落ちこぼれの女騎士
短編2
突然だが皆さんは戦う女性をどう思うだろうか。
かっこいいと思うだろうか。
では異性に聞きたい。
戦う女性は恋愛対象になるのか、と。
私の名前はラル・スターシャと言う。
ちゃんばら好きな三人の兄に囲まれて育った為にまあやんちゃに育った。
女の子は女の子らしく主義の母のおかげでガサツにはならなかったが、七歳になる頃には村の子供たちの中で一番の強さを誇っていた。
そんな私は案の定騎士になる道を選び、王都の騎士学校で色々と学び、五年前、十七歳のときからこの辺境の地にある村、イクナーン村で警備についている。
ここは村の近くにしょっちゅう魔物が出るので有名なのだが、騎士団上層部はなぜかこの地につける騎士は一人だけと決めているらしく、つまりここを守る騎士は私だけだったりする。
言わせてもらいたい。
最低でも一日に一回の頻度で魔物が出るこの土地を!騎士団学校出たばかりの女に!なぜ警護させるのか!!
多分あれだな、女だから厄介払いしたかったんだろうな。女の騎士志望なんていないし。確か公爵家の令嬢で一人、女の身で隊長になった人がいたな。年は私と同い年くらいだったか。今は勇者一行に混じって魔王討伐に行っているはずだ。
それにしても、あんのくそヒゲ団長今すぐにでも数少ない残った毛根を引っこ抜いてやりたいがまあいい。
この激戦地?に配属してもらえたおかげでこの地に住む人達と仲良くなることができた。
さっきも仲のいいおばちゃんからトウモロコシを分けていただいた。ありがたい。
さて、話は冒頭に戻るが、果たして戦える女性は世間の男性から見てどう思われているのだろうか。
というのもこの前、村の酒場で一杯やっていたときのことだ。
その酒場は村で一番大きくて、酒はそこまで美味しくはないが種類は多いしなによりご飯が美味しいので懇意にしているのだが、まあ私以外は男しかいない。
騒がしくむさ苦しい男達の中で何時ものように酒を飲んでいると、チーズ屋のおっちゃん達に話しかけられた。
「よう騎士さん!昨日ぶりだね!」
「ああ、親父さん。そんなに飲んで明日の仕事に影響がでませんか?」
「大丈夫大丈夫!なあみんな!」
親父さんが店の皆に向かってそう叫ぶと、耳が痛くなる位の歓声が上がった。
「にしても騎士さんよお、こんなところで一人で酒盛りか?いい男でもいないのかい?」
「男?いたことなんてありませんが。」
「ははは!そりゃあ損してるってもんよ!」
「そうは言っても…どうしたらできるのでしょうか、その恋人というものは。」
私が真顔で聞き返すとさっきまであんなに騒がしかった店内が一気に静かになった。
皆気まずそうにしていて、私の顔を見ようとしない。
「あの?」
「い、いや、騎士さんは黙ってりゃあ可愛いんだよ。でも、なあ。」
「うん、俺たちより、男より強くてかっこいいからなあ…」
「まあそのおかげで俺たちゃ生ていけてんだ!騎士様様ってな!」
「ちげぇねえ!さっ!気にすんな騎士さん!飲もうぜー!」
「……おおー。」
因みにその日、私は初めて酔うまで飲んだ。
思えば村にいた頃から好きな人すらいなかった。そして村の男の子達は全員私のことをボスと呼んでいた気がする。
いやいや、それはまだ小さい頃のことだったし、とか思って騎士団学校でのことを振り返ってみるが記憶にある限りでは言い寄られたことなんてない。
まあいいさ。私はもう騎士として生きることに決めたんだから。そうだよ、考えてみたら片田舎出身の女騎士が辺境とは言え一つの町の警護を任されているんだから、これはすごいことなんじゃないか。
私のいた村はもう本当に田舎だった。今このいる村は辺境にあるがある程度栄えている。でも、私のいた村はここ以上に長閑な風景の広がる森の中にある小さな、農作物を育ててなんとかやって行けているような村だった。
そんな村から騎士になる為に王都に出た私を、村の皆はそれはもう盛大に見送ってくれた。
そんな皆に仕送りをする為にも、私は騎士を続けるんだ!
恋人なんて正直作ってみたいけどいやでもいらない!いらないから作らないぞ!そうだ、そういうことだ!
よし今日も騎士の仕事がんばろう!
