百合ロリ×吸血少女 SPコラボ☆*ハロウィンの奇跡
こちらは人気なろう作家秋野錦先生の小説「吸血少女は男に戻りたい!」と、庵仁娯の「百合ってロリって迷宮攻略!」によるハロウィンSPコラボストーリー(リリス視点ver.)となっております。
百合ロリ、吸血少女、初めてです!という方でも片方は知ってるという方でも、もちろん両方知っているという方でもお楽しみいただける内容となっておりますので新規の方もご安心下さいませ。
水車小屋の朝は早い。なぜなら……
「さ、さみぃ……」
私が、女神を名乗る鬼のような死神─通称、鬼死女神コレーによって幼女なんかにされちまい、異世界転生したこのローリアビテという世界のデビュール村は、とても寒い。日の出前の朝ともなれば、水車小屋の藁に霜が降りるほど寒い。
だから早朝、寒さで目が覚める。
あぁ、温かい布団が恋しい。
「うぅ……恨むぞ、コレー」
二度寝するのも気が向かないというか、とても寒くてできねぇし、仕方がないから起きて顔でも洗ってくるとするか。
そう思って上体を藁の中から這い出そうとした時、
「リリス、どこいくの?」
少し離れた藁の山の中から無機質な声がした。
ガサゴソとその藁山が崩れ、そこから現れたのは水色の髪に水色の瞳。ガリガリの体に透けそうなほど白い肌。無表情で何考えてんのか分かんねぇが突然、突拍子もないことを平気でしやがる超危険人物。
こいつの名前は、リップ・チュチュ。
かなり変な名前なのは、名付け親があのバカ鬼死女神だからに他ならない。
「外で顔洗うだけだ。付いてくんなよ?」
付いてくんなと言ったのに付いてくるチュチュ。
まぁ、いつものことだし、言っても聞かねぇ頑固者だから無視しておくに限る。
ちなみにあの鬼死女神、私の名前もユリ・リリスだなんてヘンテコリンでセンスも知性の欠片も感じられない名前をつけやがって、私の見た目をピンクの髪にピンクの瞳と、ピンク塗れの幼女にしやがった。
ピンクは私の大嫌いな色だ。
なぜなら、ピンク色なんて色は女が好む色だからだ。
私は女が嫌いだ!
理由はいろいろあるが、とにかく生理的に無理だ。
触れたくもないし、会話だってしたくない。
なのに! それなのに!!
あんのクソ鬼死女神ぃぃぃっ、私の女嫌いを荒療治で治すとか言って、男の私を女体にしても飽き足らず、さらに史上最悪な呪いまでかけやがった!
それは、私の胸が、日に日に大きくなってしまうというもの!
しかも、その成長速度を遅めるために、月が昇っている夜の間にチュチュとキスしなくちゃならない。
少しの日数、成長速度を止めるにはチュチュとディープキスまでしなくちゃならない。
そして、大きくなった胸をAAAカップにリセットするには、このローリアビテに幾つか点在する迷宮の最奥に半年前から住み着いたロリモンスターにキスしなきゃならない。
はぁ……マジ鬼畜。クソゲー。無理ゲー。乙ゲー。
けどまぁ、やらなきゃ私が乳デカモンスターになっちまうから、仕方なく私は迷宮攻略を目指す冒険者となった。
小屋の外は朝霧が立ち込め、吐いた息が白く上る。
「ひぃぃぃ〜ちべたっ!」
水車を回す水に手を伸ばし、水に触れると氷のように冷たかった。
「リリス、“温度操作”は?」
「あぁー、“温度操作”でお湯を作っても、水をためておく桶がねぇからダメだ。
今日にでも買ってこなくちゃな。それまでは気合で洗うしかない」
この世界には火、水、木、風、土、雷、光、闇、と八種類の魔法があり、魔法が使える者は、それぞれ適性のある魔法が使える。
私は火と闇に適性があり、“温度操作”は火系統の魔法だ。
私はまだザコだから、温度上昇は七十度くらいまでが限界。
しかも遠隔操作で物体の温度を上げるとなると、なかなか時間がかかる。
レベルが上がればもっと使い勝手が良くなりそうな魔法だが、魔法に関して私は中の下くらいのセンスしかないから、そんなに期待はしていない。
ちなみに、もう一つ火系統の魔法で“ファイアーサークル”というのがあるが、あれはもっとザコ。
仏壇のローソクくらいの火の玉が三つほど私の周りをクルクル回るという謎のスキルだ。
「ん? チュチュ、お前も顔洗うのか? 冷てぇーぞ?」
チュチュが私に代わって水車の水に手を伸ばし、小さな両手の平に水を溜める。
「リリス、チュチュの手をオケにすればいい」
「………」
こーゆーことするやつだ。
「あのなぁ、お前が触った水で私の顔を洗えってか? んなもん嫌にきまってんだろ! 学習しねぇやつだな」
キレイにするための洗顔で顔を汚してどうする!
だったら洗わないほうが数億倍キレイだね。
あーあ、洗う気失せた。
村へ出かける準備でもするかな。
そう思って立ち尽くすチュチュを素通りした時、チュチュの白い手が真っ赤になっているのが見えちまった。
「………」
チュチュはまだ水を手の中に水を溜めたまま。
私がちょっと触れただけで痛みすら感じるほど冷たかった水。
手が赤くなるのも当然だ。
ふん、女め、自業自得だ。霜焼けになってしまうがいい。
ビューッと、木枯らしが吹きすさび、水車小屋の扉を開けようと伸ばした腕に鳥肌が立った。
「はぁー……」
大きくついた溜息も白い。
「“我ここに望む 全てを我の手の中に この水の温度を上げよ”」
私が“温度操作”の詠唱をだるーく唱えると、チュチュの手の中から白い湯気がのぼった。
「か、勘違いするなよ? い、今のは“温度操作”の練習だ。“温度操作”は調節が難しいからな! 言っとくけど、私は絶対にそのお湯は使わねぇから、お前が使えよ!」
ああ、何やってんだ私は。
「リリス、」
「な、なんだよ?」
「ありがと」
そう言ってチュチュは手の中のお湯をパシャッと、自分の顔にまぶした。
それを見届けて、水車小屋へ入ろうとした時、
「リリス、」
「あぁ? まだ何か?」
チュチュは、再び水車小屋の水に手を伸ばし、せっかく温まった手をまた氷漬けにした。
「シヴァたんのぶんも」
冷たい水を手に溜めて、私の前に持って来る。
「………だーっ! もう面倒くせぇ!
“我ここに望む 全てを我の手の中に この水の温度を上げよ”。
そのお湯、シヴァにぶっかけて叩き起してこい!」
私が水車小屋の扉を乱暴に開き道を開けると、チュチュはコクリと頷いて、小屋の中へと駆けて行った。
シヴァは木魔法の迷宮、通称ヘルガーデンに住み着いていたロリモンスターだ。
こいつは本当にモンスターで、情緒不安定をこじらせると魔法が暴走する病み幼女。
この前も自ら発動させたバラのツルを操る木魔法で、私だけでなくシヴァ自身も捕まり、エライ目に遭った。
魔力コントロールが下手くそすぎるシヴァだが、魔力量はチュチュ同様、バカみたいにあるからそういう点でもモンスターで厄介だ。
チュチュとシヴァ、片や“攻めの姿勢”で自爆するし、片や“病み”で精神崩壊して暴走するし、姉妹揃ってとんだ暴走族だ。
「リリス、」
両手にお湯を溜めたまま、チュチュが戻ってきた。
「どした?」
「シヴァたん、藁の中にフワフワいっぱいで寝てて、見えない」
「なんだと!?」
フワフワ? 木魔法でワタ植物でも生やしたのか? あいつ一人だけ!!
水車小屋へ飛んで入り、シヴァの寝床となっている藁山を漁ると、思ったとおりワタ植物で繭のようなベッドが作り上げられていた。
「おいコラ、シヴァ! てんめぇ、一人だけグッスリ寝てると思ったらこんな良いベッド作ってやがって! ズリぃぞ! 出てこい!」
ムカついたから、ワタをむしり、ブチブチとベッドを破壊した。
すると出てきた、青緑色の癖毛に、妖精の羽が生えた幼女。
コイツがシヴァ。指なんかくわえて、汚ぇ。
「チュチュ、そのお湯ぶっかけろ!」
「リリス、もうお湯全部落ちちゃった」
せっかく私が作ったお湯は、チュチュの手を温めるだけに終わった。
「シヴァたん、おっきして」
まだ少し濡れた手で、シヴァの肩を揺さぶるチュチュ。
シヴァの動きにあわせて金色の粉が舞う。
「んっ……んー、あともう少し」
定番の二度寝ゼリフ、あともう少し。だが、私は知っている。その、あともう少しの少しは、少しではないことを。
「やい、シヴァ! おまえ、一人だけこんないいベッド作ってやがって、私たちはスッカスカの藁しかねぇってのに!」
私が怒鳴ると、シヴァはうるさそうに耳を塞いで丸くなる。
「おかげで私は寝不足だっ!
罪悪感とか感じねぇのか!」
「リリス、寝不足なのに元気」
「チュチュは黙ってろ。なんとか言ってみろシヴァ!」
怒りに任せて大量にあるモッコモコのワタをムチャクチャにむしり取り散らかす。
やべ、散らかしパーティーちょっと楽しい。
すると、シヴァがめそめそと泣き出した。
「ふぇっぐ……ぐすっ、こ、これ本当は君たちに作ったワタだったんだよ? ボクだって、君たちにベッド作ってあげたかったよ? でも……」
「でもなんだ?」
「でも、昨日の夜、ボクが声をかけようとしたら君たち、チューしてるんだもん、声かけられないよ。それこそ、罪悪感だよ」
うぐっ……!!
「リリス、昨日の夜は激しかった」
「こらチュチュ変な言い方するな!
シヴァ、あれは呪いを止めるための儀式みたいなもんだって説明しただろ!
