3. 文化祭ギャル
高校の敷地内はいつにない賑わいを見せていた。
土曜日の一日の間、文化祭のために外部に開かれ、他校からきた生徒や、ここの生徒の保護者や兄弟、OBOGなど、大人と子供が入り混じった空間となっている。
大勢の人間が行きかう中で、適当にぶらついていると、色とりどりの飾りつけがほどこされた校舎、中庭に並んだ屋台、日常から離れた活気に当てられめまいを覚えそうだった。
せっかく準備を手伝い、土曜日にわざわざ学校にきたのだからと、パンフレットの中からめぼしい場所に行くことにした。
香ばしいにおいをあたりに撒き散らすクレープの模擬店では、別のクラスの女子がいらっしゃいませと愛想笑いを浮かべている。
制服姿にエプロンという健全な高校生男子の妄想をかきたてる姿に感動しつつも、努めて表にださないように注文を済ませる。
ありがとうございましたー、という言葉とともに送り出され、クレープを片手に歩き出すとなんとなく自分もこの祭りに参加している気分になれた。
クレープを口に含むと、生クリームのふんわりした甘さとチョコのかかったバナナの触感が口に広がった。
ここで最後まで一人で過ごせば、去年の文化祭と同じになるはずだった。
「あ、カメキチじゃーん。なにしてるの?」
男女数人を引き連れたグループの中から、兎月が手を振っていた。
何度か絡まれるうちに慣れたのか、兎月とは普通に話せるようになっていたが、一緒にいる連中の視線を受けて居心地の悪さを感じる。
「いや、特には……。それに、カメキチじゃないっていってるだろ」
何度目になるかわからないやりとりをしていると、兎月の視線はボクが持つクレープに向けられていた。
「それ、おいしそうだね。端っこちょうだいっ!」
「まって、ちょっとまって」
「隙あり!」
後ろに下がって逃げようとしたが、端っこにかぶりつくとごっそりと持っていかれた。
おいしいと笑顔になる兎月の口元には白い生クリームがくっついていた。
「……口元、ついてるよ」
「ん? ああ、サンキュ」
ぺロリと赤い舌で唇を舐め取る仕草が、なんというか、妙に意識させられるものだった。
「おし、次はクレープ屋に決定。いこうぜー」
兎月がクレープ屋にダッシュすると、リア充集団がついていく
手元に残ったクレープを見つめ、食べるか悩むが、無心で口の中に放り込んで飲み込んだ。
とりあえず、だいたいを見て回ったところで疲れを感じ、どこか座れる場所にいくことにした。
体育館では、吹奏楽部や、漫談研究部、軽音楽部などのステージが開かれている。なるべく目立たない隅のほうに向かうと、ようやく腰を下ろすことができた。
ギシリとパイプ椅子の軋む音をききながら、ボーっと舞台の様子を見ていた。
みんな今日のためにがんばってきたのだろう。緊張しながらも必死に口や手を動かし続けていた。
明るい舞台に立つ同年代の男女と、薄暗い隅にいる自分。知らず知らずのうちにため息が出てしまう。
次の出し物に移ると照明が落とされ、ステージだけが光で満ちている。
「みなさんお待たせしました~、これよりわが校で一番かわいい女子を決めるミスコンを始めます」
テンションの高い司会の男子の声がスピーカー越しに響く。
司会の説明では、出場者は思い思いの衣装で登場し、アピールタイム5分が与えられるそうだ。高校での主催ということもあって、あまり色っぽい衣装は許可されないだろうから、その縛りの中でどれだけアピールできるかが肝になるのだろう。
投票者は会場にいる人間であり、体育館に入るときに渡された投票用紙に名前を書くそうだ。
いつのまにか会場内の人影が増えていて男子が多い。その中にはうちのクラスの連中もいた。
ヒソヒソと話声が聞こえ、出場者についての前評判が耳に入ってきた。
どうやら、一番人気は3年の女子らしい。
やがて、一番目の出場者がステージにたった。
「さて、トップバッターは一年の女子、川上碧さんです!!」
メイド服を着た小柄な女子生徒だった。小動物系のかわいらしさもあって、制服姿が似合っている。彼女はアピールタイムの最後にクラスの出し物のメイド喫茶の宣伝をすると、舞台からはけていった。
二番目、三番目の女子が登場しては歓声を受けながら舞台裾に姿を消し、四番目に本命といわれる3年の女子が現れた。
彼女は水泳部の部長らしく、スクール水着での登場だった。周囲からどよめきがわきあがる。みなの視線はその水着の胸を盛り上げる二つの見事な双丘に集まっていた。
彼女がいなくなった後も、周囲の男子たちは口々にさきほどみたものについて熱い議論を交わしていた。
会場が盛り上がったところで、最後の出場者のアナウンスが流れる。
「おいおい、静かにしろよ野郎ども。さて、オオトリを努めるのは2年の女子、兎月卯沙さんです!!」
出場者の名前を聞いて、思わずガタリと音をたてて椅子から腰を浮かしてしまった。
スポットライトを浴びて白い肌が輝き、さらりと腰まで伸ばした艶やかな黒髪をゆらしながらゆったりと歩を進めていた。あまり飾り気のない白いワンピースが清楚な雰囲気と合いまって、触れれば崩れそうな儚さをかもし出していた。
彼女が、ゆっくりとステージの中央に進むにつれて、会場がしだいに静まっていく。
「アピールタイムです。どうぞ~」
司会からマイクを受け取った彼女は、それまでまとっていた雰囲気から一転して
「あー、その、ウケ狙いで出てみたんだけど、なんでこんなに静まってるの? えっと、滑った、あたしめっちゃ滑ったの!?」
それまでの神秘的なたたずまいから一変して頭を抱えて困惑する姿は、いつもの兎月だった。
クラスの男子からは、「いいぞー兎月! めっちゃいけてるぞ」という声が上がり、兎月も「ありがとー!」と手を振っていた。
会場からは笑い声があがり、つられて笑っていたら兎月と目が合った。
「おーい、カメキチー。見てるかー。ウィッグで黒髪にしてみたんだけど、どうよこれ~」
能天気なしゃべり方と底抜けの明るい笑顔を浮かべる兎月の視線を追って、会場中の男子たちの視線がボクに集まった。
「あっ、おーい、逃げるなよー」
たまらず逃げ出すと、背中ごしに声が聞こえていたが、こんなさらし者みたいな状況でじっとしていられるほどの強心臓ではない。
あとで聞いた話では、兎月がミスコンで優勝したらしい。