追う者達
手先冷たくなってきた。
「・・・遅かったか」
断罪屋のジャックはアライが仕留めた歩兵を見下ろしそう呟いた。遠く離れた場所からでも伝わった強力な鬼の気配。間違いなく鬼神クラスの神使だ。これ程の圧はこれまでの人生でも滅多にお目に掛かれないものだった。
(消去法だが恐らく鬼付きの勇者は第三のカクタ。今回の三人の勇者の中では一番得体がしれない分さっさと仕留めておきたいんだよなぁ)
ジャックは口に咥えた煙草を携帯灰皿に仕舞い込む。周辺ではは村人達が歩兵にやられた怪我人の治療で慌ただしく動き回っている。ジャックは特にその様子を気にすることなく。鬼に無残に殺された歩兵の体を調べていた。
「ははッ!こいつはすごい!斬ると潰すを同時にやってやがる。鎧が紙切れみたいに・・・。これは反撃の余地もなかっただろうな。可愛そうになあァ」
ついテンションが上がってしまい口調が崩れてしまう楽しそうなジャックと対照的に隣で付き添っていた村長が心配そうな顔で立っていた。怪我をしたらしい。体のあちこちには包帯が巻かれている。
「・・・どうですかジャック様。何かお分かりになられましたか?」
ジャックは第一修道教会の仕事を円滑に行うために教主から特等聖騎士認定証を持たされている。これがあれば東ノ宮の殆どの人間に怪しまれる事無く協力してくれる。
「ええ、まあ大体は。・・・それでその勇者様はどこに行くなど言っていませんでしたか?是非第一修道教会を代表してお礼を言いたいのですが・・・」
村長は特にジャックに警戒する様子を見せる事無く口を開く。
「それが、殆ど何も仰らずに出て行かれてしまって・・・」
「へぇ・・・」
ジャックは鬼に付けられたであろう歩兵の傷跡に触れてみる。人と鬼が混じったような気配。若干残っているが直ぐにでも消えそうな程弱まっていた。
(これじゃ追うのは難しいな)
「とりあえずこの歩兵は教会の教えに従い早々に処分をして下さい。それから・・」
ジャックはここで言葉を止めた。歩兵が走ってきた山を振り向く。闇夜の奥から銀縁丸眼鏡のワイシャツ男が村の入口から入って来た。魔王軍、オケラだった。山越えをしたにも関わらず特に疲れた様子も見せず優しげな表情をしたその男は村の様子を見ると柔らかい口調で口を開いた。
「どうかされましたか?」
ジャックは警戒する。見た目は普通の人間。だがジャックの本能が警鐘を鳴らす。異世界の住人だと。自分と同じだと。ジャックは特に構える事もなくオケラに向き直る。
「それ以上近づくなよ魔王軍オケラ」
オケラは少し驚いたような素振りを見せた後嬉しそうに微笑む。
「なんだ、ばれてましたか」
ジャックの隣にいた村長は二人の会話を聞くと血相を変えてその場からあわてて逃げ出した。恐怖は伝染していき「魔王軍が再び来た」という話は一気に広まり村中がパニックになった。あたりから女子供の悲鳴や男達の叫びが聞こえてくる。
ジャックはオケラの事は少しだが情報を持っていた。ヴァンの配下の中で唯一の人間。一年前、スダ王率いるヴァン討伐大隊を一人でほぼ壊滅させた男。
そして確証はないが「この」世界で最強だった「シュウ」の力を全て無にした男。ジャックにとって現第六界において出来れば出会いたくない人物の中の一人だった。
「こんなド田舎に何用だ?」
「意中の勇者様がここに来ている情報を掴んだものですから追ってきたんです。入れ違いだったみたいですが」
オケラはジャックの隣で倒れている歩兵を一瞥した後再びジャックに目を向ける。
「しかし私は運がいいです。こんな所で第一修道教会の切り札、JJ様にお目に掛かれるとは」
オケラは右手の掌を地面に向けると闇夜の至る所から「カゲ」がゆっくりと這いより一本の極細の剣に創り替わった。形が上手く定まらないその剣は横からみると確かに歪んで見えた。ジャックはオケラのその様子を見て眉間にしわを寄せる。
「生憎今回の仕事にあんたの首は含まれていない。が、立場上戦わないといけない。が、正直やる気が出ない。だがら、とっとと逃げるか降参しなさい」
「嫌です」
笑顔で意気揚々と返事をするオケラ。ジャックは特に武器は取り出さない。ポケットに両手を入れたままオケラと向かい合う。
オケラは剣を片手で持ちジャックの間合いに向けて突進。フェンシングの要領でジャックに剣を突き立てる。ジャックはその場から半歩下がり、胸を反らし紙一重でその突きを躱す。しかし、オケラの突きはそれで終わらなかった。脈打つカゲの剣の先から現れた物。牙だ。不形成の無数の牙が剣先から伸び出てジャックを襲う。触れる。ジャックの体にカゲが触れた瞬間この空間に聞こえてきた「パチンッ」というジャックの指を鳴らした音。その響きはカゲの牙、オケラの片腕諸共弾き飛ばした。
カゲは形を失いながらゆっくりと地面に落ちていく。オケラの裂けた右腕が鮮血に染まる。オケラはポカンとした顔で数歩程後退する。
「呪詛・・・今の指鳴らしの音の中に呪いが込められているのでしょうか。それだけでこの破壊力、いや刃気力と呼ぶべきですか。お見事ですね」
オケラは自分の傷ついた腕を興味深そうに眺める。鋭利な刃物で切られたような傷口。痛がる素振りはなくその眼は輝いていた。ジャックは逆に興味がない顔つきで次々と指を鳴らす。
脚、胴体、肩、頭。指を鳴らすたびにオケラの体に裂傷が刻まれる。傷からあふれる大量の出血。しかしオケラは倒れる事無くその場に立っていた。
「痛い、痛い、痛いなぁ」
笑顔は消えない。痛みを呟きながらジャックに向かって前進していく。足を潰そう。そう思ったジャックは自分の足のつま先で軽く地面を叩いた。本当に軽くだが、「それ」は並の人間の足を潰すには十分すぎる程の威力だった。
しかしオケラには届かなかった。何事もないかの様に血だらけのオケラは前進する。血の量で気づかなかったが指鳴らしによる裂傷もいつの間にか増えていなかった。
(あの黒い化け物の力か・・・。)
這いよるカゲを一瞥するジャック。
「それはもう十分に貰いました。さあ、次を下さい」
「ったく・・・欲しがりさんが」
ジャックは負ける気はしないがこれ以上仕事外で自分の力を披露する気は起きなかった。どうしたもんかと思考を巡らせていると場の状況が変わった。
二人から少し離れて横になっている歩兵の鎧。突如鎧の周りの地鳴りが始まる。すると鍵盤による音階Aの旋律と共に第三修道教会のカクタが空から降ってきた。巨大な落下音。地響き。周りの村の家々が崩れていく。
土煙の中から現れたカクタはクリーム色のローブで顔は見えないが辺りをきょろきょろと見回した後、周りの状況を気にすることなく。地面に落ちているバラバラになった歩兵の鎧を愛でるように丁寧に調べ始めた。
その様子を見た瞬間ジャックは一瞬で目の色が変わった。
「標的はっけ~ん」
投稿おせええええええええええええええ!!
ごめええええええええええええええん!!