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6. たのしいたのしい動物園

 バイトを始めてからというもの、気がつくとあのひとのことを考える様になっていた。

 バイト中や帰りの道で話しかけられたことを思い出しては、そのときの声や仕草を脳内劇場で繰り返し再生していた。

 図書館でガリガリとペンを動かそうとするが、手は止まっている

 机にほおずえをつきながら思わずため息がでていた。こんな経験は初めてで自分の気持ちをもてましている。


「おい、カメキチ、カメキチってば」


「ん? ああ、なんだおまえか」


「うわっ、なにその反応、めっちゃ傷つくし。というか、その顔キモい」


 いつのまにか近くに座っていた兎月に適当な返事をすると、しかめっつらをされた。


「うるさいな、いいだろ。いまさらボクがどんな顔してもイケメンになるわけないんだから」


「なーに卑屈になってんのよ。普段から自分の格好とか無頓着なくせに。ほら、コレがあんたの高校時代、でもってこれが大学時代。やっべ、違いなくね」


 勝手に撮ったボクの写真を見ながら、兎月はケラケラと笑っていた。


「さっきから見てたけどため息ばっかりついてるし、もしかして、だれかにラヴっちゃってるってやつですかぁ~」


 やたらとラヴのヴの音を強調するように発音し、兎月はにやにやとからかうように笑みをうかべている。


「そ、そんなわけないだろ」


「いいや、あんたがそんなこと急にいいだすとか、それ以外ありえねぇ~。なあなあ、話してみろよ。おねーさんが聞いてやるからよぉ~」


「ただちょっと気になる人がいるってだけだよ。そろそろバイトだしいくからね」


 いつもとは逆にボクが早足になりながら、兎月を置いて図書館を後にした。

 

 

 

 大学とバイト先を往復する日々は楽しかった。もしも、兎月さんの存在がなかったら長続きしなかったかもしれない。

 お客さんからさがしている本のタイトルを聞かれても、なかなか見つけられずイライラされる。レジ打ちが遅く列ができてしまったりなど、アパートに帰ってはへこんでいた。

 それでも、バイトに行けば彼女に会えるという楽しみに勝るものはなかった。


 この日も、夕方から働きはじめ、いつもの時間になると店長から休憩に入るように言われた。やれやれと首をもみほぐしながら休憩室にはいると、パイプ椅子に座って本を読む兎月さんの姿が眼に入った。


「お、カメヨシくんも休憩か。疲れた体に甘いものでもどうかな?」


 ぱたりと本を閉じた兎月さんの手から、紫色のキャンディーを渡された。

 礼をいって口に放りこむとグレープ味のフレーバーが広がる。口の中でキャンディーを転がしながら、視線は簡素な長テーブルの上に置かれた本に向いた。

 タイトルは『友達の作り方』と書かれていて、どきりと心臓がいやな音を立てた。


「ん? この本が気になるのかな」


「えっと……、はい」


「これ、大学のレポート用の資料なんだ。教育学部の授業で児童心理学があるんだけど、子供の成長過程における他人との関わりをテーマにしてレポートを書くようにいわれてさ」


「そうなんですか」


 どんな言葉を返せばわからず、単純な単語だけしか口にだせず、なんとか頭の中から会話が続くような話題を探す。


「友達ってどうやったらつくれますかね……」


「んと……、ごめん、わかんないや」


 申し訳なさそうに眉をさげる表情を見ながら、自分の会話センスのなさを呪った。


「友達っていつのまにかできると思ってたからさ、だからこうやって本を読んでみたけど、やっぱりよくわかならなかったよ。適当におしゃべりして、一緒に遊びにでかけていったりしてたら、いつのまにかそういう関係になってたからさ」


「すごいなぁ、兎月さんは」


 自分には一生真似できないことを平然とやってのけているという事実に、嫉妬どころか尊敬を感じることしか出来ない。


「あー、ごめんね、こんなこと聞かされても困るよね。カメヨシくんは情報学部だったよね。そっちだとどんな授業なのか聞かせてよ」


 授業を思い出しながらたどたどしく語ると彼女はうんうんとうなずきながら聞いてくれた。こんな風に、とりとめもない日常のできごとを話せる相手というのが、もしかしたら友達っていえるのかもしれない。


 