変な意味じゃねぇ! 私はお前も含め、女が大ッ嫌いなんだ!」
「えっ、ボク、嫌われてる? 君、ボクのこと、嫌い? 君、ボクのこと嫌い……嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い………」
あぁ、また病気が始まった……
「あーもう、面倒くせぇからお前はもう一回寝てろ!」
千切ったワタをテキトーに集めて丸め、ラリった目をしたシヴァにぶっかけた。
「はい、おやすみまた来年!」
しっかり藁も被せ、完全にフタをする。
まったく、世話の焼けるやつだ。
──きゅるるるるぅぅ……
「はぁー、シヴァが正常になるまで朝食にも出かけられねぇってのに、腹減った。なんか食べる物持ってなかったっけか?」
「リリス、チュチュもおなか減った。フェルのパンケーキ食べたい。甘いのがいい」
フェルは、ヘルガーデンで友達になったウロコ蛇のことだ。
確かに、あいつのパンケーキは美味かった。
けど、フェルは今ここにいない。
「んなこと言ってもなぁ、フェルはいねぇし、甘いものもこの世界ではなかなか……あ、」
そーいえば、ずっと忘れていた。
まだ荷物を整理していないから、私のリュックの奥底にヘルガーデン第三フロアで拾ったアレがあるはずだ。
「ちょっと待ってろ」
リュックのフタを開け、私愛用の盾をどかすとアーモンド形をした黄色い木の実が出てきた。
一見これは、カカオの実。
チョコレートの材料になるアレだ。
だがこれは似てるが少し違う。
「チュチュ、これ飲んでみろ」
ヘタの部分をパキッと折ると、少し穴が空いて中の茶色い汁が見える。
「なにこれ?」
「これは、ココアの実だ。
ヘルガーデンでドゥとディスと食料調達に山へ入った時に拾ったんだ。
覚えてないかも知んねぇけど、お前ココアが好きだったんだぜ?」
ふーん、と鼻を鳴らしながら続いてココアの匂いをかぐチュチュ。わざわざ嗅ぎにいかなくても甘い匂いがプンプンしているのだが、半年より前の記憶が無いチュチュからしたら初めて見る得体のしれない茶色い液体。
しかも、毒性植物が多く生育するヘルガーデンでの拾い物と聞かされたら躊躇するのも無理はない。
いらないと言われればそれまで。チュチュに一度やった物を私が飲むのも嫌だし、土にでも埋めてみたらまた生えてくるだろうか?
「リリス、これ温めたら美味しそう。あっためて」
攻めるな、おい。
「ん、まぁホットココアは普通に美味いからな。けど、ここは乾燥した藁があるから“温度操作”は外でやろう。万が一にでも火事になったらシャレになんねぇからな」
そしてまた外に出て凍えながら少し歩く。
村はずれにあるこの水車小屋の近くには、住居はおろか人っ子一人いやしない。
村と反対側には、なんとも殺風景な景色が広がるのみ。
そこの岩に腰掛け、チュチュは早く早くと言わんばかりに足をパタパタ遊ばせる。
「よし、じゃあしっかり持っておけよ」
「うん」
今日は大活躍だな、“温度操作”さん。
「“我ここに望む 全てを我の手の中に このココアの温度を上げよ”」
ココアの実がいい感じに温まったのか、さっきより甘い匂いが強くなった気がする。
チュチュはいつも無表情で、私はこれまでこいつの笑った顔を一度も見たことがない。だが長い間一緒にいれば、こいつが今、少し嬉しそうにしていることくらいは分かるようになった。
「リリス、」
「なんだ?」
「ありがと」
「おう」
ココアの実はコップ一杯程しかココアジュースが入っていない。
だからこれはチュチュの分。大事に取っておいてやったんだから、味わって飲んでほしい。
実を傾けて、中身を飲み干すチュチュ。
ココアはチュチュにとって思い出の飲み物。
チュチュがまだ008と呼ばれていた頃、チュチュ達ロリの命の恩人、リヒトとチュチュが夜な夜な楽しんで飲んでいたココアフロートは、言わばリヒトとチュチュの思い出の味。
まっ、それも完全に忘れちまっているから思い出もくそもねぇんだろうけど、コイツの冒険者カードに、チュチュの代名詞が「ココアフロート系女子」なのは、あの鬼死女神のささやかな気持ちなのかもしれない。
「どうだ? 美味いだろ」
しかし返事はない。
チュチュはなぜか俯き、顔が見えない。
「チュチュ、どした?」
その時、
──ドクンッ!
……!?
チュチュの体が大きく波打ち、空っぽになったココアの実がコロンッと地面に転がると同時にチュチュがフラッと倒れる。
「お、おい!?」
まさか、毒でも入っていたのか!?
いや、そんなはずはない。
ディスが毒のモノを間違えて私に渡すはずは無い。
だったら、チュチュのこれはなんだ?
嫌な予感がする。
「チュチュ!」
地面に転がったチュチュを抱き起こし、その顔を見ると、死人のように真っ青で虚ろな目をして、遥か遠くを見ていた。
「チュチュ、しっかりしろ! チュチュ! チュチュ!」
この感じ、覚えがある。
前に、私たちがヘルガーデン第二フロアの巨大馬鹿カエル、キングと戦った時もチュチュが沼の底に沈んで、いきなり現れたかと思いきや、こんなふうな目をしていた。
そして、謎の魔法を使ってキングの片足が灰となり、私たちは命からがら次のフロアへと逃げたのだった。
「……まずい!」
グッタリとしたチュチュの体から水色の魔法陣が現れ光を放つ。
その光は瞬時にして強くなり、そして……
「うわあああぁぁぁ……!!!」
私の意識を奪っていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──んんっ……
人の気配。それも、かなりの数。
硬い地面。どこかで誰かのスマホが鳴っている。
──ん? スマホ?
「はっ!」
目を開けると、道を行き交う何百人もの人。
歩道を作っているのは、鏡張りにも見えるピカピカの高層ビル。
車道にはこれまた何百台もの車が列に並び、スクランブル交差点の信号待ちをしている。
ん? スクランブル交差点?
「って、東京!?!?」
はね起きると、私はスクランブル交差点が見える道のど真ん中に寝っ転がっていたらしいことが判明した。
鮮やかなオーナメントが施された街路樹、
甘い匂いが立ち込めるケーキ店、
スーツ姿の人々、
ローリアビテとは全く違う景色、
倒れている私を道行く人々は片っ端から素通りしていくリンゲルマン効果。
間違いねぇ、ここは私があの鬼死女神に殺されるまで、引きこもりゲーマー生活を立派な男として生きていた世界、東京だ。
いや、待てよ?
そーだ、きっと私は殺されてなんかいなかったんだ。
ローリアビテでの出来事はぜーんぶ夢だったんだ。
そう考えれば全て上手くいく!
「なーんだ、あれは全部夢だったのか〜。
いやぁ〜、この上ない悪夢だったなぁ〜。
私が女になる? そんで女とキスしなくちゃ胸がデカくなる?
はっ、ありえねぇ。あーよかったよかった、全部夢で!
私が女になるなんてありえねぇもんな。おっと、この私ってのもやめよーぜ、女臭い。そんで名前は……あれ? なんだったかな、頭でも打ったか?
××の名前……、まぁそのうち思い出すだろ!」
……ん?
「お、おいまさか……」
ま、まさかな。き、気のせいだよな?
よ、よし。試しにまたあれやってみますか。
××××詐欺! ××強ぇ! ××ガイル! カフェオレ!
あ、カフェオレは言えるのね。
うぉぉぉお!
デジャブゥゥゥウウウ!!!
「はっ!」
髪をかきむしると、絡みついてくるピンクの髪。
恐る恐る、ビルに映る己が姿を視界に捉えると、そこに映っていたのはピンク塗れの幼女、ユリ・リリスだった。
「ノォォォオオオ!!!」
愕然とした。せっかく全て夢で、××は男のままだと思っていたのに。
あっ、鬱陶しいから××は私に戻そう。
フッ……上げといて落とすとか、一番やっちゃいけねぇやつだろ。
あー、泣きたい。本気で泣きたい。いっそ泣くか? そりゃいい、泣いて喚いて、女の醜態を晒してやろうぜ。
「お嬢〜ちゃんっ、こーんなところで何してんの?」
あ、男性の方ですか。羨ましい。ってか、お嬢ちゃんって誰だ? 私か。
「何この子、スッゲー可愛いじゃん!
ねぇねぇ、きみ見たところ小学生だけどさ、学校はサボり?
だったら、お兄さんたちと遊ぼうぜ」
可愛い……だと?
私を女扱いしやがって、フザケてやがる!
「あっ、結構です。私、忙しいので。じゃ」
面倒なことにならないうちに、このチャラ男たちとはオサラバしておいた方がいい。
そう思って彼らに背を向けた時だ。
「えー、そんなこと言わないでさ、今日はハロウィンだし、パーッといこうよ、パーッと!」
ハロウィンだからパーッといくなんて理屈はもと引きこもりの私には通用しない。
けど、そんなことはお構いなしに一人のチャラ男が私の腕を掴んできた。
「や、やめてください!」
「いーじゃん、こんなに可愛い子めったにいないわー。お兄さん、君のことスッゲー可愛がってあげるからさ、ね?」
だからそれが嫌だっつってんだろーが!!
「いや! お願いだから離してください!」
クソッ、幼女の体じゃあ振り切れねぇ。
かわす事なら、トロワに習ったからある程度うまくできるが、一度掴まれたら今の私ではなす術がない!
「あの、その子嫌がってると思うんですけど」
チャラ男の後ろから聞こえた声。
球世主!!
私のことを可愛いとかヌカすこのゲスどもから私を解放してくれるヒーローの登場だ!
チャラ男の背後に現れた私の救世主の姿を確認すると、透き通るような銀髪に、チュチュといい勝負の白い肌。青い瞳はキリッとしていて、目元だけ見るとかなりのイケメン。
だが、
「なになに、お嬢ちゃんのお友達?
こっちもスッゲー美人さんなんですけどー!」
「やばっ、天使が二人もいるなんて、最高じゃん!」
「ねぇねぇ、そっちのお嬢ちゃんも俺らと遊ぼうよ!」
そう、私の救世主はヒーローではなく、ヒロインだった。
銀髪碧眼、はいはい、超絶美少女ってやつですね、全く興味がない。
どーでもいいけど、お前もガキなら出しゃばって来ないで警察でも呼んできてくれるかなぁ? もちろん、ポリス“マン”で!
