ミケ、住処を出る
肥前文俊様主催「書き出し祭り」で書いたものの焼き直し版となっております
我の名はミケ。もう誰がつけてくれたかなど忘れてしまったわ。尻尾が二つに割れたのがいつだったかすらも覚えていない。
我がいる里山に人気がなくなってから早数十年。この地は忘れ去られ、この朽ち果てた社が我の住処となっておる。
我の妖力が増したせいか、最近は獣も我の縄張りには寄り付かなくなってしまった。餌を見つけるのにとんと苦労するようになり、早数年。もうちっと探しやすい場所を探すべく、この山を下りるとするかの。
妖力抑えて二つに分かれた尻尾を一つにまとめれば、無害なネコに見えるはずじゃ。このあたりの獣は聡くていかん。
そちらにばかり気を取られて、大変なことになるとは思わなかった。
――ブォォォォ!!――
な……なんじゃ!? 今の音は。煩すぎる!!
すぐにその音は止んだものの、めまいが続いておる。あの煩き音の正体を見忘れた!
また同じようなものがあった場合、我はすぐに耳を塞ぐをするか。
ないことを祈るがの。
……ふむ。ここいらの人間は我を嫌がるのか。
我が畑を荒らす? そんなことをする同族がいるらしいの。左様か。仕方あるまい。少しばかり鼠を狩ってもう少し下の里まで行くとするか。
「あ、三毛猫だ!!」
小さきヒトの子が我の傍に寄ってきた。どうやら、餌をくれるらしい。
腹も減っている故、ありがたくいただくとするかの。
……じゃがな、小さきヒトの子よ。我に「タマネギ入りさんどいっち」とかは如何と思うぞ? 一瞬我を殺したいのかと思ったわ。
我は既に通常のネコでない故平気じゃが、他のネコにやってはいかんぞ!
我の伴侶はネギを貰って死した時、我の尻尾は二つに分かれておったため色々と調べたわい。そこで知ったのは、タマネギとやらが我らネコにとって良くないということじゃ。我とて、どうせならタマネギ入りよりも猫まんまとやらを食したいわい。
あの山にヒトがおらぬようになってから、食えぬからの。
一応、ここいらをナワバリにしておる同族がおるようじゃ。通り抜けるとはいえ、挨拶をしていくか。
さて、どこにおるかの。
『失礼するよ』
『なっ!! あんた何ものだ!!』
いきなり威嚇戦でもよかろうに。……仕方ないの。尻尾を一時的に元に戻すか。
『!! ネコマタだと!? 伝説でしか聞かんが』
『ほほう、我のように尻尾が二つあるネコをネコマタと言うのか。勉強になったわ』
さて、尻尾を戻して、と。そのままじゃと色々と面倒だしの。
『我の名はミケという。今まで住んでおった場所で狩りが出来なくなってな、新しいナワバリを探しておる』
『ここに、すると?』
おや、腹を見せなくともいいのじゃが。
『いや、もうちっと下に降りようかと思うておる。時折煩いのが通る故にな』
『あぁ、あれはクルマって言うんだ。人間がよく乗ってるぜ。あれの前に出ちまったら、俺らは一貫の終わりよ』
『それゆえ煩いのだな』
『さてな、俺は知らん。で、ネコマタの旦那、ちょうどいいところに来た』
『なんじゃ』
『ちっとばっかり、産まれたての子猫に名前つけてくんねぇか?』
『お主の役目じゃろうに』
こういうものは、そのナワバリ付近の力の強いやつがやるものじゃぞ?
『俺は名前思い浮かばねぇんだよ。ここいらの仲間は俺がつけたからな』
『あい分かった。では、そこへ行くとするか』
そういうことなら仕方あるまいて。
我が幼きネコにつけた名前は、玉次郎、まる、くろの三つじゃ。玉次郎だけが雄でな、我の伴侶の兄弟の名前じゃ。あれも狩りがうまかったの。まるは乳の出ぬ母親の代わりに乳をやっておった。くろは凛とした女でな、よく色んな雄の求婚を受けておったわ。
『めでたい名前だな! ネコマタの旦那、ありがとうよ。お礼と言っちゃなんだが、人間には気をつけな。俺らが何もしていなくてもいきなり蹴ってくるやつもいる』
それは昔から変わらんの。
さて、我はいくとするか。達者でな。