接待
久しぶりに投稿。反省。
アライは旅館の自室で力が抜けきった状態で座椅子にもたれかかっていた。天使と混浴。人間ではないと思ってはいても意識せざるを得なかった。とにかく20年近く童貞を貫いているアライには刺激が強すぎる。そんなイベントだった。
(後半頭がこんがらがってあまり良く覚えていない。タオルで隠してあるとはいえ貴重な天使との入浴シーンが・・・)
「その分だとあまり楽しめなかったみたいだな」
アライは声がする方に顔を向けるとハヤシがいた。床の間の中央にあった掛け軸の代わりに掛けられていた。
「・・・何やってるんだ?」
「仲居にやられたんだよ。気にするな」
第六界では鬼は神聖か邪悪かで意見が未だに対立している。だから鬼を見た瞬間崇め始める者もいれば逃げ去る者もいる。だからお面の姿とはいえ鬼のハヤシを綺麗に壁に飾るあたりここの仲居さんは鬼に良い印象を持っているのだろう。コミカル鬼お面姿で話しかけてくるせいなのかアライはどうも気が抜けてしまった。しかしそれでも自身の熱気は冷めることはなかった。まだ身体はあの露天風呂を忘れそうになかった。
「そういえばマキはどうしたんだ?一緒に出たんじゃなかったのか」
「何か準備があるからって、途中で別れたんだ」
「ほー・・・」
ハヤシはそれを聞くとそれ以上言及してこなかった。多分夕食の事だろうがお店の人に任せればいいんじゃないのかとアライは内心思っていた。とにかくやる事もないので布団を敷いて横になって浴衣の下に隠している装備の確認をしていると仲居さんが部屋にやってきた。食事の準備が出来たらしく二階の宴会場に招待された。
アライはこの旅館に入った時に貰った地図を見ていたので中の部屋割りはだいたい頭に入っている。二階の宴会場はざっと見積もっても百畳はある。二人で食事をするにしてはあまりにも広すぎる。もしかすると他の客達もそこに集まって食事をする可能性がある。もしそうなら客に成りすました暗殺者を警戒する必要が出てくる。アライはここで考えていても仕方ないと思い仲居さんに言われた通り宴会場に向かった。
廊下を歩いていると先ほどまでは気付かなかったが食欲をそそる匂いが漂っていた。肉を焼いたのだろうか、焼けた肉の脂と香辛料が混ざり合った匂いがする。こんな状況だが楽しみなのか気分が高揚しているのがアライ本人も気づいた。都での任務の時は基本野宿だったため宿に泊まるという事は滅多になく、旅館に来たとしても護衛任務で部屋の前の廊下や非常口の張り込みなどしていただけで楽しむなどと考えた事は一度もなかったのだ。
(今更だが、俺はある意味初めて旅館に来たのかもしれない)
アライは感慨にふけった後ゆっくりと宴会場のふすまを開けた。思った通り百畳の畳が敷かれた空間に前菜や刺身等が乗っている脚付きのお膳が二人分のみ向かい合うように用意されていた。他の客はおろか店側の人間もいなかった。とても静かな空間だった。
(ほ、本当にここで食べるのかっ!?)
落ち着かない足取りでとりあえず奥側のお膳の前の座椅子に腰掛ける。冷汗が出てくる。これ程開けた空間で一人きりという状況。常に誰かに狙われている事を意識している自意識過剰なアライにとっては辛いものだった。これなら先ほどあてがわれた自分の部屋で食事をした方が良かった。とても落ち着く空間ではない。
この部屋の空気に耐えきれなかったアライは唐突に立ち上がり部屋の隅々をチェックし始める。本当に締め切った状態なのか、誰かが覗ける空間が存在しないかそこが重要だ。
「・・・一体・・・どういうつもりなんだ」
わざと自分を窮地に追いやってまんまと誘い込まれた教会の人間達を順番に狩るつもりなのかとアライは持ち前の被害妄想を繰り広げ始める。
「・・・心配しなくてもこの旅館は安全だぞ」
アライの手に掴まれたままの状態でハヤシはアライに話しかける。
「勝手に人の心読むの止めてぇ・・・もしかして俺の心を読めるのも鬼の力なのか?」
「これはあまり鬼は関係ないな。その気になればマキやモリノも出来る。」
「マジかよ恐い」
『失礼します』
部屋の外からマキの声が聞こえてきた。次の瞬間ふすまが開かれマキと数人の美女達が同時に颯爽登場。マキの右手には酒瓶、左手にはおちょこ二つ。明らかに酒盛りをする様子だ。服装は全員蒼のスーツジャケットとタイトスカートを穿いており明らかに特定の人間を誘惑するかのような恰好だった。予想外の光景にアライが絶句しているとマキの方から口を開いた。
「今夜は存分に楽しんで頂きます。アライさん」
「・・・ま、待て。何だこれは」
「?・・・接待ですが、何か問題がありましたか?」
「・・・」
アライは思考を巡らせる。
(確かに嬉しいイベントだがこんなに素性の知れない人間に囲まれるのは正直落ち着かな・・・おほォ右のお姉さんエッッロ・・・いやいやいやいや!!お、落ち着けアライ!!冷静に!冷静に対処するんだ!!)
「き、気持ちは有難いが大勢に囲まれるのは正直落ち着かない。ここは俺とマキの二人の方が有難いです・・・」
後悔の波が押し寄せちょっと涙目になっているアライを余所にマキは少し考え事をするような仕草を見せた後。アライに向かって頷いた。
「了解しました。皆さん、撤収します」
マキが手を叩いて合図をすると後ろの美女達は「は~い」と力の無い返事をした後マキと一緒に廊下の奥に帰っていった。次に姿を現した時はアライと同じ浴衣姿になっており、右手には酒瓶、左手にはおちょこを持っていた。
「・・・俺を酔わせてどうするつもりだ」
アライの警戒は続いている。酔いは冷静な判断を狂わせるものだ。ヴァンを討伐するまで控えた方がいいに決まっている。マキはアライの向かい側に座らず隣に座り込む。そしてアライにおちょこを持たせるとそこに酒を注いでいく。
「アライさんの酔っている所を見てみた~い」
無表情のマキの顔から抑揚のない言葉が飛んできた。このあまりにも気の抜けた返事にアライは溜息を一つついてしまう。
「あなた本当ぐいぐい来るよね。もう天使に見えなくなってきたよ」
「今後の戦いの為にもお互いのコミュニケーションが必要だと判断しました」
「ああ、なるほど。そういうことね」
アライは注がれた酒をちびりと口に含んだ。