「いや、私たち修学旅行中で、もうすぐ集合時間なので先生に連絡しないと。
でも、どーしてもお兄さん達が私たちと遊びたいって言うなら、先生にそう連絡しますけど?」
笑顔だけど、その後ろに見える黒い影。
“先生”という言葉に怯んだのか、はたまたその幼女の得体の知れない威圧感に気圧されたのか、チャラ男たちは私の腕掴んでいた腕を離した。
「い、いやぁ、俺たちも実は用事があるの今思い出したわ」
「そ、そーだな。俺ら忙しかったわ。じゃ、じゃーねー、お嬢ちゃんたち」
チャラ男たちは、尻尾を巻いて逃げていった。
「ふぅ、危なかったね。大丈夫?」
長い銀髪をなびかせて、ニッコリと胡散臭い笑顔を向けてくる女。
チッ。
「ご親切に助けていただきどうもありがとうございました、じゃ」
さて、どこへ向かったらいいものか。
元家はここから結構遠いし、そもそもこの姿の私が行ってもただの不審者になるだけだし、うーん、この後どうしたものか。
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待って!」
まだ何か?
私に駆け寄って横を歩いてついて来るこの女を、明らかに嫌そうな顔で見てやる。
目が腐りそうだが、見てやる。
「こんなところに女の子が一人でいるなんて危ないよ。途中までついていってあげるから。どこに行くつもりだったの?」
「あ、そういうの良いんで。じゃ」
歩く速度を更に速める。
「で、でもまださっきの奴らが戻ってくるかも。こんな大通りにいたら君みたいな子はまたすぐナンパされちゃうと思うけど?」
「じゃあ裏通りを歩きます、じゃ」
くるッと九十度方向転換して、細い裏道へと入っていく。
これで文句なかろう。
ったく、これで付いて来たらストーカー被害届を出してやる。
「まっ、まって!」
おまわりさーん、こっちでーす。
「もう! 何なんですか……って、うわぁ!」
速歩きからの急停止。振り返った私の目の前に、勢い余って飛び込むように迫ってきた、吸い込まれそうなほど青く澄んだ瞳。
私はこの銀髪女に不覚にも押し倒されてしまった。
「イッテテテ……」
今までローリアビテの、それもヘルガーデンの地面は緑豊かな地面だったから、久々にコンクリに背中を打ち付けて地味に痛い。
しかも銀髪女の分の体重もかかって、結構悶絶するレベルで痛い。
「いってぇな! なにしやがr……」
地面に押し倒された私。
その私の両脇に銀髪女は両手をつき、肘を曲げ、グッと顔を近づけてきた。
な、なんだ? こいつ、様子がおかしい。
「はあ……はあ……くそっ、こんな時に……」
「お、おい、お前大丈夫かよ」
はぁはぁと、熱い息が頬を撫でる。
潤んだ瞳は熱っぽく、さっきまでのキリッとした目とは打って変わって、とろけるような眼差しになっている。
銀髪女は更に顔を近づけていき、長いまつ毛が私のこめかみ辺りに触れたかと思うと、
「ヒィッ!」
私の耳を唇で挟んだ。
気がつけば両脚は絡み合っていて、胸と胸が触れ合っていた。
「君……すごく可愛いね。男たちが放っておかないはずだよ。でも、あんな野蛮な奴らに付き合うことはない。私が天国に連れて行ってあげるから」
えっ、待て。待て待て待て!
コイツ、女だよな?
んで、今の私の姿も女だよな?
はっ! まさか、こいつレズビアンかっ!?
「ごめん。強引にってのは好きじゃないんだけど……もう我慢出来そうにない。キス、するね?」
するね? じゃねぇ!!!
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょーっと待ったぁ!」
「待たない」
こいつ、マジだ! マジで女を愛す女とかいう、トチ狂った人種だ!
女が絡み合っている絵面なんて、地獄絵図! もし、万が一にでも今の私がその絵のモチーフになるような状況に陥っているとするのなら、なによりも優先させてその状況を速攻回避せねばなるまいっ!
「わ、私は男なんだァァァあああ!!!」
銀髪女の動きがピタリと止まった。
そして表情一つ変えずにパチパチと瞬きを二回。
「え? ……え? いや、でもどうみても体は女の子だと思うけど……」
そう言って私の胸元に視線を下ろす銀髪女。
「いや、マジで私は男なんだ。だからレズのお前のオカズにされる筋合いは無い!」
「れ、レズ!? 私が!?」
「……他に誰がいるって言うんだよ」
「いやいやいやいや! 私はレズなんかじゃないから! 確かに今はこんななりしてるけど断じてレズなんかじゃないから!」
さっきいきなり襲いかかっておいて何を言ってるんだ、コイツ。頭おかしくなったのか?
いや、すべからく女は頭のおかしな生き物なのだが。
「ん? 君……その瞳……もしかして……いや、でもそんな偶然……」
そして、突然ぶつぶつと呟き始める銀髪女。いよいよもってやべえなこれは。私はとんでもない奴に絡まれちまったらしいぞ。というかそろそろどけ。いい加減重いんだよ。
「あの、いきなり突拍子もないことを聞くようで悪いんだけど……君の外見、もしかして君はこの世界の住人じゃなかったりする?」
「……え?」
私の外見、つまりピンク。 こんなピンクの髪にピンクの目なんて小学生は、親がよっぽどギャルか頭をやっちまってねぇと、常識的にありえない。
けど、私はここにいるし、親は普通のサラリーマン。
ローリアビテでは目立たないこの見た目も、地球ではやや目立つ。
今日はハロウィンってさっきのチャラ男が言っていて、そのおかげなのか職質はまだされていない。小学生に職質するのかってのもあるが、今のところまだセーフ。
それで今こいつ、何つった?
口ぶりから察するに、コイツは私が異世界から来たことを見抜いている。
普通なら外国人だと予想するところで、コイツはいきなり異世界を視野に入れた物言いをしてきた。さっきも私の瞳から何かを"見た"ような気配を見せていたし……
それに、こいつの見た目は銀髪碧眼。そのくせにバリバリ日本人オーラを放ちまくっている。さっきから流暢に日本語を喋ってるしな。まあ、それを言うなら私も同じなんだろうけど。
あまりにも酷似している私たちの特徴。
加えて、さっきの質問を加味して考えると……
つまり……まさか、こいつも私と同じ異世界人?
「ってことはお前も鬼死女神コレーに殺されて女にされちまった男か!?」
「その鬼死女神ってのが誰なのかは分からないけど……そうだね。私も一度、死んで女になったんだ。ちなみに私はポンコツ女神のヘレナって奴に転生させられた」
ヘレナ? 知らない名だな。コレーじゃないにしても、そっちの女神もポンコツなんだな。
やばい、まさかこんなところでこの悩みを分かち合える奴と巡り会えるとは思っても見なかった!
私たちは組み伏した状態から起き上がり、話をすることになった。
「そうなのか! いやぁ、どこの女神もダメダメなんだな。でもまさか、お前が男だったとは。けど、だからってさっきの襲撃は私が女に見えて、お前の中身が男だからってわけじゃねぇだろ?」
「さっきの? あー……あれはね。実は私、転生した時に色々厄介な体質をくっつけられちゃって。さっきのはその影響なんだ。“色欲”って言って、可愛い女の子と一緒にいると、どうしようもなくむらむr……いや、ちょっと感情が暴走しちゃうんだ」
“色欲”? それで女の子に襲っちまうと?
それはなんと災難な!
「後はそうだね……見た目はこんなだけど、これでも一応私は吸血鬼なんだ。だけど、吸血衝動とかはないから安心して欲しい」
「まじかよ! 変な呪いをかける辺り、女神なんてみんな鬼だな。けど、吸血鬼ってのはちょっとかっこいいじゃんか。そこは素直に羨ましいぞ」
「まぁでも、吸血鬼としての呪縛は色々あるからね。今だってこうして私が日陰を選んで歩いているのもその一つ。吸血鬼は日光に弱いんだ」
「そうか。って、だったらその服、着替えた方がよくねぇか?」
銀髪女の格好は、肌の露出が多い灰色のローブっぽい服装だ。いくらなんでも軽装過ぎる。なんというかRPGの初期設定みたいな服だな。
ってか、私も初期設定のピンクワンピースになってるし!
いつの間に……
「確かにそうだね。今がハロウィンだからそれほどでもないけど、今のままだとお互い目立つだろうし……一緒に服を揃えられる場所を探そう。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。君、名前はなんていうの?」
来てしまった、自己紹介。
ローリアビテの世界では、このヘンテコリンな名前も浮かないが、ローリアビテ以外の異世界人から、しかも元地球人からしたら笑いものの名前だ。
リップ・チュチュの影に隠れることができない今、単品で私の名前を名乗るのは相当勇気がいる。
「ちなみに私は、ルナ・レストン。みんなルナって呼ぶからそう呼んで」
ルナですか。いいお名前で羨ましい。
「わ、私は、その……リリス。ユリ・リリス。」
「リリスね。改めてよろしく、リリス」
あれっ? 笑われていない?
感覚麻痺ってるのか? ま、まぁ、笑われないならよかった。
「じゃあ、適当にそのへんの店に入ってみるとしますか。行こう、リリス」
そう言って私の手を取ろうとするルナ。
けど、こいつの見た目が女である以上、私の体は拒否反応を示し続ける。
私が反射的にサッとルナの手をかわしたため、ルナの手は宙を切ってしまった。
「?」
キョトンとするルナ。
あぁ、これで見た目が男だったら……。申し訳無い、中身の男。
「は、走って行こうぜ。日光に当たる時間は短いほうがいいだろ?」
「え? ああ、まあそうだね」
「よし、レッツゴー!」
そして私たちは走り出し、近場の洋服屋へと駆け込んだ。
「ん? そーいやぁルナって金もってるか?」
冒険者カードは持っている私。
だが、その中にチャージされている金の通貨はコレイ。円じゃない。
「あ……しまった。そういえばそうだ。ああ、抜かったなあ。何か換金出来そうなものは……何もない、か」
しまったな。金がなくちゃ服が買えない。
ってか、このご時世、金がなくちゃ何にもできない。
「あの、お客様、」
ヒィッ! 最大の敵、アパレル店員!
やめろぉぉ! 私に近づくなぁぁ!!
