アライの記憶
見てくれてありがとうございあす!
アライは目を開くと小さな納屋の中に立っていた。窓も、ドアも閉め切っていたが外が日中なのか納屋の中は明かりが無くても若干薄暗い。試しに木製の窓を開けてみる。外にはトウモロコシ畑が広がっており収穫の時期なのか数人の老人たちが生っているトウモロコシを近くにおいてあるカゴに丁寧に入れている様子が見える。内容はよく聞こえないが楽し気な話し声も聞こえてきた。
見覚えのある光景だった。
トツカワ。アライが生まれ育った村だ。十年以上前に魔王ヴァンによって滅ぼされた場所だ。
記憶の片隅に追いやって、追いやって。忘れようとしていたものだった。だって考えただけで、思い出すだけで辛くなるから。胸の奥からこみ上げてくる真っ黒な気持ちで一杯になってしまうから。
「・・・さ、サトルさん」
老人の一人に声を掛けてみたがこちらに気づくことはなく老人達はトウモロコシ畑の中に消えていった。アライは知っている。もういない人達だ。もう自分の思い出の中にしかいない人達だ。それなのに再び目の前から見えなくなるとまた辛くなった。アライの呼吸は荒くなる。
「はあ・・・ッ・・・・・・はあ・・・・ッ!」
ゆっくりと窓を閉め、2、3歩後ずさり立ち止まる。
(何で俺は、この場所に・・・)
「やっと会えたね」
幼い頃によく聞いたなじみのある声が後ろから聞こえ、アライ信じられないといった表情で振り替える。長い黒髪の女。白のブラウスに紺のロングスカート姿で出入口のドアの前に立っている。あの頃から成長して大人の姿だから分からなかったが子供のころの面影は確かにあった。アライは驚きと怒りで思わず腰に下げた直刀を抜いて前に立つ女に刃を向ける。
「・・・どういうつもりだ」
女は困惑した様子でアライを見てくる。
「どうしてそんなこと言うの?」
「ツバキは死んだ。10年前にヴァンに殺された。この村で、俺の目の前でな。実は生きてましたみたいなノリで出てきやがって・・・。」
「生きてるよ。ここはあなたの記憶の中なんだから。この見た目はあなたの『もし私が生きていたら』という妄想が入り混じっているからだよ」
「嘘をつくな。俺はそんな事考えた事ない。俺はお前の事を考える度に・・・」
「怒りで胸が一杯?」
胸を刺す言葉が飛んできた。図星を突かれた。必死に否定する言葉を探す。
「・・・確かにそうだ。だがそれはあの時何も出来なかった、自分自身にだ」
「もう・・・相変わらず素直じゃないなぁ」
女は微笑を浮かべてアライに近づき、上目遣いで顔を覗いてきた。
「本当はヴァンをぶっ殺したくて仕方がないんでしょ?」
アライの首に手を回し、顔を近づけてくる。今にも顔同士が触れてしまいそうだ。
「ヴァンの部下達相手でもこんなにすごいんだもの。実際に戦ったらどうなっちゃうんだろ?」
女はクスクスと笑いながら話し続ける。アライは目を背けない。背けてしまったら認める事になってしまいそうだったから。
「以前、俺の声で話しかけてきたのもお前か」
「うん。前は話しかけるぐらいしか出来なかったけど、あなたの『憤怒』が研ぎ澄まされてきたおかげで今はこんな事も出来るようになったんだよ」
女はアライの首から背中、腰へと指でなぞる。やさしく、ゆっくりと。
「どういう事だ」
「この村が滅んだ時にあなたの中に芽生え、あの夜初めてオケラと戦った時に花開いたものだよ。あなたは随分献身的にこの戦いに参加してるけど、それがあなたの力の根源なの」
「あんた何者だ・・・何が目的なんだ」
「?・・・何者も何も・・・あなたが私を呼んだんだよ?」
「何を・・・」
以前マキに言われた事を思い出す。
『神使が一体、行方と正体が掴めていません』
そして召喚の儀での出来事。最初に出てきたあの山吹色の長い毛を生やした化け物。あの時は口しか見えなかったが恐らくあれが・・・。
「お前・・・なのか?」
とてもこの華憐な女の姿では想像できないがそういう事なら辻褄があってしまう。アライがこの世界に呼び出した。本来、アライの神使になるはずだった存在。どういうカラクリなのか都で消える事無くこうしてアライの前に立っていた。女はイタズラっぽく笑みを浮かべ、アライの胸に顔を埋める。