 次の日、図書館にて、いつものように兎月に絡まれていた。


「で、昨日はどうだったの。なんか進展あったの?」


 開口一番きいてくるのは、ボクのバイト先でのことだった。何度も聞かれるうちに、結局彼女のことを話すハメになり、兎月はおもしろがってしつこく聞いてくる。


「ないよ。いつも通り一緒に帰っただけ」


「なんだよ~、つまんねえな~。デートにぐらい誘ってみなよ」


「女子とデートとか……」


「難しく考えるからだめなんだよ。適当に外に出かけて、それで一緒に帰ってくるだけじゃんよ」


 頭の中で女子の隣を歩いている自分の姿をシュミレートするが、想像上の自分は何をすればいいかわからず固まっていた。


「ねね、動物は好き?」


 話題は急に変わり、戸惑いながらも頭に何種類かの動物を思い浮かべてみる。


「まあ、キライじゃない。猫とか好きだよ」


「ほうほう、それじゃ海の生き物は?」


「海? 魚なら好きだよ」


「それ刺身とか食べるほうじゃんよ。ちがくて、ほら、イルカとか」


「昔、イルカとかアシカのショーを水族館でみたな。なかなかおもしろかった」


「ふむふむ、なるほど」


 唐突によくわからない質問を重ねられて疑問符が頭に浮かぶが、こいつとの話はいつも二転三転してふらふらと着地点がないものばかりだった。


「おし、じゃあ、デートいこっ! まずは動物園がいいな、パンダ見たいし」


「はぁ?」


「予行練習ってやつ。ナイスアイデアっしょ」


 得意げに瞳を輝かせる兎月を半眼になりながら見つめかえす。


「じゃあ、明日、駅前で集合な~。あ、そうだ、LINK交換しとこっか」


「LINKとかやったことない」


 無料で使えるコミュニケーションアプリらしいが、あんなものはリアルで友達がいる人間用のものだ。自分のスマホに登録してある連絡先は、家族のものぐらいである。


「うっそ、ほんとに現代人かよ。初めてみたわー」


「仕方ないだろ。頻繁に連絡する相手なんていないし……」


 スマホにアプリをインストールして、使い方を教えてもらった。これが噂のLINKかと感動していると「じゃあ、時間とかはLINKで連絡な~」と声が聞こえたと思ったら、兎月が去っていった。

 遠ざかる背中を見ながら、いつのまにか行くことを承諾したことになっていることに気がつき、ため息をついた。


 バイト後に、アパートで寝転がりながらスマホの画面を開いてみると、LINKから通知が届いていた。

 兎月からのメッセージのようで、アニメ調の兎のイラストから吹き出しがでている。


 明日の待ち合わせ時間について書かれていて、なんて返せばいいかわからず、簡単に『了解』とだけ返す。すると、すぐに画面にはよろこぶ兎の画像が張られていた。

 スタンプというやつらしいが、メールすらほとんど使わない自分にとっては物珍しさを感じる。


 兎月とのやりとりが終わった後もなんとなくLINKをいじり、自分のプロフィール画像をふざけ半分で亀の画像で設定しておいた。


 

 よく晴れた空の下、休日の人どおりの多い駅前で待っていると、いつもどおりの派手な格好のギャルが現れた。


「ちーっす。10分前にきてるなんて感心、感心」


 実は30分前にきていたが、それを言ったらからかわれそうだったのでやめておこう。

 

 電車をのりついで、子供のとき以来ひさしぶりにやってきた動物園というものはひどく新鮮だった。休みの日ということもあって、親子連れの姿がちらほら見え、子供たちがたのしそうに動物を見てまわっていた。

 無邪気に喜んで親に笑顔で話しかけている姿と、子供のときの自分を比べるととてもうらやましくなる。

 あのときの自分は、どうやって楽しめばいいかわからず黙って親の後ろをついて周っているだけだった。


「みろよ、ゴリラだぜ。ゴリラ。バナナもってないか? 食わせてみようぜ」


「ないよ。というか、勝手に食べさせたら怒られる」


「こんどはあっち行ってみようぜ」


 ここにももう一人子供がいた。

 はしゃぎながら別の檻に向かう兎月の後を追うと、そこには硬そうな甲羅が見える。


「でっけー亀だな。カメ、カメ。カメキチ!」


 得意げな顔でボクを見ると、ひとりで大笑いしはじめた。ほんとうによく笑うやつだ。


「なあなあ、カメキチ。あれにのったら竜宮城につれてってくれるかな」


「浦島太郎をのせたのはウミガメで、あれはリグガメだよ。海にもぐれないし、泳げない」


「ちぇー、つまんねえのー。じゃあ、カメキチが海につれてってくれよ」


 まだ、夏にもなっていないのに気が早いやつだった。そういうのは彼氏とか、仲のいい友達にでも言ってくれよ。

 

 手を引っ張られていった先は、動物ふれあいコーナーだった。兎月が目を輝かせながら近づいたのは、真っ白なウサギだった。


「ふわっふわだな。カメキチも抱いてみる?」


 兎月にはなついていたのに、ボクがさわった途端腕の中で暴れ始めた。


「うわっ、いてっ」


「なにやってんのカメキチ。マジうけるし~」


 顔を足蹴にされる姿をパシャパシャとスマホで写真をとられ、兎月が大笑いしていた。

 

 

 動物園からの帰り道、夕陽に照らされながら隣を歩く兎月と今日みてきた動物について話していた。


「ねえ、一番つよい動物ってどれだと思う?」


 なんだろうか? “最強の”なんてフレーズは少年漫画的な質問だった。


「えっと、一番大きい象とかかな? なんでも踏み潰せそうだし」


「ほうほう、象ときましたか~。あたしは断然ゴリラ押しだな。というわけで、勝負だ!」


 ゴリラパーンチ、といいながらふざけながらこづいてくる兎月に困惑していると


「おらおらー、どうしたー、防いでみろよー。動物界チャンピオンさんよー」


 気恥ずかしさを感じながらも、エレファントシールドといいながら受け止めてみた。

 そんなボクたちを、近くを通りがかった子供がじっと見つめていた。


「と、兎月、ちょっと休戦しよう」


 恥ずかしくなりやめようとするが、なおも兎月からの攻撃の手は止まらず、逃げることにする。

 走りながらも、自然と口元が緩むのをとめることができなかった。

 なんか友達っぽいやりとりだなって。

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