「あ、あの、違うんです! お金が無いからって店の服をどうこうしようとしたわけじゃなくって、その、えっと……」
ルナが慌てて弁明している時もニコニコしやがってこの接客マスター。腹の底では何を考えていることやら。これは最大レベルの警戒が必要だ。
「あ、違うんですお客様。実はうちの店長がお客様たちのことを大変可愛らしいと言っておりまして、ぜひ店の女性服モデルになってほしいと。ほんの一時間ほどで構いませんので、お願いできませんか? 引き受けてくださるのなら、当店のお洋服を一式とモデル代を出させていただきます」
向こうでゴリゴリ系のオネエが両肘をついて、顎を手の甲に乗せてニコニコしている。あれがこの店の店長か。
「め……女神様!」
ルナがアパレル店員の両手を握りしめてそう言った。
ああ、こいつは女神だ。あの鬼死女神と同類だ!
私たちを可愛いとホザき、しかも女性服モデルになってほしいだ!?
どんな鬼畜バイトだよっ! ブラック会社めっ!
「もちろん、引き受けさせていただきます! いいよねっ、リリス!」
「へ?」
「まぁ! それは良かったです! てんちょ〜、オーケー入りましたぁー!」
ちょ、ちょっと!!
「まぁ〜♡ やったわね! それじゃあオネエさん、張り切って二人をとびっきり可愛くコーディネートしちゃうわね☆」
「うぉい!?!?」
「ささっ、試着室はこちらですよー」
「はい。よろしくお願いします」
「ル、ルナ!?」
「折角だからハロウィンカラーが良いわよね♡ ピンクちゃんにはオレンジワンピースなんてどうかしら? きゃっ♡ 絶対似合う〜♡」
「店長、こっちの子は昨日入荷したフードパーカー出してあげましょうよ! アクセサリも付ければ完璧ですって!」
「あ、フード付きは嬉しいです」
「そうよねー♡ ささっ、二人とも、急ピッチで着替えさせてあげるわよー!」
「ぎゃぁぁぁあああ〜〜……!!!」
「いやーん、照れちゃって、可愛い〜♡」
有無を言わさず私たちは初期設定の服をひん剥かれ、瞬く間に私はオレンジと黄色のワンピース、ルナはピンクワンピースに原宿系のフードパーカーという格好に成り下がった。
「囚人服……」
「何言ってるのさ、リリス。可愛いよ」
「てんめぇ、男のくせに馴染んでんじゃねぇよ……」
「無一文の状態から脱却出来るなら大抵のことは何でもやるさ。それに、このくらいなら特に嫌でもないしね。お、この服も可愛いな」
コイツ、適応能力高すぎだろっ!
これは明らかに向こうの世界でもっとヤバイ格好してたな。それこそメイド服とかでもない限りこんなに適応できないと思うけど、まさか、な……?
「ほら、リリスも早く諦めて、バイトに集中集中! あっ、いらっしゃいませー」
ルナに背中を押され、渋々私も接客を始める。
「きゃっ、何この子たち! 超ー天使なんですけど!」
「二人の写真撮ってもいいですか?」
「いいわけあr……」
「はいっ、もちろんです! さっ、リリス、もっとくっ付いて!」
「ぎゃぁぁぁ!!! 近い! やめろぉぉぉ!!!」
「こっちの子、超照れてるしぃ〜♡ 可愛い〜♡」
「はいっ、チーズ!」
地獄絵図が写真化された。
…… 一時間後。
「二人とも、お疲れ様! この一時間で服が飛ぶように売れて、大助かりだったわ! はいっ、これバイト代と、ボーナスよ☆」
店長は、そう言って私たちに金の入った封筒を渡した。一時間のバイト代にしてはかなり多い金額だった。
「こんなに、いいんですか?」
「いいのよいいのよ。あと、落とすといけないから、このリュックにしっかり入れておきなさいね。ラブリーな愛のハート型リュックよぉ〜♡」
よし、店長の愛はルナに任せた。私はそんなもん背負いたくはない。
「何から何まで、ありがとうございます!」
「いいのよ、こちらこそ今日は突然の申し出に応えてくれてありがとね。それじゃあ、ハッピーハロウィン☆*」
「ハッピーハロウィン☆*」
「……」
ほんっっと、馴染むの早ぇな。もう仲良くなってるし。
こうして私たちは新しい服、ルナはしっかり日光よけになるフード付きをゲットし、お金も円単位で手に入った。
「なぁ、折角こっちの世界に戻ってこられたんだ。ルナは何かしたいことあるか?」
街を歩きながら私が尋ねた。
「そうだなあ……あっ! 私、甘いものが食べたいかも!」
「甘いもの? へえ、意外だな」
「向こうの世界だと甘味ってなかなかないから。そもそも砂糖からして超高級品だし」
今朝のチュチュといい、ルナといい、女ってどうしてこう甘い物が好きなのだろう?
あっ、違った。ルナは男だった。
「まぁ、そうだな。いいぜ、甘いもんな」
「あっ! あそこにクレープ屋さんがあるよ! ハロウィン限定品アリだって! リリス、あれ食べようよ!」
ルナがはしゃいで指差す方に、ジャック・オー・ランタンの看板が掲げられたクレープの店頭販売店があった。
ハロウィン限定クレープは、二種類あるらしい。
「おう、クレープか。前世でもあんまり食べたことないし、いいぜ。食べようか」
「話が分かるじゃんっ! さすがはリリスっ!」
「へ?」
油断した。
ルナは私の背後からいきなり私に飛びつき、腰に細い腕を回すとギュッと私を抱きしめた。
「うぉおい!! やめっ、抱きつくな! はにゃれろぉぉぉ〜〜〜!!!」
何だコイツ細いくせに、意外と力が強い。
チュチュなら小指の先でも剥せるって言うのに、こいつテコでも動かないってくらいベットリしてきやがってぇぇ!!!
「はは、なに照れてんのよ。よし、それじゃあクレープ屋へレッツゴー!」
抱きついたかと思えば、走り出す。まったく、元気なやつだ。
「おい、待てって。そんなに走ったらフードが飛ぶぞ」
「だーいじょーぶ! それより、早く早く!」
仕方ないから、私も走ってクレープ屋の前にやって来た。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」
「えっと、ハロウィン限定のやつを一つずつください!」
あざといくらいの下から目線で、というかチビだから必然的に下から目線になり、嬉しそうに注文をするルナに販売員の女の目がハートになる。
「て、天使♡! か、かしこまりました、少々お待ちください!」
店員は、大急ぎで私たちのクレープを作り始める。
けど、ハロウィン限定のクレープは、イメージ写真を見る限り、なかなか時間がかかりそうだ。
一つは「ラブキャット・イン・ジャック」で、化け猫モチーフのクレープ。
もう一つは「マジックムーン・オブ・パンプキン」で、魔女モチーフのクレープだ。
「ねぇ、リリス! 私、ネコがいい! ネコ可愛い!」
「ん? ああ、私はどっちでもいいぜ。ってか、ルナはネコが好きなのか?」
「うん、大好き!」
うーむ。やっぱり、どこからどう見ても女にしか見えねーな。
ネコ可愛いとか、まぁ確かに私もネコは好きだけど、こいつのネコ好きには敵わなさそうだ。
「お待たせいたしましたー! こちらが“ラブキャット・イン・ジャック”、こちらが“マジックムーン・オブ・パンプキン”でございまーす!」
はやっ! えっ、クレープ生地ちゃんと焼きました? 注文してからまだ一分も経っていませんよ?
「はい、リリスのクレープ」
けどクレープ生地はまだ温かく、できたてホヤホヤなのは一目瞭然だ。
店員、張りきりすぎだろ。
私たちは、広場のベンチに座ってクレープを食べることにした。
「おおおおっ、このクリーム独特の甘さ! 懐かしいっ!」
「食いにくい……」
これ、どっから食うのが正解なんだ?
なんか、イメージ写真より盛り盛りな気がするし、ルナのクレープに刺さってるキャンディーはどう処理するんだよ? ガリガリ噛み砕くのか? やっぱり女は野蛮だな。
私の、えーっとなんて言ったっけ?
ムーンなんちゃらクレープは、砂糖菓子でできた月や星が、カラフルな生クリームに刺さっていて、ルナのやつに比べればまだ食べやすい方だとは思う。
「ねぇ、リリス。そっちのひと口くれない? そっちのも食べてみたくなっちゃって」
「は? お前、どんだけ甘いもの好きなんだよ。つか嫌だ」
いくらなんでも女の見た目をしたやつに、私の食いもんを齧られたくはない。
こっちも食いたいなら、新しいのを注文すればいい。
「私のもひと口あげるからさ。だめ?」
私がわざわざ空けたスペースをルナが詰めて、私の顔を見上げてくる。
やめろっ、そんな捨てネコみたいな目で私のことを見るなっ!
「……だーっ! 分かったから、そんな目で見るな! ほら、やるから食え。こぼすなよ?」
私はクレープを片手に持ち替えてルナに差し出し、空いた方の手でルナのクレープを預かろうとした時、
「ありがとう、リリス! それじゃひと口……はむっ」
「ちょっ!!?」
ルナは手ではなく、口を私のクレープに持っていき、私の手からクレープを頬張った。
「んー、こっちも美味しいっ! ん? どうしたのリリス? 顔赤いけど?」
「な、なんでもねーよ! ってか、ちゃんと自分で持って食え!」
「えー、いいじゃん別にー。あ、次は私のあげる番だね。はい、あーん」
ほんっっと、こいつぅぅぅ!!!
無神経なのか能天気なのか考え無しなのか!?
「い、いらねぇよ! クレープ食べたかったのはお前だろ? だったら全部残さず食えっ」
「あ、あれ急に機嫌が悪く……何か気に障ったならごめんね?」
人の気も知らないでこいつ……まあ、素直に謝ってくるあたり悪いやつじゃないんだろうけど。
しかし、本当に見れば見るほど私とは正反対のタイプだな。私とほとんど同じ境遇だってのに。出会ってからずっと振り回されっぱなしだぞ。
けどまあ……嫌いじゃない。
まっ、中身が男なんだから、嫌いじゃないのは当たり前か。
だがいったい、なんでコイツは女なんかに、しかも吸血少女なんかにされちまったんだろう? かわいそうに、お前の辛さを半分でも分かってやれるのは私だけだ。
私は女にされて良いことなんて一つも無かった。むしろ、女が寄ってくるようになって最低最悪女地獄。
あー、早く男に戻りてぇー。
女嫌いは男に戻りたい!
