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1. 台風ギャル

 魔法が使えるようになりたいわけでも、空を自由に飛べるようになりたいわけでもない。

 ボクが望むのは普通の人間なら誰も考えないこと。思うことすらないだろう。

 だって、空気を吸うように、赤ん坊が歩きだせるように、自然とできてしまうものだったから。

 それが実現するならどんなご都合主義だって構わない。ボクにとってはそれはとてつもない奇跡だったから。

 

 願うことは一つ、ボクは“友達”がほしい……

 

 

 *

 

 

 五月晴れのさわやかな陽光が降り注ぐ中、電車から吐き出された生徒たちに混じって高校へと続く道を歩いていた。

 そろそろ冬服だと暑さを感じる頃で、道行く生徒の中には上着の前をはだけているものもいた。ボクも同じようにしたいところだったけれど、あるかどうかわからない人の目を気にして、きっちりブレザーのボタンをとめネクタイまで締めていた。


 泥の中を進むように億劫そうに足を前に進めながら、ようやく2年B組の教室のドアに手をかけた。

 ひかえめに音を立てないようにあけると、中からは生徒たちの騒がしいほどの声があふれてきた。

 複数の話声が耳に入ってくるが、自分に語りかけられることはなく、黙って自分の席につき頬杖をついた。

 ほとんど他人と交流をすることのない故の悲しさか、他人の会話に耳を傾けてしまう。まるでエサを欲しがる餓えた犬のようだ。

 

 教室内にはいくつかグループができていて、目立つもの同士、静かに過ごしたいもの同士でくっついていた。耳に入ってくるのは充実した空気を振りまく集団の話し声だった。

 部活の朝練上がりなようで首にタオルをかけたままの男子がさわやかな笑顔を浮かべながら女子にはなしかける。話題は二転三転して、ネットで見つけた記事や、テレビのドラマなどめぐるましく変わっていった。

 あの中に混じったとしても、愛想笑いを浮かべていることしかできないだろう。

 そういうわけで、一人でいるのが自分にとって最善の選択なのだ。

 

 

 ボクの名前亀吉甲太(かめよしこうた)が嫌いだった。小学校からのあだ名はカメ、そこに含まれるものはからかいがほとんどだった。

 足は遅く、マラソンはいつもドベで、『もしもしカメよ』と例の童謡ではやし立てられたものだった。

 要領も悪いようで、クラスの男子の間ではやっているゲームをやっていても、最初の村でもたついている間に、他の男子は聞いたことのない敵モンスターやアイテムの話をしていた。

 会話に混じるためにに急いでようやくクリアし、少し得意げになりながら話かけるが、おまえまだやっていたのか、と呆れ半分に見られたものだった。

 

 親からは、アンタは人の2倍も3倍もがんばりなさい、というありがたいお言葉をもらった。

 自分が継続してできそうなことといえば、机に向かってガリガリとペンを動かし続けることぐらいだった。

 そのかいもあってか、地域でも中の上ぐらいである高校に合格することができ、現在に至る。

 人に自慢するところがない自分にとって、これだけがちっぽけな誇りだった。

 

 とはいうものの、やることは中学と変わらず、授業に追いつくためにひたすらガリガリとペンを動かしていた。成績はちょうど真ん中ぐらいをキープしている。

 放課後は予習、復習、そして宿題をこなしているだけの毎日だったが、成績という明確な目標に向かって努力していくことに悪い気はしなかった。

 

 

 平日なら学校の図書室を利用していたが、今日は日曜日なため、市立図書館にやってきている。

 どうにもボクは集中力が足りず、気が散りやすいようで勉強以外にやることがない環境に身をおくことで、ようやく勉強に集中できる。


 本をめくる音、ペンをガリガリと動かす音、ときおり聞こえる咳払い、中学の頃から慣れた場所であった。

 さてやるかと、教科書とノートを取り出し、数学の宿題に取り掛かった。

 いいかんじでペンがすべりだし数式の穴を埋めていっているところで、斜め向かいの席に誰かが座るのが視界の端にうつり集中が乱れた。


「あれ? カメキチじゃん」


 かび臭い紙と、静かに机に向かっている人ばかりの場に不似合いな声が耳に入ってきた。顔を上げると、陽気な声と同様に、明るい茶色に染めた髪と派手なメイクの同年代の女子が座っていた。


「もしかして、わかんない? うっわ、ショックなんですけどぉ」


「えっと、ごめん」


 女子と話すということに気後れを感じ、目をそらしながらうつむいた口からはくぐもった音しか出なかった。


「はぁ、(おな)クラの兎月卯沙(とづきうさ)だよ。おっかしいな、あたしってそんなにクラスで空気だったのか~」


 そういえば、クラスの女子の中に、変わった名前がいたのを思い出した。

 クラスの中でも目立つグループの一人で、自分とはほとんど接点がなかったはずだった。


「人の顔おぼえるの得意じゃなくてさ、ごめんね。あと……、名前は“カメキチ”じゃなくて“カメヨシ”なんだけど」


「えー、いいじゃんよ。カメキチの方が呼びやすいしぃ~。ていうか、日曜も勉強とか、マジうけるんですけどぉ~」


 ケラケラと笑い声が響き、周囲の人間の視線を集めていたが、彼女はお構いなしだった。

 注目を浴びている恥ずかしさで目をきょときょとと動かすボクの様子に気づいたのか、兎月が謝りながら手を合わせた。


「あ、ごっめーん。お口にチャックね。りょーかい、りょーかい」


 ぺろりと舌を出して悪びれない様子で、じゃらじゃらとキーホルダーをつけたバッグから教科書やノートを広げはじめた。

 しかし、すぐに飽きた様子でほおづえをつきながらスマホをいじりだした。


「ねえ、カメキチ~。もしかして、それって数学の宿題?」


「そうだけど」


「まじで!? 写させてくんない」


 返事をする前に、ノートを持って隣に座る兎月。すぐ近くに女子がいるということに無意識に体を離そうとするが、ぐいぐいと近づきノートをのぞいてくる。

 髪がほおに触れてくすぐったい。


「今週の宿題メッチャ多くてさ、まじやばいよね。家でやろうとしても全然はかどんなくて、しょうがないから図書館まできたんだけどさぁ。カメキチ、まじ神だわぁ~」


 ボクに絶え間なく話しかけながら、器用にもペンは止まることなくとノートの上でさらさらと動いていた。


「あっ、ここの答えって-3xじゃない?」


 指差された部分を見直すと確かに間違っていた。


「間違いはっけーん、これあたしの手柄だよね。というわけで借りはなしね~」


 それからほどなくして宿題を写し終えると、兎月はぽいぽいとノートや教科書をカバンに詰め込み始めた。


「サンキュー、カメキチ。まったねー」


 足早に去っていったあとは、まるで嵐が通り過ぎたようだった。不思議と、心の中は台風一過の空のようにスッキリしていた。

 

 

 教室内では、いつものように特に兎月さんとは絡みはなく、楽しげに話し大笑いする彼女の姿を横目で見るだけだった。

 もしかしたらと期待する気持ちがあった。彼女とはあれっきりだろうとこのときは思っていた。

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