卓球
アライ一行、夜の旅館での一コマです。
「卓球をやります」
「・・・はい?」
対アサシン専用罠「アライシステム」をアライが部屋中に仕掛けていた途中、後ろから見ていたマキが唐突に口を開いた。
「急にどうしたんだ」
「今更ながら気が付いたのです。温泉旅館にいるのにそれらしい事をしていないことに」
マキは何故かくやしそうな顔で肩を震わせている。
「いや、十分にしたと思うぞ」
二人一緒に露天風呂。貸切宴会場で晩酌。マキには必死に隠しているがアライはめちゃくちゃ楽しんでいた。人生ってこんなに楽しいこともあったのかと思わせてくれるほどだった。
「温泉旅館での卓球は格闘技界で言うメインイベントです」
「は、初耳ですね・・・」
マキの熱さに気圧されるアライ。
「すでに卓球台の予約は済ませてあります。他のお客との兼ね合いもあり30分のみの利用になりますが」
そう言いながらマキはアライの腕をぐいぐい引っ張りながら部屋の外に連れて行こうとする。
「わ、分かった!分かったから引っ張るな!」
アライは断らない。正直、卓球をしながらはだけていくマキの浴衣姿を見たいと思っていたからだ。
卓球台は一階の遊戯室に置いてあった。先ほど露天風呂に向かった時に見かけていたのですんなりと来れた。随分と使われているらしくネットや台の角がボロボロになっている。
「お待たせしました」
少し遅れてやってきたマキの手には二人分のラケットとピンポン玉が握られている。
「いや、折角だから・・・」
そういうとアライは自分の懐に手を入れ始めた。そしてそこからペンホルダーラケットを取り出した。
「マイラケット・・・だと?」
部屋のベンチにいたお面姿のハヤシは唖然としている。
モリノは旅館の外に待機させており、同時に浴衣姿の状態だからてっきりリンクは切れているものと思っていた。
冗談半分だったのにラケットを取り出せてしまったアライも唖然としている。
「・・・なるほど、分かりました」
「え、何が?」
「アライさんの意気込みが伝わりました。私も全力を持ってお相手させて頂きます」
するとマキは自身の浴衣の袖口の中からシェークハンドラケットを取り出した。
「・・・何だそのラケット。裏面にもラバーが付いているのか。・・・っ!?ま、まさか・・・っ!?」
この時、アライに電流が走る・・・っ!興味深そうにマキのラケットを見つめる。
第六界での卓球界隈ではペンホルダーしか普及していない。アライにとっては未知のラケットだった。
「異世界ラケットか!?」
ゴクリッ。唾を飲み込むアライ。戦場で鍛えられた観察眼発動。恐らくラケット表面と裏面には違う種類のラバーが張られている・・・っ。しかし、性能までは実際に打ってもらわないと分からない・・・っ。
お互いがポジションに着く。サーブはマキ。待ち構えるアライ。
お互いスリッパを脱いでいる。裸足である。
特にルールを決めた訳ではない。しかし、二人は気付いた。
(恐らく・・・)
(この戦いは・・・)
《一球勝負になる・・・っ》
マキの高速サーブ。回転、スピード申し分ないその球はアライの体目掛けて飛んでくる。しかしアライは下がらない。台に張り付く。
(は、速い・・・っ!だが、この程度の球なら・・・殺せる・・・っ!)
そしてラケット面で球を止めるように返球・・・っ。この時アライ、苦悶の表情を浮かべる。
(・・・っ!なんてサーブだ・・・っ!意識を根こそぎ刈り取られそうだった・・・っ!頭がどうにかなりそうだ・・・っ。手が痺れるとかそんなちゃちなモノじゃない。もっととんでもない力の片鱗を味わったぜ・・・っ。これが天使のサーブか・・・っ!)
「おいっ!マキやめろっ!アライを殺す気か!?」
離れた所でハヤシが本気で心配するような声が聞こえてくる。しかしマキの目に迷いはない。真っすぐだ。手は抜かない。全力だ。
ネット際に落ちる短い球。マキは大きく足を踏み込み低い打点からアライのフォアサイドに返球・・・っ。先ほどのサーブよりは威力はない。もう一度球を止めるように返球・・・っ。
マキの眉間にしわが寄る。明らかに打ちづらそうだ。アライの打球は無回転・・・っ!ナックルボール・・・っ!
台に張り付いた状態でナックルボールをネット際、ロングに打ち分け続けるアライ。
徹底してアライのフォアサイドに深い球を打ち続けるマキ。
お互いミスもなく拮抗したラリーが続いていた。しかし返球の度に意識を刈り取られそうになっているアライの方が厳しい状況なのは明白だった。
(ま、まずい・・・。・・・も、もう・・・2、3球も持たない・・・っ。ここで・・・っ。)
勝負を賭けるアライ・・・っ。向かってくる球。目指すはマキのバックサイドコーナー。
「行けェ!!」
アライのペンホルダーから放たれる無回転スマッシュ。放物線は、描かない。真っすぐな打球。それはネットの上面わずかに当たり軌道が変わる。
その球はほぼスピードが変わる事無くマキのバックサイドコーナーへ。
しかしマキ、読んでいた。既に待ち構えていた。構えはフォア。何故?さっきまで右手で握っていたラケット。今は左手に握られている。更に今まで使っていなかった裏面・・・っ!
マキの左ドライブ。打球音がしない・・・っ。しかしマキのラケットから放たれた無音の高速ドライブ。それは放物線を描きアライのバックサイドコーナーに襲い掛かる・・・っ。
(いや・・・まだだ・・・っ)
アライは退かない・・・っ。かろうじて反応は出来ている。サイドステップ・・・っ!打球に急接近・・・っ!
(この勢いを・・・殺す・・・っ!)
止まる・・・っ。球の勢い。その瞬間聞こえるのは打球音ではなく、木が割れる音。インパクトの瞬間、アライのラケットは粉々に粉砕された。
「・・・畜生・・・・・・・っ」
ラケットと同時に心を折られたアライ。崩れ落ちて床に膝を付く。
「いえ、お見事です。アライさん」
アライの打球は無回転を保ったままマキ側のコートに落ちた。その瞬間、球は力に耐えきれず粉々に砕け散った。
「アライさん」
マキがアライに近寄り握手を求める。とても嬉しそうだ。しかしアライは悲しかった。マキのはだけた浴衣の事などこれっぽっちも考える余裕がなかったからだ。
「ナイスプレイですっ。またやりましょうっ!」
「いや二度とやらねえよっ!!」
「なっ!?そんな・・・っ!?」
ルール的にレットだから勝敗はドローやぞ。