吸血少女も男に戻りたいに違いねぇ。
「なぁ、ルナは男に戻りたいか?」
「突然どうしたの? そんなの当たり前。はやく男には戻りたいに決まってる。けど……」
「けど?」
ルナはクレープの中に刺さっている青いキャンディーを見つめながらフッと優しい笑みを浮かべる。
「今はそれ以上に大切なことがある、かな。もちろん男に戻りたいって気持ちはあるし、当初の目的を忘れるつもりはないけど……今はあの子達と一緒にいてあげたい。大切な人たちなんだ。私にとって」
その目は真っ直ぐ、前を向いていた。
ルナの大切な人たち、か。いったいどんな人なんだろう? きっと、強くて、優しくて、いいやつなんだろうな。
前世の記憶が残ったまま、異世界に放り出された私たち。
最初、私は一人で粋がって、孤独で、それでもいろんな人に支えられ、ここまで生きてきた。
それはルナも同じだろう。
そして、その中の誰かがルナの大切な人になったんだ。
私にも、ローリアビテで大切な人はできるだろうか? あるいはもう……
「リリスは?」
「え?」
不意打ちな返しに、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「リリスは男に戻りたい?」
私が男に戻りたいかどうかなんて、決まってる。
「当たり前だ。一刻も早く男に戻って、この呪われた体とオサラバしてやる!そんでもってあの鬼死女神を千発殴る! それが私の目標だ!」
「おおー、いいねいいね。目標があるってのは良い事だよ。でも、女の人をあんまり殴っちゃ駄目だよ?」
「いーや、あの鬼死女神には千発でも足りねえくらいだ」
コレーの犯罪履歴をルナに是非とも語り聞かせたいところだが、あの鬼死女神が私にしでかしてきた非道の数々はいくら時間があっても語り尽くせない。それほどまでにアイツは凶悪犯罪者だからな。
「でも、この体になったからこそ分かるものってのもあるよね。女性特有の辛さとか、大変さとか。さっきみたいに街でナンパされるなんて男の時はなかったことだし」
「ああ、さっきのはなかなかレアな体験だった」
もうあんな体験は二度と御免だが。
「そう考えると、この体になったのも悪くはないかなって。色々勉強になることもあるしね。戻れないのが問題なだけで」
「お前……なかなかポジティブだな。私にはとても良かったなんて思えないぞ」
天地が何回ひっくり返ったらルナのその発想に至るのか。
たとえ百回死んでも私には到底出てこない発想だな。
「それに……この性別だとどうしても女と一緒に行動することになるってのがなあ……」
「ああ、それだそれ」
ルナがクレープの最後の一口を飲みこんで人差し指をピンと立てる。
ってか、食うの早えな。
えっ、いつの間に食ったんだコイツ!?
ま、まぁそれは置いておこう。
この性別だとどうしても女と一緒に行動しなきゃならない。
女が半径一メートル以内にいるだけでも悪寒がするっていうのに、私の周りは女だらけ。
私の体が女だからって、風呂まで女と一緒に入れられちまうんだから、こっちは卒倒するってーの!
そんな私の気持ちなんて誰も理解しようとしないし、できるわけがない。
だがしかし! 今ここに私の理解者が現れた! 私は今、感動している!
「おお、お前も分かってくれるか! この気持ちを!」
私と同じ境遇であるルナにしか分からないこの苦痛!
女の体になっちまい、私の周りは女だらけ。
気色悪いったらありゃしない。
女体化した、それが一番の最低で最悪なところだ。
「勿論。というかその気持ちを理解できるのはこの世界では私だけじゃないかな」
「はは、確かに」
いやぁー、見た目は女なルナだが、コイツとは気が合いそうだ。
女の服に興味があったり、クレープ食べたいって言ったりしたから疑っちまったが、こいつは正真正銘の男だ。
女なんかにしておくのが勿体無い、男の中の男だ。
「ここでルナと会えて良かったよ。こんなこと、他の奴に言っても分からねえだろうしな」
「私も始めて本心を曝け出したような気分だよ」
「やっぱり色々溜まるもんな。女の近くにいると」
今まで何度、私の女に対する怒りゲージが溜まり、針がブッ飛んだことか。
本来ならその怒りは拳で発散したいところだが、いつも私の隣にいるのが、あのチュチュじゃぁな……
ヘタしたらチュチュの骨が折れて私が暴力殺人鬼にされちまう。そうなったら、いよいよ面倒事だ。
「はあ、ほんと女って……」
自らの悲惨を憂い、思わず溜息交じりになると、ルナも同感というように頷き、
「「最低(最高)だよな(ね)」」
「ん?」
「ん?」
共感してくれたと思って……首を捻った。
「んー? あれ? おっかしいな。聞き間違いかな? 今最低って……」
「え? いや、そうだろ? 女なんてろくなことしねえし。つうか、今お前、なんて……」
「「…………」」
聞き間違いではなさそうだ。
となるとコイツは……好き好んで女の中に身を置いているのか!?
「おい、お前それ本気で言ってんのか?」
ルナが牙でも生えてきそうな勢いで食ってかかってきた。
あれっ、こいつこんな口調だったか?
だが、今更ちょっと口調を強くしたくらいで怯む私じゃない。
「当たり前だ。というかお前こそ正気か? あんな歩く害悪生物と一緒にいて最高? ちょっと何言ってるのか分かんねーな」
「てめえ! 男のくせに女の子を歩く害悪生物だと!? 男としての尊厳はねえのかっ!?」
はっ? 男の尊厳?
聞いて笑わせられらァ!
「ひらひらスカート履いて喜んでるような奴に男の尊厳どうこう言われる筋合いはねえ!」
「誰も喜んでねえよ!」
嘘つけ、なーにが喜んでねえだ! おもっクソ女モンの服見て可愛いとかぬかしてやがったくせしてよ!
クソッタレッ、あったまキタ!
もう、こいつにはガッカリだ。
「やっと……やっとこの苦労を分かってくれる奴が現れたと思ったのに……っ」
裏切られたショックで、拳が震える。
もうダメだ、ルナは男の中の男じゃない。見た目と同じ、中身まで害悪生物の女と同類だ!
そんな害悪生物のルナが私に歩み寄ってきたもんだから私は反射的にルナの手を払った。
「近寄んなっ!」
クソッ、クソッ!
もうお終いだ。私の体が完全にルナを拒絶し始めている。
「だ、大体お前だって可愛い服見て喜んだり、甘いもの好きだったり、男ならもっと男らしくしろよっ!」
「はあっ!? 別に好きでもいいだろ、それくらいっ!」
「紛らわしいんだよ! 見た目だって無駄にゲームの美少女キャラみたいな形しやがって!」
「好きでこんな見た目になったわけじゃないっての! つか、それはお前も一緒だ!」
最早、ただのブーメランの応酬となりつつある口喧嘩。
出会った時からコイツはこうだった。逃げる私をしつこく追い回しただけに留まらず“色欲”だかなんだか知んねぇけど、女の形で私を押し倒してきやがってマジでムカつく女だった!
「というか、なんでそんなに女嫌いなんだよ! 女の子は守ってあげるのが男の使命ってもんでしょうが!」
「知るか! なんで私がそんなことをしなくちゃなんねーんだよ! 女なんて放っておいてもしぶとく生き延びるわ!」
ぎゃーぎゃーと醜く言い争いを続ける私たち。
だが、その意見はどこまでも平行線をたどり、決着なんてつきそうもなかった。
「はあ……はあ……くそっ。このまま言い争ってても仕方ない。おいリリス! これからどっちの意見が正しいか勝負をするぞ!」
「はあ? 勝負だって? それは良いがどうやって決着をつけるつもりだ?」
「お前は女の子は放っておいてもしぶとく生き残るって言ったよな。なら、女の子の世界がどれだけ危険なのかってことを教えてやる」
コイツいきなり何なんだ?
自信満々な顔が腹立つし、女の世界が危険だ? それを私に教えるだ?
どうするつもりか知んねぇけど、やれるもんならやってみろ!
「これから私は大通りでナンパされるのを一人で待つ」
……ふぁっく?
「……頭大丈夫か?」
「良いから聞け。いいか? 恐らくこの時期はイベント関連で女の子に声をかけようと狙ってる奴がいくらでもいるはずだ。さっきだってそうなったしな」
「ああ、そういえばあったな。そんなことも」
そんな話は、当の昔に黒歴史の闇に葬りさられた。
今更掘り返さないでもらいたい。
「そこでだ。私は普通の女の子を装い、ソイツらに敢えてナンパさせる。私ほどの美人なら奴らもそう簡単に逃がそうとはしないだろう」
「さらっと自画自賛したな、お前」
「そして、それからどれだけの危険が訪れるかで勝負を決する。私の予想なら、ちょっとR18でないと描写できないような事態になるはずだ。エ○同人みたいに」
「……やっぱり、頭大丈夫か? 色々と」
幼女の見た目でとんでも発言を口にするもんだから、こっちがギャップについていけない。
しかもそんな展開を自分に期待しているとなると、もう私の手に負えない。
「良し、」
なにが良し、だ。なにも良くない。
「それなら……んっ、んんっ。早速始めましょう」
あ、こいつ口調を女に戻しやがった。男のくせに女口調を使うとか、プライドねぇのかよ。
「止めはしないけど……本当に大丈夫か? というかそもそもそんな簡単に相手が釣れるか?」
「そこは任せなさい。私は前に拉致されたこともあるからね」
その自信、どこから来る。
ってか、待て、
「いや、全然大丈夫じゃねえだろそれ!? えっ!? 拉致!? マジで!?」
驚く私にルナは、何を当たり前のことで驚いてるのよ? とでも言いたげな顔をしている。
いや、普通に驚くからそれ。
「良し、行くわよ」
拉致られにか!?