私は自分に喝を入れると立ち上がり、家から出た。
私のいるこのイクナーン村は草原のど真ん中にあり、村の周りには簡素な柵しかない。
草原の向こうには山や川があるものの、まあ攻め入りやすい村だということだ。
因みに私の家はイクナーン村の中ではなく、その外、村の入り口付近にある。
これも村の警護をしやすくする為だ。
イクナーン村は本当になにもない、普通の村だが私はこののどかな村が好きだ。故郷の村と人の雰囲気が似てるっていうのも好きな理由のひとつかもしれない。
なのでなんとしても魔物の侵入は許してはいけないと思っている。
一人で村を襲ってくる魔物を討伐するのはとても大変だ。
しかし、最近は魔物の討伐がとても楽になったのだ。
というのも、一年ほど前から魔物を率いる指導者のような存在が現れたのだ。
今までは時間を問わず襲撃して来た魔物が、その指導者が現れてからは毎日ほぼ同じ、決まった時間に来るようになった。
「……あ、来たか。」
起きてから家事を終わらせ、素振りをして二時間。
魔物はやってきた。
「うーん、ざっと50くらいか。今日はそんなに多くないね。」
魔物の数を確認し、剣をとる。
軽く伸びをして、私は魔物に向かって走り出した。
「くそ、また駄目だった!!」
「残念。また明日頑張りなさい。」
魔物の討伐が終わり、私は今自分の家でお茶を飲んでいる。
魔物の指導者と共に。
私の目の前に座る彼は、リャンというのだけど見たところまだ幼い。
見た目で言うと12歳くらいだ。青みがかった灰色の髪に大きな金色の瞳。透き通るくらい真っ白な肌。ここまでは美少年だが口元から覗く鋭利な犬歯と頭から生えた山羊のような角が彼が魔族であることを示している。
しかもこの魔族の子供は、とても性格が捻くれているところがある。
そんな彼と私は、いつの間にか交戦が終わるとお茶を一緒にするようになっていた。
「まあ被害は出てないし、いいでしょう?」
「そうだけどさあ。」
「ならいいじゃない。」
「死者はいないけど怪我人続出なんだけど。もうちょっと手加減しなよ。僕らだって大規模魔法使わないようにしてるんだからさあ。」
「いやでも50対1なんだから手加減もなにもないでしょ。」
「ルールに手加減は絶対をつけとけばよかったな。」
この指導者リャンが現れてから数戦交えた後、私達の間には一つのルールができた。
それは、私が刃を潰した剣を使う代わりに彼らは決まった時間に村を襲うこと、勝敗は、私がリャンに触れたら勝ちで、魔物に村への侵入を許してしまったら負け。
私が勝った場合は速やかに撤退し、逆に負けた場合は村の所有権は魔物に移るというルールだ。
そもそも私が魔物を全て斬り伏せてしまうから被害が甚大で困った魔王がリャンを派遣し、勝てなかったリャンがせめて被害を減らそうとこのルールを持ち出したのだ。
しかしこのルールはとてもいいと思う。これのおかげで町の近くに転がる魔物の死体を片付ける手間もなくなったし、睡眠時間も保証されるようになったし、しかも毎日の交戦が体育大会みたいなノリになっている為、魔物の皆とも奇妙な友情が生まれつつある。それはいいのかどうなのかよくわからないけど。
「あーあ、あんたなんか僕が本来の力を取り戻したら一発なんだけどなあ。」
「あーはいはいそうだねー。」
この本来の力を取り戻したらというのはリャンの口癖のようなものだ。
戦いが終わった後いつもこれを言うが、まあ言い訳のようなものだと思っている。
だって本来の力を取り戻すもなにも、悪いけどリャンが率いる彼の魔物の軍隊は普通に弱い。
確かにその前までの魔物よりは数段強くはなったがやはり強くはない。
きっとリャンも、この魔物達も、私と同じように厄介払いされてしまったんだろう。こんなに弱い私にすら負けてしまうのだから相当弱いんだろう。因みに私は弱い。騎士団学校では弱すぎて誰も相手にしてくれなかったし、卒業試験では一回戦目で負けた。
私も彼らも弱いのがいけないんだけど、やっぱりそう考えると悲しいなってことで勝手に仲間意識を持ったりしてる。
「そういえばラル、トウモロコシを貰ったとか言ってたよね。」
「あーうん、覚えてたんだ。」
「当たり前でしょ。なにしてんの?早く振舞ってよ、僕客人だよ?」
いやお前敵だろ、と心の中でツッコミを入れつつそう言われるだろうと思って今日の朝茹でておいたトウモロコシを渡してやる。
「ん、美味し。ありがとラル。」
リャンは受け取ると美味しそうにトウモロコシを食べ始めた。
生意気な奴だが素直にお礼を言ってくれるところかは可愛いと思ってる。
「リャン様、そろそろ帰還致しましょう。」
コンコン、と家の扉がノックされて、現れたのは二メートル以上もある筋肉むきむきの二足歩行の牛の魔物だ。体は人間で頭は牛。しかし声はすごく綺麗。
勝手にモウモウと呼ばせて貰っている。
彼はいわゆる副隊長兼リャンのおもり的な立場の人だ。
「モウモウさんもトウモロコシ食べます?」
「いえ、ラルさん、妻が夕飯を作って家で待っておりますので。」
因みに妻子持ちだ。
「んー、じゃあ持って帰ります?皆さんで食べてください。」
「それはありがたい。いつも手土産を頂いてしまって申し訳ありません。」
「いえいえー、モウモウさんもいつも美味しいお菓子くれるじゃないですか、奥さんの手作りの。」
「ラル、僕も!僕も持って帰るからね!」
トウモロコシを包んでやって、彼らが去るのを見送る。
なんだか人間とより魔物との方が仲がいい気がする。
正直前までは適当に魔物を斬り伏せていたけど今はもう仲良くなってしまってできないかもしれない。
まあ村に危害加えたら別だけどな。
私はリャン達と別れると毎日決まって夜ご飯を食べに村の居酒屋か食堂に行く。
すれ違う人達から今日はどうだった?と聞かれ、まずまず、と答えて居酒屋を目指す。
因みに村の人達は私達が戦っているときの様子を知らない。
というのも戦いなんて見ていて気持ちのいいものでもないから、戦闘中は魔法で村の中に濃霧を発生させているのだ。
言っておくが私の魔法ではない。騎士団から支給されている魔法装置によるものだ。
「そーいえばさ、勇者様達がこの村を通るそうだぜ。」
何時ものように居酒屋で過ごしていると、とんでもない知らせが飛び込んできた。
「え?それ確かな情報ですか?」
思わず聞き返すと、酒場にいた何人かが頷く。何人かが知っているということは酔って適当に言った嘘じゃないということだ。
うわあ、どうしよう。
私は思わずため息をついた。
多分勇者が来るのだったら村を挙げて歓迎しなくてはならないだろう。そしてその歓迎会には私も出席しなければいけないに違いない。
何故なら私は一応中央、王都の騎士団から派遣されている、という立場にいる。
そして騎士団は立場的には勇者の配下ということになっている。
実際には立場だけで、権力などは勇者より騎士団長の方が比べものにならないくらいあるが。
つまり、私がなにを言いたいのかと言うと、勇者がここに来るとしたら私は彼の配下という立場になる。そして、勇者がここに留まっている間、相手をしなければならないことになるだろう。
正直そんな暇ないので来ないで欲しい。
…あれ?待てよ、もしかして勇者なんだから魔物の討伐手伝ってくれるんじゃない?
