カクタ
よろしくお願いします
カクタは自分の左手で右手を切り落とす。”増殖”神獣ゴアの右腕を。
強力な『厄』の性質を持つ鬼神玄雨の左腕に切り落とされたその腕は形を失い醜悪な泥に姿が変わる。
泥は地面に染み込むように消えていく。突如現れたのは底なしの巨大な穴。深淵。
中から現れたのは人間の大人サイズのバッタの大群。早足で穴から這い出てくる。腹が減っているのか村の建物、草木、人を食べ始めた。大量の食事による咀嚼音が村中に響き渡る。とてもうるさく不快な音だ。
更に底から現れたのは馬面の悪魔。頭のサイズが合わない大きな金の王冠を被る。手には巨大な杭を携え、夜空に向けて雄叫びを上げる。それは下界の生き物から生気を吸い取る邪悪。周囲が一気に地獄と化した。
「すごいな『終末』を呼べるのかよ。化け物が天使の真似事とはな」
ジャックは自分に向かってくるバッタの群れを指パッチンの『音』で刻み、破裂させ、蹴散らしていく。カクタの右腕を見ると肩から血の泡が噴出し、再び元の腕の形に形成された。
「しかし『本物』には程遠いですね」
聞き覚えのある声を聞いてジャックは後ろを振り返る。オケラが複数のバッタをカゲの剣で真っ二つにしていた。中から大量の体液が溢れている。
オケラは体中から出血しているもののふらつく事無くその場に二本足で立っている。しかしその眼に輝きはなかった。何故かどこか悲しそうな眼をしている。
「また邪魔する気か?」
「いえ、この程度の終末に価値はありません。一応注目はしていたのですが期待外れです。彼にすっかり興味がなくなりました。それと、あなたにも」
「・・・何?」
「あなたの『殺し』は確かに力強い。私が元いた世界にいた方々に近い殺し方だ。懐かしい痛みだったので思わず笑ってしまいました。・・・しかし残念ながら私の好みではないのです。上手くは言えないのですが要するに・・・”愛”がないんです。興味が失せましたので私はここで失礼します」
オケラは手に持っているカゲを握り潰し霧散させるとジャックに背を向けてその場から立ち去ろうとする。ジャックはカクタの方を一瞥した後オケラに向き直る。
「いいのかあれは?あんな見た目だが一応『勇者』だぞ?」
「化け物に興味はありません」
背中越しにそう言うとオケラは闇夜の中に姿を消した。
「いいいいいいいいいいいやったあああああああああ!!」
ここでカクタ、喜びの雄叫びを上げながら深淵の王に飛び掛かる。後ろから不意を突かれたその悪魔は為す術なくカクタの鬼の左手で首を落とされる。悪魔の体は力なく崩れ落ち、穴の中に戻っていった。
状況は急変。穴は塞がりバッタ達は力なく倒れ、息絶えていく。
カクタは落ちた首を拾い上げる。そして嬉しそうに首に向かって話しかける。
「お、おおおお前もナミカミたんのお気に入りなんだろ?俺は知っているんだぞ・・・ッ!?さっさとお前の力も寄越せぃ!!く、食ってやるゥ。食ってやるぞォォォォォ!!」
カクタは悪魔の頭を食べ始める。後頭部から順番だ。骨が砕き、咀嚼する音。既にジャックの事などお構いなしだった。
「なんだ、・・・とっくに壊れていたのかお前」
ジャックに怒ったと思ったら嬉々として悪魔を食べ始める。精神が不安定になっている。ここまでくると本当に人語を話すただの化け物だとジャックは感じた。
(この様子では神体の入手ルートは聞き出せそうにないな・・・)
さっさと処理してしまおう。ジャックはそう思った。
深呼吸を一つ。目を閉じ、大きく両手を広げ、二拍手。音で意味を直感で察したカクタ。食べる手を止める。大きく後ろに跳ぶ。