……じゃないじゃない、ナンパされにだ。いや、それもおかしいけど。
けど、これからナンパされに行くってのにその意気込みは何なんだ。
「えっ、ほ、本当に行くのか? なんだかすんごい心配なんだけど……」
「大丈夫だって。忘れたの? 私は吸血鬼よ? それに言ってなかったけどこれでも魔術師の端くれだから、その辺の一般人に遅れは取らないわ」
「いや、それはそうなんだろうけど……」
魔術師なのはいいが、大丈夫かよ?
いざという時、私の魔法のレベルじゃあ助け舟を出せねぇぞ?
なんだか物凄く心配になってきた。
「そんなに心配なら近くで見てなさいよ。まあ、十中八九私の読みどおりになると思うけどね」
R18でないと描写できないようなエ○同人みたいな事態になるってか?
「……不安だ」
そうして私たちは移動を開始することにした。
駅前に辿り付いたルナは日陰になってるベンチを見つけると、そこに一人で腰掛ける。
私は近くの木の陰からその様子をうかがうことにした。
ったくルナのやつ、何を考えているのやら。危険と分かっててその火に飛びいるヤツがどこにいる?
そもそも、声をかけてくる男がそう都合よく現れるわけ……
「あれ? もしかして君一人? 彼氏にでも振られちゃった?」
来たぁぁぁっ!?
えっ、いくらなんでも早すぎるだろ! なんなんだよアイツ! ハニートラップの特殊能力でも持ってんのか!? そんなの聞いてねぇぞ!?
「え、えと……あはは。ちょっと道に迷っちゃって」
なーにが、道に迷っちゃって、だ。
お前が見失ってんのは道じゃなくて自分の方向性だろっ。
「それは大変だね。良かったら近くまで送ってあげようか? ちょうど俺達も移動するところだからさ」
は? 俺達?
「え? 俺達?」
「うん。ほら、あそこの車」
男が指差した方向に視線を向けると、そこには……
「ほら、あそこの白いバン。見える?」
ハイエースだぁぁぁぁっ! 誘拐車の御用達、ハイエースじゃねぇかぁぁぁぁっ!
ま、マジかっ!? まさかいきなりこんな大物に当たるかアイツ!?
「あー。で、でもどうだろ。ちょっと遠いから迷惑になるかも、なんて?」
なにヘラヘラしてやがるっ。とっとと逃げろよ!
「大丈夫。大丈夫。俺達やさしーから。退屈しないように相手してあげるし」
その言葉がもう大丈夫じゃねぇぇぇぇ! やさしーとか相手してあげるとか、もう卑猥な方の意味でしかないだろこれぇぇぇぇ!
「ほら、行くよ。急いで」
あんまり周囲の人間に見られたくないのか、男はルナの手を掴むとぐいぐいと日向へと引っ張っていく。
こ、これはもう私が出ていったほうがいいのか!? ルナは魔術があると言っていたが、何でとっととそれを使わねぇんだ!?
ああもう見てらんねぇ! 私のヘッポコ魔法、ファイアーサークルでもここは魔法の無い地球。威嚇くらいにはなるだろう!
「“炎の精霊 我の側に 具現化し 離れること無かれ”!」
……
「あ、あれ?」
炎が出ない?
失敗したのか? もう一回!
「“炎の精霊 我の側に 具現化し 離れること無かれ”!」
……
ま、まさかこっちの世界って魔法が使えねぇのか? だとしたらヤバくねぇか!? ルナのやつ、めっちゃ魔術を当てにしてたけどアイツもこっちじゃ魔術を使えねぇんじゃないのか!?
魔法は使えなくても、吸血鬼の性質は残ってるみてぇなこと言ってたから、魔術が使えなくて日向に連れて行かれた今、アイツはその辺の女なんかより弱ぇんじゃないか!?
「ほら、すぐに連れて行ってあげるからね」
「ちょっ、ちょっと待っ! は、離してっ!」
これはいよいよヤバイやつだ!
私は木陰から飛び出し、一直線に車に向かって走るが……
「……ちっ、急げ! 車出すぞ!」
暴れだしたルナを数人の男が囲むと、あっという間に車の中に押し込まれて行ってしまった。
「ル、ルナァァァァ!」
いくら叫んでももう遅い。
ルナを攫った車は車道に乗り、みるみるうちに離れていく。
「クソッ!」
己の不甲斐なさに、拳を地面に叩きつける。
クソッ、クソッ、クソッ!
いったい私は何をやっていたんだ!
ルナは私に女の世界は危険だと教えるために自らの身を危険に晒して囮となった。
私はただルナが連れて行かれるのを傍観しているだけだった。
ルナが攫われたのは私のせいじゃねぇか……!
「クソッタレ、クソッ、クソッ、クソーッ!」
コンクリの地面が私の拳を傷つけ、痣と小さな傷をいくつも作っていく。こんな事をしたって無意味だと分かっていても、自分を傷つけずにはいられない。
「ヘーイ、オジョチャン、ソンナニブッタら、イターイデースネー! ナニカお困り?」
こんな時に、テンション場違いなんだよ外国人の兄ちゃん。
ナンパならもうたくさんだ。
悪いがいくら男でも、今は優しくしてやれそうにない。
「悪いがあっち行ってくんねぇか……? 私のことは放っといてくれ」
「そんなワケにはイーキマセーン! アナタ、困ってる。ワターシにアナタ、タスケさせてクダサーイ!」
困っている人を見かけたら、誰彼構わず助ける。はっ、そんな偽善で何が解決するっていうんだよ。お願いだからもう私に構わないでくれ……
「こんな私に親切にすることはない。兄ちゃんに私を助ける義理なんか無ぇだろ?」
私のこんな醜い女の顔を、誰にだって見られたくない。顔を上げることもできず、兄ちゃんが呆れて立ち去るのをただ黙って待つ。だが……
「ワターシ、ニホンに来て初め、道がワカラナーくて、ケド、その時ニホンジンのお兄サンにとってもシンセツしてもらったネ! だから今度はワターシの番ネ!」
ケッ……気まぐれで人助けなんかしやがって。そういうやつはな、男にイイ顔して自己満足しているだけの偽善者で、助ける価値がなさそうだと判断したやつは道に捨てる。そういうやつに違いねぇんだよ。
……けど、道に迷っている人を助けるなんて、私なんかよりずっと立派じゃねぇか。
そんなやつの恩を私が受けるわけには……
「……って、お前はっ!!」
チラリと視界に入った外国人の兄ちゃん。
その兄ちゃんには見覚えがあった。
真っ黒い肌に派手な原色カラーの服。鍛え上げられたムキムキの体。ちょっと日本語が流暢になっていたから気が付かなかった。
この黒人の兄ちゃんは、私がまだ男だった頃に道に迷って困っていたラテン系ゴリマッチョだった。
「ワターシに、デキるコトなら何でも言ってクーダサーイ!」
運命だと思った。あなた以上の人なんてどこにもいないよ。
黒い肌とは対象的に白く輝く三日月形の歯に心奪われる。
私はもう、このラテン系ゴリマッチョから目を離せない。
もしこの奇跡の再会が神様のイタズラだと言うのなら、この世界の神様はなんて遊び心のある男なんだろう。
私が差し伸べられたゴリマッチョの硬くて温かい手を取ると、ゴリマッチョは優しく私を立たせてくれた。
「ほ、本当に? 本当に私のことを助けてくれるのか?」
「アタリマエデースネ! 任せてクーダサーイ!」
ゴ、ゴリマッチョォォォォ〜〜〜!!!
「頼む! 急いで今あの交差点を曲がった白いバンを追ってくれ! できるか!?」
「オヤスイゴヨーデスネー!」
ゴリマッチョはポケットから車のキーを取り出すと、道路脇に駐めてある真っ赤なスポーツカーの助手席に私を放り込んだ。
「フッ飛ばされないようシッカリ捕まっててクダサーイ!」
へ?
「うぎゃッ!」
シートベルトもしないうちから、ゴリマッチョはアクセルを目一杯踏み込んだ。
し、死ぬぅぅぅぅ!!
ま、待て待て待てマテ、マッてクーダサーイ! ココ、ココニホンネ! シカーモ東京ネ!!
ヒィィィィィィィ!!
魂が抜けた。どうやら私は天国行きのスポーツカーに乗せられたらしい。
「オジョチャン、白いクルマ、あのコージョーのナカ、入ってイッタネ」
「はっ!」
我に返ると、ゴリマッチョが今は使われていないだろう廃工場を指差している。その廃工場の周りには、土管やらクレーン機やらが所狭しと乱雑に並べられていた。
やべぇな、ここ。
雰囲気がもうここは拉致監禁施設ですって言ってるようなもんじゃねぇか。
男を危険に晒すわけにもいかないので、私はゴリマッチョに礼を言い別れ、それから物陰に隠れつつ廃工場に近づいた。
さて……いよいよこっから…………
………どうしよう。
ただの勢いで来ちまったぁぁぁぁ!
こっからどうすりゃいいんだよぉぉぉぉ!
えっ、なに? 私、何しに来たんだよ!?
一人で実戦の経験も無い私が?
こんな犯罪組織の根城に乗り込んで?
いったい何をするつもりだったんだよぉぉぉぉ!!
ゴリマッチョ、カムバぁーっく!!
「……って、泣き言ばっかも言ってらんねぇよな。女は放っておいても一人でなんとかなるって言ったのは私じゃねーか。しっかりしろ、私。
……って、しっかりしろぉぉぉぉ! 私は男だぁぁぁぁ!! うぉぉぉぉ!」
今ぜってぇ間違っちゃダメな所で間違えたぁぁぁぉ!
何やってんだ私ぃぃぃぃ!!