それはありがたい。
うー、でもなあ。
勇者一行と言ったら超エリートだ。そんな彼らと一緒に過ごすとなると自分の矮小さが目についてしまいそうで嫌だなあ。
「ということで、勇者がこの地に来るそうです。」
「ふぅん。…で?」
「一応伝えておきたかっただけ。だって嫌じゃない?突然勇者が現れるなんてそんな反則技みたいなの。」
「いや別に?勇者って勇者でしょ?あいつ超弱いし。」
いや弱くない。
弱くないよ、私にすら負けてるあなたが言えることじゃないよ。
あの話を聞いた次の日、また戦い終わって何時ものようにお茶をしているときにこの話を出してみた。
正々堂々と戦いたかったので一応話しておくことにしたのだ。
まあリャンもモウモウさんも興味がなさそうにしてるけど。
「そういえば、モウモウさんって今の奥さんとどうやって知り合ったんですか?」
何と無く話題がなくなったので、そんなことを聞いてみる。
決して参考にしようとかそういうわけではない。
「ええ?!急、ですね。うーん、そうですねえ、簡単に言うと彼女が人攫いに会っていたのを偶然遭遇した私が助けたのが出会いですかねえ。」
「なるほど。」
「それで、その後も彼女はお礼がしたいと言ってちょくちょく家にお菓子を届けてくれるようになって、で色々あって結婚することになりましたね。」
「……なるほど。」
私もよく魔物に襲われている旅人とか助けたりしてたけど、なんでだろう一度もそんなことにはならなかった。貰ったことがあるのはお菓子ではなく酒だ。
女の子へのお礼に酒って!!
まあ好きだから嬉しいけども!
やはり女なのに強いからいけないんだろうか。これがもし逆で、襲われていたのが私で助けてくれたのが旅人だったら恋が生まれていたかもしれない。
「ところでラルさんは恋人はいらっしゃらないんですか?」
「……いません。」
ああ、場が静まる。
申し訳ない。私に恋人がいたらこんな空気にはならなかったろうに、申し訳ないよ!!
「へーえ、いないんだ。可哀そー。」
ああ!こんな子供にまで哀れまれる私ってなんなんだろう!
あまりの不甲斐なさに下を向いているとリャンが私の手を取った。
「可哀想だから僕がお嫁さんにしてあげるよ。」
言って、手の甲にキスを落とされる。
私はそれに苦笑した。
「なに言ってるの、まだ小さい癖に。」
「小さいのが問題ってわけ?じゃ、大きかったら問題ないね?」
「そうね、大きかったら喜んで結婚しようかな。」
「えっ!?ラルさん!?」
「なに驚いてるんですか、モウモウさん。」
「いや、ちょ、今のはもうちょっと考えた方が…」
いきなり慌て出したモウモウさんを不思議に思っていると、こんこん、とドアがノックされた。
「騎士さーん、いますか、騎士さーん!」
この声は村人…おそらくお菓子屋さんの娘さんの声だ。
私は慌ててリャンに帽子を被せ、モウモウさんにはベットに座って貰い動かないように忠告する。
「入りますねー、あ、騎士さんやっぱりいた!」
「こんにちは。どうかしましたか?」
「ええ、報告があって…うわあ、騎士さんの家初めて入りました!あれ?その子は?すっごく可愛い!」
娘さんはリャンに気づき首を傾げる。それからリャンに近づくと、目線を合わせるようにかがみ込んだ。
「こんにちは、お名前は?」
「リャン。」
「そっかー、リャン君よろしくね。はいこれあげる。」
そう言って娘さんはリャンに甘い匂いのする包みを渡す。中には様々なクッキーが入っていて、見た途端リャンが機嫌がよくなるのがわかった。
そういえば娘さんは子供が好きで、よく村の子供達にお菓子を配っていたな、と思い出す。
「ありがとう、娘さん。その子は私の知人なんです。」
「そうだったんですね?因みに…あの牛人間は?」
「人形です。特注品です。」
「あ、ず、随分個性的な人形ですね。」
娘さんが少し後ずさった。うん、私もあなたの立場だったらなんだこの騎士って思うよ、大丈夫。
「あ、そうそう、お知らせがあったんでした。さっき、村に勇者一行がおいでになったんですよー!」
「え?本当ですか?」
「本当ですよ!今村長のところにいらっしゃるので騎士さんも是非顔を出してくださいね!」
娘さんはそれだけ言うと家を出て村長の家の方向に走り去ってしまった。多分、勇者を見に行くんだろう。
にしても予想以上に来るのが早い。
…面倒だけど、行くか。
「ってことで二人とも今日はこれで解散ってことでいいかな?」
「僕も行く。」
「……え?」
私は驚いて私の服の裾を引っ張っているリャンを見下ろす。
あれ?魔物と勇者って普通に宿敵だったよね?
