2. ファミレスギャル
別の日曜日、その日は期末テスト前とあって気合を入れて図書館に向かっていた。教科書をつめた通学用のバッグを肩にかけながら図書館についた。しかし、同じ学生、考えることは一緒のようで席は全て埋まっていた。
中身のつまったずしりと重いカバンの肩紐がくいこみ、いつまでも入口で立ち尽くしているわけにもいかず、家に戻らないといけないのかと思うとため息をつきたくなった。
ふと、ドラマやアニメでファミレスで勉強しているシーンを思い出す。いまなら昼時も過ぎているだろうし空いているだろうと、足を向けてみることにした。
全国規模で店舗展開しているチェーン店の前につき、窓ガラスごしに店内をのぞくと、予想通り客はほとんどいなかった。
一人でファミレスに入ることに、気後れを感じながらも自動ドアをくぐった。
「いらっしゃいませぇ~、何名様ですかぁ~」
間延びしたしゃべりかたをする化粧の濃い茶髪の女性店員に案内されて、隅のボックス席に座った。
店内にはひかえめな音量でBGMが流れ、集中できそうな環境だった。
「ご注文はお決まりでしょうかぁ~」
ドリンクバーだけで数時間粘るのも店に申し訳ないと思い、一緒に軽食をなにかひとつ頼むことにした。
注文をすませると、待っている間に教科書をながめていた。
十数分後にはドリンクバー用のグラスとチョコパフェをのせたお盆を持って女性店員が近づいてきた。
客が少ないせいか、入店したときからこの店員にずっと応対してもらっていた。気のせいか、その目の奥に何か期待を含んでいるように見えた。
「おまたせしましたぁ~、ご注文の品は以上でよろしかったでしょうかぁ~」
「大丈夫です。ども」
「それじゃあ、よっこらせっと。あー、マジだるい」
なぜか、女性店員が向かい側に座り、頬杖をつきながらこちらを見ていた。
「カメキチ、ほんと勉強好きだよね~。ファミレスで勉強とかマジガリ勉」
「えっと……、」
「うっそ!? スルーしてただけだと思ったのに、まさかの天然とかマジウケルんですけどぉ~」
ケラケラと笑う様子を見て、ようやく目の前の相手が誰だかわかった。
「もしかして、兎月さん?」
「ぴんぽんぴんぽん、せいかーい。ご褒美にパフェあげよう。ていうか、食べてもいい? そろそろおやつがほしくなる時間なんだよね~」
「だ、だめだめ、あげないよ。それは勉強用の貴重な糖分なんだから」
少ないお小遣いで、600円もするパフェを頼んだのはかなり奮発したといえる。
「えー、じゃあ、あたしが食べさせてあげよっか」
「いや、いいよ」
「顔赤くして何あせってんの、マジうけるし~。写メとってもいい? ほら、笑って笑って」
目の前のピンクのスマホからパシャパシャとシャッター音が鳴る中、兎月が何かに気づいたように急に立ち上がると、入口に向かっていった。
いつのまにか客がきていたようで、「いらっしゃいませー」と愛想のいい声を出しながら客に応対していた。
その仕事ぶりはボクのときとは違い真面目なもので、そつのないものだった。
それから、兎月がからんでくることはなかったが、時折ニヤニヤと笑みを向けてきて集中することができなかった。
放課後、その日は高校の図書室にいっても教科書を開く気になれず、無性に甘いものが食べたかった。
「いらっしゃいませ~」
ファミレスに入ると、兎月とは違う女性店員に出迎えられた。
以前きたときよりも客は多く、学校帰りの制服姿、背広をきたサラリーマン、いずれも一人ではない。
いつもだったら自分だけが一人でいることを気にしているところだろうが、気疲れのせいか席についてもボーっとするだけだった。
注文をすませた後、特に何をするわけもなくボーっとしていると、盆を片手に店員がやってきた。
「ヘイ、お待ち!! イチゴパフェ一丁!!」
まるで居酒屋のような掛け声とともに、ファミレスの制服であるミニスカートを揺らしながら、冷たいガラスの容器を置いたのは兎月であった。