「はぁ…はぁ……はぁ………」
い、いったん落ち着こう。
騒いでも何もいいことはない。
とりあえず、中の様子が分からないことには手の打ちようがない。ドアにはもちろん内側から鍵がかかっていた。他にどこか中が見えるところは……
「……あれだ」
見上げると、廃工場の天窓が一箇所だけポツンと開いていた。
廃工場の屋根までは地面から三メートルはあるが、上手くクレーンを“ツタワタリ”して行けば、辿り着けるかもしれない。
「考えても仕方ねぇ」
私は周囲に誰もいないことを確認すると、近くのクレーン機をよじ登り始めた。
「うぉっと、」
海が近いのか、潮の香りがする風で錆びたクレーンが不快な音を立てながら揺れる。
下を見るな、前だけを見ろ。
ステンレスロープを伝って廃工場の屋根に着地する。それだけだ。
「よし、行くぞっ」
ロープを掴んで、足を離した後は、あっという間だった。
空中ブランコの要領で三つのクレーンを渡り飛び、音も立てず廃工場の屋根に着地。
うまくいったな。さてさて、中の様子は……
天窓から中の様子を覗き込むと、雑多で埃っぽい空間のど真ん中にポツンと両手両足を椅子に縛り付けられたルナがいた。
おっふ、まじかよ。まさかこんなに分かりやすい状態で監禁されているとは。けど、今ヤツらはここには居ないようだ。
にしてもルナのやつ、なんか一人でアワアワして、遠目で見ても慌てているのが丸分かりだ。少しは静かに助けを待てねぇのか、あいつは。
その時、廃工場の外から、数人の男達の気配がした。
マズイな、あいつらが来ると面倒だ。ヤツらに気づかれる前になんとかルナを連れ出さなくては。
「へっ、へるぷみーっ!」
廃工場じゅうに響き渡る、間抜けな女の悲鳴。
あのバカっ!
「……大声出してんじゃねえよ」
「え?」
「あいつらにバレるだろうが。声は抑えろ」
天窓から身を乗り出し、ルナの目の前に着地する。
「り、リリスぅぅぅぅっ!」
「だから声は抑えろって言ってんだろ!」
さっき言ったばかりなのにもう忘れちまったのかよっ!? ったく、みっともねえ声出しやがって。
「ご、ごめんっ。お前こそ真の男だった! 私が間違ってたっ!」
「今はそんなこと良いからじっとしてろ……良し、取れたぞ」
椅子とルナを縛る縄はほどけたが、ルナの両手首には鉄塊の手錠がしっかりとはめ込まれていて、こっちは流石に取れそうにない。
それより早くここから出なくては。こうしている間にもヤツらが来ちまうからな。こっそり脱出するには……あの天窓しか出口は無さそうだが、私たちが肩車しても届くことはないだろう。近くには足場になりそうなものもないし、そこから脱出することは出来なさそうだ。つまり……
その時、耳をそばだてていた、唯一の出口であるドアの向こうからヤツらの話し声が聞こえてきた。
「……ちっ、誰かこっちに来るな。おい、ルナ。お前もう動けるか?」
「大丈夫。手が塞がってるのだけが問題だけど」
ジャラっと、手首同士をつなげる手錠を引っ張って見せるルナ。
確かに、これでは両手どころかまともな戦闘もできなさそうだ。つまり私がコイツを守るしかない。
「良し……なら、強引に突破するぞ。ついて来い」
内側からドアノブの鍵を回し、いつでも飛び出せる態勢を整える。
強行突破。両手が不自由なルナを連れていけるか? けど、行くしかねぇ。いざとなったら私がルナを抱えて………いや、やっぱそれは無えな。
「……ごめん。こんなことに巻き込んじゃって」
ルナ……?
私の後ろで、震える声。
「あん? いきなり何言ってんだよ」
「いや、私があんな馬鹿みたいなこと言い出さなきゃこんなことにはならなかったから……だから……ごめん」
「…………」
確かに、今回の一件はルナの馬鹿な提案が原因だ。私に女の世界の危険を教えるために自分をエサにするとか、本当に馬鹿だと思う。
馬鹿で、考え無しで、脳内お花畑で、女好き。ほんと、ルナがあんなこと言い出さなければ……いや、そもそもルナと出会っていなければこんな事にはならなかった。
だけど……
「一回は一回だ」
「……え?」
「だから一回は一回。お前は私を最初に助けてくれただろうが。だからその借りを今ここで返す。それに……お前が言ったんだろうが。女の子を助けるのが男の役目だ、って」
「リリス……」
我ながら、なんともこっ恥ずかしい台詞を吐いたもんだ。女の子を助けるのが男の役目、か。まぁそれぐらいは認めてやってもいいかもしれない。
潤んだ瞳で、求めるように私の名前を口にしたルナは……
「いや、私は男だからね?」
「いま突っ込むとこはそこじゃねえだろ!」
コケルかと思ったわ! さっきの目は何だったんだよっ! 今は心底どーでもいいわっ!
「撤回を求める。私は囚われのヒロインじゃない」
「状況的には似たようなもんじゃねーか! こんなところでめんどくせーこと言ってんじゃねえよ!」
「なっ、重要なことでしょ! 私は男として生きているつもりなんだから、その立ち位置だけははっきりさせたい!」
「なら、こんなところで間抜けにも捕まってんじゃねえ!」
再び、ぎゃーぎゃーと醜く喧嘩をおっぱじめる私たち。そして、そんな声を聞きつけて男たちがすぐドアの向こうに集まって来ちまった。
「おいっ、こっちだ! 声がするぞ!」
「「あ、やべっ」」
とりあえず私たちは取っ組み合うのをやめ、
「仕方ねえ……行くぞ、ルナ」
「ええ。一瞬で終わらせてさっきの続きをしましょう、リリス」
「……まだやるつもりなのかよ」
「当然。私は男よ。その点を譲るつもりはないから」
「頑固な奴だよ……ったく」
お互いに軽い笑みを交わし、ドアを開けて部屋を飛び出した。
前方、およそ八人の男たち。
廃工場の周囲は相変わらず鉄パイプや巨大な機械。
その隙間を縫うようにして私たちは走り出す。
「ちっ! 抜け出しやがった! おい、さっさと捕らえろ! 絶対に逃がすんじゃねえぞ!」
男たちが私たちの前に立ち塞がる。
はっ、しゃらくせえっ!!
「女一人を誘拐するためにここまでするかよ。全くわかんねーな。その神経」
言葉の言い切りと同時に、男の拳を蹴り、そのまま男の鳩尾に深い殴打を叩きこんでやった。
その衝撃に男は膝を付き、倒れこむ。
相手が大の男だろーが、こんな陳家な奴ら、ミズタマやキングに比べれば何でもねぇ。こっちは何回死に目に遭ってきたと思ってやがるっ!
だが相手は複数人。私一人がまとめて相手をするには少し手数が多すぎた。私の手の内からこぼれた一人の男が、ルナに向かって襲いかかる。
(…っ、しまった!)
しかしルナは、その男の掌底を受け止めるとそのまま腕を絡めとり、あまりに華麗な飛び蹴りをお見舞いした。
な、なんだよコイツ。体術もなかなかのモン持ってんじゃねーか。ははっ、私が気負って守らなくても良かったかもな。
「ちっ……なんだ、こいつら……おいっ!」
一人の男がきらりと光るナイフを取り出すと、それに合わせたように周囲の男たちもそれぞれに武器を手に取った。はっ、遂に武器を手に取ったか。
「いいねぇ! そっちがその気なら相手してやろーじゃねーの。本気のケンカを楽しもうぜ!」
「……男の風上にも置けない下衆どもめ」
ん? 相手が武器を取り出した途端ルナのやつ、なんかスイッチが入ったっぽいな。
両手が使えないのだから、ルナには前へ出ずに自分の身を守ることに専念してもらいたい。私は、やりたいようにやらせてもらう!
「ハァっ!」
ナイフを持った男の突進を受け流し、首の後ろに鉄拳を叩き込む。
続いて鉄パイプを振り回してきた男の横薙ぎの攻撃を跳躍してかわし、着地と同時にガラ空きになった脇腹に頭突きをかます。
また違う男が、今度は素手で私を捕まえようと覆い被さるように向かってきたが、逆に男の両手を掴んで背負い投げしてやった。
私の背中を狙ってさっきの男が鉄パイプを振りかざす気配を感じ取り、その攻撃もサッとかわして肩の位置に来たそいつの顔面を思いっきり殴り飛ばす。
予想外の私の戦闘能力に怯む男たち。
「なんだ、もう終わりか? 数人がかりで私一人も相手にできないなんて、お前らとんだ童貞ヤローだなっ」
「なっ、なにを……このクソガキっ!」
こんな安い挑発に乗って、再び武器に力を込める男たち。
「へっ、そう来なくっちゃ。思う存分相手してやる。…………って、そっちの意味じゃねぇからな!? 言っとくけど私にそっちの趣味はねぇからなっ!?」
勘違いした男たちが私で童貞を卒業するために奮闘してもらっては流石に困るっ!
私は男! 私は女は嫌いだが、男同士でイチャコラする趣味は断じて無い!!
「へへっ、だったら全員まとめて相手してもらおうじゃねぇのお嬢ちゃん! お前ら、全員でヤッちまおうぜっ!」
「ちょっ、!? だから私はそっちの趣味は無いって言ってんだろうがァァァ!」
って、いうか挑発しすぎて男たちに変なスイッチが入っちまった!
ちっ……やるしかねぇみたいだな。全員まとめて地獄に叩きつけてやるっ!
と覚悟を決めたその時、
「くそっ、これでも食らえっ!」
背後で男の声がしたかと思うと、私の影の向きが変わるほどの強い光が背後で弾けた。
閃光弾? ……ルナっ!
「ぐっ、うああっ!?」
目をやられたのか、ルナは塞がった両手で両目を覆い悲鳴をあげている。
そこに、閃光弾を投げただろう茶髪の男がルナに向かってナイフを突き立てようとしていた。
「ルナっ! 危ねぇっ!」
「…………っ!?」
考えるより先に体が動き、私はルナと男の間に飛び出した。
ルナを狙ったナイフは私の肩から肘をザックと切り裂き、血飛沫と共にオレンジのワンピースを赤く染めた。
「っ!? り、リリスっ!?」
「うっ……」
ルナ、視界が戻ったのか。
よかった、見たところ怪我は無さそうだ。
「リリスっ!」
「だ、大丈夫。ちょっと肩を切られただけだ」
私に駆け寄り、心配そうに傷を見るルナ。
ったく、なんて顔してんだよ。お前が切られたわけでもあるまいし。
けど、ちょっとドジったな。こっからどうする?