「えーっと、危なくない?」
なんで魔物の心配してるんだろうとか思いつつ気付いたらそんなことを尋ねてしまっている自分がいる。
「は?危ないわけないでしょ。」
「あ、リャン様が行くんでしたら私も。」
「お前は森で待ってる部下達を連れて帰って。で、勇者が来たってことを魔王に報告しといて。」
「了解しました。では、私はこれで。」
「え?!ちょっと、モウモウさん!?」
この人にリャンを止めてもらおうと思ったのに、モウモウさんは一礼するとすぐに家を出て行ってしまった。
「ほら早く行くよ。」
「……村の人達に、危害を加えないこと。勇者に魔物だってバレないこと。この二つを守って。」
「ん。」
なんか変なこと言い出さないかなあ、大丈夫かなあ?
私はため息をつくと、リャンの手を引いて村長の家を目指した。
「お初にお目にかかります。この村の警護を任されております、ラルと申します。」
村長の家に入ると、そこには世界観違いますよね?というかあなた達本当に魔物と戦いながら旅してるの?というくらい煌びやかなお方達がいた。
勇者一行である。
「おお、お前がこの村の騎士か。」
「はい。五年ほど前からこの村に配属されております。」
「そうか、この村は魔物がよく出ると先ほど村長から聞いた。一人か?」
「ええ、一人です。」
「そうか、ご苦労だったな。…俺らはこの村の近くにある洞窟を攻略する為に暫くこの村に留まる。その間、暇があればだがお前の仕事を手伝おうとも思っている。」
「ありがとうございます。」
「因みに、俺らのことはあまり気にかけなくていい。お前は普段通りの生活を送れ。」
「ありがとうございます!!」
良い人だ!!とってもいい人だ!
私は思い切り頭を下げる。
さて、勇者一行は想像していたとおりなんかもう美形の集まりだった。
燃え盛るような赤髪をもった、精悍な顔つきの勇者に、金髪の華奢な美少年魔術師、知的な長身賢者に、筋肉質な爽やかお兄さんって感じの剣士。それから紅一点、例の公爵令嬢の騎士、アルベラ様だ。
みんながみんな、超一流の戦士である。そんな方達の前で、これから魔物の討伐をしなければならないなんて気後れしてしまう。
「ねえ、こいつらが勇者一行とやらなの?」
もんもんとこれからのことについて悩んでいると、リャンに裾を引っ張られた。
私は慌ててリャンを叱る。
「こいつらじゃなくてこのお方達、でしょ!」
「…騎士殿、そちらのお子さんは?みたところ村の子供ではないようだが。」
村長に訝しげに聞かれ、なんと答えるか困る。
魔物です、魔族なんです、なんて言えないし、私は咄嗟に嘘をついた。
「この前の魔物討伐時に保護しました。王都に向かって母親と旅をしていたそうなんですが、魔物に襲われ、そこを私が助けたんです。母親の方は助かりませんでした。」
「そ、そうだったのか。」
涙もろい村長は私のこの咄嗟についた嘘を聞いて、ほろりと涙を流している。ちょろい。よく村長できてるなこの人、と会うたびに思うがとてもいい人である。
「坊や、坊やさえよければ私の家で面倒を見てあげよう。もちろん騎士殿に会いたいときはいつでも会いに行っていい。」
「いや、僕ラルと一緒にいるからいい。」
と、その話を聞いていたのか勇者一行の女騎士、アルベラ様が話に加わって来た。
アルベラ様はリャンの前でかがみこみ、ふんわりと笑う。
アルベラ様はもっと凛々しいお方だと勝手に想像していたが、実際はお菓子やリボンが似合う可愛らしいお方だった。
そんなアルベラ様の微笑みに、その場にいる一同ほう、とため息をつく。もちろん私もだ。
しかしリャンは違った。
「君、村長さんのとこが嫌なら、私の家の子になる?君みたいな綺麗な子だったら大歓迎。お父様に言ってあげるよ?」
「遠慮しとくよ。」
「本当にいいの?私と共に暮らしたくない?」
「うん。全く暮らしたいと思わないね。」
「私と一緒に寝たり、遊んだりできるのよ?それに、何不自由ない生活ができるし…」
「遠慮するって言ってるよね聞こえないの?あんたの申し出に魅力なんて一つも感じないね。僕はラルと一緒に居たいからここでいいの。」
この公爵家の一員になれるという超幸運な申し出をざっくりとかつ冷徹に断った。
恐るべしリャンである。
まあ、魔族と勇者一行だし、敵対してるんだからリャンの態度も当然と言えよう。
しかし、アルベラ様は違ったようだ。
まさか断られるとは思っていなかったらしく、ショックでふらつき、目に涙を貯め始めた。
「そ、そんな、断られるなんて、私…」
「大丈夫かアルベラ!」
「アルベラ、泣かないで!」
「きっと照れてるだけだ!」
「そうだぜ、安心しろ、俺らはお前が大好きだから!」
そんなアルベラ様を勇者一行が慌てて慰める。
「皆さん…ありがとう、私もあなた達が大好き。」
『アルベラ…!!』
茶番。
呆れているとリャンと目が合った。彼も私と同じ気持ちなのか冷め切った目で勇者一行を見ている。
「おいがき!お前、アルベラを泣かせたな?!名はなんという!」
「リャン。」
「リャンというのか、お前には一度アルベラへの態度ってもんをわからせなきゃならないようだな!」
子供相手に本気で怒り柄に手をかける大人気ない勇者。
というかアルベラへの態度ってなんですか。そんなのあるんですか。過保護すぎませんか。
なんて思いつつもここはリャンを助けてやろうと、謝罪の言葉を口に出そうとしたとき。
「意味がわかんない。あんた本当に勇者?勇者っていうより雌犬に尻尾振ってる発情期の雄犬じゃん。気持ち悪ー。」
魔族。
こいつ魔族だ、と実感する。
私の立場という物をこうまで簡単に揺るがすとは、さすが魔族だ。
「すみません、この子も悪気があって言ったわけじゃないんです!」
慌てて謝るが時すでに遅し。
勇者様は相当ご立腹のようだ。
「糞餓鬼、もう許さん。おい、そこの騎士!お前の監督不届きだぞ!?そんなんだからいつまでも強くなれないんだ。落ちこぼれが!」
うわ、今のは傷付く。
確かに私が弱いからこんな辺境の地にいるんだけど、それでも誇りを持ってこの村の警護をしているからそれを馬鹿にされたようでとても辛い。
それに、この村自体を低く見られているようでふつふつと怒りが湧いて来た。
最初はいい人だと思ってたけど、なんて嫌な奴だろう!