「カメキチって、ほんと甘いもの好きだよね~。内緒で生クリーム特盛りにしといたよ。他のお客さんにはないしょね」
生クリームのタワーごしにアイシャドーで縁取られた瞳が見え、兎月が気遣うように声のトーンを落とす。
「昼間のことなら気にすんなよ、あいつ口悪いからさ。あたしもたまにカチンと来ることがあるから、あんたも言い返してやればいいんだよ」
「……うん」
きっかけは昼休みの教室で起きたなんてないことだった。クラスの中心グループの男子からからまれ、それがクラス中に伝わり妙な雰囲気になった。そのときの光景を思い出すと、ずっと心にトゲがささったようにチクチクと痛んでいた。
「ねえ、カメキチっていっつも一人だけど、もしかして……、友達いないの?」
「それは、その、まあ……、いないよ」
「まじで!? 友達いないし~とか、ギャグでいうやつはいるけど、ほんとにいないやつって初めてみた」
上から下までまじまじと見られて、まるで珍獣あつかいだった。
「なんかそれって、理由があるからなの? 他人とつるみたくねえっていう、ロンリーでオンリーな一匹狼的な?」
「いや、自然に、いつのまにかこうなってた」
兎月はほへー、といいながら口と目を大きく見開いていている。
「友達ほしいとか思わないの?」
「いや、別に……。友達ってのがよくわからないんだよ」
「お、なんか深そうなセリフだね。カメキチって、やっぱりおもしろいわー。あたしとカメキチはクラスメイトで今もこうして話してるけど、これって知り合いそれとも友達なのかな?」
「……わからないよ」
「たしかに、あたしもわかんないや~」
それじゃと手を振って別の客の席に向かう兎月さんを見ながら、苦笑を浮かべるしかなかった。こんな話をしたのも、聞いてもらえたのも兎月が初めてだった。
その晩、布団にもぐりながら友達について考えてみた。
ボクには友達がいない。いや、たしか小学校……幼稚園の頃にはいたような気がする。
そもそも友達ってなんなんだ。知り合いと友達ってどこから変わるんだ? クラスメイト、同級生、級友、これは知り合い。じゃあ、家族は? 友達じゃないし、知り合いともよべない。線引きはどこからすればいいんだ。
暗い部屋の中でチクタクと時計の針が進む音だけが耳に入り、堂々巡りになる考えから逃げ出すように目をつぶる。
しかし、いっこうに眠気は訪れず、目がさえ来るばかりだった。ためしに、友達が一人、友達が二人と数えてみたら切ない気持ちになったので何も考えないようにした。
次の日、夜中まで変なことを考えていたせいで、眠気を感じながら教室で自分の席に座った。
朝のホームルームが始まるまで寝ていようと、机にうつぶせになった。
昼休みになると、さっさと菓子パンを口につめこみ、眠気に誘われるようにまた机にうつぶせになった。
視界を塞ぐと、聴覚が鋭敏になりクラスの話し声がはっきりと聞こえ始める。眠気のせいかどこか現実離れしてスピーカー越しに聞こえる音のようだった。
「ウサー、どうしたの変な顔して」
「あ~、うん。考え事してたら、眠れなくってさぁ~」
むにゃむにゃとはっきりとしないしゃべり方をしているのは、たぶん兎月だろう。
「へー、どんなこと?」
「友達ってなにかなぁ~って。友達がいないってひとと話してみてから改めて考えたら、よくわかんなくなって~」
「友達いないとか、そいつヤバくない?」
どう考えても自分と思われることが話題が耳に入り、眼球がぐねぐねと動く。
「いや、普通だよ、ふつう~。ちょっと口数少なくて、変わったやつだったよ。友達がいなくても普通に生きていけて、それなら何のために友達っているのかなぁってさ」
「あんたらしくないな、なーに難しいこと考えてるのよ」
「それって、あたしがバカってこと!?」
「まあまあ、眠気覚ましにミント味のタブレットでも食べなよ、あーん」
そのまま顔を上げることもなく机につっぷしたまま、昼休みの終わりをつげるチャイムが鳴り響く。