雨と歩兵
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辺りの木々に生える葉から雨の音が聞こえてきた。雨足は穏やかだが徐々に強くなってきているようだ。同時に視界や道の具合が悪くなっていく。
山道、夜、雨。アライ達にとってどんどん悪い状況が作り出されているようだった。モリノの足音は消音機能と雨のおかげで消せてはいるがいかんせん視界が悪すぎる。ここまで状況が悪くなってくると減速させているとはいえ灯りをつけずに進むのは危険すぎるとアライは判断した。アライは前方座席に座るマキの肩を叩く。
「灯りをつけてくれ。光の量の調節は可能か?」
「可能です」
そう言うと真木はハンドルに付属しているダイヤルを回そうと指をまわす。しかしその行動はハヤシの「止まれ!」という言葉で遮られる。アライの背中に張り付いていた鬼のお面姿のハヤシはモソモソと音を立てながらアライの合羽から抜け出す。そして宙を浮きながら無言で辺りを見渡す。
「・・・・・・・」
ハヤシの様子を見て察したアライは一度進行を止める事にした。座席に座りながらモリノの背面外装に手
を触れて話しかけてみる。
「モリノ・・・さん。ちょっと止まってくれ」
そう言われるとモリノは進む足を止めてその場に伏せて動かなくなった。暫くハヤシは周りをぐるぐると回転しているだけだったがすぐにある一方の方角を見つめたまま動かなくなった。アライはハヤシに近づき小声で話しかける。
「・・・何かいるのか?」
「・・・人じゃない。多分ヴァンの手下だろうな」
「数は分かるか?」
「一体だけだ」
雨の音と闇が濃くなっている所為か森の向こう側の様子が全く分からない。生暖かい風が木々と雨の中を掻い潜って顔に当たってくる。アライは一応応戦用にポケットから自作の高出力釘打機を取り出す。見た目は筒状。ちくわ程のサイズになっている。筒の中には破魔釘と火薬が内蔵されており筒の端に衝撃を与える事で釘が射出されるように細工されている。
「私が単独で先行してきましょうか」
今度はマキがアライの方に寄ってきた。顔が近い。今更だが合羽姿も可愛い。
「いいいや、罠かもしれない。・・・今は相手の様子を見よう。一応戦闘の用意だけ・・・、それより今更だがハヤシの言っている事は信用出来るのか?」
「ハヤシは元々私たちの中で一番感知力が優れていますし、アライさんの力で更に力が底上げされています。信じましょう」
「・・・お、おう・・・。え、俺の力?何もした覚えがないんだが・・・」
アライにとってはそれは知らない情報だった。勇者と神使の関係性についての情報はほとんどが機密として扱われている。勇者に選ばれた者にもその情報は開示されない。神官のマブチは召喚を見届けた後満足して自分の家に帰ってしまったので何も分からずにいたのだ。
「神使の力は召喚前からある程度決まっているのですがそれに加えて憑代である勇者の性格、資質などがボーナスとして神使に付与されるようになっています」
「・・・初耳だ」
「後ハヤシとモリノがお面と機械仕掛けになっているのは勇者としての、アライさんの影響が大きいです」
「え、そうなの?」
アライはもしそうなら二人に申し訳ないと思った。人間のアライから見たらどう見ても生活し辛そうだからだ。今までは一体どんな姿だったのだろうかとも思った。マキも、もしかして元の姿から変わっているのだろうか。
「・・・マキもここに召喚されて何か変わったのか?」
「私は特に・・・この服も天界から着てきたものですし。ただ・・・」
マキは自身が付けている黒手袋を恨めしそうな目で見つめながら表面をさすった。
「神錠は・・・変わったみたいです」
しんじょう?聞いた事のない言葉だった。どんな物か聞いてみたかったがその時のマキの様子がどこか重く殺伐としたものがあったためアライは聞くのを止めた。
それから降りしきる雨の中暫く相手の様子を窺ってみたが動き出す様子を見せない。試しに双眼鏡を取り出してみたがやはりアライの肉眼では確認出来なかった。雨は未だに止む様子を見せない。
アライは流石にお腹が空いてきたのでポケットから乾パンを三つ同時に取り出しそれを濡れた手で一個ずつ大事そうに食べ始める。食べていると口の中が乾いてしまって水が欲しくなる。三つ目の乾パンに差し掛かった所でハヤシの「動いた」の一言で状況が動いた。アライは手に持っている乾パンを食べ切ると頭の上で宙に浮いているハヤシに近づく。
「どう動いてる?」
「地面を這いながら走ってるな。こっちに向かってる。五分程でここにくるぞ」
それは雨音に紛れて微かに聞こえてきた。這いずる音と木々が倒れる音だ。近づいてきているのは確かなようでその音は徐々に大きくなってきている。
「・・・よ、よし逃げよう」
「アライさん」
マキがたしなめるようにアライを呼ぶ。分かっている。ここから少し山道を進むと森を抜けてすぐに農村地帯に入ってしまう。狙いが自分達だけならいいが村も襲う可能性も捨てきれない。この場で倒してしまう事が勇者としての最善策なのだろう。この場は勇者じゃなくていいからこの場を逃げ出したい・・・。アライは眉間にしわを寄せて苦しそうな顔をする。