私は挨拶もそこそこに、リャンを連れて村長の家を退出した。
「…なんかごめん。」
歩き始めて少し経った頃、リャンに謝られるが私はいいやと首を振る。
「リャンは悪くないよ。いや、悪くなくはないけど、それよりもあの勇者……!」
思い出すと腹が立ち、これではいけないと慌てて深呼吸する。
「ねえラル、あの勇者がさ、あんたのこと落ちこぼれって言ってたけど、」
「?うん。」
「ラルは落ちこぼれじゃないと思うよ。…強いし。」
「……リャン!」
もしかしてこの子は今私を慰めてくれているのだろうか。
魔族じゃなかった!この子は天使だった!
私は思わずリャンを思いっきり抱きしめる。
「ありがとうリャン!でも私が彼らより弱くて落ちこぼれなのは本当だよ。」
「いや、本当に強いの。だって、僕この前…ちょ、苦しい離して。」
「あ、ごめん。」
慌てて離れるとリャンは一つ咳払いをし、私の顔をじっと見つめてからため息をついた。
「なに?」
「いや、軽率にこんなことしない方がいいよ。」
「……?わかった。」
リャンがなにを言いたいのかよくわからなかったがとりあえず頷いておく。
その日は二人で私の家に帰ると、もう時間も遅いのでリャンが泊まることになった。
次の日から勇者一行は洞窟に挑戦しはじめた。
村の近くにそんなダンジョンがあったなんて驚きだったが、勇者達はなかなか攻略できないらしくいつも満身創痍で(アルベラ様は無傷)で戻って来ているので相当難しいのだろう。多分私なんかでは一生かかっても攻略なんて無理だ。
勇者達がそんな日々を送る中、私は何時ものように魔物と戦闘する
「今日こそ勝つよ!」
「今日は気合い入ってるね。マルさんもいるし。」
私の声が聞こえたのか、リャンの後ろに控えているマルさんがぺこりと頭を下げた。
因みにマルさんとはモウモウさん的な立ち位置にいる人で、なんか全体的に猫。しかも微妙に不細工。結構無口な人なんだけど、感情は顔に出やすいらしくて見ていて可愛らしい。因みに男の方。声がモウモウさんと同じくらい素敵だったりする。モウモウさんはダンディな男性の声なんだけど、マルさんの声は柔らかくて透き通った美しい声だ。
さて、私の先制攻撃でいつも戦いは始まる。
狙いをつけた最初の一人に一撃を食らわせ気絶させ、ついで襲いかかってくる魔物達を薙ぎ払う。
そしていつものように、あっという間にリャンの元に到達した。
リャンのそばにはモウモウさんとマルさんがいて、リャンを庇うようにして立ちはだかる。
モウモウさんとマルさんは他の魔物達よりも強い。何倍、下手したら何十倍も強い。でも弱い。
あっという間に倒せてしまう。
で、結局リャンの隙をついてタッチして今日も終了だ。
うーん、それにしても弱い。
まあだからこそこの村の警護の配属人数が一人なんだろうけどさ。
「ほらリャン、はぐれないように手繋ごう。」
「しょうがないな。仕方ないから繋いであげるよ。」
その日の夜、リャンが私がいつも行っている酒屋行きたいと言ったので連れて行ってあげることにした。
この前も魔族だとばれなかったし、本来酒屋なんて子供が行く場所ではないと思うけどまあ魔族だから大丈夫だろう。
酒屋に入るといつも以上に盛り上がっていた。
不思議に思いつつもいつもの席に座る。
「おばさん、エールとオレンジジュースを一つずつお願いします。あと、鳥肉のトマト煮込みと肉団子のスープ、パエリアも。」
「あいよ!」
隣で僕もビールを飲みたいとほざくリャンに子供は駄目なんだと宥め、それから店内を見回した。
…どうやら勇者一行が来ているようだ。
お店のある一角だけがいつもはいない若い男女で賑わっている。
キラキラしているよ。
私とは縁のない別世界だよ。
「騎士さん、俺たちゃ騎士さんの方が好きだぜ!」
私はよほど悲しそうな顔をしていたのか、チーズ屋のおっちゃん率いるいつもの酒屋メンバーが優しい声をかけてくれた。
ありがとうおじさま達。
そうだね、私にはおじさま達と魔物の皆がいる。
