恐怖のあり方
更新悪いッです。申し訳ないです。ごめんなさいです。
アライは足元で無残な姿で果てている歩兵を見て熱くなっていた心が徐々に冷たくなっていくのを感じた。脈打っている鬼の右腕も沈静化して人の腕に戻り、被っている鬼面のハヤシの顔が迫真の顔からコミカル調に戻っていった。
心臓の拍動が嫌に聞こえている。息も荒く、呼吸をすることさえ辛く感じた。アライは足元で倒れている歩兵を見る。そして戦慄した。
最初は動きを止めれればと思っていただけだった・・・。だが途中からどんどん気持ちが高ぶり無我夢中になり、気づいたら目の前の歩兵を倒してしまっていた。
オケラと戦った時は途中からよく覚えていなかった。しかし今回はしっかり鮮明に覚えている。
自分の心の奥の深淵を無理やりこじ開けられたような、今までにない気持ち悪さを感じていた。しかしそれと同時に何か今まで味わった事のない高揚感を感じていた。
(・・・なんなんだこの力は。俺がやったのか?それともこれはハヤシの・・・?)
「勇者さまァ・・・ッ!!」
「勇者さまが歩兵を倒されたぞォ・・・っ!!」
気付くとアライの周りに村人達が駆け寄るように群がってきていた。喜んでいる者や泣いている者様々だ。恐ろしい力で歩兵をいとも簡単に倒したその男を疑う事無く勇者と信じているようだった。
「ありがとうございます勇者様っ!!おかげで助かりました!!」
傷付いた村の戦士達がアライに向かって深々と頭を下げたのを皮切りに周りの人間達も同じように頭を下げ始めた。
「・・・」
アライは黙ったまま少し考えに耽る。今こうして感謝の言葉を言っているが自分が面を取って名乗りを挙げた途端手の平を返すんだろうなと。むしろ罪人に助けられた事を恥じる者も出てくるかもしれない。アライは出来れば現状が落ち着くまでは村に留まっていようと思ったがボロが出る前に早々に立ち去ろうと決めた。
「・・・避難信号は見えなかったのか?」
「っ・・・!?え、いや、見えはしたのですが・・・」
「次はこの程度の被害じゃ済まないぞ。・・・気を付けろ」
「は、・・・はい・・・っ」
少し威圧的に言い過ぎた、かも。お面越しで顔が見えていないせいかもしれない。そのまま村の外に出ようとするアライ。途中ではぐれたマキとモリノを探しに行かなければならない。それに早く人気のない所に移動してこの鬼の面を外したかった。
「お、お待ちくださいっ!!もう行かれるのですかっ!?せめてお礼を・・・っ」
「・・・」
何も言わずに村の出口に向かって行く。お礼を貰うつもりはない。村人達にはそう聞こえた。
「で、ではせめてお名前だけでも・・・っ」
「・・・」
罪人が名乗ってもいい事はない。これ以上関わらずにここを去る。アライはそれが一番いいと判断した。
それでも後ろから引き止めようとする村人の声が聞こえてきたがアライは無視して村の外に駆けていった。
アライは特に方角の事を気にせずがむしゃらに走った。どこでもいい。とにかくどこかに隠れたかった。息を切らせながら近くの竹林に入り込むと震える手で被っているハヤシを掴んで地面に投げ捨てた。その後数歩後ずさりしていると竹に背が当たりそのままズルズルと地面に崩れ落ちた。空を見つめたまま動こうとしないハヤシをアライは睨みつけた。
「はァ・・・・・っ!はァ・・・・・・っ!・・・ど、どうして・・・・何なんだよ、お前は!」
「・・・楽しかったのか?」
「・・・何だと?」
「傷つけたのなら謝る。だが少なくとも、俺にはそう感じたんでな」
「・・・」
アライは答えられなかった。今ハヤシにどこまで読まれたんだ?感情だけ?それとも記憶もか?楽しい?むしろ恐いと思った。
魔王軍に対しての明確な殺意をむき出しにして戦い、倒した時悦に入った自分自身に。
「くくくっ・・・随分面白い男だな。よくここまで屈折できたもんだ」
「・・・どういう事だ」
「心の在り方が定まっていない所だよ。魔王軍に復讐したくて仕方ないんだろ?なのにお前の心の中は連中への恐れと自制心で心の中がぐちゃぐちゃだ。そういう奴は決まって知らず知らず危険な空気を纏ってるもんだ。もしかしてお前がナミカミに選ばれた理由はこれかもしれないな」
「・・・な、なに・・・を」
昔、都に来たばかりの頃スダ王に言われた事がある。
『お前は本当の気持ちを無理やり抑え込み誤魔化すクセがあるな。一体何をそんなに恐れているんだ』
良く覚えている。何故かこの時あの魔王ヴァンの顔が脳裏をよぎった事も。
(・・・さっきのは気持ち良かったな。・・・目の前で歩兵がぐちゃぐちゃになってた)
(気持ち良くない。・・・むしろ真逆だ)
(そうか?でも楽しかっただろ?)
