目覚め
マキが池に沈んでいったアライを助けに飛び込んで数分。モリノは池の外で人体蘇生プログラムを起動させる。モリノの舌がストレッチャーに変形。口から出して待機する。それとほぼ同時にマキがアライの体を担ぎながら池から出てきた。服が水を吸って重くなっているであろうアライの体だが特に気にする様子を見せる事無く陸まで上がってきた。
「お願いします」
アライの体をストレッチャーに乗せるとゆっくりと大きな竜の口の中に引きずり込まれていった。
「ハヤシさん。起きてますか。」
「ああ」
マキはアライがモリノの口に飲み込まれる所を見届け振り返ると池のほとりに鬼のお面姿のハヤシが無造作に落ちていた。声はここから聞こえてくる。
「状況を教えてください。アライさんの体に何が起こったんですか?」
「・・・どうやら厄介な邪神様に大変気に入られてしまったみたいだ」
「未だに姿を出さない最後の神使ですか」
「ああ、だがここまで手が込んだやり方から察するに恐らく奴は実体化出来ずに宙を浮いている状態だろうな。ナミカミに嫌がらせをするためにも今は憑代が欲しくて仕方ないんだ。だからわざわざ俺の力に干渉してアライに接触してきたって所だろう」
「アライさんはその事は」
「気づいてる。もう記憶の中に入りこんできたからな」
次にアライが目を覚ますと池の岸辺に仰向けで横になっていた。呼吸は、出来る。苔の匂いがする。枝葉の隙間から空が視える。手元にある落ち葉を掴んでみる。湿り気のある落ち葉が潰れる音が耳に入ってくる。意識は未だにはっきりしてはいなかったが自身が生きている事ははっきりと分かった。
「・・・生きてた」
未だに信じられなかった。あの時確実にジャイアントウルフに喰われると、殺されると思った。だが嫌だと思った。ヴァンを殺す前に殺されるのは嫌だと思った。純粋にそう思った時に何かに呼応するかのように意識が真っ黒になった。だがそう感じたのは一瞬だけで、その後は思考が普段以上にクリアになっていた。豚男を倒した技、示現・影武者は以前オケラから食らったものだ。人間の、ましてやカゲを使った事のない者が扱える技ではない。だが何故かあの時だけはオケラと全く同じことが出来るという確信があった。
「・・・何でそう思ったんだ?」
アライは自身に問う。以前からオケラが使う『カゲ』については調べていた。だが分かった事はこの世界に存在しない未知の物体だという事、そしてオケラの体の一部となっている事だ。それが分かっていたから都でカゲを通してオケラに一太刀浴びせることが出来た。だから今回自分に起きた事は未知の体験だった。これがオケラによるものなのか、自分の記憶の中に出てきたもう一体の神使の仕業なのか分からなかった。
「・・・服が乾いてる」
アライは今気づいた。池に落ちたはずなのに服が乾いている。気を失ってからどれ程時間が経ったのだろうか。アライは辺りを見渡す。体は石のように重いが、首はわずかに動かせた。その動きに呼応するようにアライの頭上に影が被さる。
モリノの顔だ。アライの後ろで横になっている黒く光る鱗の顔についている鋭い眼がアライの顔を覗き込んでくる。
「モリノ・・・。お前が守ってくれているのか。その・・・ありがとうな」
アライの言葉を聞くとモリノは伸ばした長い首を戻し改めて横になった。
「目が覚めたのか」
胸の辺りから声が聞こえてきた。軽すぎて分からなかった。お面が乗っている。ハヤシだ。
また頑張ります