なんだ、最高じゃないか。よし飲もう。
「ん?お前女騎士じゃないか。…と、失礼な餓鬼。」
「こんにちは、勇者様。」
私とリャンが戦術議論をしていると今帰るらしい勇者から声をかけられた。
酔っているのか頬が少しだけほんのり赤くなっていて、周りの女の子達がキャーキャー言っている。
「なあ、お前、ここの警備をしているんだよな。」
「そうですが?」
「洞窟には入ったことがあるか?俺たちが攻略している最中の…」
「いえ、一度も。草原で相対する魔物しか討伐対象ではありませんので。第一、私なぞが洞窟に入るにはまだ百年早いかと。」
「…だよなあ!はっはっは、そうだろうな、お前はせいぜい草原の雑魚共相手が精一杯だろう。」
「は?雑魚?」
苛立ちを含んだ声で呟くリャンの口を慌てて塞ぐ。
「そうですね、その通りです。」
「お前と同じ女騎士であるアルベラを見習ってもっと強くなることだな。では失礼する。」
「はい。お疲れ様でした。」
勇者は気分が良さそうにふん、と鼻を鳴らすと颯爽と店を去って行った。
…なんだったんだろう。
わけがわからず呆然と勇者達が出て行ったドアを見ていると、リャンがこちらを睨んでいるのがわかった。
「あいつなんなの?ってかなんでラルは言い返さないワケ?」
「一応あの人上司みたいなものだから。」
「でもだからと言って僕らを雑魚って言ったこととラルを馬鹿にしたことはちょっと許せないね。殺してやろうか。」
「気持ちは嬉しいけど返り討ちにされちゃうからやめなさい。」
「今日一緒に寝てくれるなら考えてあげなくもない。」
「え、狭くない?」
「へーえ、いいんだ。ラルのせいで僕は勇者に殺されちゃうかも。」
可愛いと思ったら負けだ、と私はいつもリャンと話すときに思っていたりする。
私は兄しかいなかったから、弟ができたらこんな感じなんだろうか。
「……しょうがないなあ。」
結局私はいつも折れてしまうのだった。
それは、その日の魔物との対戦が終わった頃に起こった。
「ラルさん強すぎじゃないっすか!」
「そうかな?私は弱いよ。」
「いやいや強いっすよ!」
その日は負傷者が多かったためにお茶会はせずに私も手当を手伝っていた。
討伐対象であるはずの魔物の手当てをするという矛盾。
もはや敵なのか味方なのかわからない。
ラルは手伝うでもなくずっと私の首に腕をまわして邪魔してくるし。
「ねえ、僕も怪我してるんだけど。腕、手当てしないと腐っちゃうよ、いいの?」
「あーもう後でね!はい、次の人。」
「いえ、リャン様を先に…」
そう言う彼はお腹がグロテスクなくらいに変色している。多分内臓をやられているだろう。まあ私がやったんだけど。因みに罪悪感はある。でも戦いの最中はそんなこと気にしている余裕がない位本気でやってるんだ、ごめんね。
で、上司のわがままに付き合うその姿勢は部下の鏡なのかもしれないけど私的にはそういうのはいらない。
早く来い、と睨むと躊躇しながらもおとなしく治療を受けてくれた。
「にしても本当ラルさん何者ですか?」
「今まで戦って来たやつ、魔物と人間含めて一番強いですよ。」
「いや、私なんかより勇者達の方が強いんだって。」
「え?でも、あいつら前に…」
部下君がなにか言おうとしたとき、どおん、という爆音が聞こえたかと思うと、大地が大きく揺れた。
何事だろう。
辺りを見渡してみると、向こうから誰かが…勇者一行が走ってくるのがわかった。
そして、その後ろからは石でできた巨人のような魔物と、人型のいかにも洞窟の中で一番強いですって感じの魔物が、勇者達を追うようについて来ている。
いや、追われてるんだ。
私は咄嗟に勇者達に向かって走り出す。
「どうしたんですか?!」
「洞窟のボスだ!強すぎて俺たちじゃまだ敵わない!」
「助けてっ!!」
アルベラ様はそう言うと私の背後に隠れる。
勇者たちはそれにならうようにして私のそばで足を止めた。
え?もしかして私に戦えとですか?
勇者ですら敵わなかった敵を相手にしろとですか?