(・・・楽しくない)
(オケラが都に来た時、マキに格好悪い所を見せられないから戦うみたいな事考えてたけど。あれ、ただの建前だろ?)
(・・・・・・・・・・・・・違う・・・っ)
(随分と男らしいお気持ち表明だったなぁ。本当はこれっぽっちも考えてないだろ。いつも自分の事しか考えていないんだからな。勇者に選ばれた時も本当は魔王軍を殺せる機会が来たことがたまらなく嬉しかったんじゃないのか?)
(違う・・・っ!!)
自分を押し殺すように自問自答を繰り返す。
(自分から望んで戦う奴なんて狂ってる。争いなんて、避けて当然だ。そうだろうが。俺はその辺の戦闘狂と一緒にするな!)
アライは暫く俯いていたが途端に小さく口を開いた。
「・・・復讐なんて恐ろしい事、俺にできる訳ないだろう。俺は勇者として仕方なくここにいるだけだ。憎しみなんて気持ち、勇者が持つべきじゃない」
「どうしてそう捻くれてるのかねぇ。連中を殺す事に一体何を躊躇う事がある?あいつらはおまえら人間達を殺して回っている化け物集団なんだぜ?それに、どうせこの旅はヴァンを殺す旅なんだ。それがお前の望みなんだろう?だからナツメと簡単に協力関係になれたんだ。成功すればお前の願いは自動的に果たされるからな。もっと自分の気持ちに素直になって現状を喜べよ。だからいつまでも迷うんだよお前は」
「・・・化け物のお前達には、分からないよ」
しまった。言い過ぎたとアライは思った。だがハヤシは気にする様子もなく笑っていた。
「だはははっ!、そうかもなぁ。しかしあれだ、鬼に憑依された大抵の人間は精神に限界が来ると拒絶反応が起こってしまうんだがまさか更に力を引き出してくるとは思わなかった。中々骨があるじゃんかよ、感心したよ」
「・・・褒めてんのかそれは」
「褒めてんだよ」
「・・・なんだよそれ」
「アライさん」
声が聞こえた方を振り向くとアライが来た道からマキが歩きながらこちらに向かってきていた。見た目からはよく分からないが少し疲れているように見えた気がした。多分モリノの背中から落ちた後全速力で追いかけてきたのだろう。それでも息は全く乱れていない。
アライは先ほどマキにかけたジャーマンスープレックスが脳裏に浮かび申し訳ない気持ちで一杯になった。マキが何かを言いたそうに口を開いた瞬間アライは遮った。
「いや、待てマキっ!言いたい事は分かる・・・。二度もプロレス技をかけられたんだ。怒るのも無理ないと思う。言い訳はしないっ!!ぜひ俺に好きなプロレス技をかけてくれっ!」
そういうとアライは大の字で仰向けになって目を瞑った。痛いのは嫌だが自分がやってしまった事だしマキにやられるのなら悪くないと思った。
「アライさん・・・」
マキはアライの体に近づくと片腕を掴んでいきおいよく立ち上がらせた。
「ッ?!・・・うおおおぅ!?」
「アライさん。宿までの到着時刻が押しています。竹林の外でモリノを待たせています。早々に向かいましょう」
「秘書か」
冷静なマキの対応にアライはツッコミを入れてしまった。
「気に入らないのでしたら宿で罰を受けてもらいましょうか」
「へぇあ?・・・・・・お、おう。よ、よし分かった。・・・とにかくこんな所に歩兵がいるという事は先鋒壁が突破された可能性が高い。・・・気を引き締めていこう」
フラフラと歩きながらモリノに向かうアライを尻目に地面に落ちているハヤシを拾い上げた。
「どうでしたか?アライさんは」
「・・・想像以上だ。最初は思わなかったが俺達にはお似合いの勇者なのかもな。ナミカミも粋な事をしやがる」