「ぐっ・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・迎撃するぞ」
「了解ですっ」
私は分かっていたと言わんばかりのマキの笑顔の返答にアライは内心やけくそ気味になってきた。
「よしお前達、全力で俺を守れぃ!」
「よっしゃ、任せろ」
ハヤシは面の体をアライの顔に被られにいく。自分の意思とは関係なく鬼の面を被ったアライは突然の事に驚き慌てる。
「ぐあっ!!ちょ、ちょっとハヤシ!!何すん・・」
「いいから黙ってろ。すぐに分かる」
ハヤシに言われた通り、それはすぐに分かった。雨が降っている地域。それはこの大土呂の山だけでそれ以外は雨は止んでいる。森を抜けた集落の人達が夕食の用意をしている。反対の方角の村は人気はなく廃村になっている。何者かの襲撃があったのか建物は殆ど壊されており、壁穴だらけの家の中は衣服や家具が荒れ放題になっている。
「・・・これは、千里眼ってやつか?あとなんで皆緑色に見えるんだ?」
「説明は後だ。とにかく今は俺の感覚を共有していると思っておけ。それより今は敵さんに目を向けろ」
そう言われたアライは雨の中木々を掻き分けながら向かってくる音がする方を見る。相手の移動スピードに合わせて自動で倍率が変わっていく。そこに見えるのは並の人間の五倍程の大きさの西国の鎧が四つん這いでゴキブリのように走ってきている。魔王軍の歩兵である。こちらの事に気づいている証拠に既に成金化しており鎧の中の鋭触手が背中から突き破って外に溢れている。
「・・・まずい、歩兵だ」
「単体で突っ込んできてる所をみるとまだこちらが勇者だとばれてないな。アライの人間の匂いに寄って来ただけみたいだ」
アライとハヤシの会話を聞くとマキは座席から立ち上がる。
「アライさん。仲間を呼ばれる前に倒してしまいましょう」
「・・・そ、そうだな。よし」
アライは高出力釘打機の照準を合わせる。この武器の射程は長くない。ギリギリまで引きつける必要がある。敵の位置は分かった。だがそれでもアライの心配は拭えない。魔王軍の歩兵は九体しかいない。そしてその強さは魔王ヴァンの強さに比例する。歴代の、今までのヴァンの時は都の戦士達でも対応出来た。しかし今回は歩兵一体相手にまるで歯が立たなかった。
一年前の偽夜城前戦では部隊長のナガタ、シナトそしてアライの三人がかりでようやく一体を倒せたのだ。その時は成金化する前にほぼ不意打ちで倒せたため今回の相手はアライにとって未知数の相手だった。
「心配しなくても俺達がいるだろうが。まあ任せておけ」
どこから喋っているのか分からないおもちゃの鬼のお面からハヤシの声が聞こえてくる。まるで緊張感のない声にアライは更に不安になる。息が荒く、手が震えてきた。
「なあ・・・なあアライ」
無神経に話しかけてくるハヤシにアライは流石にイラついてきた。
「なんだよっ。今集中してんだか・・」
「それで攻撃するのもいいが。折角俺達がいるんだからもっと有効に使おうぜ」
「つ、使うって?」
するとモリノが動き出した。伏せた姿勢のままだが片腕部の肘関節から上のみを動かして三本指から成る手の平を歩兵が来る方に向けた。そしてモリノの腕が変形。手の中から120㎜口径程の火砲が現れた。砲口には制退器、腕には排煙機・・・・っ!
「肘裏の後ろから照準を合わせられるようになっている。使ってくれ」
「・・・・っ。本当何でもありだなお前ら!!」
アライは地面に駆け下りると走ってモリノの肘の裏に回り込んだ。肘の裏には見たことのないモニターやスイッチレバーなどが並んでいる。
「・・・どうやって使うんだ?」
「大砲ぐらい撃った事あるんだろ?」
「演習で何回かやったぐらいだ。だがこんな未来的ではない奴だ」
「十分だ。右下にあるレバーに触れると視界に照準の記号が出てくる。それに合わせてレバーを引くだけだ。細かい調整は俺とモリノがやる」
言われた通り右下のレバーに触れてみる。すると視界の隅々に数字や記号が表記してありその中心に照準記号が見える。その下にはとても速いスピードで減っていく数字が見える。これは多分自分と敵との間の距離を指しているのだとアライは思った。歩兵は森を抜けてこちらに飛び込んでくる手前だった。
照準と標的が重なった瞬間、アライは手汗と雨で濡れた手でレバーを引いた。
火薬の爆発音と共に砲弾がジャイロ回転しながら飛んでいき四つん這い状態の歩兵の頭を打ちぬいた。それと同時に鎧の中で爆発が起きた。鎧の周りに火花が紅く散る。どうやら砲弾の中に炸薬が入っていたようだ。歩兵は苦しそうによろめき、明らかに動きが遅くなった後動かなくなった。
「・・・やっ・・」
「いや、まだだっ」
アライの言葉をハヤシは遮る。歩兵は倒れた状態のまま体中の関節を苦しそうにくねらせた後、突然体の向きを変えて四つん這い状態で一目散に走り出した。
「えっ・・・あの方向は・・・」
アライは知っている。あの方向はさっきまで自分達が向かっていた方向だからだ。
「まずいっ!!ふもとの村に行くつもりだ!」
ハヤシは半ば感心したように声を挙げた。
「あのヤロォ、勝てないと分かった途端標的を近くの村人に変更しやがった!良い判断するじゃねぇかよ」
「とにかく追いかけよう!」
アライはすぐさまモリノの背中に飛び乗った。
いひ~。雨嫌いやねん。