衝撃の展開に頭が着いていかず、おどおどしているといつの間にか魔物たちが目の前まで来ていた。
「んん?なんだあ?ひぃふぅみぃ…一匹増えたなあ。まあよい。我が名はジャーク!!魔王四天王が黒の王の配下なり!ふはははは、勇者の肉を食らえば我も強大な力を手に入れることができる!そうして、我が魔界に君臨するのだ!」
なんという壮大な夢を馬鹿でかい声で話すんだろう。
私は思わず拍手を送った。ら、勇者に叱られた。
…おそらくあのゴーレムはジャークとかいう魔物が出した使い魔のようなものだろう。ゴーレムは総じて力に特筆しており、拳の一振りで大地を抉ることができる。
そしてあのジャークは私の経験上魔法を使うタイプの魔物だ。
しかも見たところ上位の魔物のようなので、超強力な大規模魔法も使えると見える。
つまり私が何を言いたいかと言うと、この二匹の魔物なら村を一瞬で破壊することができるということだ。
勇者達はなんて面倒なものを引き連れてきてくれたんだろうか。
とにかく、私が今最も優先させなければならないのは村の安全だ。
いつもなら一発で、と行くところだが勇者達でさえ敵わない魔物を一発で、いや、倒せるかどうかすらわからない。
もし一撃を加え、怒らせて村に攻撃でもされたら大変だ。
「すまないが、場所を変えないか。ここで戦うと村を巻き込む可能性がある。お前の狙いは勇者だろう?ならば村には危害を加えないでくれ。」
できるだけ下手に出て、相手を怒らせないように提案してみる。
しかし私は忘れていた。
本来魔物とは意思の疎通がままならないのだと。
そして意思の疎通ができたとしても、そんなことなど関係なしに冷徹なものがいるということを。
「そうか、村を巻き込みたくないか。よし、こうしよう。村を差し出すなら勇者を助けてやってもいい。しかし、その選択を取らないのであれば殺す。さあ、どうする。」
「そんなの決まってる。私たちは戦う……」
「いや、村を差し出す。」
私は思わず勇者の顔を見た。
勇者は真っ直ぐ前を向いて、まるでそれが当然であるかのようにそう言い放つ。
「何を、言っているのかわかってるんですか…?」
「ああ、わかっている。村人には、彼らには、俺らの犠牲になってもらう。」
……は?
こいつは本当に何を言っているんだ。
「本気で言ってます?差し出すって、多分全員殺されますよ?なんの権利があってそんなことを勝手に決めてるんです!!」
「俺だって本当はこんなことしたくない!!でも勝てるわけないだろう!俺らは…俺らは死ぬわけにはいかないんだよ、こんなとこで!」
そこで私の中の堪忍袋の尾とかいうやつが生きてきた中で始めて切れた。
「お前らがこいつらを連れてきたんだろう!何悲劇のヒロイン面してんだ!そもそも、力量がないなら初めから挑むな!勇者だから死ねない?他人の命を犠牲にしてもいい?甘えるな!逆だろう?勇者というものは他人の命を救う為に自らを犠牲にして魔物に挑むんだろう!?だからこそ憧れで、特別なんだ!」
それからアルベラ様を睨む。
「あなたも助けて、とはどういうことです!仮にも勇者一行の一員が、一介の騎士に助けを求めるなど普通あってはならないことです!」
「他の三人も、何故勇者の判断を避難しないの?…もういい。村は私が守ります!!」
勢いでそれだけ言うと、私は剣を構えて二匹の魔物の前に立った。
ちらり、と遠く、魔物の皆がいる方を見る。たぶんこいつらは強い。だから、巻き込まれないように逃げて欲しい…っていなくなってます。とっくのとうに逃げていたみたいですね、はい。
悲しいのか安心したのかわからないけどなんだか涙が出そうだ。
しかし、私は心を決めた。
勝てなくてもせめて相打ちで!村を守る為に死ぬなら本望だ!
私の覚悟が決まると同時に、ゴーレムが襲いかかってくる。わたしはそんなゴーレムに向かって突進した。
「やめろ、死ぬぞ!」
勇者が叫ぶが私は突進をやめない。タイミングを見計らって大きく跳躍し、剣を振りかぶる。そして…
「……え?」
『……え?』
「…おい、ゴーレム嘘だろう?」
ゴーレムは私の一撃で、いとも簡単に地面に沈んだ。一度起き上がろうとする動きを見せたが、それも叶わずそのまま地面に崩れ落ちる。
一同唖然としているが私も唖然としている。
いやだってなにこれ弱!
いつも戦ってる魔物達より断然弱いんだけどどうなってるんですか!
「ジャーク、そこまでです。」
「リャン様がおいでだ。」
ちょっとしたパニック状態になっていると、後ろから声が聞こえた。続いて軍隊が行進するような音。
魔物の皆がまだ帰ってなかったんだ…!