しかし遅かった。地面から蛇の尾、空からは蜘蛛の糸が無数に現れる。カクタは両手の神を振り回す。数秒は止まるが数の暴力。あっという間に捕まってしまう。
「カァッ・・・・があッ!!」
必死にもがくカクタを見ながらジャックは懐から手の平サイズの桐の箱を取り出す。中には札に包まれた五寸釘があった。
「人間相手には効果が薄いんだがお前のように神性が強かったら十分効くだろうよ」
札を引き剥がされた釘は宙を浮き、カクタの力に呼応するかのようにみるみる大きくなり一本の長槍へと姿を変えた。
「それじゃあ行きますよぉ、勇者様ァ」
槍投げの体勢、そこから助走に入る。ジャックは駆ける。スピードを上げていく。
「それぇぃ!!」
掛け声と共に釘を投擲する。天を駆けながら一直線に飛んでいくその釘はカクタの胸を一瞬で貫いた。
「ぐッ・・・うゥ・・・!」
戦神カイゼルの胴体を呆気なく貫いたその釘は星空に消えたと思った瞬間ジャックの手の中に帰ってきた。
「・・・まだ息があるな。それだけ神を喰らったんだ。命が増えていても驚きはしないよ」
「う、うう・・・ふ、ふふふ。この程度じゃ僕は死なないんだ。ナミカミたんと愛し合っている僕はリア充であり無敵なんだよ・・・」
貫かれた胸から血は出ない。ぽっかりと大きな穴が空いただけだ。
「確かにすげえよお前。だが悪いが俺は、お前を全く恐いと思わない」
ジャックは次の一手をコートの中から取り出す。鎖だ。輪一つ一つに文字が刻まれており、”三百超えの強欲”友人クロイの呪いが込められている。それを右拳に何重にも巻き、拳を握る。
そしてジャックはわざとカクタを捕らえている呪術を緩める。
術が緩和された事を察知したカクタは玄雨の左手で天の糸と地の尾を瞬時に引き裂く。ジャックに向かって飛び込んでいく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
雄叫びを上げる。間違いなく、殺す勢い。だがジャックはひるまない。冷静な目つきのまま迎え撃つ姿勢に入る。
「お前のはただ神の力を手当たり次第かき集めただけ。本来の力の半分も引き出せていない」
「だから」
ジャックの右拳の突きとカクタの拳がぶつかる。高音、弾ける衝撃と空間。そして砕け散る、カクタの左腕。
「だからこんなにも簡単に、壊れてしまう」
「ッ・・・!!?い、いい痛い痛い痛い痛い痛いぃ‼︎」
地面にうずくまり悲鳴を上げるカクタ。ジャックはもう一度先ほどの釘を取り出す。
「じゃあな」
釘を握りしめてカクタの頭上目掛けて打ち込む。何度も。何度も。
カクタは抵抗出来ない。いかに神体で身を守っているとはいえ精神は人間。未だかつて味わったことのない強烈な痛み。戦意はとうに喪失していた。
変化が起こった。カクタのつぎはぎの体のあちこちが脈打ち始める。そして蒸気を発しながら溶けていく。そうとうの熱なのか地面が焦げている音も聞こえてきた。ジャックは釘を打ち込む手を止めた。
「そ、そん、そんな・・・ッ!い、いい嫌だ!!まだナミカミたんとちゅっちゅ・・・ッ!!ちゅっちゅしていない・・・ッ!!していないんだぞ・・・ッ!!どうしてこんな所でェ・・・ッ!!」
「・・・そんな不完全な力でこのクロイの鎖を破壊したことだけは褒めてやるよ」
そう言うとジャックは鎖を夜空に映える月にかざす。よく見ると鎖の一部にヒビが入っていた。
身体が消えるその時までカクタはうめき声を延々漏らしていた。
その様子をジャックは特に何をすることもなくただ黙って眺めていた。
グッバイカクタ