じゃなきゃ使いこなせない。」
「お前なら使いこなせるかのような発言だな。どうだろう?俺は今まで使われたことがないから楽しみだぞ。」
「それじゃ一緒に戦おうか、トレット。」
この時トレットとハクの視界は共有していた。そしてこの光景を3人称的に見れたのは魔人ヘルゲイルとバンディッシュのみであった。ハクの頭上に金庫のダイヤル錠のようなものが現れて、何回か回っていた、そしてそれは10回ほど回転した後動きを止めて消えた。
「人生最後の話し合いは終わったか虫けらども。うんざりだ、お前ら。本当にやかましい。」
魔人ヘルゲイルは黄金の巨剣をおろし、左手を前に出した。
ハクが両手を開いてを前に出し、そのあと握って引いた。
「消し飛べ。【ヘルボール】」
ハクが両手以外の力を抜いた瞬間、ハクは消えた。直後ヘルゲイルが、放ったヘルボールが爆発。
そしてヘルゲイルはいつの間にか下半身しか残っていなかった。