それにこの声、モウモウさんとマルさんだ。彼らがここにいたらやられてしまうんじゃないか。
「モウモウさん、マルさ…」
…誰。
振り向くと後ろにいたのは角が生えたマッチョなイケメンさんと猫耳が生えた細身の美しい男の方でした。
いやでも声は間違いなくモウモウさんとマルさんだった。
それに、後ろにいるのは何時もの魔物の皆だし。
ちょっと意味がわからない。
と、イケメンマッチョは私に向かってにっこりと微笑んだ。
「ラルさん、やはり貴女は強いですね。」
「えっと、モウモウさん?」
「そうですよ?隣はマルです。」
私は信じられなくてジャークと勇者一行がいるのを忘れて目をゴシゴシとこすって二人を凝視した。
いやどこからどう見ても違う。私の知ってるモウモウさんとマルさんは、厳つい牛人間とちょっとブサイクな猫人間だった。
こんな麗しいかんじじゃなかった。
それとも私が今まで変な幻想を見てたんだろうか。いや、今のが幻想かもしれない。そうだ、きっとそうだ、ジャークのせいだ。
「ジャーク、私の知ってるモウモウさんとマルさんを返せ…!」
もはやこいつを倒すしかない。
そう思って剣を握り直すと、不意に影が落ちた。
見上げると一人の男性が空に浮いている。その人は、ごく自然な動作で私の横に降り立った。
「ラル、あいつらはモウモウとマルだよ。魔法使える状態だとあの姿。いつもはルールで魔法使えないからね、姿が変わってるだけ。」
「…どちら様で?」
横に立つ麗しい男性は、キョトンとした表情で私を見た。
青味がかった灰色の髪に、金の瞳。頭には山羊のような角…
「もしかして、リャン?」
「うん。そうだけど?なに、馬鹿なの?」
「え?だってなんで大人?」
「これが本当の姿。いつもはルールで魔法使えないからあの姿になってるだけ。いつも言ってるでしょ、本当の姿がある。って。」
「嘘だと思ってたよ…」
「ほんと、馬鹿。」
ふ、と笑うとリャンはジャークを鋭い目でにらんだ。
ひ、とジャークが小さな悲鳴を上げる。
「あ、リャン様、お久しぶりでございます…!」
「久しぶり、ジャーク。黒の王は元気?」
「は、はい、勿論でございます!」
なんだかジャークがへりくだっている。
一体どういうことだろう。私も勇者一行も置いてけぼりだ。…というか、勇者達の顔が心なしか青白いように見える。
「さっき、魔界の支配者になるとかどうとか聞こえたんだけど?」
「いえ、それはその、なんといいますか、ご、誤解でございます!」
「そういうのいらないから。お前がなんか企んでるってのは結構前からわかってたんだよね。この村の付近にいることはわかってたんだけど、まさか洞窟にいるとはね。最初から洞窟を襲撃すべきだったよ。」
リャンはそう言うと、パチン、と指を鳴らした。
すると、後ろに整列していた魔物の皆が一斉に武器を手に持つ。
「魔国第一将軍、リャンベルズ・アルスターの名において、貴様を連行する。」
と、同時にそれはもう物凄い勢いでジャークは包囲され、あっという間に捕まった。
呆然としている私の前に、モウモウさんとマルさん、魔物の皆、そしてリャンが笑顔でやってくる。
「ラル、ゴーレムありがと。あいつ、魔法効かないから厄介だったんだよね。」
「いや、え、どういうこと?」
「は?なにが?」
「いや、姿変わってたり、なんかジャーク捕まえたり、将軍とかなんとか…」
「ああ、勇者達の方が知ってるんじゃない?…ねえ?」
リャンが皮肉な笑みを向けると、勇者はびくりと肩を震わせた。
「第一将軍、というのは、ま、魔国の軍事のトップだ。第一将軍率いる精鋭隊は最強の隊とされている。」
「で、そんな僕らに命知らずにも挑んできたのが二年前の勇者達。全然成長してないみたいだけどね。」
「え?最強?え、だって私…」
普通に倒してましたけど。
「だから強いって言ってるじゃん。今の僕ならラルに負けないと思うけど、モウモウとかだったら多分倒せると思うよ。因みにモウモウもマルも魔界の精鋭中の精鋭、人間界でいう騎士団長レベルだから。」
「嘘だよね????」
「ほんと。結果言うと、あんたは毎日魔界の精鋭打ち負かしてた化け物ってこと。僕らが来る前にここ襲撃してた奴らも普通に強かったしね。」
つまりあれか、私はもしかしてほんとの激戦地に配属されてたというわけか。
因みにあとでわかったことだがここは警備の者が死にすぎて、あまりにも早く死ぬ為原因がわからず、きっと辺境の地だからなにもなくて暇した騎士が逃げ出してしまうんだろう、と結論づけられたらしい。
そして、これも後々わかったことだが騎士団学校にいた頃、男性社会である騎士団、騎士団学校の中で私は女で後ろ盾もなかった為、色々と周りから嫌がらせを受けていたらしい。気がつかなかった。でも、道理で私だけ武器が違ったり防具が古くて凄い重いのだったりしたわけだ。因みに卒業試験では教師と生徒が手を組んで魔法装置で私の力だけが抜けるように仕向けていたそう。それに気づかなかった私って…と落ち込んだのはまた別の話だ。
というか、ということは、だ。
もしかして私は、勇者より強いのだろうか。自惚れとかではなく。
「ラルは強いよ。魔界でも十本指に入るくらい。あと、あんたら弱すぎ。また最初からやり直しな。僕を楽しませてよね。」
リャンがそう言った次の瞬間、勇者一行の身体は光に包まれたかと思うと、高速で空の向こうに飛んで行った。
さて、とリャンが私に向き直る。
もしかしてここで殺されてしまったりするのだろうか、なんてことを考える。
しかし実際は私の予想をはるかに上回っていた。
「ラル、この前の話覚えてる?」
「この前?」
「結婚の話。ラル、大きかったら結婚してもいいって言ってたよね。」
「………あ。」
言った気がする。
いやでもあれは、子供の冗談だと思ってたと言うか。
というかまって。この姿が本当の姿ということは、だ。もしかして私は男性と手をつないで村を歩いたり、抱きしめたり、一緒に寝たりしてたということだろうか。
「僕、約束は忘れないから。結婚するよ。」
「えっと、」
「絶対逃がさないから。」
にっこりと笑みを浮かべるリャン。
よかったですね、と祝福する周りのみなさん。
なんだか騙された気がする。だって普通子供の姿した魔物が実は大人でしたなんて結末思いつかないもの!
ああ、どうやらやはり、戦う女性は普通の男性には恋愛対象として見てもらえないようです。
代わりに、魔族の将軍というとんでもない存在に目をつけられてしまうみたいですね。
「ラル、大好きだよ。」
耳元で囁くこの魔族は、私が拒めないと知っていて強引に推し進めるあたり、結構腹黒いと思ったりするわけです。