ハヤシの話
忙しい中見て下さりありがとうございます。
あいつと初めて会った時の事は今でもよく覚えている。天界の最下層『禁』。神の領域を侵した者を捕え罰を与える部屋。天界に侵入し一騒動を起こした罰としてモリノと幽閉されている時にあいつはやってきた。俺達がいた世界で見慣れている黒のパンツスーツを着て、目の色こそ違うがその姿は俺達が良く知っているものだった。気配はまるで天使の他に真木の魔神の力が混ざっているようだった。そいつは鉄格子の奥からこっちの様子を覗いていた。
「こんにちは」
「・・・野崎・・・か?」
顔だけではなく声すらもあいつの婚約者にそっくりだった。とっさに出た言葉だったが向こうの天使は首を傾げていた。
「・・・いや・・・・・・・。・・・お客さんか・・・珍しい事だな。おいモリノ、天使様がおいでなすったぞ」
俺が声を掛けるとモリノは杭を打ちつけられた傷だらけの竜の体を引きずりながら天使を睨んだ。俺とモリノは先程までシンによる『破の章』と呼ばれる罰をもらっていた。あいつは苦しみの生と残酷な死を繰り返すと言っていた。それは実際その通りで延々と続く多種多様の痛みと共に体がゆっくりと溶け落ち、また戻る。この繰り返しだ。元気、気力と呼べるものはもうほとんど残っていなかった。
「・・・それで、天使様が大罪者の鬼と竜に何の用だ?・・・介錯でもしてくれるのか?」
「いいえ。・・・殺してほしいのですか?」
「・・・俺達は失敗したんだ。あれが最初で最後のチャンスだった・・・。もう二度目はない。ずっとこのままなら、いっそ殺してくれた方が楽ってもんだ」
自分で情けない事を言っているとは思っているが紛れもない本心だった。するとその天使は懐から鉄格子の鍵を取り出し、悪びれもなく鍵を開けてズカズカとこっちに向かって歩きながら近づいてきた。
「おいおい、・・・天使様が勝手に開けて平気かよ。お上の連中に怒られちゃうんじゃ・・」
そいつは磔にされている俺の体に巻きついている鎖を掴むと、いとも簡単に引きちぎってみせた。縛る物がなくなった俺の体は力が抜けたように冷たい床に崩れ落ちる。
「自分の命なんですから、もっと大事にして下さい」
その言葉は一直線に俺の心に刺さった。いつだったか学生時代に真木に似たような事を言われた事があった。天使は次にモリノに近づいていき体に刺さっている杭を次々と抜いていく。モリノは最初は天使の様子を心配そうに見守っていたがしばらくしたらおとなしく床に伏せていた。天使が抜いた杭の傷跡はどこもあっという間に塞がっていった。
「お前は・・・・・・・」
「申し遅れました、私は天使のマキです。大天使付き補佐をしています」
その名前を聞いて俺は合点がいった。これは、多分あいつの精一杯の抵抗なのだ。そしてこの姿。これは多分あいつの思い描く天使が野崎麻衣だった事が原因なのだろう。ナミカミとの戦いで肉体の大半を破壊されてもあいつはまだ諦めていないのだ。そう思うと不思議と笑いが腹の奥から込み上げてきた。まったくどんだけあいつの事好きなんだよ!あほらしい。
「ぷッ・・・・ふふ・・・だはははははははははははは!!」
「私、何か可笑しな事言いましたか?」
笑われる理由が分からずマキは不機嫌そうな顔になった。すまないな。
「悪い、ごめん。お前に笑ったわけじゃないんだよ。それで?大天使付き補佐様、俺達の拘束を解いてどうするつもりなんだ?」
マキは真剣な顔つきなまま俺とモリノに向かって深々と頭を下げてきた。
「ナミカミ様に囚われている魔神を元いた世界に帰したいのです。ハヤシさん、モリノさん。協力して下さい」
第六界
中堅壁を越えたアライ達は大土呂と呼ばれる地の山間部を進んでおり、マキが予約した宿屋に向かっていた。今向かっているアワラと呼ばれる場所は少し前まではそこそこ栄えていた温泉街だったが魔王ヴァンの影響で観光客が随分減っている。マキが予約した清龍荘はその温泉街の中では栄えている方らしい。
夕刻時に更に雲がかかり始め、辺りの暗さが一層深まってきた。夕立、雨が降る。そう感じたアライはマキにお願いしてモリノをバイク形態から四足歩行形態に変形させ無灯で遅めに走行してもらう。
「一応、理由を聞いても宜しいですか?」
「雲行きが怪しい。あと少ししたら雨が降るだろう。夜の雨の中敵に見つからずに移動するならこの状態がいいと判断した。」
「見事な慎重さです。出過ぎた質問をお許し下さい」
「気にしないで・・・いいよ・・・それよりちょっと俺からも質問。自分の荷物はどうやって出せばいいんだ?」
アライの荷物は都を出る時にモリノが丸ごと飲み込んでそのままになっている。
「自分の懐、または衣服のいずれかのポケットに手を入れて下さい。そして欲しい荷物の中身を思い浮かべれば取り出せます」
「おお、それは便利・・・」
そう言われるとアライは左手を懐に、右手をズボンの右ポケットに手を入れて欲しい物を思い浮かべてみた。すると迷彩柄の合羽が両方からずるりと出てきた。だがアライは不思議に思った。確かにアライは自分のリュックの中に合羽を入れたが一着分しか入れていなかったはずだったからだ。
「・・・・・・・・」
一向に反応が無い事を不思議に思ったマキは運転をオート機能に切り替え後ろに座っているアライの方を振り向いてみると合羽が二着出てきた事に唖然としているアライの姿があった。マキは最初は起こった事が分からず困惑した表情を見せていたが次第に理解が追いつき慌てたような顔になった。
「あッ・・・ダメッ・・・ごめんなさいッ。説明不足でした!今のナシですっ!忘れて下さい!」
「いやぁ・・・っていうか・・・これ不具合なん・・」
「不具合ではありません!・・・バグです。」
「いやそれ意味同じじゃねえか」
すかさずハヤシが面白がりながらツッコミを入れてきた。マキは図星を点かれて面白くなかったのかその後前方を向いたまま喋ろうとしなかった。これは、もしや拗ねているのでは?そう思ったアライはマキが今までより一層可愛く感じた。
アライは恥ずかしながらも手を強張らせながら不具合で増えてしまった合羽の片方をマキに上から被せるように着せ、その後もう片方の合羽をそそくさと自分で着た。
説明上手く出来なくて悲し