焼けるような痛み。こっちの腕はもう使い物になりそうもない。
「ちょっとだけ、待ってて。リリス」
「……ルナ?」
私の前に軽く膝を付き、怪我している方の手を手に取るルナ。
そして……血に濡れる私の手を取り、その手の甲にキスをした。
まるで女王に誓いを立てる騎士のように。
「君はもう、誰にも傷つけさせたりしない」
そう言って立ち上がったルナの瞳は、私の血で染まる唇と同じ紅に光り、風と共に脱ぎ捨てたフードから現れた額からは二本のツノが伸びていた。
「る、ルナ……お前、その姿……」
「良かった。こっちはちゃんと機能してるみたいで。これで……リリスを守れる」
そこにただ存在するだけで近くにいる者を圧倒させる異端なオーラ。こんなの初めて見た、これがあのルナなのか……?
私のいま目の前に立っているルナは可愛らしいニンゲンの幼女などでは無く、美しく気高い生物史上最強の存在
「一瞬で、終わらせる」
──吸血鬼だった。
そこからは何が起きたのかよく分からなかった。
まるで静かな風のように動き出したルナが通った後ろに立つ男は一人もいなかった。
そして……
「ぐっ、く、来るなっ!」
最後に残った茶髪の男に、ルナはゆっくりと近づいた。
「な、なんだよお前……なんなんだよその姿はっ!?」
恐怖に叫ぶ男の悲鳴。その醜態を弄ぶようにニヒルな笑みを浮かべて近寄るルナ。
「ああ、これ? これはね……」
そして、ルナはゆっくりと男の額に手のひらを持っていくと、
「──コスプレだよ。吸血鬼のコスプレ。ほら、今日ってハロウィンじゃん? 折角のイベントは……楽しまないとね」
にっこりと笑みを浮かべると、白く細い指を弾き、男の額にでこピンを放った。
それだけで男は"縦に"一回転して地面に激突した。
静かになった工場内で、私はすべてが終わったことを悟った。
地面に横たわる男たちは皆、白目をむいていたり骨があらぬ方向へと曲がっていたりと悲惨な状態。数ヶ月はまともに歩けないだろうな。
そんなことを思いながら私はまだ吸血鬼姿のルナに歩み寄り、
「おい、ルナ」
「あ、リリス。傷の方は大丈夫……って痛っ!?」
「やりすぎだ。ちっとは手加減してやれ。男だぞ」
ルナの額にチョップを落として、溜息を漏らした。
ったく、こんな派手にやっちまってこの後始末はどうすんだよ。
「というよりリリスは早く治療しないと」
「ん? ああ、これくらい唾でもつけとけば治るだろ」
いっちょ前に私の傷の心配なんかしかやがって。ついさっきまで楽しそうに暴れていたのはどこのどいつだよ。
「というかさっきのあれ、何だよ。私はお姫様か?」
「あれって、ああ、あれ? いや、私を庇ったリリスと傷をみちゃったら冷静でいられなかったというか、その……勝手に血を吸ったりして、ごめんね?」
「何となく分かってはいたけど……やっぱり、あれ。そういうことかよ」
「め、面目ない……」
「まあいいよ。お互い無事に……ってわけでもないが、こうして帰れそうなんだし」
それにしても、今日はいろいろあって全部片すのに随分と苦労した。
まぁ最後は全部ルナに持って行かれちまったんだけどな。
小さな女の体をした、このルナ・レストンに。
「しかし……お前の言ってた通りだったかもな」
「え? なにが?」
「だから、女の世界には危険がいっぱいだってこと。今回は私達だったから良かったけど、これがもしアイツと一緒だったら……」
ふと脳裏に映る、水色の細い影。今回もしも誘拐されたのがチュチュだったら私はいったいどうなっていただろうか? 考えようとしただけで、胸がざわついた。
「……でも、それを言うならリリスの言ってたこともじゃない?」
「ん? どれだ?」
「いや、女は勝手に自分で何とかするってこと。結局、こうして女だけで何とかしちゃったわけだし」
「おいおい、お前は男なんじゃなかったのかよ」
「中身はね。でも体は可愛い女の子なんだから」
「可愛いは余計だろ。自分で言うか、それ」
まったくルナらしい。ま、実際正しいのだからなんとも言えねぇのだが。
「……ん?」
「お?」
そして、私達は同時に気付いた。私達の足元にそれぞれ光る水色の魔法陣がゆっくりと現れだしたことに。
これは………チュチュが呼んでいる。そんな気がした。
「……どうやらお別れらしいな」
「……だね」
別れという言葉を口した途端、今日の出来事がまるで走馬灯のようにかけ巡った。
もう、残されている時間は少ない。だから……伝えるなら今しかない。
「その、なんだ……結構楽しかったぜ。色々、妙なことになっちまったが……お前と会えて良かった。あの言葉は今も変わらない」
「……うん。私も良かった。リリスと会えて」
自分と同じ境遇で、正反対の私達。ルナと出会いルナの考え方に触れ、私はルナにこれから先もこの体で生きる力をもらった。
これからも女の体で男として生きる私の未来にどんなに辛く苦しいことがあったとしても、ルナの存在が私の心の支えとなるだろう。
「たぶん、私達はもう二度と会うことはないんだろうな」
「でも、そっちの方がいいのかも。長く一緒にいてもお互い付き合い方に困るだろうから。正直、私が男って知ってる人の前で女口調を続けるのは恥ずかしいし」
「はは、確かにそうかもな」
ルナはちゃんと割り切って今の人生を生きているんだな。私はそこまで立派になれねぇや。だから……
「さよならだね。リリス」
「ああ。さよならだ。元気でやれよ、ルナ。それと……」
すっ、と拳を差し出すと、ルナは自分のそれをぶつけながら応える。
「「絶対に男に戻ろうな(ね)」」
最後はお互い笑顔だった。
笑顔のまま別れを告げる私達の周囲を水色の光が包み、そして……
──目の前が光で一杯になったかと思うと、私の意識は遠のいていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ほんのり香る石鹸の香り。
それから冷たい……いや、熱い? 柔らかいものが私の唇に触れている。
……唇に触れている?
「……っ!?」
目を開くと、青みがかった長いまつ毛が目の前に見え、チュチュが私にキスしていると認識した。
「うぉぉいっ!!」
チュチュの薄い肩を押し返し、唇を引き剥がす。
「こらチュチュ! いきなり何しやがるっ! 寝ている間に襲うなんて卑怯だぞ!」
「でもリリス、いつだって物語のお姫様はキスで目を覚ますもの」
なにをワケけの分からんことを言ってやがる。ってか、誰がお姫様だおい?
さっきまでチュチュに触れていた私の唇をゴシゴシと拭うと、口の中でほんのり甘い味が広がった。
これは、ココアの味か?
「そ、そうだチュチュお前大丈夫か!? 突然ぶっ倒れやがって、それから水色の光が出たかと思うと変な魔法が発動して……」
早口の私にチュチュは目をぱちくりさせる。これからコテンと首を傾けて不思議そうな顔をしている。そんなチュチュの手元には、ココアの実が置いてあった。
「ダメだ! チュチュ、そいつを捨てろ!」
チュチュからココアの実をふんだくり、ポイッと遠くに投げ捨てる。
「リリス、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるかっ! お前、ココアを飲んで倒れたんじゃねーか。覚えてねぇのか?」
そう言われてチュチュは人差し指を唇に当て、しばらく考え込む素振りを見せる。
そして、
「覚えてない」
きっぱりだな。
「でもココアは美味しかった」
うん、今それ心底どーでもいいわ。
「ま、まぁ無事ならいいんだ。無事なら……」
ローリアビテの朝は早い。日が昇る前から鳥が歌い、花が風と踊る。それに誘われるようにして白い太陽が顔を出し、草木を覆う霜をゆっくり溶かしていく。
「朝か……」
今日一日でいろんなことがあった。そして私の今日は再びこのローリアビテで始まろうとしている。
あいつも無事向こうの世界に戻れただろうか? きっと今頃は仲間と共に私の知らない日常を送っているに違いない。
「よしっ!」
爽やかな朝の空気を肺にいっぱい詰め込んで、気合を入れる。
「チュチュ、シヴァを起こせ。今日は村に行って桶と毛布を買って、それからクレープを食うぞ」
「くれーぷ? それ甘い?」
「ああ。とびっきり甘くてとびっきり食べにくい、女が好む食いもんだ」
「じゃあ、シヴァたんも喜ぶ。すぐ起こしてくる」
ストトトッと水車小屋の中に入っていったチュチュの小さな背中を見送りながら、私は私の日常が動き出すのを感じていた。
眩しい日の光を避けるように太陽と反対側の空に浮かぶ有明の月。その白さを見るたびにルナ・レストンという幼女の顔が思い浮かび、女として生きる私の背中を押してくれてる気がした。
私たちはもう二度と会えねぇかもしれないが、来世はどうなるかわからない。そしてもし私達が次に同じ世界に生まれたなら、そん時はきっと、二人とも立派な男に戻っての再会だ。だからそのために……
「待ってろ迷宮! 待ってろロリモン! さっさとコンプリートしてあの鬼死女神をぎゃふんと言わせてやるからな!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最後まで庵の下手っぴな文にお付き合いいただきありがとうございます♪秋野先生のは素晴らしいので下記より是非読んでください!庵は秋野先生のファンなのです!
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秋野先生書き下ろし、ルナちゃん視点!今回のお話にご興味持っていただけた方はぜひ♪ルナちゃんはリリスとは違ったキャラの濃さがありますからね笑 おもしろいです笑
ルナちゃん視点はコチラのURLから。→https://ncode.syosetu.com/n9253ei/
☆イラスト
・「ルナ × リリス」:ルナ(庵仁娯作)、リリス(秋野先生作)、背景(庵仁娯作)
・「forehead flicking」:庵仁娯のただのファンアート
・「リン × チュチュ(庵仁娯ver.)」:リン(庵仁娯作)、チュチュ(秋野先生作)、背景(庵仁娯ver.)
☆小説:出演
・「吸血少女は男に戻りたい!」(秋野 錦):ルナ、マフィー
・「百合ってロリって迷宮攻略!」(庵 仁娯):リリス、チュチュ、シヴァ
最後に(長げーよ)、読者の皆様、そして2ヶ月も離れた土地から庵の娯楽にお付き合いいただいた秋野先生、そして愛し愛されるキャラたち♡!!!本当にありがとうございます!これからもどうぞよろしくね☆*