「ね、アライ。私はただ、あなたに素直になって欲しいだけなの。それって悪い事?」
「・・・」
召喚したのは自分自身。本来ならこの存在を受け入れてやるべきかもしれない。
「アライ、私・・・」
だが・・・。
「お前、俺の扱い方を間違えてるぞ」
「・・・え?」
女は少し驚いた様子でアライの顔を見上げる。アライの顔は決して優しいものではなく遠くに突き放す、冷たい表情だった。
「他人の記憶の中で好き勝手しやがって。・・・そんな奴、例え誰であっても俺は信用出来ない。俺の記憶は俺だけの物だ」
「・・・気に障ったのなら謝る。でもこれはあなたの命にも関わる事だから自覚してもらう事が一番だと思ったの」
アライは女の両肩を掴み、突き放す。それ以上何も言わないで欲しかった。こちらの都合で呼び出しておいて申し訳ない気持ちもあったがわざわざこんな事までして自分の気持ちを煽ってくるやつをアライは心底拒絶したくなった。
「余計なお世話だ。・・・どれだけ姿形を人間に似せても所詮は化け物だな。多少俺の中を覗いた程度でもう俺を分かったつもりか。・・・消えろ。二度とその姿で俺の前に現れるな」
「アライ・・・」
『よく言った。だがそろそろ交代だ』
「え?」
咄嗟に天井から聞こえてきた声。アライは聞き覚えがあった。ハヤシの声だった。少し安堵したのも束の間だった。アライの意識はまた飛んでいった。
アライの記憶の中でアライの意識は消えた。だが肉体はそのまま存在していた。そして今、その肉体には別の意識が入れ替わっていた。
「・・・あ、あ、あーあー・・・。やっぱり他人の声で喋るのは慣れないもんだな」
ハヤシはアライの体で肩を回したり伸びをしたりし始めた。
女は小さくため息した後、少し気だるげな表情でハヤシを睨んだ。
「はあ・・・もう、邪魔しないでくれない?」
「それはお互い様だろ。俺の力を利用してアライに干渉してたくせによォ」
「なんだ、バレてたんだ」
女はクククッと先ほどより邪悪さがにじみ出る笑みを浮かべている。
「でも驚いたよ。鈍い鬼いちゃんだと思ってたからここを突き止められるとは思わなかった」
「人の記憶の中に入り込める程度で調子こきすぎなんだ。だから俺に邪魔されるんだよ」
ハヤシもアライが絶対しないであろう邪悪な笑みで女の顔を見つめる。
「なんで邪魔するの?あの子の憤怒の力が増大すればあなた達の力も上がるんだよ?私とあなた達とは仲良くなれると思うんだけど」
「目的が違う。お前はただ第六界を壊してナミカミに嫌がらせしたいだけだろ。ヴァンと同等かそれ以上にたちが悪い。あれと喧嘩をしたいなら”箱”の外でやってくれ」
「なんだ、そういうのも調べついちゃってるのか。あなた意外と優秀なんだね」
「やっと分かったのか」
ハヤシはゆっくりと女に近づき相手の顎をクイッと持ち上げる。
「ここに来たのはお前に言っておく事があったからだ。これ以上俺たちのやることにちょっかい出そうものなら、第六界から生きて出られると思うなよ」
「アハハッ!ナミカミの使用人風情が言うじゃない。・・・本当にあの子を使いこなせると思っているの?あの子の憤怒はあなた達が思っている以上に強大なの。私がこの世界に来たのはナミカミの困った顔を見たかったのもあるけどそれだけじゃない。あの子の内に潜む憎しみに魅せられてしまったから。その内分かるよ。アライはあなた達が手に負える男ではない事を」
「他人の勇者寝取ろうとした奴の言う事一々聞くと思ってんのか?分かったならとっとと消えろ。ここで戦ってもいいがこの場所はアライにとって大事な場所らしいからな」
「へえ、意外と優しいんだね。そんな奴でも鬼は務まるんだ」
「務まってないからナミカミにこき使われてんだよ。いいからさっさと消えろ」
「後悔しても知らないよ?」
女は納屋の出入口に振り向き、悠然とドアを開けてアライの記憶の外に出ていった。
「・・・悪いなアライ。俺もすぐ出るから許してくれよ」
ハヤシは地面に座りこむとゆっくりと自分の意識をアライの体から無くしていった。
また書くんでよろしくお願いします!