見ず知らずの他人を簡単に抱えるものじゃない
今日あったけぇ・・・
アライ達は現在、先ほど退治したジャイアントウルフの足跡を辿るように進行していた。その時に倒れていた女性は気絶したまま目を開ける気配がないため仕方なくモリノの背中に乗せている。 うなされているのか「う~、う~」言っているので死んではいないと思う。
「モリノさん。出来るだけゆっくり後ろから付いてきてくれ」
アライはモリノを自動走行に切り替えるとモリノの背面座席から降りて先行するように走り出した。マキも後ろから追従してきた。草木の上を走っているというのに足音がほとんど聞こえない。物音を消しながら移動することに関してはアライも得意としているがマキのそれは本当に聞こえないように聞こえてきたのだ。
「先行なら私が」
「いや、マキはモリノの後ろを頼む。連中がもう近くにきているかもしれない。モリノを中心にしてカバーしながら進んでいこう。怪我人を乗せている状態で戦闘に参加させたくない。」
「・・・分かりました。ではせめてハヤシをお使い下さい」
「え・・・」
確かに周りが樹木に囲まれた場所でさえ遠くを見渡せるハヤシの『眼』はこういう時役に立つ。しかし懸念があった。アライの脳裏に浮かぶハヤシを被った時の感覚。自分の内面が滝のように流れ落ちていくあの感覚。高揚感と嫌悪感が混ざり合ったあの感覚だ。
「い、いや俺は・・・」
「・・・」
明らかにためらいの様子を見せているアライを見たマキ。イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「フフッ・・・。どうやら嫌われたみたいですよハヤシさん」
「ぐあ・・・ッ!ショックだよ俺は・・・」
わざとらしくショックを受けているハヤシ。特に気にしているようには見えない。
「別に被らなくても知らせてくればいいだろ」
「口で知らせるより直接感じた方が早いじゃんかよお。戦闘ではその一瞬の差が命取りにだなあ」
アライの後ろでハヤシがクドクドと語り始めた。言いたいことは分かるが今回は無視して木々の間を抜けていく。
暫く進むと辺りが開けた場所に出てきた。目の前には大きな池が広がっている。おそらく本来ここにも生き物達で溢れているのだろうが小動物、魚の類すら姿が見えなかった。
異様な空気の中この開けた場所。アライの頭に警鐘が鳴る。罠の可能性だ。すぐにでも離れたかった。
だが離れられない。
目の前の池のほとりに人が倒れていたからだった。見るからに女の人だ。もしかしたら先ほど助けた人と関係しているかもしれない。アライ達が今立っている場所からでは生死の確認は出来なかった。気絶しているのかピクリとも動いていない。
見捨てるべきだ。そう思った。
だがアライは不意に駆け寄ってしまう。怖すぎて涙目になりながら駆け寄るアライ。
女性はうつぶせで倒れている。とりあえず仰向けにしようと肩に手をかけた。
この瞬間だ。
池から突如現れた巨体。豚のような大きな鼻が生えた大男。手に携えたモーニングスターを水しぶきをあげながらアライに向かって振り下ろす。地面を破壊する衝撃音が辺り一帯に響き渡る。池が波打ち荒れ狂う。
「んあ?手ごたえがねえぞ」
肉を破って骨を砕く感覚が手に伝わらなかった。男が武器を振り下ろしたそこには既にアライはいなかった。アライは女性を抱えたまま側面に跳び男の死角に退避していた。
「・・・思ったより反応がいいな!この勇者は当たりだな」
「・・・そいつはどうも」
「一応自己紹介しとくか。魔王軍のトムだ。お前たちを殺しに来た」
「だろうな」
一歩間違えれば殺されていた。緊張と恐怖で呼吸が整わない。
「だが惜しいな」
トムはアライに向き直る。嘲笑の笑みを浮かべているようだがよくわからない。それ程顔がゆがんでいる。酷い顔だ。
「見ず知らずの他人を簡単に抱きかかえるもんじゃない」
この一言でアライが感じた悪寒。手に抱えた女性の顔を見る。遅かった。女性の首から上が無くなっていた。首から見えるのはオオカミの胴体。人間の体に無理やり押し込まれていたのか、その体は上を見るにつれて大きくなっていく。胴体はアライの遥か頭上まで伸びていて、見上げた時には既にジャイアントウルフの巨大な口がアライを飲み込もうとしていた。
「「な・・・ッ!」」
アライと、トムがほぼ同時に声を上げた。アライがジャイアントウルフに飲み込まれる寸前、横から現れた人影から思い切り蹴りが飛んできた。
「ギャフウウン・・・ッ!!」
池の中心近くまで蹴り飛ばされたジャイアントウルフはそのまま池の中に沈んでいった。
「・・・は?」
あまりにも急な出来事。アライ唖然。となりを見るとマキが蹴り上げたポーズで立っていた。
「なるほど。そいつがお前の神使か」
マキはトムに向き直る。
「そう言うあなたは魔王軍ですね」
「だったらどうするんだ?」
「排除します」
「フン、分かりやすくていいな」